18. 丸く収まったんデスケド。
必要な証拠を集めたルキナたちは、アリシアの元へ向かった。アリシアは教室を自習室として借りて勉強していて、団体でやってきたルキナたちを不思議そうに見た。
「ノオトさん、突然ですみませんが、この石を持ってもらえますか?」
シアンはそう言うなり、アリシアの差し出された掌に魔力を吸収する石を載せた。吸収する魔力の量は石の大きさに比例するようで、この小さな石でアリシアが体調を崩すほど魔力を吸われることはない。
「この石って…」
石に詳しいアリシアは、シアンに渡された石が何なのかすぐに理解したようだ。でも、石の性質を知っているだけのようで、具体的に何に使われているのかまでは知らなかったようだ。変なことをお願いされたことを疑問に思っているくらいで、石を投げだして検査を嫌がらなかった。
「おい、リュツカ。説明なしに調べるっていうのはちょっと卑怯じゃないか?」
タシファレドはシアンの行動を止めはしなかったものの、背後から文句を言った。
「説明しても、ノオトさんは何のことかわからないと思いますよ」
シアンはそんなことを言って、例の液体にアリシアから受け取った石を投入した。すると、液体は赤色から青色に変化した。アリシアもその現象を興味深そうに見ていた。
「これではっきりしましたね」
シアンは机にこれまでの検査結果を三つ並べた。最初の魔力量が少なかったものは色が薄く、比較するには適していなかったが、他二つはどう見ても同じ色だった。つまり、生徒会室の窓を割り、マクシスの大切な手紙を隠した犯人はアリシアということだ。
「これは何ですか?」
アリシアはまだ何も知らされていないので、シアンとタシファレドが何を話しているのか理解できない。でも、何かを疑われていることだけは察したようで、シアンが並べた三つの液体をまじまじと見ていた。
「これは魔力の種類を調べるもので…。」
シアンは途中まで説明して、口を噤んだ。言葉を選んでいるようだ。ここにきて、アリシアを犯人扱いするのを躊躇われたのだろう。
「どうしたんですか?」
アリシアがシアンに続きを話すように促す。しかし、シアンは口を開かなかった。それどころか、助けを求めるように他の人を見た。
「アリシア、お前、魔法使えるようになったのか?」
タシファレドはじれったく思ったのか、自らアリシアにそう問うた。
「え?魔法?」
アリシアは素っ頓狂な声を出した。まさか自分が魔法を使えるわけがないと言いたげだ。でも、彼女が事件の犯人だ。
「おい、リュツカ、どういうことだよ」
アリシアの反応を見て、タシファレドがシアンに尋ねた。アリシアが嘘をついているとは到底思えない。アリシアは自分が魔法を使えないと思っている。それなのに、魔法を使った犯人はアリシア。おかしな話だ。
「簡単な話ですよ。ノオトさんは無意識に魔法を使っていただけなんです」
ようやく口を開いたシアンが言うには、アリシアは魔法を使っていたことを自覚していないらしい。アリシアは一生魔法を使えることはないと思い込んでいる。だから、自分の能力に気づかなかった。
「じゃあ、あれは魔法の暴走?」
タシファレドがぼそっと呟いた。アリシアはまだ理解が追いついていないようで、「え?」と首を傾げている。
「アリシアちゃんが困っているわ。ちゃんと説明してあげないと」
ルキナは内心、アリシアが故意に事件を起こしたのではないと聞いてほっとしていた。それを表情に出さないようにして、最初から信じていたと言うように余裕ある態度をとった。
「アリシアちゃん、生徒会室の窓が割れた時のこと覚えてる?」
「えっと…覚えてますけど…。」
ルキナはアリシアに順に説明してあげようと思い、質問から始めた。それに対し、アリシアは戸惑ったように答えた。
「アリシアちゃんが生徒会室の前を通った時、窓が割れたって言ってたでしょ?」
「はい」
「で、その廊下に魔法を使った痕跡があったの」
ルキナがそこまで話したところで、アリシアが口を半開きにして固まった。ルキナが言わんとすることに気づいたようだ。そして、さっきまで見ていた検査結果とタシファレドの顔とを見比べた。
「良かったな」
タシファレドは笑顔でそう言った。アリシアはもう魔法を使える。その兆しが見られた。喜ばしいことだ。
「え…ほんとに…?」
アリシアはまだ信じられないという様子で、放心している。
「でも、なんで魔法の暴走で窓が割れたり、手紙が移動したりするんですか?」
アリシアが現実を受け止めようとしている最中に、ユーミリアが疑問を口にした。無意識に魔法を使ったとはいえ、何か意図を感じる。ただの暴走なら所かまわず発生し、目的も感じられるような傾向は見られない。少なくとも、ピンポイントで手紙だけを飛ばすことはない。無意識下にもアリシアの意思が宿っていたのではないかと、ユーミリアは考えているのだ。
「んー、邪魔したかったんじゃない?」
ルキナは考えるふりをして、ずっと思っていたことを言った。犯人が分かる前から、自分たちの行動を妨害されているように感じていた。そして、アリシアは四頭会議廃止に賛成していない。アリシアに何かしらの深層心理があるとしたら、ルキナたちの邪魔をしたいという気持ち。それが魔法の暴走に影響を与えたのだ。
「ごめんなさい」
ルキナとユーミリアのやりとりを聞いていたらしく、アリシアが謝った。
「無意識とはいえ、そんなことを…。」
アリシアは申し訳なさそうにした。妨害したい気持ちがあったのは嘘ではないが、こんなふうに邪魔をしたかったわけではない。
「そんなに嫌だったか?アリシアはやめてほしいと思ってたのか?」
タシファレドが静かに問いかけた。アリシアが無意識に行ったことを重要なことだと思っている。
(タシファレド、アリシアちゃんがやめてって本気で言ったらやめるのかしら)
ルキナは仲間が一人脱退することを覚悟した。タシファレドはアリシアを悲しませることだけはしない。アリシアがやめてと言ったら、これまで一緒に頑張ってきたことも投げ出して、四頭会議廃止に向けた運動もやめてしまいそうだ。
ルキナはドキドキしながら、アリシアの答えを待った。すると、アリシアが伏目がちに言った。
「私は、たっちゃんと結婚したいの。そのためには、皆を説得しなきゃいけない。だから、目立つことはできない」
アリシアの話に、タシファレドが「そうだな」と頷いた。
「じゃあ、たっちゃんはなんでこんなことしてるの?」
アリシアがタシファレドをじっと見つめる。タシファレドはその視線に耐えかねたように目をそらした。
タシファレドもアリシアとの結婚のために自分がすべきこと、すべきでないことを知っている。それなのに、タシファレドは親戚の反感を買いそうなことを率先して行っている。アリシアはずっと言わずに我慢してきたが、不思議で仕方なかった。
「俺だってアリシアと結婚したい。だから、身分制度をなくすんだ。身分がどうのこうの言うことがなくなれば、俺が誰と結婚しようと老人たちもどうでも良くなるだろ?」
身分制度をなくそうとしているルキナ達は、思惑をそれぞれ持っている。たとえばタシファレドの場合、自分が第一貴族でなくなればロット家の本家と分家の格差が縮まり、親戚から睨まれることなくアリシアと結婚できるだろうと考えている。彼は個人的な目的のために国を変えようとしている。ルキナはそれでも構わないと思っているし、タシファレドをエゴイストだと非難することはできない。なぜならルキナも私的な目標の達成を目指しているからだ。
タシファレドの考えを聞き、アリシアは「そう」と相槌を打った。アリシアはタシファレドの考えていることを予想できなかったわけではない。きっとそうだろうなと思っていた。
「それなら、私も一緒にやる」
「へ?」
アリシアが突然意見を変えたので、タシファレドが間抜けな声を出した。アリシアはタシファレド一人に戦わせるわけにはいかないと言った。アリシアは親戚に結婚を認めてもらうため、彼らの機嫌をとることばかり考えて来た。一方でタシファレドは真っ向から勝負を挑むつもりでいた。アリシアはどちらが正しい方法か決めかねていたが、どうせならタシファレドと一緒に頑張りたいと思った。結果、結婚を認められなかったとしても、何もせずに逃げるより、正面切って戦った方が良い。アリシアはそう思ったのだ。
「そういうわけで、ルキナ様、これからよろしくお願いしますね」
アリシアが可愛らしい笑顔で言う。ルキナは図らずもアリシアが仲間に加わることになり、心から嬉しく思った。
「さっそく皆に報告しないとね」
ルキナはそう言ってアリシアに抱きついた。それをユーミリアが見守り、微笑む。
「話がまとまったところで、一つ良いですか?」
シアンが控えめに手を挙げて言った。
「生徒会室の窓の件はどうしますか?このまま黙っておくこともできますが」
シアンはアリシアが窓を割った犯人として名乗り出るか、それ以外の方法をとるか尋ねている。
「個人的には、アリシアが魔法を使えることを秘密にしておきたい」
そう言うのはタシファレドだ。アリシアが魔法の力を再び取り戻したということを親戚の者が知った時、どんなことをされるか見当もつかない。こちらの手の内はできるだけ隠しておいた方が良い。
「それじゃあ、学校が犯人を見つけるまでは黙ってるってことで」
「いや、俺がやったことにしておく」
ルキナが話をまとめようとすると、タシファレドが口を挟んだ。
「なんで?怒られたりしない?」
「まあ、弁償は必要だろうけどたいした問題じゃないし、魔法の暴走だって言えば許してくれると思うぜ」
この世界は魔法の暴走に寛容らしい。魔法を扱える者なら誰もが暴走してしまう可能性がある。それを防ぐために訓練したり、魔力を抑える道具を利用したりするが、どんな上級者でも暴走する時は暴走する。だから、タシファレドが自分の魔法が暴走したせいだと話せば、学校側はそれ以上事件について調査することも、必要以上の責任をタシファレドに求めることもしないだろう。
「言い訳はいろいろ考えてるし、心配はいらねぇよ」
タシファレドがニッと笑う。ルキナはタシファレドの笑顔を見て、なんだかイラっとした。そして、タシファレドがシアンの胸倉を掴んだ時のことを思い出す。
「なんか全て丸く収まりましたみたいな顔してるけど、私はまだ許してないわよ。シアンにまだ謝ってないでしょ」
ルキナが少し前の話を持ち出すと、タシファレドはあからさまに不機嫌な顔になった。
「そのことでしたら、もういいですよ」
シアンが慌ててルキナとタシファレドの間に入って止めようとした。しかし、ルキナはシアンの言うことを聞かなかった。
「シアンが許しても私は許さないわ。シアンの話も聞こうとせずに殴りかかるなんて」
ルキナがタシファレドを睨むと、タシファレドも当然のようにルキナを睨み返した。
「殴ってないし、暴力ふるったのはルキナだろ。あれ、痛かったんだぞ」
「あ、そうよ。あんたのせいで私も痛い目にあったのよ。謝りなさい」
「それはさすがに理不尽だろ」
ルキナはタシファレドを冷静にさせるため、頭突きをした。その時、ルキナも痛い思いをした。タシファレドが最初からちゃんとシアンの話を聞いていたら、ルキナはそんな思いをすることもなかった。そういうことで、ルキナがタシファレドに謝罪を求めると、タシファレドは拒否した。頭突きという手段を選んだのはルキナで、全ての責任がタシファレドにあるとは思えない。
「僕もそれは理不尽だと思います」
シアンもタシファレドと同じ意見のようで、タシファレドの味方をした。シアンがタシファレドの方についてしまったので分が悪くなってしまった。
「とにかく、タシファレドはシアンに謝りなさい」
ルキナが腕を組んでそう主張すると、タシファレドは渋々といったようにシアンに謝った。シアンは最初から許すと言っていた通り、タシファレドの謝罪にも寛容に対応した。
これにて、妨害事件の犯人捜しは終了した。




