そっくりな双子デスケド。
ルキナはノアルドとミッシェルを連れて庭に出た。門の前に馬車が停まっているのが見える。ミューヘーン家の馬車だ。ルシュド家の双子が乗ってきた馬車だろう。
ルキナがキョロキョロと周りを見回す。双子の姿が見えない。元気溌剌な子供たちなので、屋敷に馬車が停まったら、すぐに降りて走ってくると思っていたのだが、双子はいない。
「おかしいわね。まだ馬車の中かしら」
ルキナが腕を組む。馬車の近くまで迎えに行かなくてはならないのかと思い、気が重くなる。たとえ庭の中を歩くだけだとしても、強い日差しのもとに出るのは嫌だ。ルキナが嫌そうな顔をしていると、ノアルドが笑った。
「けっこう遠いですから、寝ちゃってるのかもしれませんね」
ノアルドが迎えに行こうと、玄関の階段を下りた。ノアルドに行かせて、自分が行かないわけにはいかない。ルキナもノアルドに続いて階段を下りる。ルキナは少しでも腕を日焼けから守ろうと、体の陰に腕を隠す。そのため、少し変な歩き方になる。
門と屋敷の玄関の中腹あたりに噴水がある。近くを通ると、噴水からミスト状の水が飛んできて、涼しく感じられる。三人が噴水を通り過ぎようとした時、噴水の陰からヌッと二つの人影が飛び出してきた。
「「わっ!」」
ぴったり揃った声と動き。双子の兄妹は、噴水に隠れていて、三人を驚かそうと待ち構えていたようだ。
「リュカもミカも元気そうね」
ルキナは、双子に微笑みながら近づく。すると、双子たちは、ルキナから逃れるように走り出した。
「リュカ!ミカ!」
ルキナは手を伸ばすが、双子には届かなかった。二人は手を繋いで走って行ってしまう。双子は六歳になろうかという年齢。元気盛りな年ごろだ。放っておいては、何をやらかすかわからない。いたずらをしてしまう前に捕まえなくては。
「オジョウ、おっさきー!」
双子の片割れ、ミカがルキナに向かって手を振る。
「ちょっと待ちなさい!」
ルキナは慌てて双子を追いかけ始める。玄関から屋敷に戻り、小さな影を追う。双子は初めての建物で勝手がわからないのか玄関ホールを少しうろちょろした後、立ち止まった。
「捕まえた!」
ルキナが二人をハグすると、双子が楽しそうに笑った。
「「シアンは?」」
双子はシアンを探していたようだ。ルキナはシアンがいると思われる方向を指さす。イリヤノイドにお茶を届けると言っていたので、イリヤノイドの勉強部屋にいるはずだ。
「「シアンー!」」
双子がルキナの腕をするりと抜けて、また走り始めた。ルキナが教えたシアンの居場所に向かって一直線だ。
「廊下を走るのは駄目!」
ルキナは、早歩きで追いかけながら、双子を叱る。さすがにルキナまで屋内を走る勇気はない。応接室の前を通り過ぎ、書斎として使われていたであろう部屋に向かっていく。双子は、廊下の突き当りまで走り切ると、バンッと大きな音を出してドアを開けた。
「シアンー!」
ミカが中に飛び込んだ。やはりあの部屋にシアンはいたようだ。ミカに続いて、リュカも中に入っていく。
「ちょっと!走ったら駄目って言ったでしょ!」
ルキナがようやく端の部屋まで到着したころには、リュカとミカはシアンとハグをしていた。
「オジョウ、遅い!」
ミカがルキナに文句を言う。
「遅いって…あんたたちが勝手に走り出したんでしょ」
ルキナは言いながら、膝に手を置く。早歩きというのは意外としんどいもので、走るよりつらいのではないかと思う。しかも、外で少し走ったが、あれも久しぶりの運動で、疲れてしまった。ルキナが息を整えていると、イリヤノイドが子供たちに向かって怒り始める。
「ちょっと、先輩から離れて」
イリヤノイドがシアンの腕に抱きついて、双子から奪うように引っ張る。双子にシアンとの二人きりの空間を邪魔されて腹が立っているのだろう。イリヤノイドは、大人げなく子供たちに怒っている。
「こういうのをホモって言うのよ」
「ホモって初めて見た」
リュカとミカがひっついてひそひそ話をする。だが、声は大きいので周りに丸聞こえだ。
「ホモ言うな」
イリヤノイドはさらに強くシアンの腕を抱きしめる。しかし、シアンが冷ややかな目をイリヤノイドに向けている。
「なんですか、先輩。僕が二人に教えたわけじゃないですよ」
シアンはこの双子がホモという言葉を覚えていることにショックを受けている。そのことに気づいたイリヤノイドが自分は悪くないと言う。
「…君たちのせいだ!」
イリヤノイドがシアンから離れて、双子に向かって怒る。
「きゃー、怒ったー!」
リュカとミカが手をつないで逃げていく。双子とイリヤノイドの追いかけっこが始まった。ルキナとシアンは三人の背中を見送る。
「シアンがモテてどうするのよ」
シアンが近づいてくると、ルキナが言った。ルキナは、双子が自分よりシアンの方に懐いているのが不満なのだ。
「子供に向かって何言ってるんですか」
シアンは呆れ気味に言う。
「あー、あれね。ラノベの主人公がなぜかモテる現象ね」
ルキナが手をぽんと鳴らした。ルキナにけなされていると思ったシアンは、ジト目でルキナを見る。
「あれって、作者の願望入ってると思うのよね」
作品には作者の性格や感情、そして、願望が投影される。ルキナも小説家として名前を売っているので、そういう作者の気持ちはわからないでもない。ラノベの主人公が自分に似ていて、それがモテるストーリーを書いたのなら、たしかに願望と言えるだろう。
「ヒロインは自分に向けられた好意に気づかない傾向にありますね」
今度はシアンが言い返す。シアンがやけにルキナの方に強い視線を向けてくる。
(そんなに怒らなくても)
ラノベの主人公はモテる理由もなさそうな人物だったりする。それが「なぜか」モテるのだから、その主人公みたいだと言われたシアンは怒ってしかるべきだ。しかし、ルキナも冗談で言ったので、そんなに怒られても困る。
「そうね。鈍感な女の子は可愛いって思われてるし、そういう子に対して男キャラがアプローチする展開は悪く…。」
ルキナは途中まで言って口を閉じた。
(ちょっと待って。それって…)
シアンが言葉の裏に真意を隠していることに気づき、ルキナはニヤリとする。先ほどのシアンの言葉を思い返せば、ルキナに「僕の気持ちに気づいてくれ」と言っているようなものだ。
「可愛いことするじゃない」
ルキナはぼそりと呟いた。シアンは既にルキナを置いて部屋を去っている。シアンには聞こえなかっただろう。
「シアン、待って」
ルキナはシアンを追いかける。シアンが後ろを振り返ってルキナを待ってくれる。ルキナはシアンの横に並んでニコニコする。
「なんでそんなに嬉しそうなんですか」
シアンが怪訝そうにルキナを見ている。シアンはルキナに自分の気持ちがバレているなんて思っていない。ルキナは、またシアンをからかってやることにする。
「私、どっかで聞いたことがあるわ。興味もない人からの好意は気持ち悪いって」
ルキナは試すようにシアンを見る。シアンは困ったように考えている。ルキナは「あなたの気持ちに気づいてる」ということを伝えるつもりで言った。うまく伝わるだろうか。
ルキナがドキドキして待っていると、シアンがやっと口を開いた。
「…逆ハーレム諦めた宣言ですか?」
シアンの答えに、ルキナは眉をひそめる。本当に鈍感な男だ。頭は良いくせに、言葉の裏に隠した気持ちをちゃんとくみ取れない。
(でも、わからないなら、仕方ないわ)
ルキナは、それ以上、完璧な言葉まわしを思いつかない。シアンをからかうのは無理がありそうだ。この場では、シアンの勘違いに合わせるのが得策だろう。
「ち、が、う、わ、よ」
ルキナは、ぴょんぴょんと跳ねるように歩き、シアンの前に出る。くるりと体の向きを変えて、体をシアンの正面に向ける。
「この世界は乙女ゲームで、私は男を虜にするルキナ・ミューヘーン。私がモテるのはもはや運命」
腕を組んで仁王立ち。その視線はシアンからそらさない。力強く言い切ると、ビシッとシアンに人差し指を向けた。
「シアン、命令よ。私をモテモテにしなさい」
ルキナはフンスと大げさに息を吐く。ルキナの芝居がかった言動に、シアンが呆れる。
「そんなことで命令しないでください」
シアンのノリが悪くて盛り上がらない。ここは一緒に演技をしてくれても良いだろう。せっかく話題を変えてあげたのだから。
たしかに、シアンの言っていることはもっともだ。ルキナの「命令」には絶対服従という暗黙の了解がある。ルキナが乱用して良いわけがない。
「絶対諦めてやんないからね!」
あまりにしまりが悪いので、ルキナはそう言い捨ててシアンから逃げ出したが、自分でも悪役みたいなセリフだったと思った。
「そこまで自分で言ってて気づかないんですか」
ルキナがリビングに向かって走っていると、途中の玄関ホールでノアルドが声をかけてきた。ミッシェルも一緒だ。
「何のことですか?」
ルキナは本当にノアルドの言っていることがわからなくて、首を傾げる。
「すみません、聞こえてたんです。興味がない人の好意は気持ち悪いということをシアンに言っていたくだりです。そこまでシアンに言ったのだから、とぼけることはしませんよね」
ノアルドがルキナに迫る。ルキナは、いつもは温厚なノアルドが笑顔を見せないので、怖くなる。
「ごめんなさい。本当に何を聞きたいのかわからないんです」
ルキナは、ノアルドからのけぞる形になり、その状態で訴える。それでもなお、ノアルドはルキナの本心を聞き出そうと、距離をつめる。
「ノア」
ミッシェルが声をかけると、ノアルドは我に返った。ノアルドは、罰が悪そうな顔をして、ルキナから離れた。そして、何も言わずにリビングの方に向かった。
「ごめんね。ノアから全部聞いたんだ。婚約解消の話も、シアンをからかうっていう話も。それと、ルキナはまだシアンのことが好きかわからないって話」
ミッシェルの言葉に、ルキナはなんだか複雑な気持ちになり、うつむく。自分でも自覚していないシアンへの気持ちを何人もの人に取りざたされるのは良い気分じゃない。少なくとも今はルキナはその気持ちを否定している。あまり話題にもしてほしくない。
「ルキナは何も悪くないよ。わからないならわからないで、それで良い。ただ、周りにいる人たちが動きづらいというだけの話だから。でも、さっきのルキナとシアンの話を聞いていると、ルキナはシアンのことを好きだと言っているように感じたんだよ。ほら、さっきノアが言ってた、興味がない人の好意はどうのこうのっていう話。あれをシアンに笑いながら言ってたから、周りから見たら、どう考えても、シアンのことが興味ありますって言ってるように聞こえるんだよ」
ミッシェルは必要以上に丁寧に説明した。ルキナがあまりに無自覚な発言をしていたので、ミッシェルはそれを教えてあげるつもりだったのだろう。変な疑いをかけられたくないのなら、もう少し考えて発言した方が良いと。実際、ノアルドはルキナの言葉を深読みし、勘違いしていた。ルキナは、申し訳ない気持ちになる。
「まあ、そもそも盗み聞ぎしていた僕らが悪し、ノアが焦ってるのはこちらの問題だから、気にしないで良いよ」
ミッシェルはルキナの頭にぽんっと手を乗せた。その後、ルキナの頭を数回ぽんぽんとした後、ノアルドの入っていったリビングに向かって歩き始めた。
「よくも先輩との時間を邪魔してくれたな!」
「ホモー」
「ホモー」
リビングからイリヤノイドと双子の声が聞こえてくる。双子がリビングにいるのなら、双子を皆に紹介する良いチャンスかもしれない。ルキナはミッシェルに続いてリビングに入る。
「あ、オジョウだ!」
ミカがルキナに気づくと、イリヤノイドの足元をするりと抜けてルキナの方に走ってきた。ミカは、ぎゅっとルキナの脚に抱きつく。こういう可愛いところがあるから、いたずらばかりの双子を憎めない。
「みんないるかしら。この子たちを紹介するわ」
ルキナがリビング全体に聞こえるような声量で言うと、皆が談笑するのをやめた。イリヤノイドが動きを止めたすきに、リュカもルキナの方に逃げてきた。ルキナは自分の前にリュカとミカを立たせる。そうこうしているうちに、最後にシアンがリビングに入ってきた。これで全員揃った。
「うちで働いてた元執事の子供よ。双子のリュカとミカ」
ルキナが双子の紹介をすると、皆一様にニッコリ笑った。テーブルでペンを動かしていたベルコルでさえも、顔を上げて、チラリと双子の顔を見た。
「この人たちがオジョウの下僕?」
ミカが屈託のない笑顔で目の前にいる上級学生たちを見回す。子供の言うことなので、誰も怒ったりはしないが、一応身分的にもそんな口をきける相手ではない。
「…まあ、こんな感じで、生意気なところがあるけど、可愛がってくれると嬉しいわ」
ルキナが苦笑いしながら言うと、イリヤノイドがじっと双子の顔を見た。ミカがイリヤノイドの視線に気づいて、あっかんべーをする。イリヤノイドは、怒って頬を膨らませる。ミカとイリヤノイドがにらみ合っている間、リュカはシアンに向かって照れながら手を振っていた。
(顔はそっくりだけど、性格は全然似てないわよね)
双子は本当にそっくりだ。兄妹なので二卵性双生児にあたるのだが、同じ格好をしたら見分けがつかないのではないかと思うほどだ。今は二人とも全然違う恰好をしているので見間違えることはない。片方はやんちゃそうな男子の恰好。もう一方の片割れは、フリフリの可愛らしいワンピースで女の子らしい恰好。服装にも性格がにじみ出ているようだ。
ルキナがそんなことを想いながら双子の背中を見ていると、タシファレドがソファから立ち上がった。
「ミカ嬢、よろしければ俺がエスコートしましょうか?」
六歳になろうかという子供相手でも、タシファレドは絶好調だ。跪いて手の甲にキス。その背後で、アリシアがメラメラと闘志を燃やしている。さすがに小さな子供を前にして殴りかかることはしない。でも、今にでも飛び掛かりそうに見える。
「逆よ」
「え?」
タシファレドは、ルキナの言葉の意味がわからず、ルキナの顔を見上げてきょとんとしている。
「こっちがミカ」
ルキナが男の子のような恰好をしたミカの肩に手を置く。
「んで、こっちがリュカ」
今度は、タシファレドが手をとるリュカの肩に手を置いた。タシファレドは、男の子であるリュカにアプローチしていたのだ。見た目は完全に女の子なので見間違えるのも無理はない。
「一応、リュカがお兄ちゃんね」
ルキナがニッコリ笑う。ルキナはこんな事態になることは想定済みだった。むしろ、わざと紛らわしい紹介の仕方をしたのだ。リュカは男の子の名前で、ミカは女の子だ。そのうえ、双子の服装は男女の特徴を前面に押し出したようなものだ。まさか逆の性別の恰好をしているとは思うまい。タシファレドはまんまと騙された。
「にいちゃん、いつまでリュカの手触ってるわけ?」
男勝りなミカは、タシファレドを睨む。リュカがタシファレドに怯えているので、ミカが助けに入ったのだ。
「守ってもらうばかりのヒロインはもう古いのよ」
ルキナが言いながらタシファレドに「離してあげて」と視線を送る。タシファレドは、混乱しながら、ルキナに指示されるままにリュカの手を離した。そこへアリシアが駆け寄ってきて、動けずにいるタシファレドの腕を引く。
「可愛いでしょ。男の子は大きくなると可愛い恰好が似合わなかったりするのよね。だから、今のうちに楽しんでおかないとね」
ルキナがハンカチを出してリュカの手を拭いてあげる。別にタシファレドのことを汚いなんて思っていないが、タシファレドに口付けされた右手を下ろせずにいるリュカがかわいそうだった。それを見たハイルックは無条件に怒り始めるが、アリシアがタシファレドにくっついているのを見て、そんなことに構っていられなくなった。
「私たちの自己紹介はまだしていませんでしたね。私はノアルド」
ノアルドがしゃがんで双子と目線を合わせる。いつもの優しそうな笑顔になっている。先ほど、ルキナに必死な顔を見せていたのが嘘のようだ。
「この方は王子様なのよ」
「オウジサマ?」
ルキナは双子たちにノアルドは高貴な人だと教えてあげようとしたが、二人は王子という肩書が何を意味するのか理解できないようだ。リュカが可愛く首を傾げている。
「そんなことは気にしなくて良いですよ」
ノアルドは、子供まで身分を気にする必要はないと考えている。わからないなら、わからないままで良いと。
「ノアの言う通りだ。二人とは友達になりに来たんだしな」
ミッシェルはそう言って、双子を抱きかかえた。背の高いミッシェルにだっこされて、双子がはしゃぎ始める。
(やっぱりミッシェルは面倒見の良いキャラだわ)
ルキナは、双子をさっそく可愛がっているミッシェルの頬が緩んでいるのを確認する。世話のかかる妹系に弱いミッシェルには、子供の相手はうってつけだったのかもしれない。




