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67. 二つの覚悟デスケド。

 夏休みが終わり、ルキナとシアンはキルメラ王国へと再び入国した。留学も残り半分。できるだけこの国を堪能しておきたいものだ。

(でも、逆ハーレムは諦めたわけだし、そこまで焦ってやらないといけないことないんだよね)

 ルキナは人の心を弄ぶことがいけないことだと気づき、逆ハーレムの野望はついえた。そうなると、この国に留学を決めた目的もなくなることになる。

(ま、いっか。普通に遊びまくろ)

 ルキナは大きな目標を失ってしまったので、それなりに戸惑いがある。だが、それでも生きていけないわけではない。また新しい目標を見つければ良いだけだし、目標がなくともそれが理由で死ぬことはない。ルキナの楽天的な性格が目標を失った程度で己を見殺しにするわけがない。ルキナには今日も明日も生きていく気力がある。

「一か月、二か月、間をあけると、懐かしく感じますね」

 カローリアがしみじみと言う。今回もカローリアがルキナたちのお世話係としてついてきている。カローリアも、キルメラ王国に久しぶりにやってきたのは感慨深く感じるようだ。

 ルキナたちは、キルメラ王国には夏休みが終わるより少し早く戻ってきた。そうして余裕をもって登校日を迎えた。

 でも、授業が始まる前日まで、ルキナは連日夜遅くまで夜更かしをするという不健康な生活を送っていた。だから、当然ルキナは寝不足で、常に眠気に襲われていた。

「ふぁーあ」

 ルキナは空いた時間に図書室で自主学習をしようと思ったのだが、あまりにも眠くて大きく欠伸をしてしまった。秋になって授業がまた変わったのだが、仲良しメンバーの中でルキナだけ授業のない時間ができてしまった。今、友達に会いに行くこともできず、図書室で時間をつぶす以外に方法がない。だから、ルキナはなんとか寝ないように頑張り続けたが、瞼が重く、眠気には逆らえなかった。ルキナは結局本能に従って眠った。



『はあ?なんで俺がそんなの参加しなきゃならねえんだよ!』

 ジルがバンッと机を叩く。テーブルの上の食器がカチャっと音を鳴らす。それに合わせてイェーナがびくっと肩を震わせる。イェーナはジルが大声を出すので、怯えている。

『ジル、食事中だよ』

 テオはジルに座るよう注意する。ジルを落ち着かせようとするが、ジルは立ったままメディカを睨んでいる。

『俺はぜってぇそんなの出ねえからな』

 ジルは、メディカに近々行われる式典に王族として出席するように言われ、怒り始めた。テオはジルがなぜそこまで出たがらないのか理解できない。下の方の兄弟は、出席をするだけで、それ以外の仕事はない。長男のヘンリーや次男のアイルならいざ知らず、人前で話をしなければならないということもないだろう。

『ジル…』

『嫌がっても駄目だ。王族の一員なら、その役目を果たせ』

 テオが弟を説得しようと声をかけたが、それを遮るようにメディカが言った。メディカは問答無用と言った感じで、ジルに式典に出るように強要する。メディカはジルが嫌がる理由に興味がないし、理由を聞いたところで欠席を認めない。

 テオは、メディカの悪い癖が出ていると思った。メディカは熱くなると周りが見えなくなる。こんなふうに上から押さえつけるように言っても、ジルは聞く耳をもたない。むしろ逆効果だ。兄であるメディカがジルの性格を理解していないわけがない。でも、今、メディカはジルが怒鳴ったのに呼応するようにプッツンと切れている。ジルの性格を考慮した話し方もできないほどに冷静じゃない。

『こんなおかしな家、すぐに出て行ってやる!』

 ジルはメディカとでは話にならないと判断し、理由も告げずに家出宣言をした。食事の席を離れ、食堂を出て行く。

『ジル!戻れ!』

 メディカがジルの背中に怒鳴りつける。これでジルが止まるわけがない。ジルは足を止めず、振り返ることもなく歩き去って行った。

 イェーナが兄たちの喧嘩を怖がり、目に涙をためる。イェーナはただでさえ他の兄弟よりも兄弟と過ごした時間が短いのに、すぐ目の前で喧嘩を見させられれば、委縮するに決まっている。

 メディカがジルを連れ戻そうと、椅子を立った。それをテオが止める。

『兄様、僕が追いかけます』

 イェーナをキレているメディカと二人きりにするのはかわいそうだったが、メディカがジルを追いかけても逃げられるだけだ。ここは双子の兄であるテオが冷静にジルから話を聞き出すべきだ。

 テオは、メディカの返事も聞かずに食堂を飛び出した。メディカがもし自分が行くと言ったら面倒なので、それを言われる前に動くが勝ちだ。

 テオは、玄関へと真っすぐ歩いて行くジルを追いかけた。ジルの背中に『ジル!』と名前を呼びかけると、ジルはぴたっと足を止めた。ジルは双子の兄であるテオにだけは完全に心を開いている。よほどのことがない限り、ジルはテオの話を聞こうとする。

『どこに行くつもり?』

 テオは足を止めたジルに近づいて問う。テオがジルの真横に来ると、ジルはテオの方は見ずに『別に』と言った。特に目的地があるわけではないようだ。

『王族なんてやめてやる』

 ジルはテオが何か聞く前に自ら言った。ジルは以前から王族という肩書を嫌っているところがあった。テオだって、自分が王族であることにメリットを感じているわけではない。でも、王族をやめたいと思ったことはあっても、ジルのようにそれを口にしたことはなかった。そして、おそらくジルは実行に移そうとする。

『やめるとか、やめないとか、そういうことじゃないと思うけど…』

 テオはジルを落ち着かせようと、言葉を探しながら言う。だが、これはせいぜい時間稼ぎにしかならない。

『そんなの血の鎖で繋がれてるだけだ。逆になんでやめられないんだよ』

 ジルがいらつきながら言う。ジルだってどうやって王族をやめるのか知らないはずだ。しかし、やめられるということだけは信じている。

『でも、僕らは家族だ』

 とにかくジルを引き留めなくてはならない。テオは何を言えばジルが思いとどまってくれるのかわからなかったので、思いつく言葉を口にする。でも、これは全く意味がなかった。ジルは家族ほど不安定な関係はないと思っている。ジルを引き留める材料にならない。

『それこそ血の繋がりだ。そんなの何の意味もない。母親は皆違うくせに、父親が一緒ってだけで兄弟になる。テオも、これがどれだけ不安定なことかわからないわけがないだろ。俺らはたまたま母親も一緒だけど、他の奴らを見てみろ。お前の言う家族に興味なし。皆どっかに行っちまったよ』

 カミラが国外に行ってしまってから、兄弟は皆ばらばらになってしまった。イェーナは父親の言いつけで家に帰ることが許されず、上の兄たちは国王になるための勉強とかで兄弟の前に姿を現さなくなった。ついには、チャリオも他国の姫のところに嫁いでしまって、残された三人だけで何かできるわけではなかった。現在、イェーナは家に帰ってきたが、何年も離れていた暮らしていたことで生まれた確執は簡単には埋まらない。

 ジルは最初から家族という絆を信じられなかったわけではない。兄弟がバラバラになっていく過程を見てきたから、信じられなくなっただけだ。

『カミラ姉様だったらきっと帰ってくるよ』

 テオは兄弟がバラバラになるきっかけになったカミラが戻ってこれば元に戻ると信じている。そして、カミラはイェーナが国に戻った今、いずれ帰ってくるだろうと予想している。

 しかし、ジルはそんな曖昧な考えに期待していない。

『今いねえのはカミラだけじゃないだろ』

 カミラが戻ってきたところで、既に離れてしまった家族が戻ってくるという保証はない。皆、それぞれの意思で離れて行った可能性があるのだ。カミラの失踪はきっかけにすぎず、元凶ではない。ジルはテオの考えは甘いと言う。

『じゃあ、なんで王族をやめるなんて言ったの?家族から離れたいっていうだけなら、王族をやめるっていうのは違うと思う』

『どうせ俺たちは王になれない。王になれなきゃ、王族だなんて名前だけ。いてもいなくても一緒だ。何の役にも立たない。王になるには、どこかの国の王女と結婚して、婿入りするしかない。チャリオみてぇにな。まあ、あいつも王にはなれないみたいだけど』

『そんなに王様になりたいの?』

『そうじゃねえよ。王になれないなら王族である意味がないって話だ。俺はこんな無意味な血をもって生まれるより、普通の家に生まれたかった』

 ジルはそう言って歩き始めた。本気で家出をするつもりだ。

『ジル!』

 テオはジルを止めようとした。ジルの手首をつかみ、引っ張る。しかし、ジルはそれを強く振り払い、テオのこともおいていってしまった。兄弟がまた一人離脱してしまった。



 ルキナは図書館で居眠りをしていた。それを見かけたテオが近くの席に座った。近くに寝ている人がいたからか、いつしかテオも眠気に襲われてしまった。テオが近くで寝ていたことで、ルキナは夢でテオの記憶を覗き見ることになった。

 でも、ルキナが夢で見た記憶はテオのものだけではなかった。ただし、近くにいたのはテオだけ。ルキナが他の人の記憶を見たのではない。ルキナが夢で見たのは、ルキナの前世の記憶だ。

 ルキナは前世で『りゃくえん』『バンシー・ガーデン』をプレイしたから、この世界の一部の住人の性格と稀にその行きつく未来を知っている。ルキナは『バンシー・ガーデン』については、そもそもしっかりプレイしていないし、そのあたりの記憶があまり戻っていないので、まだわからないことが多い。だから、何かをきっかけに記憶を取り戻すことはしばしば。今回もそのうちのほんの一部でしかない。でも、それに付随して知った事実は軽いものではなかった。

 ルキナは、テオとジルの最期を知ってしまった。

 家出を長いこと続けていたジルは、ヒロインルキナと知り合い、ルキナに心を開いていくが、同時に死の時が迫っていく。家出をしていたことで、ジルは王族を利用しようとする輩に目をつけられてしまうのだ。その者たちはジルを人質にし、国や王を思うままに操ろうと考える。

 その作戦の決行日、常にジルの心配をしていたテオが現場に居合わせ、事件に巻き込まれてしまう。そのいざこざの中で、テオは弟を守り、代わりに刺殺されてしまう。テオは最後までジルを大切に思い、命をとして守り抜く。しかし、その尊い命は失われしまう。

 その後、国王を脅すためにジルは人質にとられ、王族としての価値を利用される。そして、結局最後はテオも殺される。国王が脅しに屈しなかったからだ。息子一人の命と国の命運を天秤にかけ、国をとった。それだけのことだ。だが、それが、王位を引き継げない王族だからと、己の価値を見出せなかったジルの皮肉な最期となる。

 ルキナは自然と涙を流していた。記憶は寝ている間に取り戻されたもので、夢を見ているような感覚だったが、無意識のうちに泣いていた。

「ルキナ。だから、早く寝るように言ったのに」

 ルキナが顔を伏せて寝ているところへ、シアンがやってきた。シアンがルキナを授業に連れて行こうと、図書室に迎えに来たのだ。

 ルキナはシアンの声で目を覚まし、顔を上げた。テオはルキナの斜め向かいの席に座っていた。ルキナより少し先に目を覚まし、既に移動の準備をしていた。テオも次の時間は授業があるらしい。

 ルキナはまた涙があふれてきそうになる。ルキナの周りにいる人はゲームのキャラではなく、生身の人間。それを認識しているから、惨い未来を知ってしまえば心が重くなる。

 ルキナはテオに泣いてるのがバレたくなくて、椅子に座ったままシアンに抱きついた。

「ルキナ、どうしたんですか?」

 シアンが驚く。

「僕は先に行きますね」

 ルキナとシアンがいちゃつき始めたと思ったテオは、ルキナが自分のことを思って泣いていることに気づかず去って行った。

 逃れられない死の運命。それが『バンシー・ガーデン』のテーマだ。

 バンシーは未来を予言し、人の死を叫び声で予告する妖精と言われている。ルキナがゲームのタイトルを言う時に、バンシーの名を口にしたが、シアンはバンシーを知らなさそうだった。シアンがバンシーを知らなかったところを見ると、この世界にバンシーが存在しない可能性が高い。では、バンシーは誰なのか、そもそも存在するのか、というような疑問は残るが、それは今問題ではない。重要なのは、ゲームのテーマが「逃れられない死の運命」とあることだ。

(逃れられないわけがない。だって、もう運命は変わってる。シナリオは改変されたはず)

 ルキナはシアンのお腹に顏をぎゅっと押し付けた。

 テオとジルの未来以外に、もう一つ思い出したことがある。それは、イェーナやメディカ、アイル、ヘンリー、チャリオの運命だ。

 キングシュルト一家のほとんどの兄弟は、ゲームのシナリオ通りに時が進んでいたなら、既に命を落としている。それも、イェーナの誕生祭の時に、だ。イェーナの誕生祭は賊による襲撃を受けたが、ゲームでも同様の事件が起きている。しかし、そこにカミラはいなかった。カミラはイェーナの誕生祭の日を勘違いし、一日遅れで母国へ帰った。その時、自分の兄弟の多くが賊によって命を奪われたことを知る。それが本来用意されていたストーリーだ。それをルキナが知らず知らずのうちに改変し、運命を変えた。カミラが事件当日にキルメラ王国にいたことが全ての鍵を握っているとは言い切れないが、彼女の存在が少なくとも運命に何らかの影響を及ぼしたのは間違いない。

 つまり、ルキナにはゲームの登場人物の未来を知ることができ、その運命を変えることができるということだ。だから、テオとジルの運命を変えることもできる。そして、希望的観測をするなら、既に彼らの運命はシナリオから脱線し、テオたちが近い未来に死ぬことはないと言えなくもない。テオとジルが王家として命を狙われた時、他の兄弟はカミラを除いて残っていなかった。だが、現実では全員が生き残っている。イェーナの誕生祭のことを考えると、いなかったはずの人物が存在している事実は運命を変える可能性が十分にあるといえる。しかし、それで安心はできない。人の命が関わっている以上、後悔してすむものではない。

「ルキナ?怖い夢でも見たんですか?」

 シアンはルキナが泣いていることに気づいたかもしれない。シアンが心配そうにルキナに声をかける。そして、ぎこちない手つきでルキナの頭を撫でた。

 ルキナは上がる心拍数を落ち着けるように、ゆっくり深呼吸をした。この話をシアンにするつもりはない。ルキナはシアンを危険にさらしたくはない。シアンがテオたちの身に危機が迫っていると知れば、自分の安全も顧みずに事件に首をつっこんでいきそうだ。ルキナは他の誰よりシアンを失いたくない。だから、たとえシアンの力を借りれば救える命を見捨てでもシアンを巻き込みはしない。

 ルキナは顔を上げ、シアンに笑いかけた。

「もう大丈夫よ」

 その笑顔の裏で、二つの覚悟を決めた。一つは救える命は全て救うこと。もう一つは、そこにシアンを巻き込まないこと。ルキナは、どんなに辛くてもこの二つだけは守り切ってみせると今決めた。

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