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42. 助けに来たんデスケド。

 ルキナとイェーナはカフェを出ると、買い物に行った。ルキナはグレースへの誕生日プレゼントに何を買うかまだあまり考えていない。とりあえず、目についた雑貨屋に入っていく。ルキナの学校やアパートから少し離れているところなので来たことのない店だ。

「お友達へのプレゼントでしたっけ」

 プレゼントを選んでいるルキナの横でイェーナが言った。イェーナには何か買う予定はないが隣で雑貨を見ている。

「やっぱり定番は筆記用具ですよね」

「そうですね、学生さんなら筆記用具が定番ですね」

 ルキナはペンを買おうかと、手近な物を手にとる。その時、店の奥から店員らしき声が聞こえてきた。

「お疲れ様。ニールさん、帰っていいですよ」

 店長が職員に退勤時間を伝えているようだ。

(時間になったらちゃんと返してくれるなんて、当たり前だけどいい所ね)

 ルキナはどんな店長なのか気になって、物陰から声のした方を見た。そこには店長と思しき男性と若い女性がいた。

「あれは…グレース?」

 店長と話している店員はグレースに見える。ルキナはグレースが働いていると聞いていないが、働いていたとしても決しておかしくはない。

 ルキナはグレースに声をかけに行こうかとも思ったが、帰って良いと言われている時間とはいえ、バイト中に話しかけるのは良くないだろう。盗み見するのはやめてプレゼント選びを再開することにする。

「あの、店長、明日のことなんですけど」

「何?」

 一度グレースがいると確認してしまったので、どうしても彼女らの話が気になってしまう。意識せずに聞き耳を立てる。

「すみません、明日、お休みをいただきたいんですけど」

「何を言ってるんだ。学生とはいえもう子供じゃないんだぞ。大人なんだ。自分の仕事に責任をもちなさい」

「でも、明日に仕事を入れたのは私じゃ…」

「何を言ってるんだ!とにかく休みはなし!明日は来てくれないと困るよ!」

 店長が大声を出した。客はいるというのに、そんなことお構いなしといった様子だ。ルキナ以外の客も不思議そうに声のした方を見た。グレースの元にたくさんの視線が集まる。グレースは縮こまって視線を落とした。

「はい…わかりました…。」

 グレースは店長の言うことを聞き、頷いた。それで店長は満足したようで、グレースを帰らせる。グレースは店の奥に消えて行った。

「ひどい人ですね」

 イェーナが店長に対して嫌悪感を露わにした。だが、その場から動こうとはしない。イェーナは自分が出て行ったら店長は慌てるかもしれないが、根本的な考え方を変えられるわけではないことを理解していた。イェーナは王女としての立場を問題の解決のために有効的に利用できない。

「テオ兄様に相談しようかな」

 イェーナは一人で動くことはできないので、兄に知識を求めることにする。

「ルキナ様、お買い物の途中で申し訳ないのですが、お先に失礼します」

 イェーナは言うが早いや、さっさと店を出て行った。ルキナはそれを見送って店内でグレースが出てくるのを待った。グレースはルキナがバイト先とのトラブルを見ていたことを知るのは嫌がるかもしれないが、ここで放っておくこともできない。

 ルキナが商品を見ているふりでグレースを待ち構えていると、学校の制服に着替えたグレースが店の奥から出てきた。

「お疲れ様でした」

 グレースは店長に挨拶をし、店の外へと向かう。ルキナは店長の死角になる場所でグレースの目の前に現れた。グレースは突然現れた人影にびっくりする。

「あ、ルキナ」

 ぶつかりそうになった人影がルキナだったと知ると、グレースは気まずそうな顔をした。さっきの店長とのやりとりを聞かれていないか気になっている様子だ。ルキナはグレースがその話について触れてほしくなさそうなのを感じ取る。それでもルキナは問う。

「大丈夫?」

 ルキナがそう言うと、グレースはやっぱり聞かれていたかと肩をすくめた。ここにきて隠す方が難しい。グレースはしらを切ったり、無意味に誤魔化そうとせず、自分は何とも思っていないと伝えるかのようにニコッと笑った。

「大丈夫。あ、でも、明日は学校行けないかも。ごめんね」

 グレースは店長とのトラブルは隠そうとしなかったが、自分が辛い状況にあることを隠した。最後まで笑って、明日も仕事で授業を受けられないだろうと言う。ルキナは明日学校に来るように言ったが、無理をしてきてほしかったわけではない。本当に明日学校に来られなかったとしても、グレースに謝ってほしかったわけではないのだ。

「それじゃあ、また…明日じゃないか」

 グレースは笑って別れを告げ、店を後にした。外に出た後、グレースは逃げるように帰って行ってしまった。

「大丈夫じゃないでしょ」

 ルキナはグレースがいなくなった後ぼそりと呟いた。グレースが助けを求めてくれなかったことが残念だ。無論、本人が望まなくとも何とかするつもりだが。

 ルキナはアシェリーとクロエの力を借りようと、翌朝学校に行くとすぐに二人にグレースのことを話した。二人ともグレースが仕事先とトラブルになっていることなど知らなかったようで、かなり驚いた。その後、グレースが学校をさぼっていた理由が本人の意思によるものではなかったことにショックを受けた。

「そんな仕事、今すぐにやめさせましょう」

 アシェリーはグレースを言いなりにしている上司に怒り、店に乗り込むと言った。その案にルキナもクロエも賛成だった。

 ルキナたちは授業も受けずに学校を抜け出し、グレースの働く雑貨屋に向かった。

 中に入る前に一度中を確認すると、グレースの姿があった。店長との会話を聞いた限りでは、本人はこの時間に働くつもりはなかったが、店長が勝手にシフトを組んだようだ。グレースは断るに断り切れず、こうして度々店長に言われるままに授業をさぼって仕事をしていた。

「行こう」

 クロエがそう言い、一番に店の中に入った。そのまま品出しをしているグレースに近寄った。

「いらっしゃい…。」

 グレースは客が来たと思って挨拶をしようとしたが、来たのがクロエたちだと気づくと途中で言うのをやめた。そして、ルキナの姿を確認すると、「言ったんだね」と力なく言った。グレースは二人にバイトのことを言わないでほしいと口留めをしなかったので、ルキナは何の気兼ねもなく二人に報告した。だが、今思えば、それがグレースなりのSOSだったのかもしれない。口留めをしないということは、言ってほしいと思っていると捉えることもできるからだ。

 グレースは仕事を一度中断してルキナたちを見る。三人が学校の制服を着ているのを見て、すぐに学校を抜け出してきたことがわかっただろう。

「授業は?」

 グレースは申し訳なさそうに問う。

「さぼった」

「友達の一大事に吞気に授業なんか受けてられますか」

 グレースの不安を吹き飛ばすように、クロエとアシェリーが何でもないかのように力強く言った。グレースのために授業をさぼることくらい本当にたいしたことではないのだ。

「グレース、こんなとこやめた方が良いよ」

 ルキナはこの国での労働における普通を知らないが、それでも、ここの店長がおかしいことはわかる。ルキナはグレースに仕事を変えた方が良いと言う。グレースもそうすべきであろうことはわかっていたので、ルキナの提案を否定しなかった。でも、一人では勇気が出なかったのだろう。これまで我慢してここで働き続けたのは、おそらく学費を稼ぐのための仕事でやめるわけにいかず、言うことを聞かなければクビだと脅されていたからだ。きっと他に働き口はあるのに、グレースは勇気が出なくて身動きがとれなくなってしまっていた。だから、ルキナたちが店に乗り込んできたことは、グレースにとって嬉しいことだ。

 ルキナたちがグレースを連れて店を出ようとしていると、店長が様子を見に来た。グレースが仕事の途中で手を止めているのを見ると、不機嫌な顔になった。

「君たち、営業妨害はよしてくれないかな?いくらお客さんといえど、迷惑行為は困りますよ」

 店長の声を聞いた途端、グレースが委縮してしまった。いつも元気で笑顔の彼女がこんなふうになったのは、あきらかにこの男のせいだ。

 ルキナたちはグレースを背中に隠すと、店長を真っすぐ睨んだ。店長は決して鍛えているわけではないが体が大きく、女子生徒を相手に戦闘能力で劣っていることはない。力だけの勝負でいったら、店長の方に分がある。でも、気持ちに関してはこちらも負けていない。

「その言い方だと、従業員を丁寧に扱うつもりがないって言っているように聞こえますけど、聞き間違いでしょうか」

 ルキナは怒りを押し殺して笑顔で言った。これでもルキナは感情を隠せている自信があったのだが、怒りが大きく過ぎて店長に怒っていることがバレてしまった。店長は隠そうともせず怒った。

「この店では俺が上司なんだ。部下が俺の言うことを聞くのは当然だ!」

 自分の言い分を言うと、店長はグレースを睨んだ。「ガキだからってなめたこと言ってんじゃねえ」と言う。これを聞き、クロエがきれる。

「あんたねぇ…。」

 クロエが店長に一歩近づくと、見下ろすようにして睨んだ。身長はクロエの方が高いので、店長の方が見下ろされることになる。

 クロエが今にも殴りかかりそうになっていると、アシェリーが止めた。アシェリーは殴ったらこちらの方が不利になることをよく理解している。クロエは意外と冷静で、アシェリーの言葉に素直に従った。

 クロエが離れると、店長が少しほっとしたような顔になった。男女で力の差はあるが、そのアドバンテージがあることを忘れてしまうほど、クロエの凄みのある睨みには迫力があり、怖かったようだ。

 しかし、ここでアシェリーが許すわけがない。アシェリーだって怒っているのだ。クロエを止めたからといって攻めの体勢をやめるわけではない。ゆっくり息を吸い込むと言った。

「私は、店員にならどんな横暴も許されると考えるその頭がどうかしていると思います」

 アシェリーが店長に向かって馬鹿じゃないかと遠まわしに言う。店長も言葉の真意を理解できたようで、当然切れた。

「なんだと…!」

「聞こえませんでした?頭のネジが緩いようですので、もう一回言いますから、今度はネジをしっかりしめて聞いてくださいね。店員はあなたのおもちゃではないんです。上に立つ者は常に指導者として導く者の気持ちを理解していなくていけません。そんなこともわからないようでしたら、初等学校からやり直してきてください」

「こんの…言わせておけば!」

 アシェリーの丁寧な侮辱に、店長が怒る。本気で殴ってきそうだ。ルキナとクロエはアシェリーが危ないと思い、二人してアシェリーの腕を引っ張って引き下がらせようとした。だが、アシェリーは足に力を入れていて動いてくれなかった。アシェリーは殴られることも覚悟の上だ。そういえば、いつの間にかアシェリーは眼鏡をはずしていた。完全に殴られる前提で準備してきている。

「アシェリー、だめ」

 ルキナは力を入れてアシェリーを引っ張り続けた。その間に店長は手を振り上げて暴力を振るう態勢を整えていた。そして、店長の腕が動いた。

 殴られる。そう思った瞬間、知らない声が入ってきた。

「お話し中すみません。あなたが店主で間違いないでしょうか」

 いつの間にかルキナたちの横に男性が立っていた。静かな声だったのに、しっかりと耳に届いた。その声を邪魔してはいけないような不思議な声だった。

「そうだけど?」

 店長は腕を下ろし、男を睨んだ。突然話しかけてきた男に不快感を抱いている。男は睨まれても表情を変えずに、さっと一枚の紙を店長の顔の前に差し出した。

「労働法に違反している店があると通報を受けました」

「はあ!?」

「ご同行願います」

 突然乱入してきた男は、この国の法律に基づき違法者の取り締まりを行っている役人だった。店長を連れて店の外へと連行していく。

 ルキナは直感的にイェーナのおかげだと思った。イェーナがテオに相談をして自分が動けない代わりに専門家を呼んだのだ。

 何にせよ、これで一件落着だ。グレースを非道な店長の元から助け出すことができた。四人全員、ほっとして胸をなでおろした。

「アシェリーってけっこう口が悪かったのね」

 気持ちが落ち着くと、ルキナはアシェリーの功績をたたえつつ、意外だったと感想を言う。ルキナは、アシェリーが大人を相手にしても口論で負けないという自信をもっているところは自分と少し似ていると思った。

「あの時は頭がいっぱいで…。」

 アシェリーが恥ずかしそうに言った。普段から口が悪いわけではないので誤解しないでほしいと言う。ルキナは笑いながら「わかった」と言う。

 ルキナたちが安堵も相まって気の抜けた笑いをしていると、グレースが三人に抱きついた。

「アシェリー、クロエ、ルキナ、ありがとう!」

 グレースは三人をぎゅっと抱きしめたままお礼を言った。ルキナたちは顔を見合わせて笑った。グレースが無事で何よりだ。

「新しい働き場所を見つけたら教えてください。私が見極めに行きますから」

 アシェリーはグレースから解放されると、眼鏡をかけ直して言った。「見極めに行きます」のところで眼鏡を押しあげたので、かっこつけたみたいになった。それをグレースが笑う。

「次は変なところじゃないといいわね」

 クロエはグレースの頭を撫でながら言った。これには、グレースも嬉しそうに笑いながら「うん」と頷いた。グレースはやはりいつでも笑っているべきだ。

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