3. 変なコミュニケーション方法デスケド。
「先生って立ち止まることを知らないって感じですね」
ユーミリアが感心したように言う。ルキナたちが四頭会議を廃止しようとしているという話を聞き、ユーミリアは最初にまたルキナが忙しくなることが気になったらしい。
マクシスから一通り話を聞き、皆、食事をとりながら思ったことを話している。
「いつか歴史上の偉人として伝記が書かれそうですね」
ユーミリアが冗談みたく言う。このままいけばルキナは身分格差をなくした偉人になれるのではないか、と。ルキナはそんなわけないと笑う。
「それを言ったらユーミリアの方こそ伝説のアイドルになるんじゃない?」
「アイドルなんて歴史に残るわけないじゃないですか」
「アイドルの歴史に残るって話。私の場合は何人かいるうちの一人にすぎないんだし、上手くいくかどうかもわかんないのよ」
「でもでも、先生が中心になって動いてるんじゃないですか?」
「私よりマクシスの方が頑張ってるわよ。それに、これからも味方を増やすつもりよ。私なんて集団の一員でしかなくなるわ」
ルキナは真面目な正論ばかり返すから、ユーミリアはそれ以上冗談(半分くらい本気)を続けることができなくなってしまった。
「姉さん、ルキナのこと過大評価しすぎじゃないですか?」
ルキナたちの話が聞こえていたらしく、イリヤノイドが会話に混ざって来た。イリヤノイドはユーミリアによってルキナが持ち上げられているのが気に入らないようだ。イリヤノイドはいつだってルキナを目の敵のようにルキナにつっかかってくる。
「過大評価ってことはないと思うよ、私は」
ユーミリアはルキナのことを本当に尊敬しているので、きっとルキナが何をしていてもルキナを褒めたたえるだろう。そして、ルキナを貶すようなことを言う人がいれば、たとえそれが弟であっても訂正せずにいられない。
「先生はすごいのよ。伝記が書かれてもおかしくないくらい」
「ルキナが自分で言ってたじゃないですか。一人で何かをしたわけではないんですよ」
イリヤノイドはルキナを褒めるユーミリアの言葉を絶対に肯定したくないと思っていて、ユーミリアに何を言われても全て否定しにかかる。
ルキナは自分のことで兄弟げんかが始まりそうなのをどうでも良さそうに見る。ユーミリアとイリヤノイドは互いの野望のために協力はすれど、完全に理解し合っているわけではない。仲が悪いとは言わないが、二人とも無駄に意地っ張りなので、自分の意見が否定されると言い返さずにいられないのだ。
「イリヤにわざわざ言われると、なんか腹立つのよね」
ルキナもイリヤノイドの言う通り、ユーミリアの過大評価だと思っていたが、それをわざわざ言葉にするイリヤノイドにイラっとする。ルキナはちゃんとわかっていたのに、他人に言葉にされてしまうと自分の無能さを余計に感じてしまう。
ルキナが不毛な言い合いをしている姉弟を横目にぼやいていると、シアンが「お疲れ様です」と苦笑した。ルキナがアイス姉弟に挟まれて口論を聞かされることになったので、シアンはそれを同情したのだ。
「笑ってないで何とかしてよ」
ルキナは声を抑えて、ほぼ口パクで言った。シアンならイリヤノイドを手なずけるのもお手の物だろう。イリヤノイドは尊敬するシアンの言葉ならだいたい聞く。ルキナがどうこうするよりずっと穏便にすむ。
しかし、シアンはすぐには動いてくれなかった。シアンは声がほとんど聞こえていなかったとはいえ、ルキナが何を言わんとしているか理解できたはずなのに、どうしようかなと悩むように固まった。ルキナはシアンに弄ばれているような気分になってムスッとした。すると、シアンは「わかりましたよ」と言って、肩をすくめた。
「イリヤは四頭会議を廃止するのに賛成?それとも反対?」
シアンがイリヤノイドに話しかけた。その途端、イリヤノイドはぱっと視線をシアンに向け、ユーミリアの会話を強制終了させた。ユーミリアは、イリヤノイドが急にシアンの方に意識を向けてしまって言い合いが中途半端なところで終わらされたので不服そうではあったが、いつまでも結論の出ない口論をしていても仕方がないこともわかっている。
「先生、私は先生のことすごい人だって思ってますからね。誰も伝記を書かないってなったら、私が書きますから」
ユーミリアは最後にルキナをフォローするように言った。イリヤノイドがルキナを全否定しにかかっていたので、ルキナが傷ついていないか心配だったらしい。
「はいはい、ありがと」
ルキナがテキトーな返事をしていると、ユーミリアが「あ、でも」と続けた。
「私だと文才なさすぎて先生の良いところが余すところなく書くって言うのは難しいので、ちゃんとプロの方にお願いした方が良さそうですね」
「あんたは信者過ぎて怖い」
ユーミリアがルキナラブなのは今に始まったことではないが、ルキナは一方的過ぎる気持ちの大きさに押しつぶされてしまいそうになる。そこまで自分のことを好きだとか尊敬しているだとか言ってくれる人がいるのは嬉しくないと言ったら嘘になるが、素直に喜べないのもまた事実である。
「僕は賛成ですよ。父も賛成かはわかりませんが」
イリヤノイドがシアンの質問に答えている。ルキナは抱きつこうとしてくるユーミリアを力で制しながらイリヤノイドの方を見た。今後の参考になるかもしれないので、イリヤノイドの意見は聞いておきたい。
「四頭会議をなくすこと自体は不可能ではないと思いますけど、その後がどうなるか心配です。僕は貴族じゃなくなっても良いと思ってますけど、貴族じゃなくなったときの収入源がどうなるかによって話が変わってくるんじゃないですか?基本的に、上に立っている人はそこからどきたくないわけですし」
イリヤノイドは、四頭会議の廃止の先にある真の目的をよく理解している。ルキナたちの最終的な目的は、身分制度の廃止、貴族と平民の区分をなくすこと。四頭会議を終わらせたら終わりではない。そこからが本番といっても良い。だが、その段階に入れば反対者は多くなり、苦労も増えるだろう。そうならないための対策を講じなければ、誰も意見を変えない。人は不変を好む。特に、現時点において富と名声を手にしている者たちはその座を明け渡したがらない。イリヤノイドは、その場しのぎのやり方で四頭会議の廃止まではこぎつけたとしても、肝心のそこからの動きが止まってしまうこと危惧している。つまり、イリヤノイドは四頭会議の廃止に賛成はするが、やり方はちゃんと考えた方が良いと言う意見だ。
「たしかにそうだね」
シアンはイリヤノイドの話を真摯に受け止め、その通りだと頷いた。すると、イリヤノイドがシアンに「先輩は良いんですか?」と問いかけた。
「先輩はやっと第一貴族に戻ったばかりじゃないですか」
基本的に第一貴族に属しているということは誉れ高いことである。リュツカ家はつい最近、第三貴族から第一貴族に昇格し、四頭会議への参加権を手に入れた。四頭会議廃止の話を進めれば、その手に入れたばかりの権威を失うことになる。
イリヤノイドは、シアンがそういうことに興味がないだろうことも承知で問う。リュツカ家も長く続く家の一つだ。名家に生まれた者ならば、家が栄え続けることを願うのが当然であるし、簡単に歴史を終わらせて良いものではない。シアンの興味のあるなしに関係なく、リュツカ家の人間として四頭会議廃止が良い選択なのか判断しなくてはならない。イリヤノイドは、シアン個人の意見ではなく、リュツカ家当主としての覚悟があるのか聞きたかったのだ。
「僕はもとからそんなに興味なかったし、たぶん僕の家の人は皆そうだと思う」
リュツカ家が栄えたのは先祖代々王のそばに仕えて来たから。リュツカ家の始祖とも言うべきリュツカと名をつけられた竜人が王と契約したから、リュツカ家が子孫を残し、家を続けてきたというだけで、リュツカ家の人間が家の歴史に価値を見出すことはおそらくなかった。あくまでリュツカ家が第一貴族として地位が守られていたのは付加価値だという認識で、それが本来の目的ではない。したがって、シアンが勝手に第一貴族をおりると言っても、先祖たちは怒らないと予想できる。
「そういうものなんですか?四頭会議に参加したがってる第二貴族の人が聞いたら怒りそうです」
イリヤノイドは、リュツカ家はイレギュラーだと思った。野心のある者だったら誰だって第一貴族の仲間入りをし、四頭会議に参加したいと考える。シアンはやっとその席にありつけたというのに、手放すことをためらない。それは普通では考えられないことだ。
(この国って、上にいればいる人ほど、その上にいることに興味がない傾向があるわよね)
第二貴族の者たちはいつでも第一貴族の地位を狙っているが、第一貴族の者たちは己の地位に興味がない。決して簡単に地位を他者に譲ることはしないが、それは支配者でありたいからではない。信用ならない人に国を任せたくないというだけのことだ。
(独裁に近いくせに、あんまり悪政じゃない気がするし、変な人ばっかり政治をやってるのね)
国を動かす力を手に入れたら、欲に目がくらんでもおかしくない。それなのに、四頭会議に参加している者たちは自分たちだけが利益を得れば良いと考えない。しっかり国の益になりそうな政治をする。四頭会議に参加した人たちが、目先の欲に手を出せば民の反感を買い、いずれ自分の家が苦しむことになると理解していたのだろう。ルキナは欲のない変な人だと評価したが、本当は頭が良い人ばかりだったのだろう。
「まあ、わかりました。先輩が良いって言うならいいんです。別に僕は止めたい側の人間ではありませんし」
イリヤノイドは父親の説得は大変だろうから覚悟した方が良いとだけ言う。イリヤノイドはシアンたちのためにアドバイスをしたが、まるで他人事のような言い方だった。シアンは特に気にした様子はなかったが、ルキナはイリヤノイドが協力する気がないのではないかと首を傾げた。協力するかどうかは個人の自由なので、イリヤノイドに強制するつもりはない。だが、賛成をすると言っていたイリヤノイドのことだから協力して当然だと思っていた。
ルキナの意味ありげな視線に気づいたのか、イリヤノイドがルキナの方をチラッと見た後、ため息をついた。そして、やれやれと言うように理由を口にした。
「ちなみになんですけど、僕は留学準備があるのでそんなに協力できませんよ」
「そっか。来年留学するつもりなんだっけ」
ルキナはイリヤノイドが他人事のような言い方をしていた理由がわかり、腑に落ちた。イリヤノイドが留学を希望しているという噂はシアンから聞いている。そして、準備が大変なことも知っている。まだ出発は来年度の話ではあるが、準備は早くからしなくてはならない。イリヤノイドはそちらで忙しくなるのに、手伝えとは言えない。
「頑張ってね、イリヤ」
ルキナは心からのエールをイリヤノイドに送った。すると、イリヤノイドは珍しくルキナに笑顔を見せた。
「ありがとうございます。でも、イリヤって呼ばないでください」
イリヤノイドは笑顔のまま席を立つと、課題が残っているから先に失礼しますと言って一人歩いて行ってしまった。
「いつまでそれ言い続けるの?」
ルキナはイリヤノイドの背中を目で追いながら言った。イリヤノイドはいつまでたってもルキナがイリヤと呼ぶことを許してくれない。もうイリヤノイドを攻略することは諦めたとはいえ、そろそろイリヤと呼ぶのを許してくれるくらいのデレは見せても良いはずだ。
「イリヤなりのコミュニケーションですよ」
ルキナがイリヤノイドの背中に向かって文句を言っていると、ユーミリアがルキナの耳元で言う。ルキナはどんなコミュニケーション方法よと思いながらイリヤノイドの方を見た。ちょうどその時、イリヤノイドはチラッと後ろを振り返った。そうしてルキナと目が合うと、あっかんべーをした。イリヤノイドはルキナと仲良くするつもりは全くないようだ。
「あれが?」
ルキナはユーミリアにイリヤノイドのどこに仲良くしたいという気持ちがあるのか問うた。コミュニケーションの取り方が色々あることはルキナも理解しているが、あれだけルキナへの当たりが強いのを見ているとあまりユーミリアの言葉が信じられなくなる。
「イリヤも素直になれないだけですよ」
「私にはただ嫉妬をぶつけてきてるだけにしか見えないんだけど」
ユーミリアがあははと乾いた笑いをしたので、ルキナは追い打ちをかけるようにイリヤノイドはシアンがルキナにとられるのが嫌なだけではないかと言う。ユーミリアもイリヤノイドがルキナとどういうつもりで接しているのか完全に理解しているわけではないので、ルキナの言っていることが正しいと思ってしまう。
「それじゃあ、また明日、興味がある人だけ集まってもらって、これからどうするか相談しよう」
マクシスが話を締めるように言った。既に関係ない話しをし始めている人たちも増え始めたので、いつまでもだらだらと話していないでひとまずは解散した方が良いと考えたようだ。
「そうだな。アリシア、行こうぜ」
「うん!」
最初にタシファレドとアリシアが立ち上がり、それをきっかけにぞろぞろ皆が動き出した。とっくに食事を終えている人がほとんどで、席を立つタイミングを計りかねていたようだ。
(これで明日どれだけ残るかが問題ね)
ルキナは皆の背中を見送りながら、第一関門を迎えたと思った。




