68. 会えたんデスケド。
ルキナはテオとジルの運命を変えるため、まず二人の状況を知らねばならないと考えた。テオは同じ学校に通っているし、度々アパートにも遊びに来る。テオに関してはいつでも状態を知ることができるようになっているので、特に心配はない。問題はジルだ。
(ジルって家出中、どこで寝泊まりしてるのかしら)
ルキナはジルのことを全然知らない。そもそも会って話をしたこともない。知っているのは良くない噂ばかり広まっていること。だが、この噂は特に意味があるわけではなさそうだ。誰かが意図的に広めているのではなく、ただ噂好きの人たちが話を広めているだけ。ジルが長いこと姿を見せないので、変な噂だと思われても、その信憑性が確かめることができない。その間に噂を面白がった人が話を広めるのだ。
(家出のタイミングはたぶん今年の春くらい。テオの記憶だとメディカがいたし、イェーナもいた。さすがに一年以上家出を続けてるってことはないはず)
メディカは去年の春までウィンリア王国にいた。メディカがこちらに戻ってきているということは、家出を始めたのはわりと最近のはずだ。他の兄弟の姿を見ても、今とあまり背格好が変わっているように見えなかったので、家出が始まったのは一年以内だと予想される。
(まあ、家出の時期がわかったところで、だからなんだって話だけども)
放課後、ルキナはシアンと一緒に帰った。今日はテオとイェーナも一緒だ。遊びに来たいと言っていたので、待ち合わせをして四人でアパートに向かった。
ルキナはテオにジルのことを聞こうかとも思ったが、テオもジルの居場所を知らないようだったし、あまり込み入ったことを聞き出そうとして勘繰られても困る。とりあえず自分で探してみるしかない。
ルキナがそんなことを考えながら帰宅すると、アパートにはカローリアともう一人誰かがいた。カローリアと誰かが話している声が聞こえる。ついでに美味しそうな食欲がそそられる匂いがする。
カローリアが他人をいれることを禁止していない。友達ができ、アパートに呼びたい人ができたら、好きに招くように言ってある。だが、今までそういうことをしたという話を聞いていないので、実行したのは今日が初めてだろう。
(カローリアが人をいれるなんて珍しい)
カローリアは雇われの身という立場もあって、いつも何かと遠慮がちだ。ルキナは、この国に友達ができたのかも知らない。カローリアは自分の話をしない。それが使用人と主人の正しい距離感なのだろう。だから、ルキナたちの方からそういうプライベートなことを聞き出そうとはしない。でも、ルキナはカローリアには友達がいるだろうと予想している。カローリアが休みの日に楽しそうに出かけているところを時々見る。だが、彼女はその友達を決してアパートに連れてこない。カローリアはきっと遠慮している。
ルキナはカローリアがやっとこのアパートに心を落ち着けることができたのだと思い、感慨深くなった。大変な仕事を任せている分、カローリアにはもっと自由に楽しく生活してほしいと思っている。だから、こうして遠慮しないでくれるのはルキナも嬉しい。
「ただいま」
ルキナはウキウキしながら部屋の奥へと進んだ。カローリアが誰を呼んだのか気になる。カローリアのために一度退散した方が良いかもしれないが、今は知らないふりをして様子を見に行きたい。カローリアの友達の顔を確認したら、皆を連れて外に出よう。ルキナはそう考えて、カローリア以外に人がいないと思っているていでリビングに入った。
「シアン様、ルキナ様、申し訳ありません」
ルキナがリビングに入ると、カローリアが目の前に現れて、深々と頭を下げた。カローリアは許しもなく人を入れたことを謝っているのだろう。だが、ルキナは怒るつもりがない。無論、シアンも怒る気がない。
「謝る必要はないですよ」
シアンがカローリアに頭を上げるように言う。カローリアは言われるままに顏を上げた。それにつられてルキナも視線を上に上げた。その流れで、ダイニングテーブルで食事をしている人の姿が目に入る。カローリアは食事をごちそうしていたようだ。だから、美味しそうな匂いがしていた。
「おい、おかわりくれ」
客人はなぜか横暴な態度で、おかわりを要求する。ルキナはカローリアには何も感じなかったが、人の家でまるで主人のようにくつろいでいる客には不快感を感じた。
(何なのこの人)
ルキナはカローリアの友達とはいえ、文句を言ってやりたくなる。ルキナは睨むように、客を見た。そして、驚いた。そこにはテオに瓜二つの顔があった。
「ジル…。」
背後からテオの声がする。テオが先客の姿を見て呆然としている。やはり目の前にいる人物は、テオの双子の弟であるジルで間違いない。
「なんでお前がここにいんだよ」
ジルが吐き捨てるように言った。大声ではなかったが、イェーナは怖かったようで、ルキナの後ろに隠れた。
「それはこっちのセリフ」
テオが呆れたように言った。その後、二人とも黙ってしまって微妙な空気が流れる。
「ん?何々?なんかあったの?」
そこへさらに人が増える。カミラだ。カミラはイェーナがルキナたちのアパートに行くと聞いていたらしく、便乗して遊びに来たようだ。でも、皆、リビングの手前で固まっているので、不思議そうにしている。
「姉様」
イェーナがほっとしたような声を出す。皆の姉であるカミラがいれば心強い。カミラはジルの姉でもある。カミラならジルのことも止めてくれそうだ。
「チッ」
ジルが舌打ちをする。ジルの位置からカミラの姿は見えないが、イェーナのカミラを呼ぶ声が聞こえてきたので、カミラがいることを確信した。ジルはカミラが国に戻ってきたことを知っていた。どこかで噂でも聞いたのだろう。
カミラはルキナたちの間を抜けて一番前に出た。ルキナたちが何を見て固まっているのか確認したかったらしい。
「ああ、ジルか」
ジルの顔を見ると、カミラは納得したような顔をした。カミラもジルが家出中であることを知っている。ジルの登場で皆が戸惑うのも理解できる。
「ふんっ」
ジルはカミラの姿を見ると、顔をそらした。ジルは兄弟に関心をもたない。当然、そこには他の兄弟が会いたいと渇望していたカミラも含まれる。
「カローリア、おかわりあげてきて」
ルキナは微妙な空気に耐えきれなくなって、カローリアに行動を促す。自分が動くのではなく、カローリアを使うところはルキナの意地汚いところだ。
カローリアは、ルキナに言われるままにジルの希望通りにおかわりを用意する。ジルは肝が据わっているのか、カローリアが用意した料理を皆が微妙な顔をしながら見ている中で食べ始めた。
「まあ、とりあえず話を聞くべきだな」
カミラがジルの前に座る。カミラはジルと話をするという名目で、カローリアの料理を要求する。美味しそうな匂いを嗅いでお腹が空いたようだ。さらに、ジルが美味しそうに食べているのが食欲をそそる。
カローリアはジルに料理を提供しておいて、カミラにあげないわけにはいかない。新しい皿を出し、そこに料理をよそう。
「おおっ、うまそうだ。ありがとな」
カミラはカローリアから料理を受け取り、満面の笑みを見せる。そして、何の気兼ねもなしに食事をとり始める。この国の王族たちはこういうところで毒をもられるかもしれないという恐怖を全く感じていないようだ。
最初は遠慮していたテオとイェーナも、料理を食べているのを見て羨ましく思い始めたのか、ためらいがちに自分たちも欲しいと言い始めた。カローリアの料理は好評だ。
ダイニングテーブルに座れるのは四人まで。ジルたち兄弟によって占領されてしまったので、ルキナたちは端の方に寄って様子を伺う。
「カローリア、いつの間にジル様と知り合ってたのよ」
ルキナはひそひそとカローリアに状況を尋ねる。ダイニングテーブルの方はイェーナとカミラが楽しそうに話しているが、相変わらず空気はあまり良くない。それでも、シーンとしているわけではないので、ルキナたちが話していても、小さな声で話している限り、あちらに話声が丸聞こえということはないだろう。
「実は、ルキナ様たちの夏休みが始まる前に一度会ってるんです」
「え?そんな前に?でも、一回だけ?」
「イェーナ様の誕生祭の日、街でたまたまお会いして。その時はジル様だとは気づかなかったんですけど、お腹が空いてたみたいで。でも、事情がおありの様子でここに招いたんです」
ルキナはすっかり忘れているが、誕生祭の日、ルキナたちがアパートに帰ってきた時、カローリアは何か言いたげだった。その時もルキナは特に気にしなかったが、カローリアはジルをアパートに入れたことを話そうとしていた。
「猫を拾ったみたいな感じで王族拾って来るってすごいわね」
ルキナはカローリアの話を聞いて、面白がる。一方でカローリアはとても深刻そうな顔をする。拾って来たのが猫なら良かった。それが王族となると、後々ルキナ達の不利になるような事態になりかねない。だから、カローリアはジルと知り合ったことを話すに話せなかっただろうし、今も報告をしなかったことについて叱れるのではないかとびくびくしている。
「今日の分の材料費は私が払います。いえ、今日だけではなく、前回の…」
「そのくらいなんてことないですよ」
カローリアはひとまず勝手にジルに食べさせてしまった分の料理の費用を払うと言い始めた。しかし、シアンはそういうことを望んでいるわけではない。
「何と言うか、ジル様が元気そうで良かったわ」
ルキナはそっとジルの方を見る。ジルは図らずも久々に家族との食事になり、しかめっ面で食べている。こうして彼の無事を確かめられたことが何よりの朗報だ。
(いやー、まさか私より先にカローリアがジルと知り合ってるとは思わなかったわ)
ルキナはジルを見つけたいと思っていたが、このような出会い方は全く想定していなかった。しかも、何やらカローリアとジルは親しそうだ。でなければ、家出中のジルが他人のアパートに入ってこなかっただろうし、カローリアもジルに料理を提供しなかっただろう。
(ちょっと待って。これでまた運命変わるんじゃない!?)
かつてのルキナなら、「なんでカローリアが恋愛フラグ立ててんのよ」と絶叫していたに違いない。だが、今はこの状況に希望を見出すことができる。ルキナは少しでも運命のシナリオから外れることを望んでいる。だから、カローリアがジルと良い雰囲気になっていることに関して文句はない。むしろ、もっとやってくれと言いたいくらいだ。




