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7. 友達だからデスケド。

 ルキナとユーミリアは、シェリカが連れ去られた方へ向かって走った。ルキナはキエラやその周囲にいる人間のことをよく知らない。しかし、シェリカをどこかに連れて行こく目的はとても良いものだとは思えない。

 シェリカはキエラたちに建物の中に誘導され、そのまま近くの空き教室に入った。近くで活動している部活もなく、静かな教室だった。建物に入るところを目撃していなければ、シェリカたちがここにいることに気づけなかったかもしれない。

「先生、どうしますか?」

 ルキナが部屋の入り口で中の様子を伺っていると、ユーミリアがルキナにどうするつもりかと問う。ユーミリアはできるだけ小さな声で話し、中の人たちにバレないようにしている。

 ルキナは体を起こし、中を覗くのを一度やめた。ユーミリアの質問に答えようと思ったのだが、顔を教室に覗かせたまま会話すると、声でバレてしまいかねない。

「あんまり事情を知らないやつが首を突っ込むのは良くないと思うから、少し様子を見る。やばそうだったら突撃」

 ルキナが端的に言うと、ユーミリアは黙ってこくんと頷いた。本当はこうなる前にルキナの方からキエラたちに注意をしに行くつもりだったのだが、こうなってしまった以上は、シェリカがどうするのか、どうしたいのかを確認してから動くしかない。

「ルース様、狡い手を使ってミューへーン様と仲良くされていると聞きました」

 中から話し声が聞こえ始めた。さっそく始まったようだ。ルキナはこそっと中を覗く。向こうからバレにくいようにできるだけ姿勢を低くし、机と椅子に体が隠れるようにする。

「狡い手…?」

 シェリカは何の話か見当もつかない様子で、きょとんとしている。今のところは言い返すだけの精神的余裕がありそうだ。もう少し飛び込むのは待っても良いだろう。

「単刀直入に言います。ミューへーン様との交際を考え直してください」

 キエラがシェリカをキッと睨む。シェリカの方はキエラに睨まれても動じなかった。これまで何かと言いがかりをつけられては、キエラに文句を言われてきた。キエラに理不尽なことで怒られても驚きはしない。

「考え直すって何?」

 シェリカは怪訝な顔をして、キエラにもっと端的に言うように求める。シェリカはキエラが何を言おうとしているのかは理解しているが、はっきりと核心をついた言い方ができないようでは聞くにもならない。

 キエラはシェリカに遠まわしな表現は通じないとわかると、潔く思っていることを言い始めた。

「あなたのような人はミューへーン様に相応しくない。ミューへーン様に近づかないでください」

 キエラの言葉に、後ろに控えていた他二人も「そうだ、そうだ」と囃し立てる。彼女らは自分から何かを言おうとはせず、ただキエラに同調しているだけ。本当はシェリカに言いたいことはそれぞれあるのだろうが、何かあった時にキエラに全ての責任を押し付けるためか、自分の意見とみなされるような大きな声は出さない。

 シェリカはキエラたちの言い分を聞き、不機嫌に眉間に皺を寄せた。

「あなたはルキナ様の何なの?」

 現実にシェリカがルキナに相応しくないのだとしても、それをキエラたちに言われる筋合いはない。キエラたちはルキナと知り合いですらないのだ。

「私はただミューヘーン様のためにと」

 キエラはシェリカの質問の答えを誤魔化した。キエラはこれからルキナに近づくつもりだったのだ。ルキナとの関係は無。答えられるわけがない。

 キエラはクリオア学院在学中にルキナと関係を構築しようと考えた。その際、シェリカが邪魔と考えたのだろう。報復の意味も込めて、シェリカの排除を目論んだ。しかし、そのためにとった方法が雑だ。

「だから、あなたにそう言う資格はあるのかと聞いているの。ルキナ様のことを何も知らないで、勝手なことを言わないで」

 シェリカがイラついたように言う。シェリカの正論で、キエラたちは口を噤んだ。特にキエラは悔しそうにする。

「もう用がないなら行ってもいい?」

 シェリカは三人が何も言わなくなったので、三人の間を抜けて行こうとした。それをキエラが妨げた。

「私たちを貶めた人がなんでミューヘーン様の近くにいて、なんで私はいないの?」

 キエラがルキナにこだわるのはおそらく第一貴族の人間と仲良くなることで得られる恩恵を欲しているからだ。ルキナが彼女に何かを与えることはないが、そもそも彼女が欲しているものはルキナから直接与えられるものではない。社交界で生き残るためには、ルキナに気に入られているということが重要なのだ。

「私の家はあなたのせいで第三貴族にされた。なのに、あなたは私たちのことなんか知らんふりで笑ってる。私はそれが嫌。私たちと同じ目に遭えばいいのに!あなたたちは恵まれすぎ。何でも持ってるんだから、少しくらい私たちに分けてくれても良いじゃない!」

 キエラが癇癪を起した。シェリカはキエラに話が通じないことに恐れ、一歩たじろいだ。

 ここにきてルキナは教室の中に入った。

「そこまでにしなさい」

 ルキナはシェリカたちの方に近づきながら声をかける。キエラが後ろを振り返り、ルキナの登場に驚いた。

「ミューヘーン様!?」

 キエラはルキナの名前を呼んだ後、何を言えば良いのかわからないようで黙ってしまった。代わりにサイドにいた二人が口々に言い訳を始めた。

「私たちはキエラさんに言われて無理矢理…」

「そうですよ、私はやめた方が良いと言って…」

「別にそんなのどうでもいいわよ」

 ルキナは言い逃れしようとする二人の言葉を途中で止めた。ルキナは二人とも自発的にキエラに同調していたのを知っているし、それを知らなかったとしてもそんな言葉に耳を貸すつもりはない。

「ルキナ様、どうして?」

 シェリカもルキナが来たことに驚いている。

「シェリカなら大丈夫かなと思ったんだけど、これ以上続けても埒が明かないでしょ?」

 ルキナはキエラたちの前で足を止めると、皆の顔を見回した。キエラはシェリカにきつく当たっている現場を見られてしまったので、開き直ってルキナにも敵意のようなものを向ける。

「なぜルース様だけなのですか?」

 シェリカとは仲良くして、キエラとは仲良くしない。それはなぜなのかとキエラが問う。ルキナはシェリカ"だけ"という表現は間違っていると考える。ただキエラとは知り合っておらず、仲良くなるきっかけがなかった。キエラと仲良くしない理由は特にない。だから、別にシェリカだけを特別扱いしているつもりはない。でも、敢えて言うならば、ルキナがシェリカと仲良くするのには理由がある。その答えは単純明快だ。

「私の友達だからよ」

 ルキナは自信満々に言った。でも、キエラはその一言では納得しなかった。

「ミューヘーン様はルース様を特別扱いしています」

 ルキナが誰と友達になろうが自由なはずだが、キエラは第一貴族である以上、そういうわけにはいかないのだと主張する。キエラは、第一貴族の人間は上に立つ者だからこそ、誰にも肩入れせず、公平な立場にあるべきだと考えているのだ。

(なんでこの子にそんなこと言われなきゃいけないのよ)

 ルキナは、キエラの勝手な考えを押し付けないでほしいと思った。キエラはミューヘーン家の血族であるルキナに取り入ろうとしており、既にルキナと関係を築いていたシェリカを妬んだ。そんなキエラがルキナに公平であれと言うのは、あまりに利己的だ。キエラはシェリカを特別扱いするなと言いつつ、自分を特別扱いしてほしいと欲している。キエラ自身はその矛盾にすら気づけていない。

「特別扱いしてるつもりはないけど、そうね。あなたたちとは比べものにならないくらい長い付き合いよ。特別扱いしても仕方ないじゃない」

 ルキナはそう言って、キエラとその取り巻き二人を見た。キエラ以外の二人は「私は別に…。」と、ルキナに文句を言っているわけではないと言葉を誤魔化しながら言う。キエラを差し出して自分たちは助かろうとしている。彼女らもまた自己中心的だ。ルキナは、保身にばかり熱心な貴族に辟易する。

 ただ、貴族社会は生き残りをかけた戦いだ。ルキナは自分の生まれたミューヘーン家が安定した地位を獲得しているから、他人事のように貴族は馬鹿だと言える。だが、もし、ルキナも彼女たちのようにいつ降格されるかもわからないという不安を抱えた家に生まれたなら、首の皮一枚繋げるために毎日必死だっただろう。

「本当にそれだけですか?」

 キエラがルキナに疑いの目を向ける。ルキナはそろそろ身を引いてくれるのではないかと期待していたが、まだ話は続くらしい。第一貴族という地位が絶対的であると信じているのに真っ向から食ってかかるとは、彼女はある意味勇敢である。

 ルキナはキエラに何を言いたいのか言ってみなさいと言う。すると、キエラは鋭い眼差しをルキナに向けたまま臆することなく言った。

「ルース様はあなたに貢物をされていました」

 贈り物と言えば良いものを、貢物なんて意地悪な言い方をする。意味合い的にはたしかに貢物と表現する方が正しいのかもしれないが、その表現を選ぶところにキエラの性格が表れているように感じる。黙って話を聞いていたシェリカも、不愉快そうな顔をした。

「私は貢物なんてもらったことないわ」

 ルキナはシェリカからもらったものを貢物だと思ったことは一度もない。

「つい先日も、ルース様から寝具を贈られたと聞きました」

 キエラは証拠はあるのだと言いたげだ。ルキナはため息をついた。ルキナはシェリカから物を受け取ったという事実を隠蔽するために貢物をもらっていないと言ったのではない。貢物に当たる物がないと言いたかっただけだ。だが、それはキエラには伝わらなかったようだ。

「何度も言うけど、特別扱いは贈り物があったからじゃない。小さい頃に会って、気が合ったから友達になったの。物やお金で作られた関係じゃないわ」

 ルキナは私たちのことを馬鹿にしないでと言った。貴族の子供たちは幼い頃から、親から誰と仲良くするべきか、誰と仲良くないでおくべきか教えられる。それを一生懸命守る子供も多い。でも、そんな辛い世界に生きていても、心からの友情は存在する。誰も彼もが仲の良い友達を作れるわけではないが、友達を友達と思えないほど心が貧しいと決めつけるのは失礼だ。

「それに、贈り物されたことなんて数えられるだけよ。もらうばかりじゃなくて、私からもあげてるし。ごく普通のプレゼント交換よ。友達同士なら当然のことでしょ?」

 ルキナは自分が思う当たり前を口にしたが、キエラは腑に落ちていない様子だった。キエラは親の言うことを絶対と信じ、その言葉に従って来た、いわゆる"良い子"なのだろう。幼い頃から人との付き合い方も制限され、心の通じ合った友達といえる存在に出会えたことがない。キエラは友達という関係を信じていないのだ。

 ルキナはキエラのことをかわいそうだと思ったが、同情はしなかった。正直なことを言ってしまえば、彼女のことなどどうでもいい。育った環境があまりに違いすぎるので、互いの常識を理解し合うのは難しい。キエラもルキナの考えを全て受け入れることができるような柔軟性を持ち合わせていないだろう。少々冷酷ではあるが、キエラたちとの会話はさっさと終わらせ、この場は退散するべきだ。

「別に贈り物がなくったって私はシェリカと仲良くするし、贈り物があったってあなたたちとは仲良くしたくないわ」

 ルキナは最後にそう言い放って、シェリカに行こうと手を伸ばす。シェリカはルキナの手を取り、ルキナの傍に寄った。そして、ユーミリアが待つ廊下へと二人で歩き始める。

 その途中で、ふと足を止めた。ルキナは大事なことを言い忘れていたことに気づいた。くるっと顔をキエラたちの方に向けると、ニッコリ微笑んだ。

「今後、シェリカには変なちょっかいかけないでね」

 ルキナはこういう時、怒った顔をするより、笑顔の方が恐ろしいことを知っている。笑顔の裏にある怒りを想像するのはなかなかの恐怖だ。したがって、怒っているとアピールするより、本心がわからない笑顔を見せる方が効果的だろう。ルキナはそう考えて、あえて笑顔を作ったのだ。

 ルキナたちが無事に廊下に出ると、ユーミリアがほっとした顔になった。ユーミリアは部外者だからと、廊下でずっと待機していた。いつでも話に割り込む準備はしていたが、結局最後までユーミリアの出番はなかった。

「先生、良いんですか?」

 ユーミリアは、ルキナがキエラたちの処分について何も言わなかったことが気になったらしい。教室の中に残された三人をチラッと見て言う。

「良いのよ、別に」

 ルキナはさも興味がなさそうに言った。もしかしたら、ここでもう少し話をすればキエラたちの考えを変えることができたかもしれないという可能性もあることにはある。だが、ルキナはそれを選ばなかった。ルキナはもとよりシェリカが無事でありさえすればいいのだ。キエラたちが今後何をしようが、自分やシェリカに害がなければ関心を抱かない。キエラたちには救いの手を差し伸べなかった代わりに、処罰も与えなかった。

「それに、あの子たちの処遇を決めるのは私じゃなくてシェリカよ」

 ルキナがそう言ってシェリカを見ると、シェリカは首を横に振った。シェリカもキエラたちに罰を与えることは望んでいない。

 ルキナたち三人は、もうキエラたちに用がないことを確かめると、揃って外へ出た。そこへ、「シェリカ様!」と名前を呼びながら、ティナが走って来た。シェリカとはぐれてしまい、ティナはずっとシェリカを探していたようだ。シェリカの無事を確認すると、ティナはほっとした。キエラがこの学校に入学したと聞き、シェリカがイジメられないか警戒していたそうだ。

「シェリカ、ごめん。私のせいよ」

 ティナがシェリカのことを心配していたのだとわかると、ルキナは途端に謝らなければならないと思った。

「なんでルキナ様のせいなんですか?」

 シェリカが突然謝り始めたルキナに困惑する。

「こうなることは予想できてた。もっと早く動くべきだったし、普段からもっと考えて動くべきだったのよ」

 シェリカの悪い噂をしていたのはキエラだけじゃなかった。ルース家を敵視しているのはアルーチェ家だけじゃない。ルース家が第二貴族の中で飛び抜けて裕福なので、よく目につくようだ。もともとシェリカは妬まれていた。でも、それに拍車をかけたのはルキナだ。ルキナが第一貴族の生まれで、それがシェリカを苦しめることになるかもしれないことを考えたこともなかった。この国が身分を大事にしている国であることを理解していたなら、もっとうまくやれたはずだ。

 シェリカはルキナが言わんとすることを理解し、そのうえで謝る必要はないと言った。たしかにルキナも自分のせいだけではないと思ってはいる。だが、自分に責任がないとは到底思えなかった。そうして話しているうちに、ルキナは自分が目標としている未来を再認識した。

「シェリカが話し方を変えた時、大人になったんだって思ったけど、褒めるんじゃなくて本当はこういうべきだったんだわ」

 シェリカも出会った頃は、ルキナに対して敬語を使わず、生意気な口ばかりきいていた。それがいつの間にか変わっていた。ルキナもシェリカが節度をわきまえたのだと喜んだが、本当はそれは間違いだったのだ。

「敬語も敬称もいらない。これからも友達として仲良くしましょ」

 ルキナはシェリカに向かって再度手を差し出した。

「ルキナ様が身分制度をなくしたいと言っていた意味がわかった気がします」

 シェリカがルキナの手をじっと見つめて言った。ルキナは身分の壁を取っ払いたいと考え、それをシェリカにも適応しようとしている。シェリカはルキナが自分たちの間にある壁もなくしたいと言ってくれたことを嬉しく思い、ルキナが何を目標しているのか理解した。

「それって…」

 ルキナはシェリカが味方についてくれたのだと思い、返事を先走った。しかし、シェリカはまだ答えられないと言う。

「まだ少し考えをまとめたいので、返事は待ってください」

 シェリカには他にもいろいろと考えなければならないことがある。簡単には答えられない。でも、その言い方はまるで答えは決まっているかのようだ。

「そんなふうに言うと期待しちゃうわよ」

 ルキナがニヤリとすると、シェリカはルキナの差し出された手をとった。そして、とても素敵な笑顔で言った。

「期待してていいよ」

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