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12. 計画通りデスケド。

(まずい)

 ルキナはロンドを見上げて固まった。まだシアンの方の準備が終わっていない。身だしなみは最低限整えたが、何を話すか指示できていない。このままシアンの元に連れて行くのはよろしくない。

「何か言えよ」

 ルキナがロンドの顔を見つめたまま考え事をしていると、ロンドが気まずそうにした。ルキナは毎度ロンドの顔を見る度に恨み言を言うので、言われないと逆に調子が狂うのだ。だが、ルキナに文句を言われる筋合いはない。いつも先にちょっかいを出すのはロンドの方で、ルキナは言われたから言い返しているに過ぎない。人の顔を見つめて黙っているのは良くなかったかもしれないが、それだけ不機嫌になられるのは不愉快だ。

「今日、俺が来るって知ってただろ。なんで会って早々そんな顔されなきゃいけないんだ」

 ルキナが不機嫌顔になったので、ロンドはそれに文句を言う。ロンドはミューヘーン家の養子となり、当主となるための準備のためにミューヘーン家まで足を運んだ。ロンドにはここに来た明確な目的があるし、ハリスからロンドが来ることは知らされていた。知っていたから、タイミングを合わせて帰って来られたのだ。

「ええ、知ってたわよ。お父様から手紙が来たし」

「じゃあ、なんで今日お前がいるんだ。そんなに会いたくないんなら帰って来なければ良かっただろ」

「おっしゃるとおりよ。本当はあんたに会いたくなかったのよ。でも、聞いてほしい話があったから仕方ないじゃない」

 ルキナとロンドは互いに喧嘩腰で話していたが、一瞬落ち着きを取り戻した。ルキナがロンドに聞いてほしい話があると言うと、ロンドはそれなりに興味を示した。二人はこれまで嫌味を言い合うだけで、冷静に会話をした記憶がない。ルキナから真面目な話を持ち出すのはこれが初めてだ。ロンドはルキナを意外そうに見た。

「一言で言うと、四頭会議に出ることは諦めてほしいってことなんだけど」

 ルキナがそう言って切り出すと、ロンドは眉をひそめた。ロンドにとって四頭会議はずっと目指していた夢の場所だ。今、ようやく四頭会議への参加権を手に入れようとしている時に諦めろと言われるのは相手が誰であろうと許容できない。

「そんなに俺が気に入らないか?」

 ロンドはルキナに嫌われているという自覚がある。ロンド自身、ルキナを良く思っていないのだから、相手からもそう思われていてもおかしくない。しかし、そのような私情を持ち込んで良い話ではない。ロンドが次期当主として選ばれたのはルキナがその権利を辞退すると予想されるからで、その選出は親族の総意だ。ルキナ一人が口出しして変更できることではない。当然、そのことをルキナは理解している。

 ルキナはいずれ家を出る。まだその意思表明は明確にしていないが、当主とならないことは親戚全員が予想している。だから、ルキナが何も言わずとも次期当主としてのロンドの準備が早々に始まった。その話の中心にルキナがいるのは間違いないが、ルキナは自分勝手な行動をしているに過ぎない。次期当主候補としての責務を投げ出した者として評価され、口を挟むことは許されないだろう。

「今更文句言ったって意味ないぞ」

 ロンドは腕を胸の前で組みルキナを睨んだ。ロンドはミューヘーン家、及び、その分家において既に確固たる地位を得ている。比べて、意思を固めきらないルキナは危うい状況だ。ロンドはその力関係を理解しているから、今まで以上に自信ありげに胸を張っている。

「わかってる。別にあんたに無理矢理言うことを聞かせるつもりはないわ。ちゃんと理解してもらって、その上で私たちに協力してもらうつもりよ」

 ルキナはロンドに最後まで話を聞いてもらえるよう、冷静に話すことを意識する。ロンドは「私たち?」とルキナの言葉を繰り返し、首を傾げた。ロンドはルキナが一人で何かをしようとしていると思っていたらしい。

「私一人の計画じゃないのよ」

「何を企んでるんだ」

「怪しいことは何もしてないわよ」

 ルキナの味方にマクシスやタシファレドがついていると言ったら、ロンドは驚くだろう。だが、彼らの名前を挙げた程度ではロンドはこちらの話には乗ってくれない。だから、そのためのシャナ・ルミナスだ。

「私たちは四頭会議を廃止しようとしてる。目的は身分制度の撤廃よ」

「正気か?」

 ロンドは今の生活に満足している。それ以上のことを望まない代わりに、現状を脅かす者がいれば許さない。つまり、ルキナはその生活を脅かす者で、ロンドにとっての敵だ。

「心配されなくても正気よ」

「それならなおさら厄介だな」

 ロンドはこれ以上話を聞くつもりがないらしく、ルキナをおいて屋敷の中に入って行ってしまった。ルキナはあわわて追いかけた。

「待って、ロンド。関係ないけど、今日、シャナちゃんがいるの」

 ロンドがぴたっと足を止めた。ハリスのいる書斎に向かおうとしていたが、くるりと体の向きを変え、ルキナにずいっと顔を近づけた。

「どこに?」

 ロンドが鼻息を荒くして言う。ルキナは後ろにたじろぎながら自分の部屋だと答える。それを聞いたロンドは階段に向かって走り出した。

「あ、ちょっと待って!」

 まだシアンの方は準備できていない。シアンもロンドが来るなんて思っていないはずだ。ロンドをこのまま一人で行かせるわけにはいかない。

「待ちなさいってば!」

 ルキナはロンド追いかけて階段を駆け上る。ロンドはルキナの部屋の場所をちゃんと覚えていたようで、迷うことなくルキナの部屋に向かった。

「ルミナスさん!」

 階段を上り、廊下を走った後、ルキナの部屋の扉を勢いよく開けた。

(ロンドに場所を教えるんじゃなかったわ)

 ルキナは遅れて部屋に入った。ロンドにシャナの居場所を教えてしまったことを後悔した。

 ロンドは女装したシアンの前で跪き、シアンの手を取っていた。ずっと会いたいと思っていたことや手紙をもらえて嬉しかったことを含めながら口説いている。

 シアンはロンドの言動に引きながらも、それを表情に出さないようにしていた。ロンドが近づいて来る気配を察知して、あの椅子に座ってスタンバイしていてくれたらしい。でも、何を言えば良いのかわからないようで、ただロンドのことを黙って見下ろしている。

「シャナちゃんに気安く触らないで」

 ルキナはロンドをシアンから引きはがし、ロンドとシアンの間に立った。ロンドはしりもちをついた状態でルキナを恨めしそうに見た。ルキナはそんなロンドを一睨みすると、体の向きを変え、シアンの方を見た。

「シャナちゃんも、嫌なら嫌って言わなきゃ駄目よ」

 ルキナはそう言いながらポケットに入れていた紙をシアンに握らせた。その紙にはシャナに言ってほしいセリフが書いてある。シアンはメモ用紙を受け取りながら、そのやりとりがロンドにバレないようにルキナの言葉に返事をして自然を装った。

「別に嫌というわけでは…」

 シアンは嫌とは言い切らなかった。ロンドを拒絶するのは良くないと判断したのだろう。ここでロンドの機嫌を損ねるのは賢くない。

 シアンの言葉を聞き、ロンドが「ほら見ろ」と言うようにルキナを見た。ロンドは、本人が嫌がっていないのだからルキナが怒る必要はないと主張したいのだろう。ルキナはロンドの視線にイラっとして、文句を言ってやることにする。

「あのね、レディのいる部屋にノックもなしに入るなんてマナー違反だし、ここは私の部屋よ。私が許可する前に勝手に入らないでくれる?」

 まだ床に座ったままのロンドに向かって仁王立ちで言う。ルキナが目に力を込めて睨むと、ロンドはびくっと体を震わせた。

「いつまでそこに座ってるわけ?邪魔なんですけど。さっさと立って、離れなさい」

 ルキナは一歩ロンドに近づき、立つように言う。ロンドはさっと立ち上がって、ルキナに言われるままにルキナたちから距離をとった。ルキナの言うことを聞かねば、この部屋から追い出されるかもしれないと考えたのだろう。

(そんなに聞き分けがいいなら、部屋から出て行けって言おうかしら)

 ルキナがそんなことを考えていると、背後でシアンがルキナの服を引っ張った。後ろを振り返ると、シアンはルキナが渡したメモを手の中に隠した。シアンはもうメモの内容を確認し、覚えたのだろう。つまり、準備万端ということだ。

「まあいいわ。せっかくだし、あんたにもシャナちゃんと話す機会をあげるわ」

 ルキナはシャナとの会話をロンドに許可すると、ロンドはパッと目を輝かせた。

「ほんとか!?」

「ただし、これ以上近づくことは許さないから」

 ロンドがシアンの方に近寄ろうとしたので、ルキナは素早く止めた。あまりシアンに近づかれてボロが出たら困る。ロンドがシャナの以前と違うところに気づいてしまったら面倒だ。

「ルミナスさん、しばらく見ないうちにまた美しくなられましたね」

 ロンドがルキナの言いつけを守って遠くからシアンに話しかける。シアンはニコッと笑ってシャナとしてお礼を言う。魔法で声を変えているため、見た目と声に違和感はない。

「なんでこれまで姿を見せてくれなかったのですか?」

 ロンドの質問を聞いて、ルキナは良い振りだと思った。思わずシアンの方を見た。シアンはルキナの方を見なかったが、ルキナと考えていることは同じだったのだろう。

「ロンド様、私たちの間には身分という溝があります。この溝があっては近づくこともできません。あなたは第一貴族のご当主になられる方。卑しい私がお近づきになれるお方ではありません」

 シアンがルキナの用意したセリフを言う。これがシャナからロンドに言ってほしかった言葉だ。

「結婚のことを言ってるなら、そんなこと気にすることじゃないぞ」

 ロンドはシャナから拒絶されたと思い、すぐさま心配の種をなくそうとする。シャナが身分の差を気にして会わないと言うから、ロンドはそんな心配をする必要はないと説得しようと試みる。ロンドは身分制度が引き起こす負の部分をしっかり理解していない。

「そんなことしたら親戚関係が劣悪になるわよ。ロンドがいる時は良いわよ。でも、シャナちゃん一人になった時、どんな酷いことをされるかわかったもんじゃないわ。シャナちゃんに苦労させるつもり?そんな人にシャナちゃんのことを任せられるわけないじゃない」

 身分差のある者同士が結婚するとどうなるか、ルキナはよく知っている。

 ルキナの母、メアリはミューヘーン家の人間と結婚するにふさわしくないとされた。ルキナはメアリがどこの出身かは知らないが、その結婚が親戚たちに良く思われていないことだけは知っている。ハリスはメアリが不便をしないように努力をしているようだが、長年の確執はそう簡単に取り除けるものではない。メアリにとってこの家がどれだけ辛いものだったか計り知れない。

 ルキナは生まれた時からあまり歓迎されていないのをわかっていたから、環境に順応するように強い忍耐と言い返す勇気を手に入れた。しかし、メアリはその力を身に着ける前にハリスに守られてしまった。ハリスはメアリを守り切ると覚悟を決めて結婚したのだろうが、メアリの方は引け目を感じずにはいられない。守る者と守られる者の関係は美しいとは限らない。

 ロンドにもルキナが言いたいことがわかったようだ。ロンドもメアリが親戚の集まりに同席しないことに気づいていた。あのガドエルが父親だから、メアリの悪口を言っているところを見たこともあるだろう。

「そういえば、お前、身分制度をなくすって言ってたな」

 ロンドは不意にルキナの方を見た。

(よし、かかった)

 ルキナは心の中でガッツポーズをした。作戦通りだ。ロンドは、この世の中ではシャナとの結婚も叶わないと理解したのだ。だから、ロンドは自分の望みを叶えるために、ルキナたちに協力せざるを得ない。

「四頭会議をなくすとか言ってたな」

 ルキナが返事をしなかったので、ロンドが言い直した。ルキナはそれに対してそうだと答えた。

「俺も協力する。四頭会議をぶっつぶして、第一貴族もなくそうぜ」

 ロンドは単純だ。ルキナの期待通りの反応を見せてくれた。

「じゃあ、ここにサインしてね」

 ルキナは紙とペンを取り出すと、それをロンドに渡した。ロンドが後から言うことを変えたら困る。だから、ここでロンドの協力すると言った言葉を証明する物を用意しておくのが無難だ。

「おうよ」

 ロンドは疑うこともせず、ルキナの渡した紙にサインをした。ロンドは自分の決意が変わることはないと信じ切っているようだ。それならそれで良い。ルキナだってこんな紙を使うことがなければ良いと思っている。

「それじゃあ、俺、当主のとこに行ってくるから」

 ロンドはこの屋敷に来た本来の目的を思い出し、ルキナの部屋を後にした。これ以上ハリスを待たせるわけにはいかないと思ったのだろう。シャナに、用が済んだらまた話そうとだけ言い残して行った。名残惜しそうだったのは、ロンドが戻ってきた頃にはシャナがいなくなってしまうのではないかと思ったからかもしれない。

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