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76. 留学の終わりデスケド。

 自宅で数日過ごした後、ルキナとシアンは再びキルメラ王国へと戻った。あれだけ心配をかけたのに、留学を再開させてもらえるのはありがたい話だ。

「ルキナってよく事件に巻き込まれるよね」

 グレースが笑って言った。グレースはルキナがジルの誘拐事件に巻き込まれたことを知っている。ルキナがウィンリア王国に帰らねばならなくなった事情を話す時に事件のことも軽く話したのだ。

「怪我をして命の危険もあったんですから、笑うのは良くないと思いますよ」

 アシェリーが笑い事ではないとグレースを叱る。グレースは「はーい」とわかっているのか、わかっていないのか判断のしづらい返事をする。

「そういえば、家政婦さん変わったって?」

 そう言って、クロエがルキナの弁当をじっと見つめる。現在、ルキナが学校に持って行くサンドイッチを作っているのはカローリアではなくシーラだ。シーラの料理の腕も並みより上なのだから申し分ないのだが、どうしてもカローリアの料理と比べられてしまう。今も昔の感覚を取り戻すように料理の腕をめきめきと上げているのだが、クロエを始め、カローリアの料理の虜になった人たちはカローリアの料理を恋しんでしまう。シーラは勝手に期待されてがっかりされるのだから、なんともかわいそうな役回りだ。

「うん、そう。シーラって言うの」

「綺麗な人ですよね」

 ルキナがカローリアと入れ替わりで雇ったシーラのことを話し始めると、リオネルがにこやかに言った。

「え!リオはもうあったの?」

 グレースが身を乗り出してリオネルにつめよる。アシェリーが「はしたないです」と言って、グレースをはたく。

「この前、遊びに行った時に少しだけお話したんだ」

 リオネルが自慢げに胸を張る。すると、グレースが「いいなー」とさも羨ましそうにする。それでまたリオネルが気分を良くする。

 リオネルは他の三人よりも頻繁にルキナたちのアパートに遊びに来ている。だから、一足先にシーラと会っている。

「リオ、ルキナの家に遊びに行きすぎじゃない?」

 クロエが、リオネルが遊びに行きすぎてルキナたちの迷惑になっていないか心配する。リオネルは、ルキナの正体が尊敬する小説家であることもあって、けっこうな頻度でアパートに入り浸っている。ルキナは迷惑と思ったことはないが、たしかにここのところ常にアパートにはルキナとシアン、シーラ以外の人がいるような気がする。リオネルの他にもキングシュルト一家の面々が日替わりで訪ねてくるので、あまり三人で暮らしている感じがない。

「にぎやかなのは良いと思いますよ」

 シアンが人が遊びにくるのは歓迎だと言った。シアンは家にいろいろな人が訪ねてくるのは良いことだと考えている。それだけ人と縁があるということが感じられるからだ。

「じゃあ、さっそく今日遊びに行っちゃってもいい?」

 グレースがウキウキした様子で言う。早く噂のシーラに会いたいようだ。

「さすがに急にっていうのは迷惑ですよ」

 アシェリーが眼鏡を押し上げながら言った。

「別に大丈夫よ」

 ルキナは真面目なアシェリーに微笑む。常識的なアシェリーの発言はもっともだが、既に急に訪ねて来る人がたくさんいる。アシェリーの気遣いは嬉しいが、今更なことではあるので、不必要な気遣いということになる。

「だって」

 ルキナが家に来ることを許可すると、グレースが「ほらみろ」と言うように意地悪な顔をする。アシェリーは口を膨らませてグレースを怒ったように睨む。

「それじゃあ、今日はルキナんとこで遊ぶってことで」

 グレースが調子よく宣言をする。

 それからのキルメラ王国での生活は穏やかなものだった。友人たちとの学校生活を楽しみ、休日には王国内の観光地に出かける。まさに充実した日々だった。

 そうしてあっという間に一年間の留学プログラムを終えた。


 ルキナたちがキルメラ王国を発つ日、たくさんの人がお見送りに来てくれた。

「カローリア、待ってろよ。来年、俺とテオがそっちに行く決まりだから」

「はい、お会いできるのを楽しみにしてます」

 ジルがカローリアとまた会う約束をする。カローリアがキルメラ王国にいられるのは一年と決まっていた。キルメラ王国に留まるためには、一度ウィンリア王国に帰り、また新しい手続きをする必要がある。だから、カローリアもいったんジルとお別れだ。

 とはいえ、今度はジルがウィンリア王国で一年を過ごす予定が既に決まっている。進級と同時に、メディカがそうしていたようにジルとテオがウィンリア王国での留学生活が始まるのだ。したがって、会えない期間はほんの数週間だ。ジルがウィンリア王国にとらわれることは何年も前から決まっていたことだが、ある意味幸運といえるだろう。

「ルキナ殿」

 ルキナがジルとカローリアのやり取りを微笑ましく思っていると、メディカが話しかけて来た。

「僕ら兄弟がもとに戻ったのは君たちのおかげだよ。ありがとう」

 メディカがルキナに握手を求める。ルキナは満たされた気持ちでその手を取った。二人は固い握手を交わす。

「いつでも遊びにおいで、子猫ちゃん」

 圧倒的なオーラと共に現れたカミラが、ルキナの髪を一束手に取って、その髪にキスをした。ルキナはカミラの美しい所作にドキドキしながら「はい」と答える。

「私もすぐにウィンリア王国に参りますので」

 イェーナがカミラの陰からヌッと現れる。

 イェーナはルイスとの結婚のためにウィンリア王国へと渡る。結婚はイェーナが中等学校を卒業してからという話になっており、つい先日、イェーナは中等学校を卒業した。結婚式自体はもう少し先だが、いろいろと準備がある。イェーナはルキナたちを追うようにウィンリア王国へと移る。イェーナとの縁も続きそうだ。

「それでは、あちらでお待ちしてますね」

 ルキナが待っていると答えると、イェーナが可愛らしい笑顔で頷いた。

 一通り見送りに来てくれた人との挨拶を終えると、ルキナはくるりと体の向きを変えた。そろそろ出発の時間だ。

「シーラ、行きましょ」

 シーラには帰る場所がない。だから、シーラはルキナのもとで働き続けることに決めた。これから一緒にウィンリア王国に移り、ルキナとの生活を続けるのだ。既にシーラの国籍を移す手続きもすんでいる。

 これはあくまでシーラの意思だ。ルキナはシーラが心配で傍にいてほしいと思っていたが、今はもうその必要がないと思っている。

「はい、ただいま…あっ!」

 シーラは大きな荷物を持って歩き出そうとした。その大事な一歩目で石に躓き、派手に転んだ。その弾みで荷物を全て落としてしまう。

「ごめんなさい」

 シーラは四つん這いになって荷物を起こす。シーラは相変わらずドジっ子だが、ミスをしても「死んでお詫びを」なんて言わなくなった。

「何やってるのよ。ほら」

 ルキナは呆れつつも手を差し出し、シーラを助け起こした。

「汽車の時間になりますよ」

 カローリアがルキナたちを急かす。カローリアは、シーラを手伝って荷物を持ち直す。二人が先に歩き始め、シアンが後に続く。

「皆、お元気で!」

 ルキナは、慌ただしく最後の挨拶をし、駅へ向かって走り出した。

「またねー!」

「また遊びに来てくださーい!」

「また会いましょう」

「僕もそちらに遊びに行きますね!」

 グレース、アシェリー、クロエ、リオネルが大きく手を振る。ルキナの背中に友人たちの再会を願う言葉がかけられる。この一年、たくさんの出会いがあった。今思い出されるのは楽しい思い出ばかりだ。とても濃い一年だった。

 この国にやってきた時と同じ季節。ルキナたちはウィンリア王国へ向かう汽車に乗り込んだ。

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