33. 珍しい王族デスケド。
「それでは次の場所に行きましょうか」
テオがベンチから立ち上がる。パンを食べ終わり、海も満足いくまで眺めることができた。
「そうですね」
イェーナが続いて立ち上がり、頷いた。
ルキナたちは砂浜を出て街に戻ると、公共施設の多い街の中心地に向かって歩き始めた。やはり街の人たちはテオとイェーナに気づくと、例外なく声をかけた。
ルキナがきょろきょろと周囲の建物に目をひかれていると、前を歩くテオが止まった。ルキナは立ち止まって、どうしたのだろうと不思議に思う。
テオがくるっと後ろを振り返ると、左手を広げた。
「こちらが僕らの住まい、城です」
そう言って、テオが手で指し示したのは、いたって普通の屋敷だった。ルキナが想像するような城とは全く違った。こうしてテオに教えてもらわなければ、きっとこの建物が王家の住まいだなんてことに気付かなかっただろう。
「え、これがお城?」
ルキナが思わず本音をもらすと、テオが「やっぱり変なんだ」と呟いた。ルキナは慌てて「すみません」と謝る。失言だった。でも、テオは気を悪くしたわけではなかったようで、「僕らにはこれが相応しいので構いません」と言った。
(自分たちの権威を主張したがらない王族ってことなのかしら)
テオが目立たない屋敷こそが自分たちにぴったりな城だと言う。ルキナはそれを悪いことだとは思わなかった。国税を贅沢や見栄のために使うのは愚かなことだと思っているからだ。だが、事情も知らない状態では、称賛して良いものかどうかということも判断できなかった。上に立つ者がある程度の威厳を示すことは、民を率いる上で必要な時もある。少なくともルキナは屋敷を見て親近感を抱くことにはなったが、異論は当然存在することだろう。
シアンはキルメラ王国に城らしい城がないことを知っていたので、特に驚くことはなかった。ルキナが珍しい城に興味を示していると、シアンは「あまりじろじろ見ない方が良いんじゃないですか」と言った。
「そんなに面白いですか?」
イェーナがくすくすと笑う。ルキナが街の景観によく馴染んでいる城に釘付けになっているのがおかしかったらしい。ルキナは、また失礼なことをしてしまったかもしれないと思い、謝ろうとする。が、その前にイェーナが「ウィンリア王国とは全然違いますものね」と言ったので、ルキナが謝るタイミングは失われた。
「王国なのに珍しいですよね」
シアンが屋敷を見上げて言う。ルキナに屋敷を見すぎだと注意しておきながら、シアンも気になっていたようだ。とはいえ、キルメラ王国は王がトップに立つ国。王がその権威を示さないことを不思議がるのは普通のことだ。シアンが正直に感想を言うと、テオとイェーナが顔を見合わせて笑った。
「王国と言っても、王族はほとんどお飾りです。王様になれば、多少の決めごともできますが、何もできないも同然です。私たちは国民のために何もしていません」
イェーナが人々がイメージするような城がない理由の一つと考えられることを言った。王国とは名ばかりで、王族は城などもつような存在なのではない、と。
「そうおっしゃるわりには、皆に好かれていらっしゃるみたいですけど」
ルキナは、イェーナの自虐的な言葉をすぐには信じられなかった。国民のために何もできていないというのなら、あれほど国民たちに慕われていないはずだ。
「皆さん、お優しいんですよ。私たちは何もしていないのに、私たちの生活は国民からいただいた税で賄われています。私たちは皆さんに守っていただいているのです」
イェーナは自分たち王族は不要だと強く信じているようで、少しの否定など耳に入らないようだ。テオも「僕らのことなんか見捨てれば良いのに」と言う。
「でも、やっぱりそういう文句を言われないのには何か理由があるのだと思いますよ」
なぜかネガティブなことばかり言う兄妹に戸惑いながら、ルキナは励ましの言葉をかける。励ましと言っても、あくまで事実を言っているだけだし、やはり思い込みの強い二人にはそれらしい効果はなかった。
「今日はこの辺りにしましょう」
イェーナがニコニコ言う。夕方になり良いぐらいの時間だ。テオがルキナたちを学校まで案内すると言った。まだ歩きなれていない場所で放置すると、道に迷って帰られなくなってしまうかもしれない。ルキナ達が無事にアパートに戻れるように、二人がちゃんと道がわかる場所まで連れて行ってくれるそうだ。
「そういえば、ノアルド様との婚約、解消されてしまわれたとお聞きしたのですが」
城から離れると、テオがルキナに婚約破棄について真偽を問うた。ルキナはその通りだと答える。すると、テオが残念そうにした。でも、婚約破棄に至った理由を尋ねるような無粋な真似はしなかった。
「兄様は優しいから、すぐにお相手が見つかりますよ、きっと」
イェーナがテオやルキナを元気づけるように言った。ルキナはテオのように悲しい顔をしていたつもりがなかったので、イェーナがルキナを優しく見つめているのに気づいて動揺する。
「イェーナ様はノア様と仲がよろしいのですね」
ルキナは話題を婚約からそらせるように自然にイェーナに話を振る。これにはあまりわざとらしさが感じられなかったようで、イェーナは「そうかもしれません」と嬉しそうに返答をした。
「私、小さい頃にウィンリア王国のお城に住んでいたことがあるんです」
イェーナは「ルキナ様はご存知ないかもしれませんが」と言う。
「イェーナ様がウィンリア王国に?」
ルキナはノアルドからイェーナのことを聞いたことがない。幼い頃が具体的にいつのことかわからないが、ルキナが城に出入りしていなかった頃であればルキナがイェーナに会ったことがないのは当然のことだ。とはいえ、ルキナが全く知らないというのはやはり少し違和感がある。
「遊びに行くのとはわけが違いますからね」
テオが首を傾げるルキナを見て言った。
「この国がウィンリア王国の従属国となってからの決まりなのですが、僕ら王族は、人質のようなものを差し出さなければならないのですよ。五年のうち三年間は、王族のうちの一人がウィンリア王国に身を置くんです」
従属国となる時、キルメラ王国がウィンリア王国に政治における権利を差し出さない代わりに、従属、信頼の証として王家の人間を人質にすることが条件として提示された。国のことは助けてあげるから、忠誠心を見せろということだ。それが現在も続いていて、イェーナは既に過去にウィンリア王国に来ていた。
「僕たち兄弟が多いのは、ウィンリア王国に留まる一人当たりの時間をできるだけ短くするためです。あ、これをウィンリア王国の方にお話してしまうのはあまり良くなかったかもしれません」
テオが口元を手で押さえる。
「来年はテオ兄様とジル兄様が留学生としてウィンリア王国に参ります。その時はまたよろしくお願いしますね」
イェーナが可愛らしく微笑む。ジルの名が出てテオが一瞬不機嫌な顔になったが、すぐに「知り合いがいると思うと、楽しみになってきました」と言った。
「それでは、また明日お会いしましょう」
学校の前まで来ると、テオとイェーナはルキナたちを残して去って行った。ルキナとシアンは兄妹をお辞儀をして見送った。二人の姿が見えなくなると、ルキナたちもアパートへと向かって動き出した。
「情報をまとめないとね」
ルキナは歩きながら言った。テオたちとの交流は楽しいものだったが、度々重い話もあったので、しっかり整理をしないと混乱しそうだ。
「この国の王族って、自分たちに自信がないみたいね」
ルキナはまずテオたちと実際に話して感じた感想を呟いた。
「そうですね。街の人たちが王族を良く思っているのは、おそらく人質の話と関係していますね。この国があるのは王族がウィンリア王国との関係作りのために犠牲に…貢献してくれているからだという認識が広まっているようですし。でも、当の本人たちはそれを大したことないことだと思って、自分たちの存在意義を見出せていないんですよね」
「わかりやすい解説ありがとう。私が言いたかったのはそういうことよ」
シアンが長々と話すものだから、ルキナが自分の言葉でまとめようと思っていた考えが全て言われてしまった。
「じゃあ、お城がないのは、王族がお城を欲しがらないからってだけだと思う?」
ルキナが新たな問いを提示すると、シアンは「うーん」と考えるように唸った。その後、「城がないのは単純に必要がなかったということも考えられますね」と言った。
「ウィンリア王国の城というのは、もともと司令塔、戦時中の防衛中枢基地として建てられたものですからね。今は綺麗な建物で王族の権力の象徴になっていますが、ちゃんと歴史もあるんですよ。で、逆に言えば、戦争がなければ城は必要なかった。つまり、ウィンリア王国にも城が存在しなかった可能性があるんです」
「それじゃあ、キルメラ王国は戦争をしなかったの?」
「紛争はそこそこあったはずですよ。戦争を全くしなかったということはないはずです。でも、この国は国としても新しい方で、大国の一部の地域が独立したというのが始まりです。城を建てて戦うという時代を終えてからの建国だったのだと思います」
「なるほどね。だから、お城は必要ないと」
ルキナは今日聞いた話をまとめるだけのつもりだったが、シアンはそこから考察をしている。ルキナはシアンの話を聞き、興味深いと思った。
「やっぱり勉強できる人っていうのは、分野っていう壁がないのね」
ルキナはシアンの学の広さと学びに対する姿勢に感心する。だからといって、シアンを見習って積極的に勉強をするというのは、ルキナには簡単なことではない。
「王族の方が街の人に崇められているっていう話に戻るんですけど、僕は最初、宗教的特色だと思ったんですよ」
一度話し始めると乗りに乗ってきたのか、シアンは考えていたことを全て話そうとし始めた。ルキナはシアンの話を面白いと思っているので止めようとは思わないが、圧倒されるような思いではあった。
「国の中には、王族を神と捉える宗教を信仰しているところもあると聞いたことがあるので、この国もそうなのかなと思ったんですよ」
「あー、アイドルはトイレに行かないってあれね」
「…それはよくわかりませんが、テオ様たちと街の人たちとの温度差の原因はそういうことなのかなって。神様相手なら優しくしたいと思うのは当然だし、貢物も不自然なことではないですから」
「たしかにね。私も似たようなことは考えたわよ。王族が特殊な血筋かもっていう。言ってしまえば、ウィンリア王国の王族ってそういうことでしょ?ルーエンの子孫っていうのが大事だったんだから」
「そうですね。でも、そうなるとお城がないのが変ではありませんか?」
「そっか」
「この国は、国王のようなリーダー的存在が最初からいたのではなく、王国になるために国王を用意したような印象があります」
「んー、卵が先か鶏が先かみたいな話ね」
ルキナたちは好き勝手言いながらアパートに帰り、部屋に入っても白熱した討論を続けた。カローリアはルキナたちが話を盛り上げながら帰ってきたのにびっくりしていた。それでも、ルキナが買ってきたパンのお土産を渡すと、喜んでくれた。カローリアも甘いものに目がない女の子だった。




