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59. わけがわからないんデスケド。

 カップルコンテストの出場者として壇上に現れたのは、ユーミリアではなく、ノアルドだった。

「え…ノア様…?」

 ルキナが驚いていると、ノアルドも目を大きく開けてルキナを見た。そして、二人とも同時に表情を曇らせた。

(謀られた)

 ルキナはユーミリアの方を見た。ユーミリアは司会者としてステージに立ったまま。ユーミリアは笑顔でルキナたちを「ここに立ってください」と誘導する。まるで何事もなかったかのようだ。一方、ノアルドは後ろを振り返り、ステージ袖で隠れて見守っているミッシェルを見た。ノアルドも詳しいことは教えられず、ミッシェルに連れてこられたのだ。

 ルキナとノアルドは頭が働かず、ユーミリアに言われるままに他の出場者の横に並んだ。二人が混乱している間にもイベントは進んで行く。

「ベストカップル賞とベストペア賞の二つが用意されています。皆さんお察しの通り、カップル賞は仲良しな恋人ペアに、ペア賞は仲良しのお友達ペアに授与されます。審査方法は…」

 ユーミリアがルール説明をしていたが、全く内容が入ってこなかった。ルキナはシアンにどう説明するかということで頭がいっぱいだった。

「…そして、ペアの方と三日間ずっと一緒に過ごしてもらうことになります。こちらのお揃いのワッペンをつけていただき、極力離れないようにしていただきます。ただし、それぞれの委員会や部活、クラスの出し物の関係で離れざるを得ないというようなやむを得ない場合はワッペンを外していただき、バラバラに行動してもらっても良いものとします」

 ユーミリアは一通りのルール説明を終えると、コンテストの開会宣言をした。そうして一通りの工程を終えると、閉会した。出場者がぞろぞろとステージの下に降りて行き、ルキナとノアルドもそれに続いた。最後にユーミリアもステージを下りた。

「ユーミリア」

 ステージの下に行くと、ルキナはどういうことなのか話を聞こうと、ユーミリアに詰め寄った。ルキナが怖い声を出して名前を呼ぶと、ユーミリアはその場でさっと頭を下げた。

「ごめんなさい!」

 ユーミリアは真っ先にルキナに謝った。ユーミリアも自分のしたことが悪いことであると理解している。ルキナに怒られても仕方ないと思っている。だが、そうせざるを得なかった理由がユーミリアにもある。

「ユーミリア…」

「でも、約束したんです」

「約束?」

 ルキナが悪いと思っているなら最初からやらなければ良かっただろうと言おうとしたところで、ユーミリアは理由があると言った。ルキナは顔をしかめつつ、詳しいことを言うように促す。

「はい。約束です。約束したんです。ノアルド様の協力をするって」

「ノア様の協力?」

 ルキナは首を傾げた。ノアルドは今回のことを感知していなかったようだった。ノアルドが企んだと考えるのは難しい。だが、ユーミリアは確かにノアルドの協力だと言った。ルキナはユーミリアが何を言っているのかわからず、困惑する。

 ルキナがユーミリアから話を聞き出していると、その背後で大きな声が響いた。

「ミッシェル!余計なことはしなくていいと言ったじゃないですか!」

 ルキナは後ろを振り返り、声の主を見た。ノアルドが怒り心頭といった感じでミッシェルを責めていた。ノアルドが珍しく大声で怒っている。

「約束の相手はタンクーガ先輩です」

 ルキナがノアルドたちの方を見ていると、ユーミリアが耳打ちをした。ルキナはミッシェルの方に目を向け、「ミッシェル?」と確かめるように呟いた。それに対し、ユーミリアが頷く。

「あの雑誌の記事を書いてもらおうって決めた時、最初、ノアルド様ではなく、タンクーガ先輩に話を聞いてもらいに行ったんです。ノアルド様なら先生のために嘘のスクープネタを書かれるくらい許してくれそうだと思ったんですけど、直接お願いに行って断れたら嫌だったので、先にタンクーガ先輩に相談しに行ったんです。その時、ノアルド様にお話を通していただく条件として協力するように、と」

 今回の件はミッシェルが主犯だったらしい。

 ミッシェルはノアルドにルキナと一緒に過ごせる時間を用意しようと、ユーミリアに協力を求めた。ユーミリアのお願いを聞く代わりにという条件付きだったので、ユーミリアはそれを断ることができなかった。最初、具体的な指示はなかったが、ミッシェルがカップルコンテストの存在を知り、ルキナとノアルドを騙してペアにさせる作戦を実行することになった。ユーミリアがルキナを騙し、その一方で同時にミッシェルがノアルドをステージまで誘導する。

 ルキナはノアルドの名前が呼ばれる前にステージに飛び出し、ノアルドはミッシェルに話しかけられたせいでルキナの名前が呼ばれていたことを知らなかった。結果、二人はステージの上で初めて事実を知ることになった。二人ともミッシェルとユーミリアの策略に完全にはまっていた。

 ルキナがユーミリアの「約束」の意味を手短に聞いていると、ノアルドたちの方が動いた。

「申し訳ございません」

 ミッシェルが深々と頭を下げる。これ以上ないほどの丁寧な謝罪だった。ミッシェルの顔にはいつものふざけた笑顔はなく、反省したようにしゅんとしている。

 ミッシェルがノアルドに対して敬語を使うのは、その必要に駆られた時だけ。ミッシェルはノアルドの近衛騎士だが、それ以上に幼馴染みである。近衛騎士としての立場が意識される時以外は敬語を使わない。つまり、ミッシェルは今、主人であるノアルドに無断で行った行為を、彼の部下として心から謝罪しているのだ。

 ミッシェルはここまで謝るつもりはなかった。ノアルドがここまで怒るとは思わなかったからだ。ミッシェルは何もノアルドやルキナに意地悪をしたかったのではない。あくまでノアルドのためを思ってしたことだ。ただ、それはノアルドを苦しめることになってしまった。

「…言いすぎました」

 ノアルドはミッシェルが敬語で謝ったことで冷静になり、感情のまま怒鳴ったことを反省した。野外ステージの袖での出来事だが、そこにいた人たちが皆ノアルドたちに注目を集めていた。ノアルドは周りの人たちにも「大声を出してすみません」と謝った。

「修羅場を見せ場にするとは、さすがですね」

 ノアルドが落ち着いたことで、野外ステージのスタッフたちが仕事に戻った。元の空気になったと思ったところで、見知らぬ男子生徒がユーミリアに近づいた。

「誰?」

 ルキナは、その男子生徒のユーミリアへの距離の詰め方を気味悪く思い、訝し気に男子生徒を見た。やけに距離が近いし、何もわざわざユーミリアの後ろにぴったりくっつくように立つことはなかっただろう。

 ルキナはその人を知らないが、ユーミリアはどうやら知っているらしい。突然現れた男子に対して、あまり驚いた様子はなかった。

 ユーミリアは、男子生徒とかぶらないように少し横にずれた。その上で男子生徒を手で指して紹介する。

「アラン・ミネラーさんです」

 ユーミリアによると、ルキナたちが留学に行った後に生徒会に入ったらしい。ルキナと入れ替わりだったので、ルキナは全く知らなかった。

「はじめまして、ミューヘーンさん。アラン・ミネラーです」

 アランはルキナたちと同じ四級生らしく、卒業する前に一度は生徒会も経験しておきたいと考えて入会したそうだ。ルキナがなぜ名前を知っているのかと問うと、アランは当然のように出場者名簿を手に「名前を確認させていただきましたから」と答えた。

「ミューヘーンさんは留学中で、元生徒会役員だそうですね。では、ミューヘーンさんも生徒会においては先輩というわけだ。短い付き合いかもしれませんが、よろしくお願いします」

 アランは一歩ルキナに近づくと、ルキナに手を差し出した。握手を求められている。

 ルキナは、近いなと思いながら、アランの差し出された手を取った。アランはニコッと笑うと、握手をやめ、ユーミリアに「先に行っていますね」と言って離れて行った。

「なんというか、人とパーソナルスペースが違う人なのかしらね」

 ルキナがアランの背中を見つめながら呟くと、ユーミリアが「どういう意味ですか?」と問うた。ルキナはアランに不気味さのようなものを感じていたが、ユーミリアはそういうものを感じていないらしい。

「え?わからない?初対面であの距離の近さは異様じゃない?」

「そう…ですかね?」

 ルキナの言っていることにあまりピンと来ていないようだ。ユーミリアは「うーん?」と考えるようにして固まっている。

「そんなに考え込むようなことじゃないわよ」

 ルキナがユーミリアの反応を見て笑っていると、近くをシアンが通りかかった。その瞬間、ルキナは自分が今考えるべきことがあったことを思い出した。どうでもいいことで笑っている場合ではなかった。他の人のことを考えいる場合でもなかった。

「シアン」

 ルキナはシアンを引き留めようと声をかけた。でも、シアンは止まらず、そのままテントの外まで出て行ってしまった。ルキナはその後を追いかける。

「シアン」

 外に出てもう一度名前を呼んだ。だが、シアンは反応を示さない。シアンの耳にルキナの声が届いていないということは考えにくいので、無視されていると考える方が正しいだろう。それほどまでにシアンは怒っているということだろうか。

「シアン!」

 少し大きめの声で呼び直すと、今度はシアンも反応した。シアンは立ち止まって、その場でくるっと体の向きを変えた。ルキナの方を見ると、冷ややかな表情になった。

「どうせユーミリアさんか誰かに騙されたんでしょう」

 ルキナが何かを言う前に先にシアンがルキナのことを知っているかのようなことを言った。ルキナがノアルドと一緒にステージに立ったことを謝罪しに来たことなどすぐに察したことだろう。当然、ルキナがそのような状況に陥った原因の予想もついている。

「ごめん」

 ルキナは慌てて謝った。自分で言ったわけではないが、謝るより先に言い訳をしたような感じになってしまった。もう遅いかもしれないが、早く謝るにこしたことはない。

 が、ルキナの謝罪はシアンに届いてなかった。シアンはルキナの「ごめん」が聞こえていないかのように言葉を続けた。

「ノアルド殿下に恥をかかせることはありません。出場してはどうですか?」

「シアン」

「僕もイリヤに騙されたので気持ちはわかりますよ。悔しいですけど、ステージにまで上がったのに出場を取りやめては、せっかくの文化祭なのに場が白けるかもしれません」

「違うのよ、シアン」

 シアンは全くルキナの話を聞こうとしない。結局、最後までルキナの声に耳を傾けることをせずに行ってしまった。

「シアン…。」

 ルキナは呆然とした。シアンは思っていた以上に機嫌が悪い。

「先生、ごめんなさい」

 ルキナがシアンの向かった方向を見て固まっていると、いつの間にか近くに来ていたユーミリアが悲しそうな声を出した。こういうことになるから、ユーミリアはミッシェルの言う通りするのが嫌だったのだ。

「ユーミリアのせいじゃないわ。私がちゃんとシアンと話さなかったから」

 本当はルキナも誰かのせいにして楽になりたかったが、ユーミリアを責める気にならなかった。ユーミリアを責めたところでどうにもならないことを、興奮が収まった今は理解することができる。この問題は自分でもなんとか解決できなくもない。ルキナとシアンの関係が何にも影響されないほど強固なものなら、話はもっと違っただろう。ルキナはシアンの見えなくなった背中を追うようにその場にとどまり続けた。

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