5. 高度ないたずらデスケド。
チカとシュンエルの説得を済ませたルキナは、次にシェリカの説得に向かった。ルキナがシュンエルと話し終えた時点でだいぶ遅い時間になっていたので、その日のうちにシェリカと話をするのは諦め、翌日に引き伸ばすことにした。
翌朝、朝食を食べていると、シェリカの方から話しかけてきた。ルキナは早めに朝食を終え、シェリカのところへ突撃する予定だったが、シェリカもルキナに用があったらしい。
「ルキナ様、お気づきになりましたか?」
シェリカがそう唐突に尋ねる。何の説明もなしに、いきなり質問で始まったので、ルキナには全く話が見えなかった。
シェリカの後ろでティナが呆れたようにため息をついた。そのため息は、シェリカの話についていけていないルキナに対して向けられたものではなく、シェリカに向けられたものだった。そもそもティナが呆れるのはシェリカの言動に対するものが主で、他の家のお嬢様に対して呆れることはほとんどない。少なくとも、心の中で呆れていたとしても、それを相手に伝わるような態度はとらない。
「何に?」
ルキナはシェリカに早く用件を言うように求める。しかし、シェリカはニマニマして答えない。代わりに、「もう三日経ってるんですけど」とルキナを馬鹿にするように言う。シェリカの笑顔を見て、ルキナはシェリカが何か悪だくみをしていることに気づいた。だが、ルキナに思いあたることがない。
「だから、何が」
ルキナはシェリカになめられないように自分が優位にあるような態度をとる。この際、ルキナがシェリカに聞いていることが何かわからないということについては開き直って対応する。
ルキナが最後までわからないと言い続けていると、シェリカは満面の笑みを浮かべた。
「気づいてないんですね」
やはりルキナが気づいていない何かをシェリカが仕掛けたようだ。シェリカはとても満足そうだ。ルキナはこの時点でだいぶ悔しさがあったが、気づいていない何かの答えを教えてもらえないままでいるのはモヤモヤする。ルキナは屈辱的だと思いながらも、シェリカに答え合わせをするように言った。
「ルキナ様が自分で気づいていただいた方がよろしいと思いますよ」
シェリカはルキナが自ら見つけようとせずにさっさと答えを聞き出そうとするのがつまらないと思ったらしい。せっかくならこの状態を長く楽しみたいという考えなのだろう。
「あっそ。教えてくれないってことね。なら、別にいいわ」
ルキナはシェリカに断られたのですぐに答えを聞くのを諦めた。しばらくの間はモヤモヤするが、シェリカの腹の立つ笑顔を見続けるよりずっとましだ。それに、こうしてルキナが興味ないという反応をすれば、シェリカはそれをつまらないと思って自らネタ晴らしを始めるだろう。
「そんなー。せっかく頑張ったのに」
シェリカががっくりと肩を落とす。今度は同情をさそってルキナの気を惹くつもりらしい。しかし、ルキナはその手には乗らない。
「それは残念ね」
ルキナは全く残念だと思っていないという態度で言った。シェリカは、全く相手にされていないことがわかったのだろう。ネタ晴らしをしてしまうかどうか迷い始める。
「シェリカ様、ここが潮時だと思います」
ティナが助言をする。ティナはルキナの態度を見たうえで発言をしたが、決してシェリカのためではない。ティナはシェリカのいたずらの手伝いをするのを面倒だと思っている。シェリカのために話を合わせるのも大変だ。無意味に長い時間を一つのいたずらに費やすのはもったいない。きっとすぐに新しいいたずらを始めるだろうが、一つ一つの時間が伸びたところで、シェリカは同時進行でいたずらをするだけで、最終的な仕掛けたいたずらの数は変わらないと予想される。シェリカは暇というのが大嫌いなのだ。
シェリカは、ティナにも後押しするようにネタ晴らしを勧められたので、ここで長引かせずにネタ晴らしをしてしまうことに決めた。少し、いや、かなり残念そうだ。もしかしたら誰かがネタ晴らしを止めてくれるのではないかというわずかな希望を抱いているようで、口を開くまでしばらく時間をかけた。だが、誰もシェリカの味方をするような声は出さなかったので、シェリカは結局諦めて自白した。
「実は、ルキナ様のお部屋の枕を最高級枕に変えたんです。前にルキナ様のお部屋に入らせていただいた時に」
シェリカが心底つまらなさそうに言う。いたずらを仕掛けて、相手のリアクションも期待できない状態でネタ晴らしをするのは本当に虚しい。シェリカのしょんぼりした顔を見て、ルキナは少しシェリカに同情をしてしまいそうになる。でも、やはりくだらないいたずらだった。ネタ晴らしを聞いてしまうと、気づけなかったことがあまり悔しくない。
「何をもって最高級って言ってるのか知らないけど、全然気づかなかったわ。私、基本的にどんな場所でも、どんな枕でも寝れる派なのよね」
ルキナが全く悔しくなさそうに言うと、シェリカの方が悔しそうにした。最初はシェリカのいたずらにルキナが気づいていないという、圧倒的にシェリカの方が有利な立場にあったのだが、いつの間にか戦況は変わり、ルキナの方がシェリカに追い込む形になった。ルキナはシェリカに勝てはしなかったが、負けることは避けられたので満足する。
ルキナとシェリカの反応を観察していたティナが、ルキナに顏を近づけた。ティナはかつては一番背が低かったのに、今はルキナよりも高い。ティナが腰を折ってルキナの耳に顔を近づける。
「ちなみに枕の値段は…」
ティナがひそひそと裏話をする。シェリカはティナが何を話しているか気になるようで、みょーんと背伸びをしながら漏れてくる声を聞こうとする。しかし、シェリカがティナの声を聞き取る前に、ティナの話が終わってしまった。ティナがルキナから離れる。
「なんて金のかかったいたずら」
ルキナは目を見開いて驚いた。シェリカはどんな我儘も許してもらえるような生粋なお嬢様。お金に困ったことは人生に一度としてないだろう。とはいえ、ティナから聞いた値段は、いくら経済的に余裕があったとしても枕一つに支払わないであろう金額だった。ルキナの固有の全財産をもってしても手に入るかどうかというところだ。まごうことなき最高級の枕というわけだ。しかも、シェリカが自分のお小遣いで払ったと言うのだから、これにも驚かずにはいられない。同じ貴族とは言っても、ルキナの方が身分が上だと言っても、やはり格差を感じられずにはいられなかった。ルース家に天晴だ。
(どれだけお小遣いもらってるのよ)
ルキナも恵まれた人間であるので、シェリカを羨ましく思うことはないが、彼女が普通ではないことははっきりしている。シェリカの家が単純に事業に成功して金持ちというのが最大の理由だが、ジョルジェが娘を溺愛していることも理由の一つだろう。
ルキナはティナを見た。ティナはルキナの視線に気づくと、意味ありげに微笑んだ。ティナがわざわざ無粋とも思われる枕の値段を言うという行為に出たのだろう。おそらくルキナにありがたみをわからせるためだ。ルキナがティナと目を合わせていると、シェリカが枕はルキナにあげると言った。
「シェリカからのプレゼントってことで受け取っておくわ」
ルキナはシェリカにお礼を言う。シェリカはいたずらの後、そのままルキナにプレゼントするためにあえて高い枕を選んだのだろう。ティナはそれを知っていて、ルキナにシェリカの気持ちをしってほしいと思ったのだ。
「でも、なんで高い枕なの?逆に、安い枕に変わってたなら気づいたかもしれないわ」
枕をプレゼントするつもりがなく、単純にドッキリをしかけたいだけなら、安い枕に変えるという方法でも良かったはずだ。最初は枕をプレゼントするつもりなんてなくて、ルキナにいたずらを仕掛けてやろうと思っていただけだろう。そのまま安い枕ですませておけば変なリスクもなかった。
「もうユーミリアさんにやりました」
シェリカはちゃんと安い枕に変えるというのも考えたらしい。そして、実行した。相手はルキナではなく、ユーミリアだったが。
「へー、そうなの?それでどうなったの?気づいた?」
「一晩でバレました」
「ユーミリアは枕が変わると寝れないタイプなのかしら。私のベッドで寝る時は枕なしのことも多いけど」
ユーミリアはちゃんと枕が変わったことに気づいたらしいから、寝る姿勢にこだわりがあるタイプかもしれない。それなのに、度々ルキナのベッドで寝ようとする。いつも唐突にそういうことになるので、自分の枕を用意していることは少ないし、ベッドもだいぶ狭くなる。彼女の場合、枕で睡眠の質を上げるよりルキナと一緒に寝る方が優先度が高いのだろう。
話が一段落つくと、シェリカとティナは自分たちの朝食を買いに行った。ルキナは二人が戻ってくるまで椅子に座ったまま待った。まだルキナの用事は終わっていない。ルキナは待っている間にもう朝食がすんでしまったが、シェリカたちを待つしかない。
ルキナがぼんやりと待っていると、シェリカとティナが料理を持って戻ってきた。ルキナの隣に並んで座る。
「ねえ、シェリカ」
「なんですか?」
シェリカが朝食を食べ始めたところで、ルキナはさっそく声をかけた。シェリカはパンを一口サイズにちぎりながらルキナの話を聞く。
「四頭会議を廃止しようって話なんだけど、覚えてる?」
ルキナが何の話をしようとしているのか口にすると、シェリカは困ったような顔をした。シェリカはあまり話題にしてほしくなったようだ。
「シェリカは嫌?」
この質問が愚問と思うほどに、シェリカは嫌そうな顔をしている。それでも、ルキナはその理由を聞くため、質問しなければならなかった。
「嫌…と言いますか、そんなことをしてしまっていいのか不安なんです」
シェリカは言葉を選びながら答えた。シェリカは四頭会議廃止に賛成できないようだ。身分制度をなくすことが可能だったとして、その後何が起こるのかわからない。シェリカは不明確な未来に不安を感じている。
ルキナがもっと具体的な理由を聞きたいと言うと、シェリカは「変わってしまうのが怖いんです」と言った。
ルキナは驚いた。身分制度の廃止を反対するとしたら、貴族であることで得られる収入に頼っている人たちだけだと思っていた。シェリカの家は比較的裕福な方で、事業が成功しているので、第二貴族という地位で得ている収入に頼ることなく生計を立てることができる。シェリカが第二貴族でなくなることを嫌がるとは予想していなかった。
もちろん、貴族をやめたくないと言うのは個人の自由だ。でも、ルキナはシェリカなら賛成してついてきてくれるだろうと思っていた。それがまさかこれほど真っ向から反対されるとは。
「まあ、四頭会議がなくなったところで、そう簡単に全部は変わらないわよ。私たちが生きているうちにどこまで変わるかって感じね」
ルキナはシェリカの気を変えたくて、苦し紛れに持論を述べた。しかし、この程度ではシェリカの考えは変わらない。
「ごめん、今日はここまでにしておくわ」
シェリカが困った顔をするので、ルキナは身を引くことにした。シェリカと意見の対立してしまった状況に、ルキナも少なからず気まずさを感じていた。逃げるようにしてその場から離れた。
ルキナがトレイを返却し、授業に向かおうとしていると、ユーミリアと鉢合わせした。ルキナはユーミリアに何も言わずに先に朝食を食べに来た。ユーミリアはそのことは怒らなかった。ルキナがシェリカと話をしに行ったことは気づいていたからだ。
「先生」
ユーミリアがご機嫌にルキナを呼ぶ。ユーミリアは純粋にルキナに会えて嬉しそうだ。ユーミリアはユーミリアで一人で朝食をとったようだ。そのまま二人で授業に向かう。
「珍しくユーミリアもシェリカにいたずらされたって?」
ルキナが歩きながらユーミリアに話をふると、ユーミリアはパアッと笑顔になって「あ、気づきました?」と言った。ルキナがシェリカのいたずらに自分から気づけたのか気になっている様子だ。
「残念。駄目だったわ。その感じだと、ユーミリアも私の枕が変えられてること知ってたのね」
「黙っておくようにって言われたんです」
ルキナが知らないうちにユーミリアはシェリカのいたずらのターゲットにされ、それを見事に見抜いた。その後、シェリカのネタ晴らしによって、ルキナも同時にドッキリが仕掛けられているのだと知らされた。だが、そこでユーミリアがルキナに密告をしてしまってはおもしろくない。シェリカはしっかりユーミリアに黙っておくように言ったそうだ。ルキナが知らかっただけで、ユーミリアもグルで、シェリカに話を合わせていたらしい。
「なんか、今更ながら悔しくなってきたわ」
ルキナはシェリカのネタ晴らしを聞いた時は全く悔しくないと思ったが、ユーミリアにも騙されていたのだと知ると、途端に悔しくなってきた。
「それじゃあドッキリ大成功ですね」
ユーミリアが満面の笑みで言った。




