62. 秘密を共有したいんデスケド。
昼過ぎ、ノアルドが生徒会の仕事があると言うので、二人で生徒会室に向かった。生徒会室にはチグサとマクシスがいて、二人を笑顔で迎えてくれた。
「そっか、マクシスは生徒会長か」
マクシスが生徒会長の腕章をつけているのを見て、ルキナは新鮮に思った。
「まあ、私らの学年だとマクシスぐらいしかいないか」
生徒会長を務めるのが多いのが四級生だ。ベルコルのように五級生まで生徒会に残り、生徒会長まで続ける人は珍しい。そうなると、ルキナの学年の誰かが会長にならなくてはならないのだが、ルキナとシアンは留学でいないことがわかっていたので、選択肢には入らなかった。そうして残された者の中から選ぶとすれば、一番経験値が多く、人をまとめるのが上手そうなマクシスが会長を務めるのが妥当といえる。
「まあ、何より、チグサが生徒会続けてるっていうのが意外だったけど」
ルキナはチグサを見て言った。チグサは五級生で、いずれ進路のことを考え、それに関して時間を割かなければならなくなる。会長になるならないに限らず、五級生は生徒会役員をやらなくなる。でも、ルキナは文化祭までの間だけ生徒会に残ることにしたらしい。ルキナは、チグサがそこまで生徒会に魅力を感じているとは思っていなかったので、意外に思った。
「姉様がいなきゃ、僕も会長なんてやらないよ」
「そうでしょうね」
「でも、会長ってそんなに仕事ないよ。代表として話をすることが多いだけで」
マクシスは、人前で話をすることができる人なら、基本的に誰でも生徒会長になれると言う。一応、選挙を行って決めているが、今年はマクシス以外に立候補者がおらず、生徒会長はなりたい人がなるという感じだった。だから、もし、タシファレドやユーミリアが望むなら、マクシス以外の誰かが生徒会長になることも可能だった。そこに特別な能力は必要ない。
「そうなの?バリファ先輩、いつも忙しそうだったじゃない」
ベルコルが生徒会長として走り回っているところを見ていたから、ルキナは生徒会長は大変なものだと思っていた。でも、実際は違うとマクシスが言う。では、なぜベルコルはあんなに忙しそうだったのだろうか。
「あの人は自分で仕事増やしてたんだよ。皆にお願いすればいいことも一人でやっちゃったりとか。おかげで、今、僕がさぼってるみたいに見られてるんだよ」
マクシスが言うには、生徒会長の仕事はいくらでも減らせるそうだ。役員を増やし、彼らに仕事を割り振れば良い。だが、ベルコルは人を頼らず、ほとんどの仕事を自分でやってしまった。自分でやった方が楽なこともあるだろうが、生徒会の仕事に毎日たくさんの時間を費やすのは辛くはなかっただろうか。マクシスは使えるものは使うタイプだから、人に任せられるところは全て任せてしまっている。でも、それは決して楽をしているわけではない。ベルコルが仕事を抱えすぎだったというだけのことだ。
「私たち、信頼されてなかったのかもね」
ルキナが独り言のように呟くと、チグサが「それは違う」と言った。少し怒っているようだ。ベルコルにも、自分たちにも失礼なことを言ったので、チグサはルキナを注意するつもりだ。
が、最後で決まらないのがチグサだ。チグサは「と思う」と自分の言葉に付け足した。ベルコルがどう思っていたかなんて、チグサにもわからない。だから、確証を得たような言い方はできない。チグサがしたように、自信のないことはニュアンスで誤魔化しておくのが良いだろう。しかし、チグサだからというのもあるだろうが、その力の抜けるような表現にルキナはずっこけそうになった。これがあの新しい喜劇なら、出演者皆こけていたことだろう。
「私も本気でそんなこと思ってないよ」
ルキナは若干笑いながら言った。チグサにペースを崩され、真面目な話に戻すのが難しくなってしまった。チグサはルキナが本気で「信頼されていなかった」と言ったわけではないとわかると、満足したのか「そう」と言って窓の方を見に行った。
「あ、そういえば、会長…じゃなかった、バリファさん見た?文化祭に来るって言ってたんだけど」
マクシスがベルコルの名前が出た流れで、それに関連する話をする。
「バリファ先輩、来てるの?」
ルキナがはしゃぐと、マクシスは「その様子だと見てないんだね」と肩を落とした。マクシスもルキナと同じようにベルコルに会いたいと思っているようだ。
「えー。見てないですよね、ノア様」
マクシスががっかりしたので、ルキナは自分が見逃しただけかもしれないという可能性をつぶしておくことにする。ノアルドがベルコルの姿をどこかで見ていたなら、少なくともベルコルが学校に来ていることはわかる。
ノアルドはルキナに名前を呼ばれ、顔を上げた。ノアルドは生徒会室で待機する当番の仕事をするために来ている。まだ交代の時間には早いので、前の当番であるマクシスとチグサもいるが、ノアルドはさっさと引継ぎの作業をしていた。
「えっと、何の話ですか?」
ノアルドは仕事の方に集中していたようで、ルキナたちの話を聞いていなかったようだ。もともとノアルドが話に加わっていたわけではないので、話の内容を把握していなくても仕方がない。
「バリファ先輩が文化祭に来るとおっしゃってたらしいんですけど、ノア様はもうお会いになりましたか?」
ルキナは簡単に話の内容を説明した。それを聞き、ノアルドは「ああ」と納得したような顔をした。ノアルドは作業をしながら、ルキナたちの会話も耳に入れていたようだ。だから、さっきの質問も少し頭の中に残っていた。でも、意識を向けている先が別にあったので、不意に話しかけられた時にそのことを忘れてしまった。そこで、ルキナから再び質問の内容を聞き、思い出したのだ。
「まだ会ってないですよ」
「お話してなくても、ちょっと見ただけっていうのもありませんか?私が見逃してただけですれ違ってたりとか」
「たぶん見てないと思います」
ノアルドの確認が取れ、ルキナはマクシスの方を見た。マクシスは「そうですか」と残念そうに言った。ベルコルは勉強で忙しいと聞くし、本当に来れるかもわからない。ベルコル本人が来ると言ったからといって、期待するのは危険かもしれない。勝手に期待をして裏切られたかのような反応をするのは、ベルコルにも申し訳ない。
「でも、マクシスも先輩がいつ来るか知らないんでしょ?まだ来てないってだけかもしれないんだし、見つけたら教えるわよ」
「ありがとう」
話に区切りがついたところで、ルキナは近くにあった椅子に座った。ノアルドと一緒に過ごすことになっているので、ルキナはノアルドが仕事をしている間は生徒会室にいるつもりだ。
「そうだ。ルキナ、ミユキ・ヘンミルっていう人のことだけど…」
ルキナが一息をついた瞬間、マクシスが新たな話題を持ち出した。ミユキ・ヘンミルという言葉に、ルキナは反応し、ぴくっと動いた。
(マクシスは噂好きってわかってたのに)
ルキナは気を抜いていた。マクシスが雑誌を読み、その話をすることなど予想できたはずだ。でも、ルキナは何も策を考えていなかった。冷や汗があふれてくるが、何もできず、固まる。
そこで動いたのはチグサだった。何も考えずに外を見ていたのかと思われたが、チグサは何気にちゃんと話声に耳を傾けていた。他にすることがなかったのかもしれないが。
「まーくん、あれ食べたい」
チグサが窓の外を指さして言う。チグサはルキナを助けるため、マクシスの気をひいた。
「はい、姉様。少々お待ちを!」
マクシスは元気よく返事をした後、窓に近づいて「あれ」を確認し、ダダダダダっと走って生徒会室を飛び出した。マクシスはチグサのお願いを叶えることを何より大事に考えているので、そこに生徒会が残っていようが、そんなものは放り出して行ってしまう。だから、チグサはいつも下手なことを言わないように口を紡ぐんでいる。特にマクシスが忙しいであろう時、マクシスにやらなければならないことがある時、チグサは絶対に話しかけない。あれが欲しいなと少し口にするだけで、マクシスが何もかも放り投げて行ってしまうからだ。
「わかりやすい性格してると扱いやすいわね」
ルキナはチグサにありがとうと言う。チグサが誤魔化してくれたから、マクシスにルキナの噂のこと追究されずにすんだ。マクシスがあの雑誌を読んでいたことがわかったので、次からはその話題が出されないように自分で気をつけなくてはならない。
「可愛い」
チグサがマクシスの出て行ったドアの方を見て呟いた。明らかに、マクシスに対して言われた言葉だった。
「え?」
ルキナは驚きのあまり、チグサの方を二度見してしまった。まさかチグサがマクシスのことを可愛いと思っていて、それを声に出すことがあるとは思っていなかった。
(チグサがデレた)
チグサのデレはかなり貴重だ。相変わらず表情から感情を読み取るのは難しいので、チグサの言葉から感情を読むのが一番の方法だ。だが、チグサは無口でなかなか気持ちを喋ってくれない。そんなチグサの「可愛い」は次いつ聞けるかわからない。ルキナは衝撃を受けて、しばらく固まっていた。
しかし、残念ながら、肝心のマクシスが聞いていない。本人の見ていないところでデレるタイプは、伝わるべき愛が相手に伝わらないというところが厄介なところだ。外野から見ている分には微笑ましくて良いのだが。だから、マクシスのように見返りを求めず、ただ尽くしたいと思っている人でなければ、上手くやっていけない。そういう意味では、チグサとマクシスの組み合わせは最適なのかもしれない。いや、長年一緒に過ごしてきたから、最適な形になったのかもしれない。
「あの、ルキナ。私も聞かない方が良いのでしょうか」
マクシスが生徒会室から消えた後、ノアルドはルキナにそっと近づいて尋ねた。ルキナはノアルドがミユキ・ヘンミルについて聞きたがっていることをすぐに理解した。
「ノア様には恩がありますから」
恩義を尽くすという意味でも、ノアルドには本当のことを言うべきだろうとルキナは考えていた。だから、ルキナは自分の話をすることにする。
「ノア様がご覧になったかわかりませんが、あの雑誌の記事に書かれていたことは本当なんです。私はミユキ・ヘンミルという名前を使って、小説を書いています」
ルキナの暴露話を聞き、ノアルドは全く驚かなかった。ノアルドはこれまでのルキナの反応や周りの様子を見て、噂が本当なのであろうことを予想していた。実際、ユーミリアはルキナが噂の否定をするのを待たず、ノアルドの協力をもってルキナの噂の隠ぺいを始めた。そこから、ノアルドはルキナが記事の内容を否定をできないのだと気づいた。
「すごいですね。でも、なんで隠すんですか?小説を書いて、本が出てるってすごいことですよね?恥ずかしいとか?」
「それももちろんありますが、父と約束をしているんです。学生のうちは本名を出さないって。たぶん私を守るためです。だから、その約束が守れなくなった時、小説も書かせてもらえなくなっちゃうんです」
「そうだったんですね。だから、アイス殿はあんなに必死に」
ノアルドはそこまで言って、何かに気づいたような顔になった。
「その話、シアンは知ってるんですよね?」
ノアルドは突然、ルキナが小説家であることを知っている者が誰か確認を始めた。
「え、はい。そうですけど。家が一緒だったので」
「アイス殿…ユーミリアさんは?」
「知ってます。バレたはのはたまたまですけど。イリヤは知りません」
「チグサさんは?マクシス君は知らないようでしたが」
「チグサとは昔から趣味仲間で、仕事の手伝いをしてもらってるんです。マクシスは口が軽そうなので言ってません」
「他に知っている人は?」
「家族とうちの使用人、出版社の人ですね」
ルキナを質問攻めにした後、ノアルドは「なるほど」と言った。ノアルドは、ルキナが秘密を自分に言ってくれなかったことが悔しかった。秘密は隠してこそ秘密なのだが、シアンやユーミリアのように秘密を共有している人がいるとわかれば、悔しさは増した。でも、ルキナの秘密を知っていた人は一部で、それぞれそれなりの理由と経緯があった。だから、ノアルドは仕方がないと思った。
「話してくれてありがとうございます」
ノアルドは、ルキナの秘密を知る一部の人間の仲間入りを果たし、そのことを喜んだ。一方、ルキナはノアルドに本当のことを言えて、すっきりしていた。そんな二人のことをチグサが優しい目で見守っていた。




