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57. 早く寝たいんデスケド。

「先生、キルメラ王国はどうでしたか?」

 ユーミリアがベッドの上で肘を付き、横向きに寝転がる。髪を乾かしているルキナの方を見て留学中の思い出を尋ねる。

 ルキナはユーミリアをジト目で見る。ここはルキナの部屋。ユーミリアが部屋の中に入ることを許した覚えはない。もちろんルキナのベッドで寝ることも許していない。

「なんで当たり前みたいに私のベッドにいるのよっ!」

 ルキナはかけ布団を持ち上げて坂を作る。ユーミリアの体が浮き、バランスを崩す。そのままゴロゴロと転がっていく。

「わわっ!」

 ユーミリアはベッドの下に落され、ルキナの方を見た。

「先生、痛いですー」

「勝手にベッドに乗ってる奴が悪い」

「もう少し優しくしてくださいよ」

「優しくされたいならそうしてもらえるような努力をしてちょうだい」

 ルキナは髪を乾かし終え、ベッドに入る。同時にユーミリアが布団に潜り込む。

「ユーミリア、今なら怒らないからベッドから出て、自分の部屋に戻りなさい」

 ルキナが笑顔で言う。無論、その笑顔の下では怒っている。明日から始まる文化祭に備えて早く寝たいのに、ユーミリアがいてはきっと寝るのが遅くなる。できるだけ早く、穏便にユーミリアを追い出したいところだ。

「怒られてもいいので、一緒がいいです」

 ユーミリアがルキナの腰に抱き着いた。ルキナは上半身を起こして出て行けと言っているのに、ユーミリアは部屋の主より先に横になって練る体勢に入っている。

「もう…。」

 ルキナは大きくため息をついた。ユーミリアを無理矢理追い出そうとしても疲れるだけだ。ユーミリアを追い出そうとした努力がどうせ徒労に終わるなら、もう最初から諦めてしまった方が賢明だ。

「怒るのは明日にするわ。さっさと寝るわよ」

 ルキナはユーミリアを体にくっつけたままベッドに横たわった。ユーミリアは久々にルキナと一緒に寝られることが決まり、とても嬉しそうにする。ユーミリアがルキナにぴっとりくっつく。

「暑苦しい。もっと離れて」

 冷房が効いているので寮内はいつでも快適だが、真夏の夜だ。体をくっつけて寝るような時期じゃない。

「嫌です」

 ルキナがユーミリアに離れるように言っても、ユーミリアは動こうとしない。これもどれだけ言ってもユーミリアが聞くわけがないので、ルキナはすぐに諦めた。

「先生、キルメラ王国はどうでしたか?楽しかったですか?」

 ユーミリアはルキナと話したくてルキナの部屋に残ったのだ。ルキナは早く寝たいのに、ユーミリアはそれを妨害するようなことしかしない。

「はいはい、楽しかったわよ。おやすみ」

 ルキナは手短に返事をして話を終わらせようとする。しかし、ユーミリアは満足しないで、「もっとお話ししましょうよ」と甘え声を出す。

「先生、制服は?買ったんですよね。先生の新しい制服、見たいんですけど」

「向こうにおきっぱ」

「じゃあ、留学が終わったら見せてください」

「はいはい」

 ルキナはごろんと体の向きを変えて、ユーミリアに背を向ける。もうこれ以上話の相手はしないという意思表示だ。

「それじゃあ、先生、あの人とは何か進展ありましたか?ラッキースケベとか」

「はあ?」

 ルキナはもう話しかけられても反応をしないつもりだったが、ユーミリアが変なことを言い始めたので、ついリアクションをしてしまった。だが、これはユーミリアの作戦だ。ユーミリアはルキナの気を惹こうとわざとシアンの話題を出した。思った通りにルキナが反応を示したので、ユーミリアはしてやったりという顔をする。

「事実は小説より奇なりとも言いますし、やっぱり物語よりリアルの方が面白い展開になったりするんですか?」

「変な夢見ないでくれる?」

「でも、何かあったんですよね?先生、教えてくださいよー」

 ユーミリアがルキナの体を揺する。ルキナは横向きに寝ていたので、少しの力で大きく揺れる。ルキナは体を仰向けに直して、ユーミリアに揺すられないようにする。

「別にいいじゃない、そんなこと」

 ルキナは目を閉じ、その上に腕を置く。こうして光を完全に遮断してしまうと、自分がいかに眠いのかわかる。一日中馬車に乗り続けたため、体は疲れている。いつでも寝られそうだ。それなのに寝付けないのは、隣にユーミリアがいるからだろう。

「先生、早く寝たいなら、早く話すのが良いと思いますよ。私、先生から話聞くまで話しかけ続けますから」

 ユーミリアはルキナが寝るのを邪魔すると宣言する。どこまでも自分勝手な子だ。だが、眠気であまり頭が働いていないルキナに対しては、こういう提案は有効的だ。

「それで、何があったんですか?」

「ん-、キスした」

 ルキナは欠伸をしながらユーミリアの質問に答えていく。

「何回ですか?」

「え?一回だけど」

「一回だけですか!?」

「ユーミリア、うるさい」

 ルキナは、キスを一回もしていれば随分すごいことだろうと本気で思っていた。それをおかしいとも思わずに話したので、ユーミリアは信じられないという反応をする。もちろん世の中には様々なカップルがいる。同棲していてもキスをしないカップルだって存在してもいいはずだ。しかし、ユーミリアはルキナたちがそういうカップルではないと考えている。と言うより、ルキナにはたくさん惚気てほしいので、存分にいちゃついてほしいと願っている。

「先生はあの人と1944時間一緒に過ごしたわけですよ。それでキス一回ってどうなってるんですか」

「計算速っ」

 ユーミリアが寝る直前とは思えないテンションの高さで話し続けるので、ルキナも段々目が冴えてきてしまった。ルキナもベッドの中とは思えないほどキレの良いツッコミを入れる。

「どういう計算?」

「先生とあの人がキルメラ王国にいる時間を計算しました。二十四時間かける81日です」

「なるほどね。でも、毎日二十四時間一緒にいたわけじゃないから」

「でもでも、同じ家で暮らしてたんですよね?同棲じゃないですか」

「カローリアもいたし」

「いやー、でも、やっぱり二人きりになる時間も多かったんじゃないですか?」

「そうでもないわよ」

 ルキナはユーミリアと話ながらキルメラ王国での生活を思い返してみる。ユーミリアはほぼ二人暮らしだとはしゃいでいるが、あのシアンがヤキモチを焼くくらいに二人きりの時間が少なかった。世のカップルに比べたら、三ヶ月以上の期間があってキス一回で終わっているのは遅いのかもしれない。だが、ルキナにとってはそれが妥当だと考えている。アパートで一緒に暮らしていようが、結局クリオア学院の寮にいる時とあまり変わらない。学校に行けば友達がいるし、アパートには常にカローリアがいる。どこにいちゃつく時間があるというのか。

 ルキナが変に夢を見ているユーミリアに現実を見せると、ユーミリアはすぐに気持ちを切り替えた。

「ではでは、先生の夏休みが終わるまでの1248時間、私と一緒に過ごしてくださいね」

 ユーミリアはまたルキナに抱きついた。二人で寝るには少し窮屈なベッドで、ルキナがあまり身動きをとれないのを良いことに、ユーミリアは好き勝手にルキナにじゃれつく。

「だから計算速いって」

「実は今計算したわけではないのですよ。前々から計算してました。特に、先生がキルメラ王国にいた時間に関しては、毎日二十四時間を足すだけですし」

「さすがにちょっと引くわ」

 ユーミリアが毎日ルキナの帰りを待って、ルキナと離れた時間を計算していたと言う。ルキナはそれを気持ち悪いと思う。ユーミリアの愛は重すぎる。ユーミリアの言動の半分くらいが冗談じゃないかと疑うくらい、ユーミリアの愛情表現は常軌を逸している。

「まあ、私のことはいいのよ。そんなに面白い話はないし」

 すっかり寝られなくなったルキナは、頭をお喋りモードに切り替える。こうなったらまた眠くなるまでユーミリアをつき合わせてやろう。ルキナはユーミリアに仕返しをするような気持ちで話題を変える。

「ユーミリアはどうなの?私がいない間、何かあった?」

「珍しいですね。先生が私のことを聞くなんて」

「ユーミリアのせいで目が冴えちゃったの。それに、チグサたちのことも聞きたいの」

「手紙に書いたこととほとんど変わらないですよ」

 ユーミリアはそう言って、思い出話を始めた。ユーミリアはルキナの話を聞きたがるが、同じくらいルキナに話を聞いてほしかったようだ。ルキナへ送った手紙と内容がかぶるかもしれないと言って渋りながらも、意気揚々と話し始めた。内容も手紙に書かれていなかったことばかりだった。

(これだけあったことを記憶して話せるんだから、ユーミリアの方がよっぽど小説家に向いてそうだわ。エッセイでも書かせたらすごい売り上げになりそう)

 ルキナはユーミリアの話を聞きながらそんなことを考えた。ユーミリアの話は止まることを知らず、ルキナが制止するまで話し続けた。最終的に、ルキナが寝落ちするまでユーミリアは話していた。ユーミリアの話し方は寝る前の読み聞かせのようなゆったりしたものではなかったが、疲れがたまっていたルキナには、ユーミリアの声が子守唄のような役目を果たした。

 そうして眠りに入るのは自然だったが、寝起きは最悪だった。寝始めるのが遅かったせいで、充分な睡眠がとれず、深い眠りに着く前に起きなくてはならない時間になってしまった。

「ユーミリアのせいで毎年文化祭は寝不足だわ」

 ルキナが大きな欠伸をしながら文句を言うと、ユーミリアはなぜかすっきりした顔で「お祭りテンションで何とかなります」とテキトーなことを言った。ルキナが寝不足の時、ユーミリアはいつも元気だ。同じ時間しか寝ていないのに。ユーミリアは少ない時間でも質の良い睡眠ができるということなのだろうか。

「絶対ユーミリアのせいなのに。理不尽だわ」

 ルキナは自分だけ損をしているような気分になって不満に思う。

「私のせいで先生が寝られなかったって、なんか良いですね」

 ルキナが口を膨らませている横で、ユーミリアは「ムフフ」と気色の悪い笑いをした。

「ちょっと。誤解を生みそうな言い方を人前でしないでよ」

「安心してください。夜の先生は私だけのものですから」

「だからぁ!」

 ルキナが怒っても、ユーミリアは意にも介さない。ずっとニコニコしているユーミリアにとって、怒られるのも褒美かのようだ。

「まあ、今年は完全に観客側だし、たいぶ気は楽だけどね」

 ルキナはユーミリアの相手に疲れ、肩をすくめた。

 朝食を食べに食堂に行くと、ルキナはまた欠伸をした。一度寝ないと欠伸が止まらなさそうだ。

「ルキナ様、寝不足ですか?」

 ルキナの背後から、シェリカがぬっと現れた。ティナも一緒だ。

「シェリカ、久しぶり。昨日、ユーミリアがうるさくって」

「また一緒に寝たんですか?」

「ユーミリアが無理矢理ね」

 ルキナが寝不足の理由を説明すると、シェリカが呆れた。そして、絞り出したかのような声で「仲良いですね」と愛想笑いをした。

「ルキナ、おはようございます」

 ルキナがシェリカと話していると、ノアルドが朝の挨拶をしに来た。昨日の夕方、ルキナはこちらに着いてからユーミリアとしか話していない。ノアルドとも、帰国後話すのはこれが最初だ。

「ノア様、おはようございます」

 ルキナは体の向きをくるっと変え、ノアルドと真っすぐ向き合った。そして、深々とお辞儀をした。

「私のためにありがとうございました」

 具体的に何に対するお礼なのか口にしなかったが、ノアルドはすぐに何の話か理解した。

「いえいえ、たいしたことではありませんよ。それに、案を出したのも最初に動き出したのもアイス殿ですから」

 ノアルドがユーミリアの方を見る。ユーミリアはノアルドに褒められても嬉しくないのかと思われたが、まんざらでもなさそうだった。それどころか、ノアルドの言葉を理由に胸を張り、ルキナにもっと褒めろと言わんばかりのアピールをする。

「ノア様、何か私にできることがあったら言ってください。お礼をしたいです」

「お礼なんて良いですよ。私にできることをしただけですから」

 ルキナがお礼に何かしたいと言っても、謙虚なノアルドはそれは必要ないと断る。ノアルドが何も希望を言わなくても、ルキナはお礼になることをするつもりだ。ひとまず「そうですか」と返事をするが、ここで話を終わらせるつもりはない。

「ノアルド様がいらないなら、私が代わりに」

 ユーミリアが手を挙げて、ノアルドの分のお礼も自分がもらうと主張する。

「ユーミリアは図々しすぎ」

 ルキナはユーミリアの頭をぺしっと叩いた。お礼はハグだけで良いと言っていたのはどこの誰だろうか。謙虚な人が近くにいるせいで余計にユーミリアの奇行が目立つ。

(ユーミリアらしいと言えばらしいけど)

 ユーミリアにはたくさん良いところがあるのに、こういう時ばかりユーミリアらしいと感じてしまうのはもったいない気がする。

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