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49. 急な話デスケド。

 イェーナの誕生祭から五日後、イェーナがルイスと結婚するらしいという噂が流れ始めた。そして、そのさらに一週間後、キルメラ王国の王家から正式にイェーナとルイスが婚約を交わしたという発表があった。これでまた街はお祭り騒ぎだ。ルキナは父親に好きな人がいると話してみてはどうかとイェーナにアドバイスしたが、これほど早く結果が出るとは思っていなかった。

 ルキナはイェーナやノアルドから詳しい話を聞いた。新聞では詳しいことが書かれていないし、噂では全く信憑性がないからだ。当事者たちの話によると、キングシュルト一家の兄弟たちがイェーナをルイスの后にすることを推したらしい。

 イェーナは父親に話す前に姉と兄に相談をした。誕生祭の日、ルキナがイェーナの背中を押した後、兄弟たちで集まって話している時にイェーナが告白をしたそうだ。イェーナがルイスに好意を寄せていると知ると、兄弟たちは可愛い妹のために全力を尽くすことに決めた。そのかいあって、父親を丸め込み、ルイスに縁談を持ち込むことに成功した。そこには、国王のウィンリア王国との親密度を上げたいという思惑もあったのではないかと予想されるが、国王である父親が味方となるのは何より心強い。そうして、ルイスにイェーナとの結婚が持ち掛けられた。

 そして、意外なことに、ルイスはイェーナとの縁談を承諾し、間をおかずに婚約をした。その頃のルイスは一国の王として王位継承者を設けなくてはならないからと、城の者たちから結婚を勧められていた。ルイスは誰と話していても緊張してしまうため、結婚など到底無理だと断っていた。しかし、いつまでもそうはいかない。そんな時にイェーナとの結婚の話が上がり、ルイスはそれに飛びついた。イェーナは初対面の女性よりずっと気心が知れているし、キルメラ王国の王女が相手となれば誰も文句は言わない。イェーナこそ結婚相手として最適だと判断したのだ。縁談を受ける際、嘘のつけないルイスは、イェーナに婚約をした理由を正直に話したそうだ。ルイスはイェーナの好意を利用するようで悪いと言った。だが、イェーナも自分とルイスの立場を利用して結婚を狙ったのだからお互い様だと返した。ルイスはまだイェーナに恋愛的な好意を抱いていないが、イェーナにとってルイスとの結婚の約束ほどチャンスなことはない。今はルイスに好かれていなくても良いと、イェーナは考えたのだ。

「そっかぁ。イェーナ様がお后様かー」

 ルキナは両手で頬杖をついてうっとりした。今は婚約で止まっているが、ノアルドは結婚もじきだろうと言っていた。身近な者の結婚の話はとても嬉しい。話を聞いているだけで幸せな気持ちになる。

 ルキナがニマニマしていると、シアンが肘でルキナを小突いた。そして、そろそろ現実に戻ってくるように言った。ルキナはイェーナの恋愛成就を知ってから毎日頭の中がお花畑だ。授業もまともに聞いていない。暇さえあれば、イェーナとルイスの結婚生活の妄想話を語っている。シアンはそれを呆れて見ていた。

「ルキナって恋愛とかそういう話めっちゃ好きそう」

 グレースが楽しそうに笑う。ルキナが毎日同じことを言っているのが面白いようだ。

「あ、バレた?」

「でも、残念。私たちにそういう話はないからね」

 ルキナと話していたグレースは「ね、アシェリー」と話を振った。アシェリーは急に話を振られて驚いたのか、「え、ええ。そうですね」と戸惑ったように答えた。

 ルキナはシアン、アシェリーと並んで座り、その前にグレース、クロエ、リオネルが座っている。六人が揃う授業では三人ずつで別れて座ることが多い。だから、授業の前後で話す時は前の人が後ろを向く。今はグレースが後ろを向いて話している。

 ルキナはグレースから視線を離し、チラッとクロエの方を見た。クロエは読書に集中している。その本を読む姿も美しい。カミラが男性的な「かっこいい」なら、クロエは女性的な「かっこいい」だ。

「クロエ、何読んでるの?」

 ルキナはクロエの背中に話しかけた。だが、クロエは斜め前に座っているので少し遠くて、声が届かなかったようだ。ルキナはもう一度話しかけようかとも思ったが、クロエがせっかく読書を楽しんでいるのに邪魔をするのは良くないと思った。だから、ルキナはクロエにもう一度話しかけるのをやめた。そんなルキナを気遣ったのか、リオネルがクロエの読んでる本の表紙を見てくれた。

「セロ・リアンヌ?」

 リオネルが作者の名前を呟くように読み上げた。

「セロ・リアンヌかー。有名よね、その人」

 セロ・リアンヌといえば、ルキナがライバル意識をもっている作家だ。ルキナと同じ出版社で同じ恋愛小説を得意とする小説家。ルキナはこうしてセロ・リアンヌのことが話題になっていることに嫉妬しつつ、当たり障りのない評価をする。

「リオは知ってる?セロ・リアンヌ」

「いえ、知りません。有名な方なんですね」

 ルキナとリオネルが話し始めると、クロエは顔を上げた。声が聞こえてきて、本に集中できなかったようだ。

「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」

 クロエが視線をリオネルに向けていることに気づき、リオネルはクロエに謝った。声が大きくてクロエの集中を切らしてしまったのかもしれないのだから、リオネルが謝うのは当然だ。ルキナも続けて謝ろうと思った。だが、クロエは首を横に振って構わないと言った。

「それで?クロエは何読んでるの?」

 ルキナが改めて質問すると、クロエは本を持ち上げて表紙の方をルキナに向けた。ルキナはその題名を読み上げる。ルキナも読んだ本だ。演劇化をしており、その劇もシアンと一緒に見に行った。

「あ、読まないで」

 ルキナが本の題名を読み上げると、アシェリーがクロエに本を読まないでと言った。ルキナはアシェリーにどうしたのか問うた。すると、アシェリーは「何でもない…。」と言って座り直した。その後、せめてアシェリーの前では読まないでほしいとお願いした。クロエも、アシェリーがどういうつもりなのかわからなかったが、アシェリーの頼みとあれば仕方ないと本を閉じた。

(アシェリーがセロ・リアンヌだったりして)

 ルキナはアシェリーの本の題名を聞いた時の動揺の仕方を見て、突拍子もないことを考えた。ルキナは自分の書いた本が目の前で読まれていたら恥ずかしく思う。アシェリーのように読むのを止めたかもしれない。

(でも、まあ、さすがにそんなわけないか)

 ルキナは頭の中でアハハと笑う。セロ・リアンヌもルキナと同じような年代とは限らない。さらに、身近にいると考える方が難しい。あり得ないものはあり得ないのだ。

「ノアルド王子…じゃなかった、ノアルド様はもう帰られたんですよね?」

 ルキナが一人で考え事をしていると、アシェリーが小声で話しかけてきた。アシェリーはノアルドを癖で王子と呼んでしまうようだが、彼はもう王子ではなく弟。王子と呼ぶのは間違いだ。アシェリーはいい間違えてはすぐに訂正をする。

 アシェリーは、ルキナがノアルドと個人的に交流があることを知っているので、ノアルドの所在も知っているだろうと思ったようだ。ノアルドはルイスの婚約関係でしばらくキルメラ王国に滞在していたが、つい先日ウィンリア王国に帰ってしまった。ルキナはそのことをアシェリーに教える。ついでに、「何か用だった?」と問う。

「いえ、父がお会いしたいようでしたので」

 アシェリーの父親はキルメラ王国有数の良家の当主。そんな人がノアルドに会いたがるのは不思議ではない。だが、ノアルドはもうキルメラ王国にいるわけではなく、ルキナがノアルドをキルメラ王国に呼べるわけでもない。ここはアシェリーの父親に諦めてもらう他ない。

「また別の機会があるでしょうし、大丈夫ですよ」

 ルキナが申し訳ないと言うと、アシェリーは気にすることはないと言った。

 そんな話をした翌日のことだった。彼女は突如現れた。

「エレノア・ターナーと申します。以後、お見知りおきを」

 エレノアと名乗る女性は、キルメラ王国で有名な雑誌の記者だった。彼女はキルメラ王国と周辺国の王族のゴシップネタを集めていると言った。そして、そんな彼女はルキナに目をつけた。どこから聞きつけたのか、ルキナなら良いネタを持っていると確信をもっている。

「ルキナ・ミューへーンさん。聞くところによると、あなたは王族方とご縁があるようで。よろしければお話聞かせてもらってもいいですか?」

 エレノアはペンとメモ帳を持ってルキナから話を聞き出そうとする。しかし、ルキナが話せることは何もない。王族と親しく、真実を知っているからこそ話せないこともある。

「ごめんなさい。お話できることは何もありません」

 ルキナはさっと断ってエレノアから離れようとした。だが、エレノアはそう簡単に引き下がらなかった。

「そこを何とか。ほんの少しでもいいんです。あ、もちろんあなたの名前は伏せますので」

「そういう問題ではないんですけど」

「では、取材料ですか?おいくらお払いしましょうか」

「そういう話でもありません」

「わかりました!情報には情報ですね!えっとぉ…どんな話がお好みですか?」

「それも違います」

 エレノアの見当違いな話にルキナは困ってしまう。全然話が通じない。これでは会話にならない。

 エレノアのしつこさにうんざりしていると、シアンがルキナを呼んだ。ルキナはそれを理由にエレノアから逃れた。その場はそれで何とかなったのだが、日を変えて、エレノアは何度もルキナの前に現れた。

「ルキナさんは、アシェリーさんとお知り合いですよね?アシェリーさんは社交界に出られてる人ですから、近くにいるルキナさんもそうですよね?そうなると、やっぱり王族の方と仲がよろしいんですよね?あ、ルキナさんがイェーナ様とよく一緒にいるところを見た人がたくさんいます。あと、ウィンリア王国のノアルド様と話しているところを見たという話も」

 エレノアはルキナが王族と繋がりがあると信じて疑わない。ルキナがどれだけ否定しても聞き入れようとしない。

「ごめんなさい。本当に私に話せることはないんです」

 ルキナは幾度となく繰り返した言葉を言った。すると、エレノアは「では、また来ます」と言って去って行く。ルキナはもう来なくていいのにと思いながら笑顔で対応する。

(また明日もくるんだろうな)

 ルキナは本当にうんざりしていた。エレノアはルキナが笑顔の裏で本当に怒っていることなど知らない。

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