私だって成人者デスケド。
双子との再会を果たし、国軍からの事情徴収を終えたルキナたちは、村人たちに宴会へと招待された。双子を探すのを協力してくれた男たちは、皆、祭りの運営の人間だったようだ。祭りの片付けも終わり、夜が深くなった頃、運営委員会たちによるお疲れ様会が行われる。ルキナたちは、それに参加することになった。
「それでは、皆さん、今年もお疲れ様でしたー!」
「「「かんぱーい!」」」
カチャカチャとグラスのぶつかり合う音がする。ルキナも近くに座る友人や大人たちと乾杯をする。そして、一口、ジュースを口に入れる。口いっぱいに甘い液体が広がる。
(こんな時間にジュースとか、太りそう)
ルキナは、体型を気にしているので、ちびちびと少しずつジュースを飲む。飲みすぎて太るなんてことは避けたい。
「「おかわりー!」」
リュカとミカは何も恐れるものがないようで、がぶがぶと勢いよくジュースを飲んでは、空になったコップに新しくジュースを入れてもらっている。無邪気にジュースを飲む双子は、大人たちに可愛がってもらっている。
「お祭りでも散々食べて飲んだんだからほどほどにしておきなさいよ」
ルキナも、双子が可愛くて仕方がないが、だからこそ、体の心配をしてしまう。それに、あまり甘やかしすぎると、双子の両親に叱られそうだ。
(でも、羨ましいものだわ。体重とか気にしないで夜中にお菓子を食べてたころに戻りたいものよ)
ルキナは、嬉しそうにお菓子を食べている双子を羨ましく思う。ジュースを少し飲みはすれど、さすがにお菓子にまで手は出せない。
(私も一応ゲームキャラなんだし、ゲーム補正とかないのかしら)
『りゃくえん』のキャラは常にベストスタイルを保っている。乙女ゲームのキャラなのだから当然であるが、周囲の人間を見る限り、苦労して体型を維持しているようには見えない。もしかしたら、ゲームのキャラであるがゆえに、体型を気にしなくても、太ったり、筋力が落ちたりしないのかもしれない。そもそも、登場人物のほとんどが貴族の子だ。経済的な余裕はあるのだから好きな物を好きなだけ食べられるし、使用人もいるのだから自ら動かずとも何でもできる。ぶくぶく太っていてもおかしくはないのだ。
ルキナはチラリとタシファレドを見た。普通にジュースをおかわりして、お菓子も食べている。ナルシストぎみの彼は、おそらく『りゃくえん』キャラで一番見た目を気にするだろう。肌荒れが起きないように、暴飲暴食や睡眠不足はよしとしなさそうだ。しかし、タシファレドも何食わぬ顔で楽しんでいる。
(気にしてるのは私だけ?)
大食いのくせに全く太らないチグサが視界に入り、だんだんと腹が立ってきた。ルキナだって、もしかしたら他の者たち同様に、体型が大きく変わることはないかもしれない。しかし、ゲーム補正を試す勇気もなかった。食べれば食べただけ体重は増えたし、運動をすれば筋肉痛にもなる。一度太ってしまったら、ダイエットをしなければならなくなる。ルキナはダイエットのつらさをよく知っている。太りそうなほど食べるような勇気は、とてもじゃないが、出せるわけがない。
「こんばんは」
ルキナが恨めしそうに友人たちを見ていると、シェリカが店に入ってきた。ハイルックとティナも一緒だ。屋敷で待機していた三人は宴会の知らせを遅れて聞いて、やっと到着したのだ。
「ほら、嬢ちゃんたちもジュースとお菓子もらって」
気の良いおじさんが、シェリカたちにジュースの入ったグラスを握らせ、お菓子を見せる。シェリカとハイルックはお礼を言いながらお菓子を手に取る。だが、ティナだけは、お菓子を食べようとしない。シェリカがどうしたのかと尋ねる。ティナはたいそう言いにくそうに答えた。
「…ダイエット中なので遠慮します」
ルキナの席はティナの席から少し離れていたが、彼女の言葉を聞き逃しはしなかった。
「えー、もったいない」
「シェリカ様も、太ってから後悔しても遅いですから」
ルキナは、シェリカと話しているティナに近づき、その手を握った。ティナが驚いてルキナの顔を見上げている。
「ついに仲間を見つけたわ」
ルキナは、ダイエットという言葉を口にしたティナを仲間と判定した。ルキナが嬉しそうにティナの手を繋いでいるので、シェリカとティナがそろって首を傾げた。
「では、改めて紹介させていただきます」
乾杯の音頭をとっていた男性が立ち上がって言った。店内を見回し、皆の顔を順番に見ていく。そして、バッと腕を広げて、ベルコルの方を手で指し示した。
「バリファ家の坊ちゃんとそのご友人です」
男性の言葉に続き、ぱちぱちと拍手が起こった。ベルコルが椅子から立ち、「お招きありがとうございます」と頭を下げた。
「誰?」
「バリファ運輸のとこの」
「あー」
「あそこの坊ちゃんか」
ひそひそとベルコルについて話す声が聞こえてくる。
「運輸?病院じゃなくて?」
ルキナは、バリファ家は病院を経営している家だと聞いていたので、不思議に思った。ゲームの設定でも、ベルコルの親は医師だとされていたはずだ。バリファ運輸という名前は聞いたことがない。
「世間的にはバリファ家というと病院というイメージがありますが、運輸業にも力を入れているそうです。このあたりの地域では、病院より運輸関係の方が有名みたいですね」
ルキナの疑問にティナが答えてくれた。ルキナは、ティナから手を離しながら「だから、普通科の学校に来たわけね」と納得した。
医者志望のベルコルがクリオア学院の普通科になぜ入学したのか疑問だった。医者志望者の多くは、医学関連の学科がある上級学校に通う。いくら医療系の授業をとれるクリオア学院であろうと、医師を目指す道としては遠回りだ。だが、それにはちゃんと理由があったのだ。普通科では、経営についても学ぶことができる。運輸業にも力を入れているバリファ家なら、経営について学んでおいても損はない。そういう意味で、クリオア学院の普通科という進路は適切だっただろう。
ルキナは、シェリカの隣の空いている席に座ろうと、もともと座っていた席に自分のコップを取りに行く。ルキナがコップを手にとっていると、アリシアの声が聞こえてきた。
「たっちゃん、たっちゃん。このお菓子食べた?ちょっと辛いけど、美味しいよ」
ルキナはアリシアの声がした方に顏を向けた。アリシアは、タシファレドにくっついて、お菓子を勧めている。タシファレドは迷惑そうにしている。タシファレドのもう一方の隣の席に座るハイルックがアリシアに怒っている。よく見る光景だ。
ルキナはコップを持ってシェリカの隣に座った。
「いつの間に仲直りしたのかしら」
ルキナが呟くと、シェリカが誰の話かと尋ねた。
「アリシアとタシファレドよ。あの二人、喧嘩してたはずじゃない?」
「喧嘩ですか。それって別行動になる前の話ですよね。仲直りするところを私たちが見てなかっただけではありませんか?」
シェリカは、アリシアとタシファレドが以前のようなやりとりをしているのをあまり興味なさそうに見る。いつ仲直りしたのかについても、シェリカは全く疑問にも思わなかった。ルキナに言われてやっと、二人が喧嘩していたことを思い出せるレベルだ。
「やっぱりそうなるわよね。いつもよりやばい喧嘩だと思ってたから、どうなることかと」
ルキナは、アリシアが楽しそうに笑っているのを見て安心する。相変わらず、過度な愛情表現がタシファレドには拒絶されているようだが。
「ねえ、ティナ・エリ、これ私の嫌いなやつだったから、残り食べておいて」
「今日はお菓子食べたくありません」
「そんなこと言わないで。残したらもったいないでしょう?」
「好き嫌いしないでください」
「お菓子でも好き嫌いしちゃだめなの?」
シェリカがティナと話し始めたので、ルキナは暇になる。その時、ふとシアンの両脇に座るリュカとミカがうとうとしていることに気づいた。シアンが両サイドを同時に気にかけてはならなくなったので、大変そうだ。ルキナは席を立ってシアンの近くに移動する。そして、リュカを抱き上げて、リュカの座っていた椅子に座った。リュカは寝てしまっても転げ落ちないようにしっかり抱きかかえて膝の上に座らせる。
「甘いものを食べた後にそのまま寝るなんて虫歯ができそうだわ」
ルキナが今にも寝落ちしそうなリュカの口内の心配をしていると、シアンがルキナを真似てミカを膝に乗せた。安心したのか、双子たちはルキナとシアンの腕の中であっという間に眠りについた。可愛らしい寝顔二つを見て、ルキナが頬を緩ませる。
「もう夜も遅いですし、二人とも疲れちゃったんですね」
シアンの言葉を聞いて、ルキナは、双子が誘拐事件に巻き込まれたことを思い出した。事件のことを忘れるくらい、この場の空間は平和的だ。大人たちが好きなようにお酒を飲んでバカ騒ぎをしている。このハイテンションを見ていると、気づいたら夜明けを迎えそうだ。
ルキナは、リュカを抱いたまま、ぼーっと大人たちが騒いでいるのを見る。隣にシアンはいるが、二人とも黙っている。ルキナはなんだか心地よくて、双子のように寝てしまいそうな気になる。
「坊ちゃん、飲んでますかい!?」
酔っ払いのおじさんがベルコルに絡みにいっている。
「いえ、お酒は飲めませんので」
ベルコルは圧の強い酔っ払いに絡まれても、ジュース片手に大人な対応をとっている。お酒という単語を聞いて、ルキナはふとした疑問がわいてきた。
「ねえ、シアン、この世界もお酒は二十歳からなの?」
ルキナが尋ねると、シアンが眉をひそめた。
「初等学校で何を学んだんですか」
シアンは心底呆れている。初等学校では、社会的な一般常識を学ぶ。もちろん、飲酒に関する知識も含まれる。しかし、真面目に授業を受けていなかったルキナがそんなことを覚えているわけがない。現世において、大人がお酒を飲んでいるのを見たのは数えるだけだ。初等学校で学ぶ他、お酒の知識を得る機会はほとんどなかった。しかも、一般常識となると、わざわざ話題にしたりしない。
「成人、つまり、十五歳からです」
シアンは呆れつつも、しっかり答えてくれる。ルキナは、自分も飲めるじゃないかと思った。前世では、ルキナもお酒を飲んでいた。特段、お酒が好きと言うわけではないが、あの酔う感覚は時々恋しくなる。
「でも、多くの人は結婚をしたら飲むものだと思ってますから、少なくとも学生のうちから飲む人はいませんよ」
シアンが飲酒の一般認識を教えてくれる。ルキナは、飲酒においても前世での文化と違うことがあるなんて思っていなかったので、ひそかに驚く。
「あー、でも、その点に関して言うなら、バリファ様はじきですね」
「へ?」
「婚約者ですよ。バリファ様に婚約者が…」
「ベルコルに婚約者!?そんな馬鹿な話が」
シアンの言葉を遮って、ルキナが驚きの声を出す。シアンが慌てて口の前で人差し指を立て、「しーっ」と言う。あまり大きな声を出すと、双子が起きてしまう。ルキナはシアンに言われるままに声を抑えるが、動揺が収まらない。ベルコルに婚約者がいては、ルキナの逆ハーレム計画が大きく狂ってしまう。
ルキナが混乱していると、シアンが突然笑いだした。ルキナは、シアンの笑っている横顔を見て、自分がシアンにからかわれたのではないかということに思い至った。ルキナが疑うようにシアンに視線を送り続けると、シアンは「冗談に決まってます」と涙をぬぐった。
「なによ。泣くほど笑うなんてひどいじゃない」
ルキナがプンプン怒ると、シアンは全く反省の気配もなく一言「すみません」と言った。一応、笑いをこらえているようだが、目が笑ったままだ。ルキナは失礼だなと思いながら新しく用意してもらったジュースを飲んだ。ジュース一杯で終わらせるつもりだったが、喉が渇いてしまったのだから仕方ない。
ルキナが静かに肩を揺らしているシアンの横でジュースを飲んでいると、チグサがマクシスを連れてやってきた。ルキナはグラスを机に置いてチグサに笑顔を向ける。
「あら、チグサ、どうしたの?」
ルキナが何の用かと尋ねると、チグサがずいっと箱を押し付けてきた。ルキナは何かわからず、とりあえず受け取った。そして、蓋を開けて中身を確認する。色とりどりの細長い棒や紐がずらっと並んでいる。
「なにこれ」
「手で持って遊ぶ花火だよ」
ルキナが首を傾げていると、マクシスが優しく教えてくれた。村の人が、余りものだからと、チグサにくれたそうだ。チグサは何もしないし、何も言わないが、人の目をひきつける不思議な魅力がある。何かを貢ぎたいと思う男は多く存在する。この手持ち花火をくれた者も、チグサに贈り物をしたくて、ゆずってくれたのかもしれない。
「ルキナ、一回もやったことないの?」
ルキナが花火を見てすぐに何かわからなかったので、マクシスが不思議そうにしている。花火は貴族も平民も関係なく親しみのある文化だ。ルキナが知らないわけがないと思ったのだろう。
「この世界にはないと思ってたから…。」
ルキナは手持ち花火を見て、途端に前世のことが懐かしくなった。無意識に前世のことを口走りそうになる。ルキナが変なことを言い始めたので、チグサとマクシスがきょとんとしている。ルキナははっとして、慌てて否定した。
「ううん、何でもない」
ルキナが言おうとしたことに、マクシスたちに興味をもたれたらまずい。ルキナが内心焦っていると、マクシスはすぐに興味をチグサに移した。
「姉様、お腹すいたんですか?おやつもらいに行きましょうか」
マクシスがいそいそとチグサを連れて離れて行った。マクシスはチグサが一番だ。興味の対象もチグサに決まっている。マクシスはこういう人間だった。
ルキナがホッと一息つくと、シアンも大きく息を吐いた。焦っていたのはシアンも同じだった。
「お嬢様、隠す気あるんですか?」
シアンがひそひそとルキナに耳打ちする。
「今日はたまたま気を抜いちゃっただけよ」
ルキナも小さな声で返事をする。基本的に文化や流行に興味のないハリスに育てられたルキナは、手持ち花火の存在を知ることがなかった。俗世と距離を取りがちなミューヘーン家で育ったルキナは、世間知らずになりがちだ。だから、この世界にも手持ち花火があるなんて思わなかった。花火を見た時、余計に感動してしまったのだ。
「たっちゃんのばかぁー」
「あはははは。変な恰好で泣いてやんの」
突然、アリシアとハイルックの声が耳に入った。ルキナたちが視線を移しても、尋常でない様子が見て取れた。アリシアが机につっぷして号泣しており、ハイルックが机を叩いて馬鹿みたいに大笑いしている。
「どうせ私のことなんかなんとも思ってないもん。ひっく。いろんな人と浮気ばっかりしてー。ひっく。私は暴力女だもーん」
「あっはっはっはっ。暴力女。いひひひ。ぼうりょ…ぼう…あっはっ。ぼうりょくぅおんなぁ…いっひぃーっ、ひぃーっ」
タシファレドの姿はなく、二人が勝手に暴走している。
「なにあれ」
ルキナはそう言いながらも、二人がおかしくなった原因をだいたい予想できていた。
(泣き上戸と笑い上戸)
おそらく、アリシアもハイルックもお酒を飲んだのだろう。二人の周囲には悪酔いした大人と既に居眠りをしている大人たちにあふれている。本人たちが望んで飲酒したのかはわからないが、すぐには収集がつかなさそうだ。
「もうやだぁ。ひっく。みんな怒るもん。ひっく」
アリシアが長い前髪を右手でぎゅっと握りしめた。前髪がくしゃくしゃになり、真っ赤な目から涙がぽろぽろと流れ出ている。
「たっちゃんとは駄目だってわかってるもんー。うぇーん」
アリシアが大声で泣き始める。その横で、ハイルックはバシバシと机を叩いて腹を抱えている。ハイルックは何を見ても笑ってしまうようだ。
「は?どうしたんだよ」
カオスな空間にタシファレドが戻ってきた。トイレに行っていたらしい。タシファレドは、アリシアが泣いているのを見て、慌てて駆け寄った。
「帰るぞ」
タシファレドがアリシアの二の腕を掴んで持ち上げる。アリシアの体が少し浮き上がる。
「あっひゃっひゃっひゃっ。変なポーズ!」
ハイルックは一人で笑い続けている。タシファレドはハイルックのことは無視する。
「ほら、立てって」
タシファレドがくいっとアリシアの腕を引っ張ると、アリシアがタシファレドの手を振り払った。
「なんだよ。帰るって」
「やっ!」
アリシアは首を振って嫌がる。
「意地悪しないでぇー」
アリシアはタシファレドに触れられるのを拒絶しながら泣く。いつもはアリシアの方からタシファレドに喜んでくっついてくるのに、今はなぜか嫌がっている。タシファレドはイラっとして、がしっとアリシアの手首を掴んだ。
「アリシア!」
タシファレドが叱るように名前を呼ぶと、アリシアは突然従順になった。タシファレドがくいっと手首をひくと、アリシアは立ち上がった。
「ひっく…ひっく…」
タシファレドに立たせれた状態で、アリシアが嗚咽を上げている。
「帰るぞ」
タシファレドはアリシアのくしゃくしゃになった前髪を直してやり、手を引いていく。タシファレドの手つきが優しい。
「ロット様がノオト様を連れてったー。あっはっはー」
なおも笑い続けるハイルックを残して、タシファレドとアリシアは店を出て行った。
「…私、しばらくお酒は良いわ」
ルキナは、アリシアとハイルックの豹変ぶりを見て、人前でお酒を飲むのは避けた方が良いかもしれないと思った。前世ではお酒に強い方で、酔っているかどうかすぐにわからない程度にしか、素面との違いはでなかった。でも、今のこの身体が酒に強いかどうかはわからない。少しお酒を飲みたいと思っていたが、その考えは改めることにする。
「僕も。あまり飲みたくないです」
シアンもルキナと同感だった。酒が人を変えるとはよく言ったものだ。




