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40. 姉を知りたいんデスケド。

 イェーナの家出が終了した後、ルキナはイェーナの前でカミラのように振る舞おうとした。しかし、カミラの情報はイェーナの記憶で見ただけのもので、単純に真似をするということも難しい。そこで、とりあえずは姉がしそなことをやってみようと考えたのだが、ルキナに姉がいたことも、自分が姉だったこともない。友を妹みたいに可愛いと思ったことはあるが、きっと本物の姉とは違う。リュカやミカの相手をしている時が一番姉に近いように思えるが、やはり何か違う。加えて、その違う部分が何なのかわからないので、改善のしようがない。

 一晩を共に過ごしたことで、イェーナとの距離は近くなったと思われる。学校の放課後や休日に度々会っては話をした。イェーナはたしかにルキナを気に入ってくれている。だが、ルキナは姉役としての立ち回り方を迷走しているため、なかなか最後の壁を超えるに至らない。

 イェーナと二人で出かけたこの日も、ルキナは帰宅後、一人反省会を行っていた。今のままではイェーナの完全攻略はできないとわかっていながら、改善点は見いだせなかった。

(まだジルには会ってないし、テオもメディカも攻略できてないのに)

 攻略対象は一人ではない。イェーナにばかり時間をさいている余裕はないのだ。タイムリミットを留学の終了だと考えると、一刻の余裕もない。

(どーしよー)

 ルキナがダイニングテーブルに頭を乗っけてぐでーっと伸びていると、シアンが近くを通りかかった。ルキナはシアンが近づいたタイミングを狙って腕を伸ばし、シアンを捕まえた。シアンはかなりびっくりしたようで、思い切りルキナの腕を払った。ルキナはシアンが想像以上に驚いたのが面白くて、机に突っ伏したまま声を出さずに笑った。

「寝てたんじゃないんですか」

 ルキナの肩が揺れているのを見て、ルキナが笑っているとわかったようだ。シアンがジト目でルキナを見た。

「寝てないわよ。考え事をしてただけ。いやぁ、いいリアクションだったわね」

 ルキナは顔を上げると、堂々と笑い始めた。ルキナの笑い声を聞き、シアンは「変ないたずらはやめてください」と言った。シアンはルキナの手を振り払ってしまったことについて謝ろうと思っていたのだが、ルキナが馬鹿にするように笑うので、謝るのはやめた。

「それで、考え事って何を考えてたんですか?」

 シアンはルキナの向かい側に座ると、興味本位か親切心か、ルキナに何を考えていたのか問うた。ルキナは目を閉じて寝ているように考え事をしていたので、シアンはルキナが何でもないと言うような考え事ではないと考えた。だから、いつもはしない質問をしたのだ。

(逆ハーレムの話だって言ったら、シアンは逃げそうね)

 シアンは基本的に逆ハーレム計画について協力をするつもりがない。ルキナの悩みが逆ハーレム関連と聞いたら、一応、話は聞いてくれるだろうが、助言はくれないだろう。ここは本題を悟られないような質問をして助言を求めるのが得策だ。

 ルキナは頭の中で考えをまとめると、「私、今も昔もお姉ちゃんがいないからわかんないんだけど」と切り出した。ルキナはイェーナの前で姉のように振る舞うための案を欲している。だから、目的をぼかしつつ、その部分へ直接切り込む。

「お姉ちゃんってどんな感じだと思う?」

 ルキナが問いかけると、シアンは斜め上を見て固まった。シアンにとって予想外の質問だったからか、返事に少し時間を要した。

「お姉さんが欲しかったんですか?」

 少しすると、シアンは質問に質問で返した。やはりルキナの質問の目的が気になったようだ。ルキナは気取られないように「そんなところよ」と即答した。その反応を見て、シアンは何かを考えるように黙った。

(まさかいきなりバレた?)

 ルキナは自分の演技力に絶対の自信を持っているので、いきなり悟られるなんてことはないと思っていた。隠し事はわりと得意な方で、動揺を隠すのは上手いと自負している。だが、これは思い上がりだったかもしれない。シアン相手には通用しなかった。

 ルキナがそれでもなんとか誤魔化そうと考えていると、シアンは「僕もあまりわかりませんよ」と言った。ルキナの本意がバレいているかもしれないと思われたが、セーフだったようだ。ルキナはほっとする。

「じゃあ、シアンはどんなお姉ちゃんがほしい?」

「姉がほしいと思ったことはないですけど」

「そう言わずにさ」

「よくわからないんですって」

 シアンは一応ルキナの質問について考えてはくれたが、答えにくい質問だったため、具体的な返事はくれなかった。ルキナは困ってしまって「んー」と天を見上げた。シアンと話しているうちに何か良い案が出てこないかなと思ったのだが、それも難しかったようだ。

(自分で考えるしかないか)

 ルキナは顔の位置を元に戻してため息をついた。それを見て、シアンはルキナの力になってあげたいと思ったのか、またルキナの質問を考え直した。そして、ひねり出した答えをルキナに聞かせる。

「お姉さんって言うと、僕はチグサさんを思い浮かべるんですけど、そういうことじゃだめですか?」

 シアンは姉というものがどういうものかわからないので、実際に存在する姉の名前を挙げる。チグサはシアンの実の姉ではないが、従姉で幼い頃からシアンを気にかけてきた。シアンにとっての姉はチグサで間違いない。しかし、ルキナはチグサを姉の代表として見るのはなんだか違うように思った。たしかにチグサはマクシスの義姉で、正真正銘の姉だ。でも、彼女が姉らしいことをしているところをあまり見たことがない。何をすれば姉になれるのかはわからないが、チグサがルキナの求める姉らしさを持ち合わせていないことはわかる。

「チグサはなんか違くない?」

「そうですか?でしたら、ユーミリアさんは?参考になりませんか?」

「えー、ユーミリア?そういえば、イリヤの攻略は早かったけど、でも、別にお姉ちゃんらしいことをしたわけじゃないでしょ?あの姉弟は例外よ」

「難しいですね」

「そうなのよ。私たちの周りには、こう…ザ・お姉ちゃんって人がいないのよね」

 シアンの努力も虚しく、ルキナに劇的な変化を与えることはできなかった。シアンの言うようにせめて参考にできる人物が近くにいれば良かったのだが。

「あーあ、残念」

 ルキナはまたテーブルに倒れこんだ。ルキナが真っすぐ腕を伸ばすと、その手は正面に座るシアンに向かって広がった。シアンは左手をルキナの右手に近づけると、ルキナの指の間に自分の指を入れて手を組んだ。テーブルの上で恋人繋ぎ状態になる。

「ん?」

 ルキナは顎をテーブルに乗せてシアンを見た。ルキナもシアンもイチャイチャするのが苦手だ。こういうことをするのは稀だ。ルキナは珍しく思ってシアンの様子を伺う。すると、シアンは左手の指に力を入れて、ルキナの手をきゅっと握った。ルキナはその手を握り返す。

(駄目だわ。もう逃げたくなってきちゃった)

 ルキナはこの甘い空気が耐え難くて、逃げたくなってしまう。ノアルドとフリでそういうことをしていた時は演技だと割り切ることもできたが、ここでは素で対応しなくてはならない。ルキナの性格上、こういう時、後先考えずに逃げてしまう。楽な方、楽な方へと行ってしまう。でも、今はシアンがルキナの手を強く握っているので逃げれられない。そこで、ルキナはカローリアが戻ってくるかもしれないと言ってやめさせようと思った。その時、シアンが先に口を開いた。

「イェーナ様に直接聞いてみるのもありだと思いますよ」

 シアンはニコニコして言った。姉についての話の続きだ。

 ルキナはさっき逆ハーレム関連の話題だということを隠し通せたと安心していたが、本当はバレバレだったようだ。シアンはわかっていてルキナの話の相手をしたのだ。シアンは笑っているが、心からの笑顔ではない。シアンは、ルキナが誠意をもって目的を言わなかったことを怒っているのかもしれない。言ってしまえば、ルキナはシアンを憚ろうとしたのだから。

(うん、逃げよう)

 ルキナは本能的に逃げるべきだと思った。ところが、シアンはルキナの手を繋いだまま。ルキナは椅子から立ち上がったがテーブルから体を離すことはできなかった。シアンが思いっきり手に力を込め、ルキナの右手を全く動けないようにしているのだ。これでは逃げられない。

「ごめんなさいー」

 ルキナはテーブルに張り付きながら謝った。すると、シアンは声を出して笑いながら、「いいですよ、別に」と言った。シアンは言っていることとやっていることがかみ合っていない。ルキナを許すということを言っているくせに、逃がそうとはしない。

「シアン、シアン。逆ハーレムになっても、私の一番はシアンだから」

 ルキナが逃るための言い訳のように言うと、シアンは笑顔をやめて不満そうな顔になった。

「それを言えば良いと思ってません?」

 ルキナは事あるごとにシアンが一番だと言う。この言葉はたしかにルキナの本心なのだが、何度も言いすぎたせいで重みがなくなってしまっている。しかも、たいていこれを言うのは逆ハーレム計画を嫌がるシアンを納得させようとする時。ルキナはこう言っておけばシアンは黙ると思っている。シアンはそのことを見破った。

 だが、図星をつかれたくらいでやられるルキナではない。ルキナは相変わらずシアンに押さえ込まれてかっこ悪い恰好をしているが、「嫉妬深い男は嫌われるわよ」と威勢のいいことを言った。ルキナは力では敵わなくとも、言葉だけでは勝とうと思った。

 しかし、やはり分が悪かった。ルキナは圧倒的に不利な状態だ。ルキナがいくら達者に言い返したところで、シアンは他に黙らせる術をもっている。

「誰のせいだと思ってるんですか」

 シアンはそう言うと、さらに手に力を入れた。ルキナの手をぎゅーっと握りしめる。爪は立てないように配慮しているが、そんなことは関係ないくらい痛い。

「いたたたたた…。ごめん。ごめんなさい。悪かったってば」

 ルキナはキャーキャー悲鳴を上げながら痛みを訴える。シアンはその様子を冷めた目で見る。

「これはDVよ、DV。暴力!暴力反対!あー…!」

 シアンは手の力を少し緩めた後、ルキナが気を抜いた瞬間にまた力を入れた。ルキナは痛みに合わせて騒ぎ立てる。

 そこへカローリアが現れた。カローリアは隣室の掃除をしていたのだが、区切りがついてリビングにやってきた。

「何をしていらっしゃるんですか」

 ルキナが騒いでいたので、カローリアは何事かと思ったらしい。切羽詰まった様子ではなかったが、一応ルキナを心配してきてくれたようだ。ルキナはそのカローリアを救世主を見つけたかのように見た。

「カローリア、助けて」

 ルキナは自由な左手を伸ばして、カローリアに助けを求める。しかし、カローリアはルキナを助けなかった。ルキナとシアンはただじゃれているだけだと判断した。

「…買い物に行ってまいります」

「薄情者ー!」

 カローリアは逃げるように外へ行ってしまった。ルキナの左手は掴んでもらえなかった。

 カローリアが出て行った後、ルキナは落ち着こうと大きく息を吐いた。その後、シアンの方を見た。

「シアン、そろそろ放さない?こういう繋ぎ方はもっとロマンチックな雰囲気の時にするものよ。これは恋人繋ぎへの冒涜よ」

 ルキナがテキトーなことを言って手を離すように求めると、シアンは手の力を抜いた。でも、力を全部抜いてくれたわけではないので、ルキナはまだ逃げられない。

「シアン、ここは潔く放そうよ」

「イェーナ様のことも、テオ様のことも考えないって言うのなら放しますよ」

 シアンはルキナに逆ハーレムの夢を見るのはやめるように求めた。ルキナが最近また逆ハーレムのことばかりに意識を向けるようになってしまって、シアンはそれが面白くないようだ。シアンはそこまで余裕のない男ではないが、ここがホームでないために、普段以上に不安を感じるのだ。ルキナもシアンが嫉妬を表に出すのはよっぽどのことだとわかっているが、逆ハーレムについて譲るつもりはない。

「それは約束できない」

 ルキナがすました顔で言うと、シアンはやっぱりそうかと言うように肩をすくめた。シアンだって、ルキナを本気で説得しようなんて思っていない。でも、こういう時くらいは自分のしたいようにしても許されるだろう。ルキナは散々好き勝手しているのだから。

 シアンは椅子から立ち上がると、ルキナと手を繋いだまま移動を始めた。シアンはルキナの手を引いて自分の寝室に引き入れた。ドアを閉めると、ルキナをドアにもたれかかるように立たせた。

「暴力の次は監禁?良くないわよ」

 ルキナはニヤニヤしながら茶化した。シアンは最初から本気で力を入れていなかった。ルキナが大げさに痛がっただけ。シアンがそこまで酷いことをするわけがない。だから、ルキナはここにきて茶化す余裕があるのだ。

「応援はできませんけど、我慢はします。だから、今は…。」

 シアンはルキナの逆ハーレム計画に協力したくないが、しばらく邪魔はしないと言う。でも、その代わりに欲しいものがあるそうだ。ルキナはそれが何かわかった。

「いいよ」

 ルキナは笑って承諾した。それを聞いたシアンは顔をルキナに近づけた。二回目のキスだ。

「おじい様にバレたら怒られそうね」

 ルキナはドキドキしながら言った。キスは何回してもきっと慣れない。でも、嫌な気分ではない。祖父が知ったら怒りそうなことではあるが、だからといってやめるものでもない。

「言わないでくださいね」

「誰にも言わない」

 ルキナたちは顔を近づけたままクスクス笑った。誰も知らない秘密を共有するのは楽しかった。

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