4. 対話をすべきデスケド。
ルキナは腕を組んで仁王立ちする。眉間には皺が寄り、どう見ても機嫌が良さそうには見えない。
「ねえ、マクシス」
ルキナが立ったままマクシスに声をかけると、マクシスは「なに?」と反応した。マクシスはルキナの横で椅子に座っていて、ルキナ同様に表情が険しい。声に焦りのようなものは感じられないが、尋常でない空気が漂っている。
ルキナはマクシスの方は見ないで正面に目を向けたまま話を続けた。
「今日の夜で間違いないのよね?」
「うん」
「興味がある人は来いって言ったのよね?」
「うん」
「でも、誰もいないのね」
「うん」
ルキナの連発した質問の全てにマクシスが肯定した。マクシスはなんてこともないように頷き続けたが、由々しき事態だ。
昨晩、マクシスから友人たちに四頭会議の廃止を志していることを伝えた。そして、その話に興味をもった人は翌日、つまり、今日の夜にまた集まるように言った。しかし、誰も集まらなかった。昨日の皆の反応を見る限り手ごたえはあったのだが、そこまで皆の心に響いていなかったようだ。
「どうすんだよ」
タシファレドが苦虫を嚙み潰したような顔で机を叩いた。タシファレドのそばにはアリシアの姿もハイルックの姿もない。タシファレドの企みにはあの二人がついてくると思われたのだが、期待を裏切られた。
「アリシアちゃんは?」
「アリシアはあんまり面倒事には関わりたくないってさ。大人に睨まれるのが嫌なんだろ」
ルキナがアリシアの所在を尋ねると、タシファレドはそもそもアリシアに協力する意思はないと答えた。昨日の話は最後まで聞いて行ったが、解散した後、タシファレドに自分は参加できないと言ったらしい。でも、仕方がないことだ。アリシアは現在も親戚たちから冷たい視線を向けられている。そこにさらなる問題を持ち込みたくはないだろう。
「まあ、しょうがないよね。アリシアちゃんにもやらないといけないことがあるんだし。私もアリシアちゃんには迷惑かけたくないわ」
ルキナはアリシアが保身に走る気持ちも理解している。アリシアはようやく好きな人と両想いになれたのだ。彼女がタシファレドとの結婚を優先するのは当然のことだ。
だが、それよりも気になるのはシリルだ。彼は最初の話し合いにも参加していたし、さも協力者のような顔をしていた。それなのにここに姿がないのはどういうことなのだろう。
「アリシアが参加しないなら、とりあえず傍観しておくって」
ルキナがシリルのことを尋ねると、タシファレドが疲れたように言った。
「どういう繋がり?」
「知らねえよ。あいつが考えることなんて」
シリルがアリシアを理由に参加を拒否するとは思わず、ルキナはどういう因果関係なのかと首を傾げた。それをタシファレドがどうでもいいと切り捨てた。タシファレドにとって、シリルが不参加であるという事実が重要なのであって、シリルがどういう考えで不参加に決めたのかは興味もないことなのだ。
「いやいや。それ知ってないと説得できないじゃない」
ルキナはシリルのことも引き戻すつもりでいるので、その説得の材料になりそうな情報はないと困る。
「んじゃあ、アイスはどこ行ったって言うんだよ」
ルキナがシリルの話をろくに聞いてこなかったタシファレドに文句を言うと、タシファレドは喧嘩腰でユーミリアのことを尋ねた。ルキナがアリシアやハイルックがタシファレドについてくると思っているように、タシファレドはユーミリアがルキナと行動を共にするのが当然だと思っている。ルキナが四頭会議廃止と言えば、ユーミリアも賛成するに決まっている。だが、ここにユーミリアはいない。タシファレドは、ルキナもユーミリアに逃げられたんじゃないかと馬鹿にする。
ルキナは仁王立ちのままタシファレドを睨んだ。ルキナはアリシアたちが協力を断ったことをタシファレドのせいにして責めたわけではない。興味がないという個人的な理由でしっかり話を聞いてきてくれなかったタシファレドに怒っているのだ。ここにおいて、作戦に協力するかどうかは個人の自由であり、誰がどのような選択をしようが誰も責任は問われない。それなのに、タシファレドはユーミリアが来ないのをルキナのせいにし、さらには馬鹿にしてきている。ルキナはタシファレドの自分を棚に上げたような物言いに腹を立てる。
「ユーミリアは普通に用事。あの子が来ないわけないでしょ。どうせイリヤも用事なんでしょ?」
「はい、イリヤも留学の方ですね」
ルキナがイラつきながらシアンに話を振ると、シアンは戸惑いながらも応えた。ユーミリアは不参加を選んでここにいないのではない。他に来られない理由があるのだ。それはイリヤノイドも同じ。イリヤノイドは昨晩の時点で協力できないと言っていたが、余裕がある日であればこういう話し合いには参加するだろう。つまり、アイス姉弟は忙しいから来られない。それだけのことなのだ。
ルキナたちのやりとりを見ていたマクシスが「他の人も用事…?」と呟いた。あまりに絶望的な状況で必死に希望を見出そうとしている。だが、おそらくこの人数の欠席ではその可能性はほぼない。
「先が思いやられますね」
シアンが困り顔で言う。ルキナは今日皆が集まるかどうかが第一関門だと思っていたが、まさか本当にここまで厳しいものだとは思っていなかった。ルキナたちは第一関門を突破できなかった。
皆がそれぞれ怒ったり、落ち込んだりしていると、マクシスが「ノアルド様がいっらしゃるじゃないか」と言った。マクシスが椅子に座っているノアルドを手で指し示して、皆の注目を集める。たしかに誰も来なったわけじゃない。でも、ルキナはノアルドがいても喜べないと言う。
「ノア様は監督。正確には味方じゃないのよ」
マクシスはもうノアルドが味方についてくれたと思っているようだが、ノアルドはあくまで様子を見に来ただけの外野の人間だ。
「すみません。本当は協力したいのですが、兄上の意向を聞くまではあまり動かないでおきたいので」
ノアルドが本当に申し訳なさそうにする。しかし、ノアルドにも事情がある。まだ国王であるルイスが四頭会議廃止についてどう思うか確認をとっていない状況だ。ルイスが廃止を許可するかどうかわからない状態でノアルドが後ろ盾となって動いた場合、もしルイスが廃止を反対したら王族内の対立になりかねない。ノアルドとルイスにその意思がなくとも、一瞬でも対立の構図ができたとなれば、争いごとが好きな者たちによって囃し立てられてしまう可能性がある。国王の弟である以上、ノアルドは軽率な行動はできない。
「ノア様が謝ることじゃないですよ。もう少し話がまとまったらルイス様にもお話しましょ」
ルキナがノアルドのフォローに回ると、ノアルドはほっとした顔で「そうですね」と頷いた。マクシスもノアルドの事情を知って、それなら仕方ないなと言った。
「皆の前で話すっていうのが良くなかったかもしれませんね」
シアンが反省を始めた。何度も同じ説明をするのは手間だからと、皆を集めて一斉に話を聞いてもらった。もしかしたらそれが良くなかったのかもしれないと、シアンは言う。
「皆生まれた家が違うのに、同じ説明で納得してくれるわけないですよね」
四頭会議の廃止、身分制度の廃止に賛成するか否かは、各個人の事情で違ってくるだろうから、その選択は個人の自由にしようという話だった。それなのに、その個人を尊重せず、それぞれの事情を理解した上での説明は一切しなかった。そんな状態で人を納得させるのは不可能だ。あの一回のたいして考えもつめられていない説明だけで賛同し、協力してもらえると考える方が愚かだ。
「それなら今からでも一人一人に話をしに行こうよ。ここで諦めるのはもったいないし」
シアンの反省を聞いて、マクシスが反省を生かそうと言う。仲間集めをやり直すのは今からでも遅くない。
「誰も諦めるなんて一言も言ってねえよ」
タシファレドが面倒くさそうに頭をかきながら言う。こういういちいちちょっとした言葉につっかかってくる人の方がよっぽど面倒くさい。
「なんだよ」
ルキナがタシファレドを黙って睨んでいると、タシファレドがその視線に気づいた。ルキナはぱっと笑顔になって「なんでもないわ」と言う。そして、タシファレドがまた何か言い始める前に「私もマクシスに賛成よ」と言った。それを聞いてマクシスがほっとする。
「でも、どうやって行きますか?一人ずつ分担していくか、皆そろって行くか」
シアンが実用的な意見を言う。たしかにこれも説得のためには重要なことだ。
「とりあえず一人で行って、駄目だったら人数増やしていくとか?」
「それが良さそう」
マクシスが提案し、ルキナはそれを賛成した。
そこでシアンが「しつこくするのだけは避けましょうね」と言った。ルキナたちはあくまでお誘いをして、協力をお願いをする側だ。そこでしつこくするのは筋が通っていない。全員がシアンの言葉に「わかった」と返事をした。
「皆さん、頑張ってください」
四人で話がまとまったのを見て、ノアルドが微笑んだ。ノアルドは見ていることしかできないので、話し合いで意見を言わないし、今回のことも手伝ったりしない。だが、それがいつかルイスの許可を得る時に役に立つかもしれない。そういう第三者にあたるような目は重要だ。
「それじゃあ、さっそく」
ルキナはすぐに動き出そうとした。しかし、マクシスとタシファレドは動かなかった。ルキナがどうしたのかと問うと、タシファレドが「俺たちは今から飯だ」と言った。ルキナとシアンは夜に皆で集まることを知っていたので、先に夕食をすませてある。だが、タシファレドたちはそうではなかったらしい。本当は混み会う時間に食事目的以外で食堂のテーブルを陣取るのはルール違反なので、マクシスは飲み物だけ買って、それを口実に席を陣取っていた。タシファレドも同様だ。ルキナはそれを見て、二人とも食事を終えたものだと思い込んでいた。
「じゃあ、ここでバイバイか」
ルキナはもう食堂に用がないので、立ち去る意思を見せる。
「そうだね。また明日」
マクシスはグラスに残っていたジュースを飲みほしながらルキナに手を振った。タシファレドはずっと待っていてくれているアリシアと合流すると言って席を立った。ルキナはシアンと一緒に食堂を出た。
ルキナたちが外を歩いていると、偶然チカに会った。ルキナはさっそくチカと話をするチャンスだと思い、シアンに合図を送った。シアンは頷き、二人でチカに話しかけた。
「チカ、こんばんは。今、時間あるかしら」
ルキナが話しかけると、チカは今は暇だと答えた。
「昨日の話なんだけど…」
シアンが手早く説明を始める。チカはルキナたちがしつこくも昨日と同じ話題で勧誘をし始めても、嫌な顔をしなかった。チカの場合、普段から表情が変わりにくいとはいえ、嫌なら嫌と早々に行っているはずだ。
「珍しいよね。自分の権力を失っても良いと思える人は」
シアンがチカの協力がほしいのだと言うと、チカは一連の話を聞いた率直な感想を述べた。チカがルキナたちを珍しい部類の人間だと言う。
「今は珍しいかもしれないけど、知らないだけで同じ考えの人は一定数いると思う。私はそういう人を集めて、時代を変えたいの」
ルキナが思想を一生懸命訴えると、チカはルキナの方を見て言った。
「僕にできることは少ないですよ」
チカは平民の出で、もともと権力があるわけではない。自分がいたところで協力できることはないとチカは思っていた。たしかに彼の言うようにできることは少ないだろう。でも、新しいことを始めるには、少しでも多くの賛同してくれる人が必要なのだ。
「チカは僕と敬語なしで話してくれる。そうしてほしいって僕が言い出したことだけど、チカが僕と立場関係なく仲良くしてくれるのがすごく嬉しい。僕は他の人とも、誰とでもそうあれたらいいなと思ってる。僕らは皆そういう夢を叶えようとしてるんだ。チカにはその手助けをしてほしい」
シアンがチカに右手を差し出した。チカもシアンから敬語はいらないと言われたことが嬉しかったようで、自分もシアンたちの夢は理解できないわけではないと言った。そして、ためらいながらもシアンの手をとった。チカは協力することを選んだ。
その後、チカたちと別れたルキナは寮でシュンエルに会った。シュンエルにも再度話をしたところ、シュンエルも協力すると言ってくれた。シュンエルもチカ同様、自分は力になれないと思っていたらしい。やはり楽をしようとせずに一対一で対話することが重要だった。




