48. 魅力的なんデスケド。
カミラの活躍により、海賊を取り押さえるのに成功すると、平和が戻ってきた。魔法爆弾の影響で気絶していた人たちも徐々に回復をし、皆の安全が確認された。
競技場を襲った海賊たちは、カミラによって仲間の船が落とされたらしい。海賊を取り締まっていたのはカミラだけではなく、その時もカミラ一人の力で海賊を逮捕できたわけではない。だが、カミラは特に目立って活躍し、ゆえに海賊たちに目をつけられてしまったようだ。偽名を使い、姿も隠していたが、情報に関してプロとも言うべき人の存在のせいで、船を沈めたのがキルメラ王国の王女カミラであることが知られてしまった。そして、カミラを恨んだ海賊たちは無謀にもキルメラ王国へと乗り込んできた。
海賊は港に船をつけると、入国制限を行っている関門で一発目の魔法爆弾を使い、門番たちを気絶させた。そうして海賊たちはキルメラ王国へ入り込んだ。その時に使われた魔法爆弾の魔力が風で流されるように競技場まで届き、ルキナの体調を悪くさせたようだった。
海賊たちはカミラの所在を掴むため、最初に一人だけ競技場の中に送り込んだ。それがカミラに槍を向けた男。その後、仲間たちは競技場の門、壁を爆破して、一気に競技場の中に入った。海賊たちは数で敵わないだろうことは予想し、魔法爆弾を用意してきていた。しかし、運悪く居合わせたシアンの手によって、その効果は無へと帰した。海賊側に敗因があるとすれば、シアンのいる場所で魔法爆弾を使ったことにあるだろう。
そんな一連の騒動で、誰一人大きな怪我もせずにすんだのは幸運だった。キルメラ王国王家はもちろんのこと、競技場にいた観客たち、港で門を見張っていた兵士たち全てに病院に搬送されるような負傷をした者はいなかった。海賊たちがカミラのみを狙って、周りには目もくれなかったからだ。
「何はともあれ、ルキナとシアンも無事だったみたいで良かったです」
そう言ってノアルドが微笑んだ。ノアルドは事件の全貌をルキナたちに話してくれた。一般市民より先にノアルドに事件の情報がいくのは当然のことで、本来、ルキナも少なくとも一日は詳しい話を知ることができなかった。そこをノアルドがルキナとシアンのために個人的に教えにきてくれたのだ。
「ルキナって何かと面倒ごとに巻き込まれるよな」
ミッシェルが笑う。王子であるノアルドよりも事件に巻き込まれた回数が多いのではないかと冗談混じりに言う。正直、笑える話ではなかったが、ルキナは事件の全てを「イベント」と捉えているので、ミッシェルの冗談も笑えた。
「何かルキナには悪魔でも憑りついてるんじゃないか」
「えー、やだー。あ、でも、そういうのは私よりシアンの方が可能性ありそう」
ルキナとミッシェルの会話の中で突然シアンの名前が挙がったので、シアンが驚いた。「僕ですか?」と自分を指さして首を傾げた。
「ほら、名探偵の周りでは事件が起こるじゃない。あんな感じで」
「僕は探偵じゃないですけど」
「でも、事件解決の手助けはしてるでしょ?」
シアンは事件に巻き込まれれば、その時に必要なことを率先してする。シアンがいなかったらさらに大惨事になっていたかもしれないという状況は少なくなかった。いわばミステリー小説における名探偵。となると、必然的にシアンが事件を引き寄せているようにも見えてくる。
「…不名誉すぎます」
シアンは嬉しくないと言った。本当にシアンに事件を呼び寄せる何かが働いているとしたら、自分で苦労を増やしていることになる。いくら事件解決に協力することをルキナに褒められようが、素直に喜べない。
「姉様」
ルキナたちが談笑していると、イェーナがカミラを連れて近づいてきた。
「姉様、こちらの方がルキナ・ミューヘーン様です」
イェーナがカミラにルキナを紹介する。
「本当にイェーナの友達だったとはね」
カミラが笑いながら手を差し出した。ルキナはその手を取り、握手を交わす。
「私、疑われてたんですか?」
ルキナはカミラに初めて会った時、名乗らずにイェーナの友達だと言った。その方が話が速く進むと思ったからだ。だが、カミラはその言葉を信じていなかったとカミングアウトしてきた。ルキナは複雑な気持ちになった。
「少しね。君は随分と頭が回るようだから、簡単に人も騙せそうだと思ったんだ」
「姉様」
カミラは悪気もなく思ったことを口にしたのだが、語弊を生みそうな言い方だった。イェーナが失礼だと注意する。すると、カミラは不機嫌そうな顔になった。カミラはかっこいい人だが、子供っぽいところがある。
「いいですよ、私は気にしていないので」
ルキナは、カミラの感情がでやすい表情を可愛らしいと思い、朗らかな笑顔を向けた。どうやらそれがカミラには良かったらしい。
「気に入った」
カミラはそう言うと、一度離していたルキナの手を再び取り、その手の甲にキスをした。そして、甘い声で「今度、デートに行こう」と言うのだ。カミラからはかつてのタシファレドと同じものを感じる。カミラは自分のことをカッコイイと理解しているようで、立ち振る舞いから魅力を惜しみなくあふれさせている。
「ありがとうございます」
ルキナは少し照れながらお礼を言った。タシファレドと違って、きざなことをされても腹が立たない。純粋にカミラの魅力にうっとりしてしまう。
「カミラ殿、ヘンリー殿たちがこちらを見ています。カミラ殿に用なのではないですか?」
ルキナがカミラにデレデレしていると、ノアルドが言った。ノアルドの見ている方には、ヘンリーとアイルがいた。
「ああ、本当だ」
カミラは背後を確認して、弟二人と目が合うと、彼らの元に行くと言った。カミラはルキナの手を離した。その後ろで、ミッシェルが「ノア…。」とノアルドの名を呼びながらニヤニヤと笑っていた。声を出して笑わないように必死に耐えている顔だ。ノアルドはミッシェルの顔にイラっとして、軽い肘鉄を食らわせた。
「子猫ちゃん、また後で」
ルキナがノアルドとミッシェルのじゃれ合いに目を向けていると、カミラがルキナの髪を撫でて行った。そして、長い髪を揺らしながら颯爽と去って行った。
(カミラも攻略キャラだったらいいのに)
カミラがどこまで本心でルキナと接しているのかは不明だが、カミラ相手なら何としてでも攻略しようと思える。やはりモチベーションは大切だ。
「カミラ様ってかっこいいですね」
ルキナは興奮気味にイェーナに言った。すると、イェーナは誇らしげに「そうなんです」と言った。
「同性だけどドキドキしちゃいました」
「姉様には女性のファンもいっぱいいるんですよ」
「今はそういう人たちの気持ちもわかります」
ルキナとイェーナがキャッキャッと女子トークをしていると、ミッシェルが耐えきれなくなったように声を出して笑い始めた。
「ノア、もうやめて」
「やめるのはミッシェルの方です」
ミッシェルはノアルドの顔を見て笑い続け、ノアルドはそれを嫌がる。ノアルドの顔に特別おかしなことはないのだが、ミッシェルは笑いを止められないでいる。
「ミッシェル」
ノアルドはお腹をかかえて笑うミッシェルを困ったように見た。ノアルドが困っているとわかると、ミッシェルは体を起こして笑うのをやめた。まだ顔はニヤついているが、一応笑い声は止まった。
「俺はまだノアにもチャンスがあると思ってるからさ」
ミッシェルは笑い涙を手で拭いながら、もう片方の手でノアルドの肩を叩いた。ミッシェルは突然ノアルドを応援するようなことを言い始め、ノアルド以外はきょとんとした。ノアルドだけはミッシェルが何を言っているのか理解しているようで、「いや、それは…。」と何か言いたそうにする。ミッシェルはそれを無視してルキナを見ると、二ッと笑った。
「ね、ルキナ」
「え、うん」
ルキナはミッシェルに何の同意を求められたのか全くわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
「兄様?」
イェーナが心配そうにノアルドを見た。ノアルドは大丈夫と言うように首を横に振った。
「ノアルド、ミッシェル、そろそろ移動しましょう」
次はルイスがやってきて、ノアルドとミッシェルを呼んだ。そろそろ競技場を出ようと言うのだ。ノアルドは「わかりました」とすぐに頷き、ミッシェルは「はい」と姿勢を正して答えた。
「ルイス様」
ルイスが弟たちを連れて行こうとした時、イェーナがルイスを呼び止めた。イェーナにルイスと話をする用事はなかったのだが、せっかく会ったので挨拶をしようと考えたのだ。ルイスはイェーナの声に振り返ると、「あ、えっと…。」と焦り始めた。ルイスは王になってもルイスで、人と話す時緊張しがちだ。特に突然話しかけられた時は言葉が出てこなくなっていつも以上に焦る。
「お、お久しぶりです…、イェーナさん」
ルイスはどもりながらも、挨拶をすることができた。ルイスはそのことにほっとし、まだ話は終わっていないのに、安堵の息をもらした。イェーナはそれを楽しそうに見ていた。
「えっと…。」
イェーナはルイスの挨拶を聞いた後、ニコニコするばかりで何も言わなかった。ルイスは戸惑って、何か言うべきかどうか悩んで固まる。
「イェーナ様?」
イェーナがルイスを引き留めたまま何も言おうとしないので、ルキナはつい声をかけてしまった。すると、イェーナははっとして我に返り、ルイスに引き留めて申し訳なかったと謝った。イェーナはルイスと話すことを何も考えていなかった。ただ声をかけたかっただけ。
「では、先に失礼します」
ルイスはそう言うと、ノアルド、ミッシェルと一緒に離れて行った。イェーナはそれを惚けた顔で見送った。
三人の姿がすっかり見えなくなると、ルキナはイェーナに気になっていたことを尋ねた。
「ノア様のことは兄様と呼ぶのに、ルイス様のことは兄様とは呼ばないんですね」
「そうですね」
イェーナはノアルドのことを兄様と呼んでいるので、ルイスのことも兄様と呼んでいるのだろうと、ルキナは当然のように考えていた。イェーナがウィンリア王国にいた期間、ノアルドと過ごす時間もルイスと過ごす時間も同じようにあったはずだ。だから、ルイスのことを兄様と呼んでいてもおかしくはない。
だが、イェーナは意識的に呼び分けている。それは単純にルイスよりノアルドとの方が仲が良いからという理由ではなさそうだ。イェーナからルイスに対して声をかけているので、ルイスとの仲が良くないとも思えない。あるいは、ルイスが国王となったから呼び方を変えているのかもしれないとも考えられたが、ルイスもルイス様と呼ばれるのが普通だというような反応をしていた。途中で呼び方を変えた可能性もなさそうだ。
ルキナはそれはともかくと切り替えるように話を変えた。
「お父上とはお話できそうですか?」
結局、イェーナの誕生祭も予定通りとはいかなくなり、結婚相手も決まっていない。この状態を国王は良く思っていないことは誰にでも予想できる。だから、まず必要なのは親子でしっかり話すこと。イェーナにとっても大変プレッシャーなことだろうが、こればっかりは代わってあげるわけにはいかない。
「頑張ってみるつもりです」
ルキナは心配していたが、本人はそこまで父親と話すことを恐れていないようだ。これはカミラが近くにいることで勇気が得られているからかもしれない。ルキナはイェーナの余裕そうな顔を見て安心すると、イェーナに顏を近づけた。そして、ひそひそ声で言う。
「どうせついでなんですから、好きな人がいると伝えてみてはどうですか?」
「え?」
ルキナの言葉に、イェーナが驚いた。くるっと顔をルキナの方に向けて目を見開いている。そこへ追い打ちをかけるようにルキナは続ける。
「ルイス様のこと」
「なんで」
「見てればわかります」
イェーナの顔がみるみる赤くなる。
(どうして周りにはこんなにわかりやすい人たちばかりなのかしらね)
ルキナは自分の周りの人間が誰に好意を向けているかわかりやすすぎると思った。これはルキナの目が肥えているという話ではなく、ただ皆隠すのが下手なだけだ。
「頑張ってくださいね」
ルキナはそう言ってイェーナの背中をトンっと押した。イェーナは頷くと、兄弟たちの方へと走って行った。
(姉ポジションはなくなったけど、何があってもイェーナの恋人ポジションはないだろうしこれは応援してもいいよね?)
ルキナは可愛く走るイェーナの後姿を見て考えた。イェーナはルキナが攻略すべき相手。その一番の一番の近道と思われる「姉」というポジションがカミラの登場で失われた今、他の道を探さなくてはならない。とはいえ、イェーナ攻略において、彼女からの恋愛的な好意が重要とは思えない。だから、イェーナの恋を応援しようが、ルキナの逆ハーレム計画には何も影響はない。ルキナはそう考えた。
「声かけてこなくていいんですか?」
ルキナがイェーナのことを目で追っていると、シアンが横に並んで言った。イェーナの向かった先にはジルを除いたキングシュルト兄弟たちが勢ぞろいしている。シアンはルキナがそこを見ていると思ったようだ。
「兄弟仲を深めているところに乱入する勇気はないわ」
ルキナはシアンの確認に首を横に振った。たしかに、これまで話す機会もなかったヘンリー、アイルが揃っているのは大きなチャンスだ。だが、彼らはカミラと話すのに夢中になっている。ヘンリーとアイルも、イェーナと同じようにカミラのことが大好きなようで、今声をかけても彼らが振り向くことはなさそうだ。それならば、今は次の機会が訪れるのを待ち、兄弟の時間を尊重すべきだ。
「そうですか」
シアンは満足そうに言った。シアンは自分から声をかけなくていいのかと確認しておきながら、ルキナに行ってほしくなかったようだ。
「私たちも帰りましょうか」
最後に残されたルキナたちも自分たちのアパートへと帰って行った。
「カローリア、帰ってたのね」
アパートにはカローリアが先に帰っていた。競技場では、カローリアと別行動をし、その後一度も会わなかった。競技場が襲われた後も会えなかったのは心配だったが、無事だろうと思っていた。そして、実際にカローリアの元気そうな顔を見れたのでほっとする。
「試合は見れた?」
ルキナはカローリアに別行動中何をしていたのか聞こうと思い、尋ねた。しかし、意外にもカローリアは見ていないと答えた。よくよく聞いてみると、競技場が海賊に襲われたことも知らなかったようだ。
「カミラ様、かっこよかったのに。もったいない」
ルキナはカミラのかっこよさについてカローリアと語り合おうと思っていたので、話が通じないことを残念がる。カローリアは気を遣って「後で、お話聞かせてください」と言った。
「あんまりメイレンさんを困らせないでくださいよ」
「わかってるわよ」
ルキナとシアンがそれぞれの部屋に行こうとする。
「あの…。」
カローリアはルキナを引き留めるように声をかけた。ルキナは「なに?」とカローリアの方を見た。カローリアは何かを言いたそうにしている。だが、言葉は出てこなかった。
「…何でもありません」
ルキナはカローリアが何を言おうとした気になったが、無理矢理聞くのはやめた。




