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45. 試合デスケド。

 ルキナはイェーナと一緒に中央競技場に戻り、シアンと合流した。大通りの人がある程度少なくなるのを待ってから移動したので、試合が始まるのをさほど待たなくても良いくらいの時間に到着した。

「ちゃんと会えて良かった」

 ルキナは競技場の前でシアンに会い、一緒に中に入った。

 ノアルドとミッシェルは自分たちの持ち場に戻った。ノアルドはウィンリア王国の賓客として来ている。競技場の観覧席には、ウィンリア王国の王弟としての席がしっかり用意されている。ノアルドはルキナたちと同じ場所で観覧することはできない。ミッシェルは言うまでもなく、ノアルドの護衛についている。

「まあ、シアンだから迷子とかないわよね」

 シアンは物理的障壁を無視してルキナを探し出すことができる。ルキナからシアンを探すのは難しいが、シアンがルキナを探すことに関しては、何も心配はいらない。

 ルキナがそのことを言って笑っていると、シアンは「迷子になるのはルキナですからね」と言った。ルキナの言い方では迷子になるのはシアンだと聞き取ったようだ。ルキナはシアンに誤解を与えてしまったことを理解したが、それを修正するのも面倒で「そうね」とすねたように言った。

 ルキナたちは競技場に入ると、手ごろな席に座った。観覧席は人でいっぱいで、良い席は既に埋まっていた。雰囲気が味わえればいいので、ルキナたちは後方の席に甘んずる。まだ観客は増えるようなので、座れただけ良しとすべきだ。

 ルキナは席に着くと、キルメラ王国王家の特等席を見た。そこにイェーナの姿を発見する。他にもメディカやテオなどの兄弟たちも席についているのが見える。ルキナは彼らの人数を目視で数えた。

「一人いない」

 八人兄弟のうちカミラを抜いて七人がいるはずなのだが、六人しかいない。ルキナは目を凝らして一人ずつ顔を確認する。遠いのではっきりと判別がつくわけではないが、背格好でなんとなく誰が誰なのかは予想がつく。

「やっぱりジルっぽい人は見当たらないわね」

 ルキナは王族用の席にいないのはジルだと判断する。双子なのだから、テオと似ているはずだ。そのテオと似ている男子が見当たらない。ジルは家出中と聞いているし、こういう式典の時も家族の傍にいないのは当然かもしれない。

 ルキナが熱心に王族の方を見ていると、シアンの隣に座る女性二人が話している声が聞こえてきた。面と向かっては言えないが、おばさんにあたるような年齢の人たちだ。楽しそうに少女のようにはしゃいでいる。祭りの空気にあてられてテンションが上がっているのかもしれない。

「すっごいイケメンが受付にいたのを見たわ」

「え?どこどこ?」

「受付だって言ってるじゃん」

「それって、試合に出るってこと?」

「そうじゃない?あーあ、それなら私と結婚してほしいわ」

「旦那がいるじゃない」

「それとこれは別よ」

 ルキナはシアンの方を見た。シアンは無表情で聞き流している。女性たちは大声で話しているので、シアンに聞こえていないということはないだろう。

「それに、そんなイケメンなら私たちのようなおばさんには見向きもしないわよ」

「いいじゃない、夢を見るくらい」

 シアンがぼんやりと正面を見ている中、女性たちは話を続けた。そして、急に二人はシアンの方に視線を向けた。

「あなたも男前ね。参加してみたら?今なら受付間に合うわよ」

 フレンドリーな女性たちは見ず知らずのシアンに話しかけた。シアンはまさか自分に話が振られると思っていなかったので反応に困っている。ルキナはそんなシアンに「間に合うらしいわよ」と言った。

「いいんじゃない?せっかくの機会だし、シアンも参加してきたら?」

 ルキナは女性たちの作った流れに乗り、シアンをからかう。すると、シアンは数秒黙って、顔をしかめた。

「…本当に行っていいんですか?」

 シアンはルキナへの仕返しのつもりか、試すようなことを言った。ルキナはシアンのヤキモチをよく引き合いに出してからかったり、わざと嫉妬をさせるようなことをしている。一方的であろうことが多いので、シアンはそれが面白くなかったのだろう。ルキナが冗談で言ったのはわかっているはずなのに、真面目な返事をした。これにはルキナも真剣に答えなくてはならない。

「絶対だめ」

 ルキナはノリツッコミをしてくれればいいのにと思いながら悔しそうに答えた。シアンが本当に試合にエントリーすると言い出したら、ルキナはきっと怒っただろう。試合にエントリーするということは、イェーナとの結婚を望んでいるということになることだ。ルキナがそれを許すわけがない。

「なら冗談でも言わないでください」

 シアンは嬉しそうに言った。ルキナがシアンを馬上槍試合には出させないと言ったのが嬉しかったようだ。その顔を見て、ルキナはさらに悔しさを感じた。

「あらあら、お熱いじゃないの」

「変なこと言っちゃってごめんなさいね」

 ルキナとシアンのやり取りを見て、二人が恋人同士であることは察しがついただろう。女性たちは若いカップルを微笑ましく思いながら、二人の仲を邪魔するようなことを言って悪かったと言った。

 そこから隣の女性二人組と仲良くなり、世間話をいくつかした。女性たちは他の町から来たそうで、この街の住民ではないそうだ。ルキナたちも外部の人間だという共通点もあり、会話が弾んだ。そうしているうちに、試合の時間がやってきた。

「ついに始まったわね、逆玉チャレンジ」

 ルキナは最初の選手二人が入場するのを見て、ふんっと鼻息を荒くした。ルキナがイェーナの結婚相手を決める馬上槍試合に独自の呼び名をつけると、シアンが「その言い方はどうなんですか」と言った。イェーナは大きな国ではないとはいえ、あくまで一国の王女。イェーナとの結婚は逆玉の輿といえなくもない。実際、この試合に参加する者の多くが、王女との結婚という名誉、権威を求めている。

 馬上槍試合は、馬に乗って互いに槍でつつき合うという簡単なものだ。相手を馬から落とすか、降伏させたら勝ち。だが、その単純さゆえに、危険な場面も多い。鎧を身にまとっているとはいえ、怪我は必須だ。特に、槍が顔に当たった時や変な姿勢で落馬をしてしまった時は顔を覆いたくなる。ルキナは「うっわ、あぶなっ」「あれは痛い…。」と言った言葉が止まらなかった。しかし、そういう危険なシーンというのは、試合において盛り上がる部分であることも多い。いわゆる会心の一撃が入ると、観客たちは歓声を上げた。

「勝者、赤」

 勝敗が決まると、審判が勝者を色で示す。鎧を着ているので、どちらがどちらかわからない。だから、選手にはそれぞれ試合前に赤か青のリボンが渡され、身に着けることになっている。

 そして、勝者は頭の鎧を外し、観客たちに顏を見せる。観客たち、特に女性たちは、それがカッコイイ人だと黄色の歓声を上げた。ここで顔を覚えてもらうことで、イェーナとは結婚できなくても、街の女性たちから声をかけてもらえるようになり、いずれ結婚できるそうだ。優勝はせずとも、試合に出場すること自体に大きなメリットがあるといえる。

 そんな中で、試合を勝ち進んでいるのに、一度も鎧を外さない人がいた。鎧を外すのが普通なので、外さないのは逆に目立った。しかも、その人はかなり強かった。誰と戦っても圧勝するのだ。何回か試合が行われるうちに、その人は恥ずかしがり屋なのではないかという噂まで出始めたが、そんな人なら人前で試合をしたりしないだろう。他に顏を見せられない理由があるはずだ。

「ねえ、あのイケメンって言ってた人はいた?」

「まだ見てない。もしかして、一回戦で負けちゃったのかな」

「えー、そんなのつまんない」

 おばさん二人が試合が始まる前に話していたイケメンの話を始めた。どうやらお目当てのイケメンの姿がないらしい。

(顔を見せない人がそのイケメンだったりして)

 ルキナはそんなことを考えながら、試合を見続けた。イェーナには試合の優勝者との結婚を拒否することができないので、どんなに好みではない人が優勝しようが結婚しなければならない。年が離れていても、顔が怖くても、イェーナは決して文句は言えないのだ。だから、ルキナはできるだけイェーナが気に入る人が優勝してくれることを祈った。

 トーナメント方式で試合を行い、ついに決勝が始まった。決勝に進出した選手のうち一人は鎧を外さなかった人だ。その人も優勝したら顔を見せてくれるだろうということで、観客席は随分と盛り上がった。顔を隠し続けたその人の素顔を知りたいがゆえに、鎧の人を応援する声が異様に多かったように思える。相手の人も凛々しい顔立ちの人で、決して人気がないわけではないが、やはり隠されているものは見たくなるものだ。

 決戦はこれまでになく白熱した。鎧の人の強さが目立ったが、相手の人もかなりうまい人だった。駆け引きを繰り返す攻防戦となった。

 そんな死闘を勝ち抜いたのは、鎧の人だった。優勝者が決まると、鎧を外して顔を見せるように言われた。ついに鎧の下の素顔が見られる。観客席からは「おー」と謎の歓声が沸き起こった。

 優勝者は鎧に手をかけると、ぐいっと鎧を引く抜いて外した。一つに束ねられた長い髪が背中に垂れる。

「あ、あの人よ」

 隣の女性が指さして言った。受付で見たと言うイケメンは本当に鎧の人だった。おばさん二人は個人的な話題で盛り上がった。しかし、観客席が騒然としたのは、それとは別の原因だ。優勝者はたしかに顔が整っている。だが、それだけではない。見たことがある顔なのだ。

「我が名はカミラ・キングシュルト。やあ、みんな、久しぶりだね」

 優勝者はあのカミラだった。カミラがウインクをすると、観客たちがひときわ大きな歓声を上げた。カミラは人気者だ。

 ルキナもカミラの顔は知っているので、彼女がそこにいることに疑いはなかった。緑色の髪や顔立ちに兄弟たちと同じ特徴が見られる。彼女こそがイェーナの姉であるカミラだ。

 カミラは王家一同が座っている特等席を見上げた。一番奥では、国王が度肝を抜かれた顔をしている。国王はカミラがキルメラ王国に戻ってくると思っていなかった。そして、まさかこんな派手な登場をしてみせるとはつゆにも思っていなかった。カミラはそんな父親の顔を一瞥すると、すぐに視線を落とした。手前の試合がよく見える席にイェーナは座っていた。カミラの誕生祭の時と同じ席だ。

「可愛い我が妹よ」

 カミラはイェーナに向かって右手を差し出した。こっちに来いという意味だろう。

「カミラ姉様!?」

 イェーナは待ちわびた姉との再会に戸惑っていた。イェーナもこの展開は全く予想していなかった。イェーナが驚いた顔でおろおろしていると、カミラはくすっと笑った。そして、地面に片膝をつくと、満面の笑みで言った。

「麗しき姫君、私と結婚していただけるかな?」

 カミラが決め台詞を言って再び右手を差し出すと、イェーナはそこへ引き寄せられるように立ち上がり、試合会場と観客席とを隔てている壁を飛び越えた。

「姉様!」

 イェーナはぴょんとジャンプすると、カミラの胸へまっすぐ飛び込んだ。カミラは魔法を使ってイェーナが鎧に強くぶつかってしまわないように勢いを殺しながら妹を受け止めた。カミラがぎゅっとイェーナを抱きしめると、イェーナも腕に力を入れた。イェーナは本当に幸せそうな顔をしていた。

「さすがに本物の姉には敵わないわね」

 イェーナはルキナを姉様あねさまと呼ぶが、所詮は偽物の姉だ。姉様ねえさまには敵わない。ルキナがそう言うと、シアンが首を傾げた。シアンはルキナの言動における矛盾に気づいたのだ。

「でも、良かったんですか?敵わないとわかっていたなら、呼び戻すことはなかったのでは?」

 実は、カミラがこの場にいるのはルキナが陰ながら手を回したからだ。ルキナがイェーナにとっての姉になろうとしているのなら、本物の姉をイェーナの前に連れてくるのは愚の骨頂だ。せっかくの好感度も水の泡だ。

 シアンのその言葉に、ルキナは微笑んだ。

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