52. 予想外のスクープなんデスケド。
「はあ!?私がミユキ・ヘンミルだって!?」
ルキナは大声で叫んだ。雑誌を持ってわなわなと震える。そこには正体不明の小説家、ミユキ・ヘンミルの顔と名前が判明したと書かれている。本名は一応ぼかされているが、わかる人にはすぐにわかる。ルキナがウィンリア王国出身で現在キルメラ王国にて留学中だということまで書かれてしまっている。
「クロエが読んでるのを見つけて」
ミユキ・ヘンミルのスクープ記事が書かれている雑誌はリオネルが持ち込んだものだ。リオネルはクロエが雑誌を読んでいるところをたまたま見かけ、この記事を見つけた。これはまずいと判断したリオネルはルキナのアパートまで走って報せに来てくれた。おかげで、この雑誌が発売されてからまだ一日しか経っていない。
「しかもエレノア・ターナーじゃん!」
記者の欄にはエレノアの名がある。エレノアはルキナのところに王族のことを聞こうと何度も訪ねて来ていた。その後、しばらくしてルキナの前に現れなくなった。もう諦めたのだと思っていたが、本当はずっとルキナをつけて来ていたのだ。ルキナはその期間にレオニ出版社でセロ・リアンヌに会っている。社内にまではついてきてはいないだろうから、他に何かミユキ・ヘンミルに至るまでの手がかりがあったのだろう。
(気をつけてたつもりなのに)
ルキナはこちらに来ても執筆活動を続けていた。当然、正体がバレないように細心の注意を払っていた。だから、ウィンリア王国にいた時のようにはいかないとしても、ここまで早く、明確に正体が掴まれるとは思っていなかった。
(手紙とか郵便でやりとりしてたのがいけなかったのかな)
ルキナはカテルからの手紙はカテルから直接受け取り、原稿はルキナからレオニ出版社のキルメラ王国支社に一度送り、そこからカテルの元に届けてもらっていた。ルキナ自身がレオニ出版社に近づくことがないように、わざわざ郵便物として出版社に届けていた。手紙や郵便物のやりとりで足が掴まれないようにわざわざ無駄な工程も増やしていたのに、それも意味がなかったのかもしれない。
(国際便を使いすぎると怪しまれるかなと思ってたけど、出版社宛てっていうのがバレてたら元も子もないわよね。
エレノアがルキナのことをつけていたのなら、ルキナが出版社に向けて荷物を送っているところも見かけているはずだ。ルキナが作家であることに見当がついたなら、ミユキ・ヘンミルに至るのは簡単だ。ルキナがウィンリア王国出身の留学生だと知っていれば、正体を隠しているウィンリア王国の小説家を探せばいい。そして、レオニ出版社には、以上の条件を揃えたそこそこ有名な小説家がいることがわかるはずだ。人気のある小説家なら、話題性もある。その正体がわかったとなれば雑誌の売れ行きは見込めるだろう。
おそらく、エレノアは予想の範囲を抜けない段階で記事にしている。核心的な証拠を掴めているわけではないだろうことは記事を読めばわかる。しかし、確信がなくとも、証拠がなくとも記事にすることは可能だ。真実でないことをでっちあげるという行為そのものに意味がなくとも、読者が盛り上がってくれればいい。無論、危険な橋を渡っていることには変わりない。こういう噂を流せば、誰かしら迷惑をこうむる者が現れる。訴えられたら終わりだ。とはいえ、王族のゴシップネタを探しているような記者だ。最高権力者たちを前にあることないことを記事にしてしまえるのだから、怖いもの知らずなのだろう。
(こっちで記事になるなんて警戒してなかっただけに、私のことを書くのはタブーだって伝えてなかったもんね)
ルキナは大きくため息をついた。ウィンリア王国内のメディアはミユキ・ヘンミルの正体を明かす行為が禁止されていることをよく理解している。レオニ出版社が先に手を回し、交渉を済ませてあるからだ。各メディアの要望通りに取材を受けるという条件はついているが、ルキナの秘密は守られている。だから、ルキナは安心して取材を受けてきた。それがまさかキルメラ王国でも必要だったとは考えていなかった。
「出版社の方は僕がもう連絡を入れておきました」
ルキナが頭を抱えていると、リオネルが真剣な顔をして言った。リオネルにはルキナがなぜ正体を隠しているのか理由も話してある。この事態がいかに危険なのか、リオネルは理解しているのだ。この事態を脱しなければ、ルキナはハリスとの約束を守れなかったことになり、小説家としての活動を続けられなくなってしまう。そうなれば、リオネルもルキナの小説を読むことができなくなってしまうだろう。だからこそ、ミユキ・ヘンミルのファンであるリオネルはルキナの手助けをしようと必死になっている。
「なんでリオが出版社に?ルキナのことを知ってるの?」
シアンは、突然アパートに押し掛けて来たリオネルがルキナとミユキ・ヘンミルの話をしているのが信じられないようだ。ルキナがまさかリオネルにミユキ・ヘンミルの正体を明かしているとは思っていない。
「ああ、僕、セロ・リアンヌですから」
混乱しているシアンに、リオネルは平然と言った。ルキナは、リオネルにシアンがルキナの小説のことを知っていると話していない。だが、リオネルは同じ家の中で暮らす人物に秘密を隠し通すことがどれほど大変か知っている。ゆえに、シアンもルキナの秘密を知っているだろうと結論づけた。だから、シアンの前で堂々とルキナに雑誌を見せたし、自分がセロ・リアンヌであることも明かした。ルキナの秘密を守るシアンなら、リオネルの秘密だって守ってくれるだろうと考えたのだ。
シアンは目を見開いてリオネルを見た。シアンもルキナがライバル視しているセロ・リアンヌという小説家の存在は知っている。一緒に演劇も観に行った。セロ・リアンヌが有名で人気なのも承知している。そんな小説家が身近にいたのだから、驚いて当然だ。
雑誌でミユキ・ヘンミルはルキナだと書かれてしまった。
ルキナはシアンがリオネルの秘密を知って動揺しているのを見ると、急に冷静になれた。シアンはルキナの正体がバレてしまったという事実に加え、リオネルがセロ・リアンヌであるという事実まで同時に知ってしまった。ルキナよりずっと気が動転している。いつも冷静なシアンも、あまりに予想外な展開に動揺を隠しきれていない。そうやって自分以上に動揺している人を見ると、なぜか心が落ち着くものだ。
「しくったわ。こんな形でバラされちゃうなんて」
冷静になったルキナは、開き直って、いつも通りの自分に戻ることに専念した。今焦っていたってことは収まらない。
ルキナは椅子に座ると、足を組んだ。そして、雑誌を机の上に置くと、トントンと指で叩いた。シアンとリオネルの視線がルキナの指先、雑誌に集まる。
「とにかく雑誌の販売は押さえるとして、問題はこの雑誌がどこまで広まっているか、ね」
いつもギリギリを攻めた内容が書かれている、この雑誌は、スリルを味わえると密かに人気らしい。クロエのように発売日と同時に購入するファンが一定数いる。この国でのミユキ・ヘンミルの知名度はセロ・リアンヌに圧倒的に劣るが、無名の小説家ではない。リオネルの話によれば、キルメラ王国にもミユキ・ヘンミルの熱狂的なファンが少なくないと聞く。その一部の人間の存在で、噂はどのようにも火がつく。
さらに問題なのは、この雑誌がウィンリア王国でも発売されているということだ。雑誌の出版社はレオニ出版社と同様にウィンリア王国にも支社を設けている。だから、キルメラ王国とウィンリア王国では出版物が同時発売されている。ウィンリア王国でのミユキ・ヘンミルの人気はキルメラ王国の比じゃない。つまり、ほんの一日売られていただけの雑誌でも、少しの人間が手に取れば噂はすぐに広まってしまうだろうということだ。
「雑誌を回収しない方が良かったりしませんか?」
ルキナたちのためにお茶を淹れてくれていたカローリアが言った。カローリアにもルキナが小説を書いていることは話してある。一緒に暮らす人に秘密を隠し通すのは至難の業であることはルキナも知っているからだ。こういうことはいっそ話してしまった方が動きやすい。無論、ルキナが小説家であることをミューヘーン家やリュツカ家で働いている使用人たち皆が知っている。
カローリアは突然の客人のためにお茶を準備しながら三人の話を聞いていた。そして、カローリアの意見をテーブルにカップを並べながら述べた。
「どういう意味?」
ルキナはシアンとリオネルに座るように手で促しながらカローリアに問うた。
「雑誌を回収すると、この記事に書かれていることが本当だって肯定していることになっちゃいませんか?本当のことだから隠さないといけないんだって思う人はいると思います」
「たしかに」
カローリアとルキナが話している間にシアンたちが椅子に座り、カローリアの用意したお茶を飲んだ。その後、シアンが「でも」と口を開いた。カローリアの意見を否定するつもりだ。皆の視線がシアンに集まる。
「ミューヘーン家だったら、こういう噂を否定するために雑誌の販売を止めるのは自然じゃないですか?この薄っぺらい情報でもウィンリア王国の人なら、これがルキナ・ミューヘーンだってすぐにわかります。野放しにしてる方がおかしいですよ」
ルキナが雑誌の確認をしている時、声を出して読み上げていたので、シアンも雑誌にどんなことが書かれているか把握している。その上で、雑誌を回収しないという選択は最適ではないと言う。
「それに、まず第一に優先すべきなのは情報の制限です。雑誌をそのまま放置していたら、新しく雑誌を買う人が現れて、さらに噂が広まります」
シアンがそう言ってリオネルの方を見た。リオネルが出版社に記事のことを報告しに行ったと言っていた。そして、雑誌を回収するとしたら、それが可能なのはレオニ出版社だ。実際に出版社に足を運んだリオネルが雑誌の回収について一番知っているはずだ。
リオネルはシアンの視線に気づき、「大丈夫だと思います」と言った。
「雑誌の販売中止は出版社が何とかしてくれると思います。僕が出版社に行った時、書店に走れって言ってた人がいたので、もう動いているはずです」
リオネルはそこまで言って、何かに気づいたようにはっとした。その後、ルキナの方を見て、申し訳なさそうにした。
「あ、すみません。ルキナさんに先に報告に来なくて」
リオネルは自分で勝手に動くより先にルキナに報告すべきだったかもしれないと思い直したようだ。リオネルは自分が正しいと思って出版社に話をしてからルキナのところにやってきたが、万が一ルキナが出版社に雑誌のことを知られたくないと思っていたなら余計なことをしてしまったことになる。これはあくまでルキナの問題なのだから、外部の人間が首を突っ込むことなく、ルキナの判断を聞いてから動くべきだったかもしれないと言う。
「ううん、一刻も争うことだもの。大丈夫よ。むしろ、ありがとう」
ルキナは首を振って、リオネルの判断は正しかったと評価する。リオネルがこちらに来てから動いていたなら、その間に売れていた雑誌もあっただろう。噂を広めないためにできることは世に出る雑誌を一冊でも少なくすること。
「ルキナ様」
ルキナがこれからどうしようかと考えていると、カローリアが心配そうにルキナの顔を見た。カローリアはルキナが秘密を隠すための努力を見てきたので、ルキナが落ち込んでいないか心配なのだ。
「ルキナ、大丈夫ですよ。ルキナなら何とかできます。僕も手伝いますし」
「ルキナさん、僕も協力します。何でも言ってください」
カローリアがルキナを心配したので、シアンとリオネルもルキナが落ち込んでいると思ったらしい。それぞれ励ましの言葉をかけた。だが、ルキナの表情は穏やかだ。なぜならルキナはそれほど深刻に考えていないからだ。それはルキナが事の重大さを理解していないからではない。ルキナは己の経験をもって、今回の危機的事態は解決できないわけではないと考えているからだ。ルキナはこれまでいくつもの困難の壁を乗り越えてきた。そのことを思えば、今回のことはきっとたいしたことじゃない。
「こういうピンチの時こそ作戦を練らないとね」
ルキナは気合を入れ直し、ニコッと笑った。




