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72. 存在を証明したいんデスケド。

 新しい料理人としてシーラを雇うことになり、さっそくシーラに家事を任せることになった。そして知る。シーラはドジっ子だった。

 ガシャンっと激しい音がして皿が割れる。シーラが手を滑らせて皿を落としてしまったようだ。

「シーラ、大丈夫?」

 ルキナはシーラのもとに駆け寄り、シーラに怪我がないことを確認する。シーラは、皿が割れた大きな音でびっくりしたようで、しばらく動けなかった。そして、足元を見て皿の破片が散らばっているのを見ると、近くに置かれていた包丁をそっと手に取った。

「ごめんなさい」

 シーラは静かに謝ると、当然のように包丁を左手首にあてた。シーラは何かミスをすると、その度に死んで詫びようとする。こうしてシーラがミスをするのも、死のうとするのも一度や二度ではない。

「すぐに自殺しようとしない」

 ルキナは慣れたようにシーラから包丁を取り上げた。シーラは自殺道具を失うと、気力も失ったように項垂れた。

「片づけます」

 シーラはそう言って、素手で割れた皿を片付けようとする。

「ちょっと危ないでしょ」

 ルキナは急いで手袋と箒を持って来て、シーラにそれを使うように言う。

 シーラはすぐに死のうとするし、自分の体を大事にしようとしない。いくら不死身だと言っても、体を傷つけて良い理由にはならない。この先、不死身でなくなった時もこのような体の扱い方を続ければ、本人が自殺を望みようが、望むまいが、すぐに身を亡ぼすことになるだろう。

「もうちょっと自分の体を大切にしてよ」

 ルキナは皿の片づけを手伝いながら文句を言う。シーラはそれを黙って聞く。シーラには体を大切にする意味が理解できない。

「さてと、皿洗いが終わったら出かけるわよ」

 この後出かける予定があるので、シーラに急ぐよう急かす。シーラは「わかりました」と答えて、皿洗いの続きに手をつけた。

 ガシャン。

 また皿が割れる。シーラは失敗から学ばないのだろうか。ルキナが呆れ気味にため息をつくと、シーラはミスをしまくる自分を見限られたと思い、窓の方に移動した。

「ちょっと死んできます」

 シーラは窓を開け、身を乗り出す。

「もーっ、自殺禁止だって」

 ルキナは窓まで走って行くと、シーラに抱きついた。シーラは身長が高いが、最近までまともに食事もとっていなかったので、力がなく、体重も軽い。自殺に向かう時のシーラは、意思の力からか、いつもより力が強くなるが、それでもルキナに止められないほどではない。

 ルキナはぐっと腕に力を込め、重心を後ろに持って行く。そうして自分の体を背中から倒すようにすると、シーラの手が窓から引き離された。ルキナはシーラを窓から離すことしか考えていなかったし、二人分の体重を支える力はなかった。二人してどしんっと床に尻餅をつく。

「割れないお皿を用意した方が良いかもね」

 ルキナが「やれやれ」と言いながら解決策を考えていると、シーラが目を見開いた。

「解雇…なさらないんですか?」

 シーラは何度もミスをしているので、すぐに首にされると思ったらしい。

 食事をやめる何百年も昔、食料を買うためにシーラはあちこちで働いていた。しかし、シーラはどんな仕事をしても容量が悪く、不器用で、何度もミスをしてしまう。ミスをした後の補修はタダではない。失敗を学ばず、同じミスを続ければ、当然首を切られる。シーラは何度もそういう経験をした。だから、ルキナもシーラのことを首にすると思った。それなのに、ルキナはシーラを首にするどころか、ミスをしても大丈夫なような環境を作ろうとしている。シーラにとって、それは信じられないことだった。

「私でなくとも、世の中に優秀な方はたくさんいらっしゃいます。私にこだわることなく、捨てた方が良いのではありませんか?」

 シーラが不安そうにする。シーラはどこに行っても「必要ない」と言われてきた。シーラは望まずに手に入れた死ない体をもっていること恨んでいるが、それ以上に自分の存在意義を見出せないでいることの方が問題だ。何度も言われた不要という言葉がシーラに生きる気力を奪った。だから、無駄だとわかっているのに、何度でも自殺を試みる。

 ルキナは、己に全く自信がないシーラのことを寂しく思った。自分の価値を決めるのは自分だが、間違った評価をしている時は周りの指摘がないといけない。シーラにはそれをしてくれる他者がいなかったのだ。

 ルキナは立ち上がると、シーラを見下ろした。シーラは、ルキナの顔を一度見上げた後、さっと視線を落とした。自分から捨ててくれと言ったくせに、解雇と言われるのは覚悟しきれていないようだ。

 ルキナは肩をすくめた。ルキナはシーラを解雇する気などさらさらない。ルキナにはルキナの目的があるし、どんな理由であれ一度雇ったなら、本人が望まない限り基本的に首にする気はない。

「私があなたを選んだのよ」

 ルキナはシーラに手を差し出した。シーラはまだ床に座ったままだったので、立たせてあげようとする。しかし、シーラはルキナの手をとろうとしなかった。

「不死身は何のアドバンテージにもなりません」

 シーラは、ルキナが不老不死を面白がっているだけなのではないかと言う。ルキナは、シーラが手をとってくれないとわかったので、手を引っ込めた。

 以前にもいたそうだ。金持ちがシーラの不老不死な能力を面白がって傍におこうとしたこともあるらしい。千年も生きていればそういうこともある。

「別にあなたが不死身のエルフだから気に入ってるんじゃないわよ」

 ルキナは素直に思ったことを言ったのだが、シーラは信じてくれない。ルキナはどう言えばシーラを納得させられるか考える。

(シーラって自分も信じられないし、他人のことも信じられないのね)

 シーラは他人を信じないで生きて来た。それでも生きられるのだから困ることはなかっただろう。ルキナはただ悲しいと思う。

「そういえば、なんで私たちには不死身だって教えたの?不死身は利用される心配はなかったの?」

 ルキナはしゃがんでシーラと視線を合わせた。シーラはルキナから視線をそらしながら、ルキナには迷惑をかけたから話すべきだと思ったと答えた。

「死なないことを言わないと怪我が治る説明できませんし」

 高所から落ちて、シーラはどう考えても重症だったのに、無傷なのを見たらたしかにおかしいと思うだろう。シーラの自殺未遂の現場に居合わせてしまったルキナには、シーラの特殊な体質のことを説明せざるを得なかった。

「そっか」

 シーラが自分の体質のことを話してくれたのは、ルキナやシアンのことを信頼してくれたからだと少し期待していたが、残念ながらそうではなかったようだ。やはり信頼してもらうためにはそれなりの歳月が必要だ。

 ルキナたちは食器洗いをさっさとすませ、予定通りに外出をした。外での用事をいっきにすませようと、シーラを連れて歩きまわったのだが、シーラは絶望的なほどの方向音痴だった。ルキナが目的地を言う度にシーラに道案内を任せようとしてみたが、毎回全然違う方向を目指そうとする。そして、なぜか本人は自信がありそうなのだ。

「次は役所に行こうと思うんだけど、わかる?」

 ルキナはシーラの致命的な弱点を少しでも克服しようと、一度アパートに戻った。シーラには最低限必要な場所の情報をアパートを中心に覚えてもらうつもりだ。

「あちらの方だと思います」

 アパートを背に、シーラが左側を指さす。完全に逆方向だ。

「残念。不正解。逆よ、逆」

 ルキナが間違いを指摘すると、シーラはずんっと落ち込んだ。そして、一人でどこかへフラッと行こうとする。

「どこに行くつもり?」

「海です」

「なんで?」

「入水自殺を試そうかと」

 シーラはまた失敗したので、自殺をしようとしていた。ルキナは呆れた。シーラがすぐに自殺しようとするからではない。目的地は海なはずなのに、右側に行こうとするからだ。そちらに海はない。

「シーラ、海ならあっちだけど」

 ルキナが左側を指さすと、シーラがきょとん顔で立ち止まった。本人は自信満々に歩き始めているので、間違っているとは思っていない。とても驚いた顔をする。

「そんなんでよく生きてられたわね」

 シーラは一人で生きて来たのだから、道を間違えようが、誰も困らないし、そもそも間違えていることを教えてくれなかっただろう。歩き続けていればいつかたどり着くし、シーラにとって時間をかけることにマイナス要素はない。だが、これからはそういうわけにはいかない。ルキナがシーラを手放すまでは、最低限の働きを見せてもらはねばならない。きっとルキナのもとで働くことをやめた後も、経験がシーラを生かしてくれる。だから、シーラの苦手な部分は少しでも克服しなければならない。

「今からそちらに向かうつもりでした」

 シーラはまだ自分の間違いを認めたくないようで、言い訳を始める。シーラは自分が方向音痴であることに気づきたくなさそうだ。

「たまには遠回りも良いかと。死にに行くんですし」

「方向音痴は黙ってなさい」

 シーラがまだ言い訳を続けそうだったので、ルキナがそれを止める。せめてシーラに自信がなければ、方向を間違っていても、自分で間違えているかもしれないと考えることができる。シーラには方向音痴を認めてほしいものだ。

「簡単で良いから、道を覚えておいた方が良いわ。左が海で、右が駅の方。で、役所は駅の方」

 ルキナは左、右と指をさして、シーラに目的地の場所とアパートを中心に場所を覚える方法を教える。シーラは「わかりました」と言い、役所の方に向かって歩き始めた。

 ルキナが後ろから曲がる方向を言ったので、迷うことなく目的地に到着した。シーラがちゃんと道を覚えてくれていれば良いのだが。

 ルキナは役所に入ると、窓口で話をし、何枚かの書類をもらった。それをロビーの方で待っているシーラに渡す。

「シーラ、これに必要事項を書いて」

 シーラは言われるままに渡された書類に名前や年齢、その他の情報を書いていく。そうしてすべての欄を埋め終わると、ルキナが今度はそれを窓口に届ける。そこで一枚のカードをもらう。

「はい、ちゃんとした身分の証明は必要でしょ?」

 ルキナは窓口でもらったカードをシーラに手渡した。シーラは受け取りながら、カードを凝視した。

 シーラは難民と一緒にキルメラ王国に転がり込んできただけで、正式な手続きをもって入国したわけではない。どこにもシーラのデータは残っておらず、身分の証明は不可能だった。だから、新しく作った。

「三年はこの国にいないと駄目だけどね。まあ、これでもここは緩い方よ。難民が多かった影響だと思うけど」

 永住権を得るためには、戸籍が必要だ。難民に寛容なキルメラ王国は、三年以上の在住記録があれば正式な戸籍を用意してくれる。本来、戸籍情報は母国から移してくるものなのだが、それも必要ない。新しい人生を始めるなら、この国が最適だ。

「逆に言えば、別の国に行きたいなら三年以内がチャンスよ。三年を過ぎれば、またさらに手続きが面倒になるわ。理由もなしに戸籍を変えられないから。結婚をするとか、仕事でとか、理由があれば何も問題はないんだけどね」

「とりあえず、キルメラ王国の仮戸籍があれば移住も簡単だからよく考えた方が良いわ。戸籍をどこにおくのかはシーラの自由よ」

 ルキナの説明を聞きながら、シーラはカードをまじまじと見つめていた。仮とはいえ、身分証を手に入れた。シーラにはそれが感慨深く感じたらしい。ルキナにはシーラの気持ちを完全に理解することはできなかったが、彼女が感動していることだけはわかった。

「それはシーラの存在を証明するものよ。あなたはちゃんと生きてるのよ」

 ルキナは少しかっこつけたことを言ったかもしれないと思った。間をおいて恥ずかしくなってくる。でも、シーラに生きていてほしいから、恥ずかしくても言う必要があった。

「ありがとうございます」

 ルキナの思いが少しは伝わったのだろうか。シーラが微笑みながらお礼を言った。ルキナはシーラが大事そうに仮身分証を手に握っているのを見て満足する。こうしてシーラに自分の存在を認めてもらえるような行為を続ければ、シーラも自分を大事に思ってくれる日がくるだろう。

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