63. 良いところは知ってるんデスケド。
ルキナがノアルドに秘密を話し終え、気分を良くしていると、チグサが窓の方に視線を戻した。
「あ、まーくん」
チグサは外にマクシスの姿を見つけたらしく、マクシスの名を声に出した。マクシスはチグサが食べたいと言った物を買いに向かった。そのチグサが欲しがった物は窓から見えるところにあったわけだから、ここからマクシスの姿を確認できても不思議ではない。
ルキナはチグサの近くに寄って、チグサと同じように窓の外を見た。特に意味はないが、マクシスがいると聞いたので、なんとなく見たくなった。ノアルドもルキナと同じのようで、ルキナの隣に来て外を眺めた。
「あー、あれがマクシスね」
ルキナはマクシスを見つけることができた。これから買い物をするようで、列に並んでいた。
でも、簡単ではなかった。少し時間がかかってしまったのは、マクシスが黒髪で、遠くから探すには手掛かりになりやすい見た目ではないからだ。いろいろな髪色の人がいるが、多くの人が黒髪なので、その分目立たない。
ルキナはマクシスを見つけた後、他に知り合いがいないか探し始めた。飲食系を中心として、外で屋台を開いているクラスのほとんどが生徒会室もある中央棟の付近で店を構えている。それに伴い、生徒たちは中央棟付近に集まってくる。だから、たくさんの生徒の中に知り合いがいる可能性は十分にある。
(あ、シアンだ)
ルキナは最初にシアンを見つけた。そのすぐそばにはイリヤノイドの姿もある。イリヤノイドはカップルコンテストのルールを口実に、ずっとシアンと一緒にいるのだろう。どんな表情をしているかは確認できないが、おそらく幸せそうな顔をしていることだろう。
シアンの場合、マクシスと違って、とても珍しい姿をしている。他に見間違えようがないし、何より白銀の髪はよく目立つ。ルキナが無意識にシアンを探していたことを除いても、シアンを見つけるのは難しくなかった。
それはロット家の者にも言える。ロット家の人間は、燃えるような赤い髪をもっている。逆に、ロット家の血縁者以外は赤髪をもたない。したがって、赤髪は珍しいといえ、鮮やかな色であるだけに、よく目立つ。
「タシファレドとアリシアちゃんだわ」
ルキナは赤髪カップルを見つけ、そのことを報告した。不思議なことに、遠くからでもタシファレドたちがいちゃいちゃしているのがわかる。タシファレドとアリシアもカップルコンテストの出場者なので、ルールに則って一緒にいるのだろう。無論、彼らの場合はそんなルールがなくとも傍にいただろうが。
「ほんとですね」
ルキナが指さした先をノアルドが見て言う。ノアルドもタシファレドとアリシアを見つけられたようだ。やはり目立つ髪の人はすぐに見つけやすい。
「あそこにはシアンもいますよ」
ノアルドが楽しそうに言う。間違い探しをしているような気分で、見つけた人の名前を言って指をさす。ルキナは既にシアンを見つけていたが、声には出さなかったので、ノアルドはまだルキナが見つけていないと思ったようだった。
ルキナはノアルドの指さした方に目を向け、「そうですね」と相槌をうつ。視線の先には当然シアンがいるが、最初に見つけた時のようなときめきはない。
そんなルキナの反応を見て、ノアルドは、なんとなくルキナがシアンの存在に気づいていたことを察した。ノアルドは、やはりルキナはシアンが好きで、その好意があるからこそ早く見つけられたのだと思った。自然と表情が暗くなる。
「ノア様、どうかなさいましたか?」
ルキナはノアルドが何を考えてショックを受けているのかわからないので、ノアルドが急に悲しそうに見えたことを純粋に心配した。それに対し、ノアルドは「何でもないです」と答えた。
「最近、私は友達に恵まれていると感じます」
ルキナがさらに気遣いの声をかけようと思ったところで、ノアルドは突然話を変えた。ノアルドは、こうしてルキナと過ごす時間を設けてくれたミッシェルやシアンに感謝をしていた。その気持ちはずっとあったのだが、ここでわざわざ言葉にするのは、話をそらすため以外の意味はない。
ルキナは、突然ノアルドが話題を変えたのでびっくりした。だが、それも少しの間だけで、「それは私もよく思います」と穏やかに返事をした。
そうしてルキナたちが窓辺に並んで外を眺めていると、不意にノアルドの背中に人がもたれかかった。
「いちいち悲しんでる場合じゃないぞ」
ミッシェルだ。ミッシェルがノアルドの背中に乗るようにして、ノアルドの耳元に口を近づけて言う。
「ミッシェル、重いです」
ノアルドは背中を起こしてミッシェルを離れさせると、急に体重をかけられて危なかったと文句を言った。
「ノアはそこまで貧弱じゃないだろ」
「そういう問題ではありません」
文句を言われたミッシェルは、ノアルドから離れると、ルキナに近づいた。ルキナが「なに?」と聞くと、ミッシェルは悩ましそうに「うーん」とうなった。
「うちのノアも悪くないと思うんだけどな」
ミッシェルはノアルドを応援したいと思っている。ぜひともルキナにノアルドを選ばせたいと思っているのだ。そこでノアルドはノアルドの良いところをアピールする。
「そりゃあ、シアンに比べりゃ物足りないとは思うけどさ。普通に魔法も強くて、勉強もできるだろ。あと、王族だから結婚すれば安泰。まあ、顔も悪くないしな」
ミッシェルはドヤ顔でルキナを見た。ミッシェルはノアルドをべた褒めするが、決して誇張された評価ではない。本当にノアルドは優秀な人なのだ。
ルキナは、ミッシェルの言いたいことがわからないでもなかった。ルキナだってノアルドのことをすごい人だと尊敬しているし、素敵な人だと思っている。でも、だからこそノアルドには自分よりずっと良い人がいるだろうとも思う。ノアルドのような人に好意をよせてもらえることは奇跡のようなことで、それに応えられないのはもったいないことだ。
「ルキナを困らせないでください」
ルキナが黙っていると、ノアルドがミッシェルを止めに入った。ルキナの前でミッシェルに褒められたのが恥ずかしかったのか、少し照れているように見える。
ミッシェルはノアルドの照れた顔を見て、ニヤニヤする。ノアルドはミッシェルが自分のことでニヤついているのに気づき、嫌そうな顔になる。それを見て、ミッシェルはまた笑う。
「な?優しいだろ?」
ミッシェルが笑いながら、ルキナにまたノアルドの良いところアピールをした。先ほど、ノアルドがルキナを助けるように動いたので、ミッシェルはアピールチャンスだと思っていた。
ミッシェルがじっとルキナを見る。ルキナの反応を待っているのだ。ノアルドはまた「ミッシェル」と名前を呼んで、ミッシェルを止めようとする。今度もルキナが困っていると思ったようだが、ルキナはさっきも困っていたわけではない。
「知ってる」
ルキナがそう答えると、ミッシェルは「ほう」と感心したように声を出した。ルキナがミッシェルの伝えたかったノアルドの良いところを理解していているとわかり、満足そうだ。
ノアルドは、ルキナの返答を予測できていなかったので驚いた。その後、ルキナに褒められたような形となったので、嬉しそうに笑顔を見せた。
「ノアって、ほんとわかりやすいよな」
ミッシェルはニコニコしながらノアルドのことを肘でつついた。ノアルドは恥ずかしそうに顔をそらしてしまった。
「それで?ミッシェルはなんでここに来たの?」
ルキナは話の区切りがついたところで気になっていたことを尋ねた。今日一日、ノアルドはルキナと一緒にいるとわかっていたはずだ。ミッシェルのことだから、ノアルドとルキナが一緒にいるところを邪魔しないように配慮したはずだ。だから、ここにも姿を見せないと思っていた。もちろん、ミッシェルはノアルドの護衛の任もあるので、隠れて様子を見るくらいはあっただろうが。
「ん?なんだ?俺は来ちゃ駄目ってか」
ミッシェルが冗談交じりに言う。ミッシェルがルキナの言葉によって傷ついたことはないと思われるが、そのように言われてしまうと、ルキナも気にしないわけにはいかない。
「そういうわけじゃないけど」
ルキナがドギマギしていると、ノアルドがミッシェルにルキナに意地悪をしないように言った。そして、ルキナに優しく「ミッシェルも当番なんですよ」と教えてくれた。
「そそ。俺とノアで次の当番なんだ」
ノアルドの注意を受けると、ミッシェルはあっさり種明かしをした。ノアルドが生徒会室に来たのは、ここで仕事があるからだ。そして、同じようにミッシェルも生徒会の仕事で来ていた。ルキナはその話を聞いて、「あ、そっか」と納得した。
「ミッシェルも生徒会続けてるのか」
ルキナは、ミッシェルもチグサと同じ五級生なので、もう生徒会をやめているものと思っていた。ルキナがそういう思い込みがあったという反応を見せると、ミッシェルはルキナが変な質問をしてきた意味を理解した。生徒会役員でない者が用事もないのに生徒会室にわざわざ足を運ぶわけがないというのは周知の事実だ。
「まあ、俺の場合、進路決まってるようなもんだからな。就職も進学も悩むことないし、五級生になったからって生徒会やめる必要はないだろ」
ミッシェルが、五級生になって生徒会を脱会する者が多い理由を改めて説明した。それを聞き、ルキナは「たしかに」と相槌を打った。
ミッシェルは生まれた時からノアルドの近衛騎士となることが決まっており、大人に混じってその役目を果たしてきた。それはこれからも続く。ミッシェルが騎士を続けられないような事態になるまでは、ノアルドの傍に仕え続ける。つまり、ミッシェルの進路は迷うことなく決まっているのだ。だから、就職活動や受験勉強で忙しいということはなく、他の五級生と違って余裕があるのだ。
「そういや、ノアが仕事中、ルキナもここに残るのか?」
「そのつもりだけど」
「ルキナ、ここにいても暇ですから。好きなところに行って来て良いんですよ」
ルキナたちが話していると、不意に廊下からパタパタと誰かが走る足音が聞こえてきた。ルキナは特に根拠はないが、その足音がユーミリアのものであると予想ができた。
「先生」
バタバタと生徒会室に駆け込んできたのはやはりユーミリアで、ルキナに会いに来たことは明白だった。
「先生、私とデートしましょう!」
ユーミリアは、ノアルドの仕事の時間を把握している。ノアルドが仕事中はルキナが一緒にいる必要はないので、ユーミリアはその時間を狙ってルキナを連れ去りに来た。
「え?私もここにいようかなと思ってたんだけど」
ルキナはすぐさまユーミリアの誘いを断った。ルキナはノアルドが仕事している間も一緒にいるつもりでいたので、誰に誘われようが生徒会室から動くつもりはなかった。
しかし、ノアルドがそれを良しとしなかった。
「良いですよ、ルキナ。楽しんできてください」
ノアルドはルキナが遠慮しているだけだと考え、好きなように過ごすと良いと言った。ノアルドは、ルキナに文化祭を最大限楽しんでもらいたいと考えている。そこに自分がいようがいまいが関係ない。
「えっと、じゃあ…」
「はい、いってらっしゃい」
ルキナが返事を言い切る前にノアルドが手を振って送り出した。ルキナが遠慮しないようにという気遣いだろう。
「さあ、先生、行きますよ」
ユーミリアは、ルキナが行ける状態になったとわかったと同時にルキナの腕を引っ張った。ルキナといられる時間は有限なので、一秒たりとも無駄にするものかという意気込みを感じる。
ルキナは腕章を外し、ユーミリアに引っ張られながら生徒会室を出た。その出口にはアランがいて、危うくぶつかりそうになった。
「どこか行かれるんですか?」
アランはユーミリアにどこに行くのか尋ねた。やはりアランは異様に距離をつめてくる。微妙に近い距離でユーミリアと話をしようとする。あんまり近いと話しにくいのに。
「先生と劇でも見に行こうかと」
ユーミリアは臆することなく普通に答えた。ユーミリアは距離感というのがあまり気にならないらしい。ルキナは珍しいものを見るようにユーミリアを見た。その時、ルキナはチラッと視線を感じた。アランがルキナを見たのだ。ルキナは、自分が話しかけられたわけではないからと油断をしていたが、アランは意味ありげにこちらを見ていた。
「一緒に行っても?」
アランはユーミリアと話がしたいのか、一緒に行きたいと言った。さっきルキナの方を見たのは、ルキナの確認を取りたかったからかもしれない。だが、ルキナが答えるまでもなく、ユーミリアがはっきりと断った。
「ごめんなさい。これ、デートなので」
ユーミリアは謝罪をして簡単に申し出を断った理由を説明すると、ルキナのことを引っ張った。早く行こうと言う。ルキナはユーミリアにされるがままに廊下を走って移動を開始した。その時、後ろからは鋭い視線を向けられている気がした。
「あの人、やたらと話しかけてこない?」
ルキナはアランに何か違和感を感じ、一番良く話しかけられているユーミリアを心配した。アランは悪い人ではないのかもしれないが、距離の詰め方がどこか恐ろしい。
「そうですか?」
ユーミリアはそんなことなど気にも留めていないようで、全く危機感のない返事をした。ルキナもアランと知り合ってたったの一日、二日しか経っていないので、確証のあることは言えない。
ルキナたちが階段を下り、中央棟を出ようとした時、見覚えのある緑髪の青年と鉢合わせた。
「バリファ先輩」
「アイスさん…とミューヘーンさん」
ユーミリアが反射的に名前を呼ぶと、ベルコルは先にユーミリアの顔を確認した後、ルキナの方を見た。ルキナは慌てて「お久しぶりです」と挨拶をした。
「元気そうで何よりだよ」
走った直後で息が上がっている二人を見て、ベルコルが苦笑する。そして、流れるように生徒会はどんな様子か尋ねた。
「だいぶ人の入れ替わりがありましたよ。私たちの学年だと、アラン・ミネラーという人が新しく入って…」
ユーミリアはベルコルに質問されるままに答えた。その中にアランの名前が挙がると、ベルコルが渋い顔をした。ベルコルは「どこかで聞いた名前だな」と言って、何かを思い出そうとした。ルキナはベルコルがアランの何を知っているのか気になったが、ユーミリアの見たがっていた劇が始まりそうになったので、仕方なくベルコルと別れることになった。
そうして、ルキナはアランに対する漠然とした不信感を抱いたまま、文化祭を過ごした。最終日の三日目。最後にカップルコンテストの結果発表が行われたが、ベストカップル賞にはタシファレドとアリシアのペアが選らばれた。ルキナとノアルドも、その知名度の高さで票をだいぶ獲得していたのだが、賞に選ばれたら困るということで最後の最後に棄権をした。タシファレドたち、バカップルもかなりの票を集めていたので、この結果に誰も文句を言うことはないだろう。ちなみに、ベストペア賞、通称、友情賞にはシアンとイリヤノイドのペアが選ばれた。




