11. 隠しきれないんデスケド。
「シアン、シャナちゃんの出番よ!」
ルキナが笑顔で言うと、シアンは露骨に嫌そうな顔をした。今度の週末、ミューヘーン家の分家、アリーマン家のロンドがミューヘーン家を訪ねてくると聞いた。ルキナに代わってミューヘーン家当主となる彼を説得する絶好のチャンスだ。そして、その方法はずっと前から決まっている。
「シャナちゃんがいるからロンドの説得は楽勝ね」
ルキナはシアンに女装をさせるつもりでいる。ロンドはシアンの女装した姿にご執心だ。シアンの化けるシャナ・ルミナスが言ったことならば、ロンドは何でも聞くだろう。たとえ彼が夢にまで見ていた四頭会議を廃止すると言っても反対しない。かなりずるい手ではあるが、早急に協力者を集めなくてはならない以上、姑息な手を使うこともためらっていられない。
作戦は簡単だ。ロンドがミューヘーン家にやってくるタイミングでルキナたちも家に行く。そこでシアンをシャナ・ルミナスに化けさせ、ロンドの説得をさせる。ロンドが一度了承したことを曲げられても困るから、直筆サイン入りの証明書でも作るのが良いだろう。問題をあえて挙げるなら、衣装とキャストのやる気だろうか。以前女装させた時から間が空いている。その間にシアンの身長が伸びてしまったため新たに衣装を用意しなければならない。だが、贔屓にしている仕立て屋に頼めば何とかなるだろうから、それはたいした問題ない。あとはシアンがやってくれるかどうかだけだ。
(ま、シアンならなんだかんだ言ってやってくれるでしょうし、心配はいらないかな)
現在、ルキナもシアンも同じ目的のために動いている。シアンもロンドの説得の必要性と難易度は理解しているはずだ。
「焦ってますか?」
ルキナが衣装を早く用意しないといけないなと考えていると、シアンがそうルキナに尋ねた。ロンドの説得はまだこの先も機会があるはずだ。何も準備が整っていない今週末に実行する必然性はない。
ルキナは少し考えるように間をおいた後、焦って当然だと答えた。つい先日、アウスに協力を断られたばかりだ。まだまだ協力者は増やさなければならないのに、期待していた人に協力を仰げなかったのはかなりの痛手だ。これからも同様の失敗を繰り返すはずだ。それならば、ロンドの説得にも時間を割いている暇はない。
「ルキナの焦る気持ちもわかりますよ。できればこの夏で勝負を決めたいと思っているのは皆同じでしょうし。僕だって焦ってます。でも、焦って周りが見えなくならないように気をつけないといけません」
「それは、私が周りを見えていないっていう忠告?」
「これからの話です。ルキナはこういうことに慣れているからか、今はそんなことありませんけど」
シアンはルキナを心配してくれているらしい。だが、その杞憂に終わるだろう。なぜならルキナは焦っているとはいえ、これまでのこと以上に焦ることはない。以前はシアンと二度と会えなくなるかもしれないという危機が明確だったため、かなり焦った。ルキナに限らず皆が必死だった。でも、今は失敗をしたとしても誰かが死ぬわけでもないし、そもそも短い時間で解決できるような問題ではない。やれることはできるだけ早くすませておこうと思っているだけで、体を壊してまで、他人に迷惑をかけてまでなそうとしているわけではない。最悪、学校を卒業してからでもやれないことではない。だから、シアンが心配するようなことにはならない。
ルキナはシアンに心配してもらえることを嬉しく思いつつ、「シアンは役作りに集中しないと駄目よ」とシアンをからかった。シアンはせっかく心配してるのに言いたそうにしたが、恩着せがましいことは言わなかった。その代わりに、その不満そうな顔で「僕は役者でも何でもないんですけど」と文句を言った。
シアンと作戦を練ったルキナは、その日のうちに衣装の準備に取り掛かり、下準備を行った。衣装は一度着られれば良いので、その場しのぎに十分なだけの物を用意した。そうしてあっという間に作戦決行の日を迎えた。
「はい、シアン。これに着替えて」
ルキナはシアンに女物の服を渡すと、着替えるように言いつけた。シアンは今更抵抗はせず、言われるがままに着替えた。
「今回はやけに丈が長いですね。裾引きずっちゃうんですけど、良いんですか?」
シアンがスカートを持ち上げた。それでもシアンの脚は全く見えない。シアンの言う通り、ワンピースの丈はかなり長い。当然これは考えがあってのものだ。
「身長の高い女の子がいてもおかしくはないけど、急に伸びすぎだし、ロンドは女の子に幻想を抱いているからできるだけ低身長に見せたいわけ。だから、シアンには低めの椅子に座ってもらって、その時脚を曲げなきゃならないと思うけど、曲げてるのが見えないようにしてほしいの。伝わる?」
「なんとなく」
ルキナが長々と説明をすると、シアンは曖昧に頷いた。ルキナは自分の部屋に連れて行き、話に出てきた低い椅子をシアンに見せた。椅子の足が短く座面が低い。加えて、座高ができるだけ低く見えるように背もたれは高めにしてある。これに座っていれば、多少は身長が誤魔化せるはずだ。
ルキナは実演してみせようと、椅子に座った。そして、膝を曲げて足を椅子の下に隠す。椅子の脚には正面以外は板が貼ってあるので外から中は見えない。その上をスカートの布で隠せば完璧だ。
「シアンの脚だと私より長いからちょっと窮屈かもしれないけど、そこは我慢して」
ルキナは椅子から立ち上がって、今度はシアンに座るように促した。シアンは歩き出そうとしてぐっとスカートを持ち上げた。
「歩きにくくてかなわないんですけど」
シアンがスカートを邪魔だと言う。
「歩かなくていいのよ。と言うか、立つ必要もない。だから、ヒールも用意してないでしょ」
シアンはシャナとしてロンドと話をするだけで良い。わざわざ椅子から立つ必要もない。その辺りのフォローはルキナがする予定だ。
「とにかく座って。メイクとかしてあげるから」
ルキナはメイク道具を持ち出すと、シアンは諦めたように椅子に座った。
「そういえば、ルキナは化粧の仕方をどうやって覚えたんですか?」
ルキナがシアンにかつらをかぶらせ、メイクを始めると、シアンが暇つぶしをかねて尋ねた。シアンはルキナが化粧の仕方を教えてもらっているところを見たことがないため、ルキナがどこでその技術を身に着けたのか気になったのだろう。
「んー、前世の記憶が中心かな。昔は毎日化粧してたし。あとは、見様見真似。ユーミリアとかメイク上手よ」
ルキナはこの世界ではれっきとしたお嬢様だ。したがって、化粧を含めた身支度は使用人に行ってもらうのが普通。今時は貴族の人間も自分の世話は自分でやるのが主流だが、化粧やヘアメイクは使用人に任せるのがほとんどだ。例えばシェリカは学校で毎日のようにメイクをしているが、それを行っているのはティナだ。ティナがいなければシェリカは化粧もできない。そういうこともあって、ルキナにはメイクの仕方を教わる機会がなかった。だが、それは現世の話だ。前世では社会人としてそれなりにメイクをしていたし、最低限の知識はある。今はそれを元に周囲の人間のメイク術を盗みながら技術を磨いている。
「機会があったらシアンもユーミリアにメイクやってもらうと良いわ。きっと可愛くしてくれるわよ」
「別に可愛くなりたいわけではないんですけど」
「つれないわね」
シアンは普段通り会話しているが、少し緊張しているのか、表情がやや硬い。ルキナの顔が近いのが気になるのかもしれない。
(やっぱ元が良いとどこまでも可愛くなるわ)
ルキナは段々楽しくなってきて、ノリノリで化粧をする。ルキナがシアンの顔で遊んでいると、シアンが不意に目を開けた。
「どうしたの?」
シアンが何か大事なことを言うように感じたので、ルキナは手を止め、シアンからそっと離れた。シアンはルキナに視線を向ける。
「今思い出したんですけど、今まで化粧なんかしたことなかったですよね?」
シアンは既に二回ほど女装の経験があるが、その時は化粧まではしなかった。化粧なんてしなくても、シアンの顔がもともと中性的だったので、かつらで髪を長くするだけで十分女性ぽく見えたのだ。
「あ、バレた?」
ルキナがわざとらしく言うと、シアンはため息をついた。メイクを始めてからだいぶ時間が経っているし、今更やめろとは言わない。
ルキナはシアンに指摘されるまで化粧について何も言うつもりがなかった。シアンは流れに従ってメイクまで許したが、本当は断っても良かったのだ。以前より顔つきも男性的になったが、髪と衣装で誤魔化しがきかないほどではない。化粧が絶対必要ということでは決してなかった。でも、シアンがメイクを始めても文句を言わなかったので、それを良いことにルキナは勝手にシアンの顔をいじった。
「せっかくならやれるとこまで美の追求をすべきよ。そうじゃなきゃもったいないわ。もう二度と女装してくれないかもしれないんだから」
「もうしなくていいんですか?」
「シアンがしたいって言うなら良いわよ。いくらでも付き合うわ」
「そんなこと言うわけないじゃないですか」
「でしょうね」
今回はロンドを説得するためだけにシアンに女装を頼んだ。そういう理由がなければ、シアンは女装なんて手をとらないだろう。今後はそのような機会がいくらあるかわからない。もうこれが最後かもしれないともルキナは思っている。それならば、せめて最後だけでも楽しみたいと思っても良いのではないだろうか。
「あと仕上げだけだから、もうちょっと我慢して」
ルキナはシアンに目を閉じるように指示し、最後の仕上げをした。その後、仕上がりを確認した。シアンはルキナに言われるまで目を開けないつもりなのだろう。ルキナを信じ切って目を閉じ続けている。
(なんて安心しきった顔してるのよ)
ルキナはシアンの顔を見て怒りたいような、嬉しいような気持ちになった。そして、メイク道具を片手に持ったまま自分の顔をシアンの顔に近づけた。疑うこともなく目を閉じ続けるシアンに、ルキナは静かに口付けをした。
数秒後、シアンから顔を離すと、自分の唇を指で触れる。さっき紅を塗ったばかりというわけでもないのに、べたつく感覚がある。
「濃い目につけちゃったし、やっぱうつるよね」
ルキナの唇についたのはシアンに塗ったばかりの口紅だ。濃い色の口紅をたっぷり塗ったので、ルキナの唇にうつってしまったのだ。
「ルキナ!?」
ルキナが唇を拭っていると、シアンが大声を出した。ルキナの反応を見てシアンはやっとルキナがキスをしたことに気づいたのだ。シアンは目を見開いて驚いていた。
「女の子同士でキスしてるみたいで変な気分だったわ」
ルキナは意地悪に笑ってシアンをからかう。シアンは自分のされたことにようやく気づいて顔を赤くする。そして、意味もなく「なんで!?」と問う。別にルキナに理由があったわけではないし、シアンもそのことは理解しているだろう。シアンは動揺の結果、無意味にもそう尋ねてしまっただけだ。
「たまにはデレてあげた方が良いのかなって思ったのよ。シアンってば照れちゃったの?」
ルキナはそう言ってクスクスと笑った。ルキナは小悪魔的な笑い方を意識して、余裕のある演出をする。ルキナは自分が優位な状況にあることに慢心している。
ルキナの演技はシアンに対してはあまり効果がなかったようで、シアンは急に冷静になってしまった。
「照れてるのはルキナでしょう?」
今度はシアンが言い返した。形勢逆転だ。
ルキナは余裕のあるフリをしたが、シアンにはそれが照れ隠しであったことはバレバレだった。たしかにルキナは自分からキスをしておきながら、逃げ出したいくらい恥ずかしかった。それを隠そうとして変なことをしてしまい、それをシアンに見透かされてしまったので余計に恥ずかしい。ルキナは顔が熱くなるのを感じた。
「バカヤロー!」
ルキナは居ても立っても居られなくなって、シアンに暴言を吐くと部屋を飛び出した。シアンはルキナの部屋に取り残される。
「ちょっと!ルキナ!」
シアンは女装をした状態で場所を移ることができず、ルキナを追いかけることも不可能だ。ルキナは追手もない状態でひたすら逃げた。
(もう最悪)
ルキナは玄関も飛び出して庭に出ると、外で頭を冷やした。ルキナが傍についていない間、シアンはいつハリスやメアリ、使用人たちに女装姿を見られるかヒヤヒヤしなければならない。ルキナはシアンが心細く思っていることもわかっていたが、しばらく部屋に戻ることはできないと思った。自分でもなんであんな恥ずかしいことをしてしまったかわからない。
「はぁー」
ルキナは大きくため息をついた。別にキスは初めてではないが、何度経験しても恥ずかしいものは恥ずかしい。自分がしたくてしたはずなのに、なぜか気が重くなる。それはおそらくしばらくシアンの顔をまともに見られないことをわかっているからだ。
(もう二度と私からはしない)
ルキナが階段に座って俯いていると、不意に頭の上に日陰ができた。
「おい、お前。そこで何してんだよ」
顔を上げると、そこにはロンドの顔があった。ろくに準備ができないうちにロンドが来てしまった。




