迷惑なくらいにぎやかデスケド。
双子がリュツカ家の屋敷に来てから二日目。今日は、リュカもミカも女の子の恰好をしている。全く同じのワンピースを着、帽子や靴まで何もかもお揃いだ。
そんなどちらとも見分けがつかないような恰好で、シャッフルをするように二人でぐるぐる回る。そして、ぴたっと止まると、声を揃える。
「「どっちだ」」
二人の目の前にいるのはタシファレド。双子は、どっちがリュカでしょうかゲームをして、タシファレドをからかっているのだ。
「もう勘弁してくれ」
朝から何度も何度も問題を出されては間違えている。結果はわかっているのに、双子はちっとも終わらせようとしない。タシファレドは頭を抱える。それでも、子供たちにつきあってあげる優しさはあるようで、「こっち」と片方を指さす。
「「ブッブー」」
二人は胸の前で腕でバッテンを作る。
「全然だめね」
ミカが腕を組んで仁王立ちになる。この高圧的な態度はルキナにそっくりだ。
(私の真似ね)
ルキナは満足そうにミカを見る。シアンも同様にリュカとミカを見ているが、ミカが変なところでルキナに似ているのが嫌そうだ。
この双子は、なんだかんだルキナの影響をかなり受けている。リュカの女装もルキナの影響だ。このゲームもルキナが教えた。二人に同じ服を着せ、いろいろな人をからかったのだ。そのうち、ルキナは、双子に会う度に、お揃いの服や小物をプレゼントするようになった。その中には、今二人が着ているような女の子らしいフリフリのワンピースもあった。それを着たリュカが何かに目覚めたらしく、好んで女の子のような恰好をするようになった。幸い、両親や妹は理解があったので、誰も否定するようなことはなかった。その一方で、気の弱い兄に代わって、ミカがしっかり者に育った。
タシファレドをからかうのはさすがに飽きてきたのか、双子はターゲットを変えた。チカに駆け寄っていく。
「やっと解放された」
タシファレドが脱力する。
「お疲れ様です」
「子供に優しいたっちゃん素敵」
ハイルックとアリシアが取り合うように話しかけたのは言うまでもない。
「「ねえ、どっちがリュカでしょう」」
リュカとミカがぴったり息を合わせてチカにゲームを持ち掛けた。チカは、読んでいた本から顔を上げ、無気力な状態でリュカを指さした。
「正解!」
リュカが純粋に喜ぶ。
「ただのまぐれかもしれないわ」
ここで疑り深いのがミカだ。リュカの袖を引っ張って、もう一ゲーム仕掛ける。ぐるぐるとランダムに場所を入れ替わり、シャッフルする。完全に目で追えないほどシャッフルすると、チカの前にきれいに並ぶ。
「「どっちでしょう」」
声を揃えて、問題を出すと、チカは本を視界に入れたまま、リュカを指さす。一応ちゃんと見分けているようだ。
両親やルキナ、シアンのように長時間一緒にいた人たちならともかく、昨日会ったばかりのほぼ初対面の人物がこれほど見分けられるのは珍しい。特に、ここ最近は仕草を似せるという技も手に入れ始めたので、かなり難易度は上がっている。
チカが間違えないのが面白くなってきたのか、リュカとミカはゲームを再開した。
「「どっちだ」」
「こっち」
「「これはどう?」」
「こっち」
「「どっち?」」
「こっち」
「「じゃあ、これは?」」
「こっち」
双子が高速シャッフルをして、チカが問題が出された直後に答えを出す。百発百中だ。しかも、シャッフル中は完全に本に視線を集中させているので、一瞬で二人を見分けていることになる。
「目が回ったー」
ミカが体をフラフラさせている。リュカもシャッフルのし過ぎで目を回して、その場に座り込んでいる。
「名前が似てるから、子分にしてやっても良いよ」
視界が安定してくると、ミカがチカに向かって上から目線で言った。チカはどうでも良さそうに頷いた。その間、ずっと視線は手元の本にあった。
そこへ、ミッシェルがやってきた。それに気づくと、双子はすぐさまミッシェルに駆け寄った。
「ミッシェルー!」
ミカがミッシェルの脚に抱き着く。ミッシェルも子供に懐かれるのは嬉しいようで、ミカを抱き上げて肩に乗せる。ミッシェルは背が高いし、筋力もある。子供の相手は容易いものだ。
ミカがミッシェルの体の上を移動して、腕にぶら下がる。そこそこ高さがあるので、近くにいるノアルドは気が気じゃなくて、ハラハラしている。ミッシェルの足元で様子を伺っているリュカもノアルドと同じ顔をしている。
「女の子なんですから、少しは気にした方が良いですよ」
ミカがミッシェルを遊具のようにして遊んでいる。いつもと違ってズボンではなくスカートであることを忘れているのか、下着が見えるのも気にしないで平然とミッシェルにじゃれついている。
そんな様子を見て、ノアルドが諭すように言いながら近づく。折れ曲がってしまったスカートを直そうとしているのだ。
「そんなこと気にしないで遊んだ方が子供らしいよ」
ミッシェルは自分より年下の子供に甘い。ルキナの『りゃくえん』情報では、ミッシェルは世話焼きな性格で、甘え上手な妹タイプが好きだ。その設定は伊達じゃないようだ。
ミッシェルがちょうど言い終わったタイミングで、ミカがミッシェルの腕を鉄棒のようにしてぐるんと回った。その足がノアルドの顔に直撃する。
「ノア、大丈夫かい?」
ミッシェルは、ミカを床に下ろしながら、ノアルドを心配する。
「鼻がひん曲がったら一生恨むからな」
ノアルドがミカの足がぶつかった鼻を押さえる。
「その元気があれば大丈夫だな」
ミッシェルが笑う。別に、ノアルドは怒ってなんかいない。王族の顔に足をぶつけた、なんてことがあれば、不敬罪で罪にとわれそうなものだ。でも、そんなことにならないのは、ノアルドの温厚な性格故だろう。まあ、王族相手とはいえ、人の顔に足があたっただけで死刑なんて言い渡されたらたまったものじゃない。
その一方で、それが気に入らない人物がここに一人。
「王子に怪我をさせておいて、謝ることもできないのか」
ベルコルは礼儀のなってない者を嫌う。目上の者には最大限の礼儀を、と教わって育ってきたベルコルは、それができない人は許せない。そこに大人も子供も関係ない。ベルコルがミカに対して怒っているのは明らかだった。
ベルコルは、本を抱えて去って行った。子供たちの顔を見るのも嫌になったのだろうか。
笑顔を見せないどころか、怒った顔しか見せないので、双子はすっかりベルコルに怯えている。ミカは虚勢を張って、仁王立ちでベルコルを見送るが、表情は硬い。リュカの方はベルコルに立ち向かおうなんて気すら起きず、ノアルドの脚の陰に隠れている。
「大丈夫ですよ」
ノアルドが、安心させるように足元にいるリュカの頭を撫でてあげる。
そんな一連の様子を見ていたシアンが微妙な顔をする。シェリカがどうしたのか尋ねる。
「娘を嫁に出した父親のような心境です」
双子たちがあっという間に皆に懐いてしまったのが寂しいのだ。娘を嫁に出すような経験はしたことがないが、その表現が実に的を射ている気がする。
「シアンの子供!?」
シェリカが驚きの声を出す。シアンに子供がいたなんて初耳だし、相手も気になるところだ。だが、これはたとえだ。
「たとえですよ、たとえ」
ティナがシェリカの耳元でささやく。ティナの言葉に冷静を取り戻し、シェリカが落ち着く。
「シアンの気持ちはわからないでもないわ」
ルキナは、シアンに近づいて言う。ルキナだって、双子があっという間に他の人に懐くのは寂しいと思う。
「まあ、一つ発見したわ。意外と子守は楽」
ルキナは冗談交じりに言う。双子の相手は自分がしなければならないと思っていたので、ここまで余裕があるとは思わなかった。皆のおかげだ。みんなが双子の面倒を積極的にみてくれている。特にミッシェルは双子に誰よりも懐かれるほど、双子と過ごす時間を作っている。
「それは皆さんがいるからですね」
シアンが指摘すると、ルキナは軽くシアンの頭を叩いた。わかっていることを改めて言われると少し腹が立つ。
「子供の前で暴力をふるうのはどうかと思いますけどね」
シアンがルキナをジト目で見る。
「それを言うんだったら、あそこの人たちを止めてきなさいよ」
ルキナが視線で、タシファレドのいる方を示す。ハイルックとアリシアの喧嘩が勃発している。といっても、アリシアが優勢すぎて、ハイルックが一方的にやられまくっている。タシファレドは、止めに入ったら自分も殴られそうなので、仲介に入るのをためらっている。しまいには、見て見ぬふりを始めた。
シアンは、ため息をつきつつ、喧嘩中の二人に近づいていく。本当に喧嘩を止めに行ってくれるらしい。
「チグサ、どうかしたの?」
チグサが壁に手を当てて固まっている。ルキナが声をかけると、チグサは首を振った。
「そういえば、マクシスは?チグサをおいてどっかに行くなんて珍しいわね」
ルキナがそう言うと、チグサは椅子を指さした。マクシスが椅子に座っている。どうやら寝ているようだ。
「なに?夜更かしでもしたの?」
チグサがまた首を振る。今度はティナを指さした。
「ティナに薬でも使われたの?」
「正しくは、薬を使ったのはアリシア様です。マクシス様がしつこくチグサ様に迫られているようでしたので、アリシア様が睡眠薬をちょうだい、と」
ティナがチグサの代わりに説明した。
「アリシアはチグサがお気に入りなのね」
ルキナは、アリシアが殴って気絶させるという手を使わなかっただけましかと思いつつ、苦笑する。当のアリシアは、シアンによって締め出されており、庭で立たされている。喧嘩をした反省のためだ。
「ルキナ、この家のこと、シアンは何か言ってた?」
チグサが珍しく自分から問いかけてきた。いつもはチグサが質問に答える形で会話が進む。
「何かって?」
「この家、一度燃えた。大きな火事になって。でも、どこにも跡がない」
チグサがまた壁に手を当てた。
「火事?それって、シアンのお父さんとお母さんが行方不明になったっていう」
ルキナの言葉にチグサが頷いた。
「シアンからその話を聞いたことはないから、お父様から聞いた話ではあるけど、私も火事のことは知ってるわ。青色の炎がこの屋敷を包んだって。でも、たしかに、家はどこも焼け落ちなかったって。だから、この家は家事の時からそのまま…」
ルキナは途中で話すのをやめ、チグサの横顔を凝視する。
「ちょっと待って。今、火事の跡がないって言ったわよね?もし、建て替えてたら跡がなくて当たり前じゃない。十年くらい前の話よ。建て替えの可能性もあるとは思わない?」
チグサは壁から手を離して、ルキナの顔を見る。ルキナは、灰色の左目を見つめる。その目は、ルキナの言葉の続きを待っている。
「ねえ、チグサ。もしかして、火事前にこの家に来たことがあるの?」
チグサはアーウェン家の養子だ。アーウェン家にひきとられるまでのことは何も知らない。チグサのもといた家は、リュツカ家と何かしらの関係があったのかもしれない。でも、それなら、シアンとも会ったことがあるはずだ。シアンがチグサに会った時、初対面の反応をしたのはおかしい。お互いに小さくて記憶が曖昧な可能性もある。チグサだけ一方的に覚えてるのだって一歳の差が出ただけなのかもしれない。
「すべてが明かされる夜に備えよ」
ルキナが頭の中でぐるぐると考えていると、チグサがぼそりと言った。どこかで聞いたことのある言葉だ。どういう意味で言ったのか、尋ねようとしたところで、リュカとミカが騒ぎ始めた。
「「行きたい!行きたい!」」
リュカとミカがシアンに向かって腕を伸ばしてぴょんぴょん跳ねている。シアンはしゃがんで、右腕でリュカ、左腕でミカを抱きかかえて立ち上がる。この近所で毎年行われる祭りに行くかどうかの話をしていたようだ。
チグサがルキナから離れて、マクシスのそばに寄る。チグサに質問するタイミングを逃してしまった。
「じゃあ、行こうか」
「「やった」」
双子がシアンにぎゅっと抱き着く。ルキナはそんな双子たちの顔を見て、あることを思い出した。
「じゃあ、行く前に準備しないと」
ルキナは、双子たちに近づいて言った。ルキナは、祭りに行くのなら、オーダーメイドで注文した浴衣と甚平を二人にプレゼントする絶好のチャンスだと思った。あの服は双子に贈るために用意したのだ。
「リュカ、ミカ、プレゼントタイムよ」
ルキナはニヤリと笑った。




