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14. 夢か現実か曖昧デスケド。

 ハリスからアドバイスをもらった後、ルキナは再びアウスの元を訪ね、改めて協力を仰いだ。ルキナ自身の言葉で、目指している夢を語った。アウスはルキナの言葉を聞き入れ、協力することを決めてくれた。それからまたルキナは調子を取り戻し、仲間集めに奔走した。

「そういえば、最近チグサは元気してる?」

 生徒会室にてマクシスたちに結果報告をしている途中、ルキナは不意にマクシスに尋ねた。最近、マクシスと会っても自分たちの計画のことしか話さない。なかなかチグサが話題に上ることもない。だから、チグサが今どんな状況なのか、ルキナは全然知らない。

「うん、元気だと思うよ。手紙の返事来てるし」

 マクシスはチグサは元気だろうと答えたが、その根拠は予想以上に乏しいものだった。

「あれ?帰ってないの?」

 ルキナはマクシスなら実家に帰ってチグサの様子を見に行っているだろうと思っていた。シスコンなマクシスは、チグサが上級学校を卒業してしまってから、チグサに会うために週末の度に帰省していた時期があった。今はマクシスも忙しいだろうから毎週末帰るわけにはいかないのだろうとは思っていたが、その頻度は想像以上に減っているようだった。

「最近は他にすることあるし」

 マクシスは何てこともないことのように答えた。実際、マクシスは可能ならば今すぐにでもチグサに会いに行きたいと思っているのだろうが、それが叶うことはない。もはやしばらくチグサに会うことは諦めているのだろう。

「へー、珍しいわね」

「あのマクシスも、ついに姉離れか?」

 マクシスがチグサの話になって冷静でいるのを、ルキナが珍しく思っていると、タシファレドが会話に乱入してきた。さっきまでシアンと話していたはずなのだが、こちらの話を聞いていたらしい。別に隠れてするような話でもなかったので、それ自体は構わないのだが、タシファレドが話に入ってくるのはなんとなく嫌だった。

「なんだよ」

 気持ちが顔に出ていたらしい。タシファレドがルキナを睨む。

「べっつにー」

 ルキナは特にふんっとタシファレドから顔をそらす。すると、今度はシアンが口を挟んできた。

「何もないならガンを飛ばすのは良くないと思いますよ」

 ルキナの態度が悪かったので、シアンはそれを注意した。シアンの声を聞くとドキンとして、ルキナはその場から逃げ出したくなった。ガタッと音を立てながら椅子をずらし、ルキナは立ち上がる。

「ルキナ?」

 ルキナがいきなり席を立ったので、マクシスが不思議がる。

「何か用事でも思い出したの?」

 マクシスはルキナを引き留めはしなかったが、突然動き出した理由を知りたがった。ルキナはその質問に答えず、生徒会室の外を目指す。

「ルキナ、まだ報告会は終わってませんよ」

 ルキナが理由もなく退室するつもりだと察したシアンがルキナを止めようとする。しかし、ルキナはスピードを落とさずドアに向かった。シアンの声を聞いていると思い出さなくてもいいことも思い出しそうだ。

「今は無理!」

 ルキナはとうとう走り出して、生徒会室を飛び出した。シアンの声が聞こえないように両手で耳を覆う。

 そのまま廊下を走り、階段を下りようとしたところで人にぶつかった。

「へぶっ」

 ルキナは思い切り体当たりしてしまった。相手の後ろは階段で、倒れたら危険な場所だった。だが、ぶつかった相手は頑丈な体で、ルキナのことも軽く受け止めた。

「ルキナ?」

 頭上から声が降ってきたので、ルキナは顔を上げる。そこにはノアルドの顔があった。ノアルドは生徒会室に向かうために階段を上って来たところだった。

「ノア様、すみません」

 ルキナは慌ててノアルドから離れた。

「ルキナ、怪我はありませんか?」

 優しいノアルドは、ぶつかってきたのはルキナの方なのに、真っ先にルキナの心配をした。ルキナは大丈夫だと答える。ルキナは顔をノアルドの胸にぶつけたが、怪我という怪我はない。

「急いでたみたいですが、何かから逃げてるんですか?」

 ノアルドはルキナが後ろを気にしながら走っていることに気づいていた。そもそもルキナがよそ見をしていたからノアルドにぶつかったのだ。ルキナが何かから逃げていることはすぐにわかる。

「あ、そうだった」

 ルキナは自分が走っていた理由を思い出し、はっとした。ちょうどその時、生徒会室の方からシアンの声が聞こえてきた。廊下を走ってはだめだと注意している声だ。その声はゆっくり近づいてきている。

(やばい)

 ルキナは今、シアンの顔を見られない。捕まる前に逃げなくてはならない。

「ノア様、ぶつかってすみませんでした。私、急ぐので!」

 ルキナは手短にノアルドに謝罪し、たったったっと階段を下りて行った。

「ルキナ、怪我しないでくださいよ」

 ノアルドがルキナの後姿に声をかける。ルキナは感謝を伝えるように手を振り、また走ってシアンから逃げ始めた。

(あんまり逃げるとシアンに怪しまれるかな)

 ルキナは考え事をしながら走った。どうやらシアンは追いかけてこない。廊下を走るなと言った手前、自分は走るわけにはいかない。シアンの方が圧倒的に足が速いとはいえ、この条件下でルキナに追いつくことはできない。

「ふぅ…。」

 建物の外まで逃げると、ルキナは安堵の息を吐いた。

「先生、何してるんですか?」

 ルキナが胸をなでおろしていると、これから生徒会室に向かおうとしていたらしいユーミリアと鉢合わせした。

「ちょっと人から逃げて来たとこ」

 ルキナは誰からとは一言も口にしなかったが、ユーミリアはすぐにルキナが誰から逃げてきたのか察した。

「あの人、何かしたんですか?」

 ユーミリアはシアンがルキナに何かしたのだと決めつけてかかった。ユーミリアはシアンのことをどこか特別視しているところがあるが、ルキナが関わるとそれも意味がなくなる。いや、だからだろうか。ルキナと仲がいい人は他にもたくさんいるのに、目につくシアンにばかり敵意をむき出しにする。

「違う。何かしたのは私の方」

「え?」

 ルキナはシアンを擁護するつもりはなく、ただ事実を述べた。ルキナがシアンから逃げているのはついこの前、シアンにキスをしてしまったから。あの日、あの後は普通に過ごせたのでもう大丈夫なのだと思ったが、顔を見るとどうしても逃げ出したくなってしまう。日をおいてさらに恥ずかしさに拍車がかかっている気がするくらいだ。

 ユーミリアは、ルキナの方に要因があるとこれっぽっちも思っていなかったようで、たいそう驚いて見せた。ユーミリアはルキナが恥ずかしさ故に逃げていることは知っていたが、まさかルキナの方から仕掛けたとは思わなかった。ユーミリアはルキナが根性なしであることを知っている。

「何したんですか?」

 ユーミリアはニヤつくのを我慢しながらルキナに尋ねる。ユーミリアはこういう時、ルキナをいじって反応を見るのが好きだ。今回はルキナから仕掛けたと言うし、いつもより口が軽いから、いじりがいがあると判断したのだろう。

「しばらく顔見れないやつ」

 ルキナはユーミリアがいじる準備をしていることにも気づかないで、深いため息をついた。その場にしゃがみ込み「あー!」と恥ずかしさを誤魔化すように叫んだ。

「先生からなんて珍しいですね」

 ユーミリアはもうニヤニヤしているのを隠さないで、堂々とした態度をとった。ルキナに周りを見る余裕がないことに気づいたのだ。

「そう?」

 ルキナは少しでも他のことを考えたくて、ユーミリアとの会話を盛り上げようとする。顔を上げてユーミリアを見ながら、続きを話すように促す。

「先生はあれですね。ドライに見せかけて、やるときはやりますよね」

 ユーミリアがニコニコして言う。ルキナはその顔を見ていると、なんだか急に眠たくなった。一度欠伸をする。

「んー、褒めてるの?」

 ルキナは眠そうな声で言った。自分でも寝ぼけているような声だと思った。しゃがんだままだと眠ってしまいそうだ。でも、今立ち上がるのも煩わしい。

「褒めても、貶してもないです。ただの分析です」

 ユーミリアの声ははっきり聞こえているのに、眠ってしまいそうだ。ルキナがウトウトしていると、パリンとガラスが割れたような音がした。ルキナは反射的に頭上を見上げた。上の方の窓からシアンが顔を出していた。そして、下にルキナたちがいるのを確認すると、シアンは窓から身を乗り出し、飛び降りた。さっきのガラスの音はシアンが窓を割った音かもしれない。

「それずるくない!?」

 ルキナは、廊下を走らない代わりに窓から飛び降りてショートカットするシアンに唖然とする。

 シアンは窓から飛び出して、まっすぐ地面に着地した。魔法で減速しなかった。

(あれ?シアンってこんなに運動神経良かったっけ?)

 シアンはもともとこれくらい楽勝でできるくらい動けたが、竜の血の力が弱まって以来、なかなかアクロバティックな動きはできなくなっていた。それなのに三階くらいの高さから魔法の補助もなしに飛び降りるなんて、少々無理がある。怪我でもしたらどうするつもりなのか。

 いや、今大事なのはそんなことではない。ルキナはさっきから言ってやろうと思っていた文句があった。

「廊下は走っちゃ駄目なのに、窓から飛び降りるのはいいの?」

 ルキナは自分が正しいことを言っている自覚があった。廊下を走っていたのはルキナで、そのことを棚に上げているわけだが、シアンはそれ以上に悪いことをしている。窓ガラスを割って、あまつさえ下の安全性を確かめもせずに飛び降りたのだ。教師が見ていたなら絶対に起こられる。それに比べたら廊下を走るなんて可愛いものだ。

 しかし、シアンはルキナの話を聞いていなかった。シアンはルキナに詰め寄ると、「最近、僕のこと避けてますよね」と言った。ルキナ自身、シアンを避けている自覚があったので、痛いところをつかれたと思った。

(ここは仲間に手助けを得るのが賢い選択ね)

 ルキナは迷わずユーミリアに助けを求めることにした。ユーミリアに声をかけようと、彼女のいる方を見た。だが、そこにユーミリアの姿はなかった。代わりに、四本足の生物がいた。

「え、牛?」

 ルキナの呟きに応えるように、牛がモーと鳴く。


「ルキナ、ルキナ、起きてください」

 体が揺すられる。シアンがルキナを起こそうとしているのだ。ルキナはゆっくり目を開けて、状況を確認する。どうやらルキナは外で昼寝でもしていたらしい。

(いつの間に寝てたのかしら)

 ルキナはいつから眠ったのか自覚がなかった。ルキナがいるのは生徒会室のある中央棟の前だが、そんなところで寝るわけがないはずなのだ。

 ルキナが上半身を起こすと、すぐそばにはまだ眠ったままのユーミリアがいた。

「先生、駄目ですよ、それ以上は…ムフフ」

 何やら楽しい夢でも見ているらしく、変な寝言と共に笑っている。逆にルキナはその寝言と寝顔にイラっとして、強引にユーミリアを起こした。当然、ユーミリアは良いところだったのにと文句を言った。どんな夢を見ていたと言うのだろう。

 ルキナたちがそんなやりとりをしていると、一人の男子生徒が近づいてきた。どうやらルキナたちがこんなところで眠っていたのには理由があるらしい。

「ごめんなさい!ごめんなさい!薬品を運んでいる途中だったんですが、ぶちまけちゃって…。」

 話を聞くと、その男子生徒は大事な薬品の入っている箱を落としてしまったそうだ。箱の中にはいくつか薬品が入っていたのだが、そのうちの一つのガラス瓶が割れ、薬がルキナたちを襲った。ルキナが聞いたガラスの割れる音はその時のものだろう。その薬は少し特殊な睡眠薬で、ルキナとユーミリアは眠ってしまった。当の本人も薬の被害を受け、さっきまで眠っていたらしい。一般的に夢見の薬と呼ばれる、強制的に夢を見させる薬なのだが、精神治療に使われるくらいで人体に害があるような薬ではない。それほど量もなかったし、ちょうど風下にルキナたちがいたからこんなことになっただけだ。事故としてはそこまで大きな被害は出なかった。

「誰も怪我がなくて良かったですね」

 ユーミリアが欠伸をしながら言った。まだ完全に薬の効果が切れていないようだ。

「掃除が大変そうですけどね」

 シアンが男子生徒の後ろを見て言った。割れたガラスの掃除は当然しなければならないのだが、何より零れてしまった薬を回収しなくてはならない。零れたのは粉薬で、もう使い物にはならないかもしれないが、このまま放置することもできない。また誰かが眠ってしまう可能性がある。

「すみません、片づけてきます」

 男子生徒はルキナたちに謝るのもほどほどに、薬の片づけに向かった。薬の回収は既に偶然居合わせた人たちが先に進めていたようで、その中にはアリシアの姿もあった。

「ん?ちょっと待って。どっから夢?」

 ルキナが見ていた夢はいやに途中までリアルだったので、どこからが夢だったのか曖昧だ。

「まさか私からキスしたのも…?」

 ルキナは自分の希望も込めて呟いてみる。しかし、それはシアンによってすぐに否定された。

「それは現実です」

「うーん、残念」

 ルキナはシアンから逃げなくてはならない原因も夢であったら気が楽だったのにと思った。

「そんなになかったことにしたかったんですか?」

 シアンが不満そうにする。シアンはなかったことにしたくないらしい。ルキナも本気であんなことをしなければ良かったなんて思っていない。ただ恥ずかしさに耐えられないだけだ。

「冗談だからね」

 ルキナが弁解しようとしたところで、シアンがアリシアたちのいる方を見て固まった。

「シアン?」

 シアンがどこか一点を見つめたまま動かないので、ルキナはどうしたのか尋ねる。すると、シアンはこの辺りに魔法が使われた痕跡が残っていると言った。つまり、先ほどの事故は人為的に引き起こされたのではないか、ということだ。薬を落とした男子生徒はあの箱を持てないほど非力には見えず、何かしらの原因があって箱を落としたのであろうことは明らかだ。では、誰が何の目的でそんなことをしたのだろうか。

「まさか」

 ルキナはシアンの考えすぎだとして、その話を終わらせた。また面倒な事件に巻き込まれるのはうんざりだ。

「ふぁーあ」

 ルキナとシアンが暗い顔をしている横で、ユーミリアがのんきに欠伸をした。

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