都合の良い協定デスケド。
「みんなの今日の予定は?」
朝食を終えると、ルキナが皆に尋ねた。毎朝、こうしてルキナは皆の予定を確認している。
「昨日と同じだな」
タシファレドが最初に答える。リュツカ家の屋敷は田舎にあるので、周りに大したものはない。屋内で過ごすことが多い。タシファレドは、リビングか自室でのんびりしていることが多い。時々、外に出て魔法の練習をしていることもあるが、基本的にひっついて離れないアリシアとハイルックの相手をしている。
「じゃあ、私も昨日と同じです」
アリシアがニコニコしている。外に出なければ、タシファレドが女の子にナンパすることがない。メイドには一通り声をかけたようだし、屋敷から出ないのなら、アリシアが心配するようなことは起こらない。
ハイルックは、アリシアが笑っているのが気に食わないようで、タシファレドを挟んでアリシアを睨んでいる。アリシアはハイルックの視線に気づくと、あっかんべーをした。また喧嘩が始まりそうだ。
「まあ、基本的にみんな昨日と同じ感じになるわよね。それじゃあ、昨日と違う予定の人」
ルキナは順に予定を聞くのは面倒になり、一気に聞いてしまうことにする。誰も手を挙げない。つまり、全員が昨日と同じような過ごし方をするということだ。
「ルキナ様、皆さんの予定を聞いてどうするんですの?」
シェリカがルキナに質問をする。皆、シアンの家に泊まらせてもらっている立場ではあるが、そこでの過ごし方は自由だ。ルキナが予定を確認する意味はあまりない。
「ただの興味本位よ。こういうの、シェアハウスみたいで良くない?」
「シェアハウス?」
シェリカがルキナの言葉に首を傾げる。
(シェアハウスの文化はないのね)
ルキナはこの世界の常識を一つずつ確かめるように生活している。前世の世界と何が同じで、何が違うのか。生前に遊んでいたゲームの世界に転生するというのは不思議な感覚だ。ゲームは人の手で作られたものであったのに、今いるこの世界はリアルだ。この世界の常識もゲームの設定として作られたものだ。だから、ルキナは、そのルキナの知る二つの世界の常識の違いが、リアルと創作物の境目なのではないかと考えている。
難しいことはおいておいても、単純に、ルキナは文化の違いに興味がある。この世界はもともと乙女ゲームだが、外国に来ているような気分になれて面白い。
「一つの家に、いろいろな人と住むことを言うのよ。もちろん、家族以外の人との話よ」
ルキナは適当にシェアハウスについて説明する。最後に、「一回、シェアハウスとかしてみたかったのよね」と付け加えた。
「それなら、ルキナの夢は少し叶ったわけですね」
ノアルドがルキナに笑顔を向ける。
「…そうです」
ノアルドの笑顔がまぶしすぎて、ルキナは顔をそらしてしまう。
「先輩、今日も勉強見てくれるんですよね?」
イリヤノイドがシアンの腕を引っ張る。イリヤノイドが勉強部屋にしている部屋に連れて行こうとしているのだろう。
「行くから、引っ張るな」
シアンが渋々といった感じで、イリヤノイドに従う。二人がダイニングルームから出て行ったので、ルキナもそれに続く形で部屋を出た。
ルキナは自室に入ると、真っ先に机に向かった。カバンの奥に隠すようにしまってあった原稿用紙を取り出し、お気に入りのペンを握る。皆には勉強をすると言ってあるが、ルキナがするのは執筆作業だ。もう締め切りが迫っている。担当編集と決めた締め切り日は余裕をもってあるが、その締め切りも破ったことがない。今回もちゃんと締め切りに間に合うように書くつもりだ。そのためのノルマを毎日設定している。この屋敷に来てから、ルキナは午前中を執筆活動でつぶしている。
ルキナは、カリカリと音をさせながらペンを走らせ続ける。ルキナ流の簡略された文字で書いているので、一度動き出せば、どんどん筆が進む。作家にはそれぞれ担当編集以外に、担当代書人が存在する。代書人は、書籍として出版する際のコピー元を作る役割を担っている。この世界の書籍は全て人の手で書かれた文字をコピーしたもので作られている。昔は、作家本人の書いた原稿をそのままコピーしていたが、癖のある字を書く人や、字の丁寧さにとらわれて筆のスピードが大幅に遅くなる人が現れたので、代書人にという職業が生まれた。書くスピードは速いが、万人が読みやすい字を書ける人が代書人になることができる。作家の代書人は担当が決まっているので、簡略された字も、癖のある字も、代書人が把握してくれる。ルキナが適当に書いた文字もほとんど間違いなく読み取ってくれる。だから、遠慮もなしに崩した字を使い続ける。
「…ルキナ…ルキナ」
ルキナは突然名前が呼ばれたので顔を上げる。すると、ゴチンと思い切り頭が何かにあたった。ルキナは頭を押さえながら後ろを振り返った。ノアルドが顎を痛そうに手で押さえている。
「いつからそこに!?」
ルキナは慌てて、机に散らばって原稿をひとまとめにする。ノアルドにも自分が小説家であることを隠している。原稿を読まれてしまったらおしまいだ。
「ついさっきですよ。ノックしたのに反応がなかったので、心配になって…すみません。勝手に部屋に入って」
ノアルドが申し訳なさそうに言うので、ルキナはノアルドが部屋に入ってきたこと自体について怒るのはやめた。そもそもノックの音も聞こえないほど小説に没頭していた自分に非がある。それより問題は、この原稿の内容を知られてしまったか、否かだ。だが、自分からそのことを尋ねるわけにはいかない。もし、見られていないのなら、できるだけ原稿について触れたくない。自分から話題にしておいて、隠そうとすれば、余計に怪しまれる。
「えっと…どうかしたんですか?何か用があったんですよね?」
ルキナは、原稿を見られたかもしれないという動揺で、逆にノアルドと冷静に話すことができている。
「その…ルキナと話がしたかったんです」
ノアルドが言いにくそうにする。わざわざ部屋まで訪ねてきたのだから大切な話だろう。また、話の内容を誰かに聞かれたくもないのだろう。
「部屋を移しませんか」
ルキナはノアルドの前で原稿を片付けるわけにはいかないので、別の部屋で話をすることを提案する。原稿がノアルドの目につく前に、一刻も早くこの部屋からノアルドを追っ払ってしまいたい。
「そうですね」
ノアルドはルキナの提案をすんなり受け入れた。この部屋の周りには他の女子が使っている客室がある。自室で休んでいる者たちに会話の内容を聞かれる可能性がある。ノアルドも別の場所の方が良いと考えていたようだ。
「一階の応接室を使わせてもらいましょう。あそこならリビングからも遠いですし」
ルキナが言うと、ノアルドが頷いた。二人はルキナの部屋を出て、一階に下りた。ルキナは、部屋を出る時に、鍵をかけるのを忘れなかった。
「応接室というのはここですか?」
ルキナが応接室のドアを念のためにノックしていると、ノアルドが尋ねた。玄関ホールからリビングやダイニングのある方向と逆に進むと、応接室がある。大きな部屋で、ソファと机が並んでいる。この部屋の隣には小さな給湯室があり、客人に出す用のお茶を作ることができる。まさに客を迎えた時に案内する部屋だ。
ルキナはノアルドの問いに答えるように一度頷くと、ドアを開けた。応接室に誰もいなくて、ルキナは思わずほっとした。中からノックに対する反応はなかったのだから、誰もいなくて当然なのだが。
「それで、話というのは何ですか?」
ルキナは、自分がちゃんとノアルドと話せる状態であることに安心する。ノアルドが部屋に入った後、慎重に扉を閉めた。
「話というのは、私たちの婚約についてなんですが…。」
ノアルドがそう切り出して言うには、自分たちの婚約を解消すべきではないかということだった。
「このご時世、王子という肩書があろうとも、婚約をするのは珍しい話です。シアンにも以前、話したことがあるんですけど、愛のない結婚はすべきじゃないと思ってるんですよ。お互いのために。もちろん、家の存続のために政略結婚をするという事例がまったくないわけではないのですが、ルキナの家は没落とは無縁でしょう?ルキナが王子妃になりたいのであれば話は別ですが、正直、肩書以外のメリットは何もありません」
ノアルドがいつになくペラペラと長いこと話し続けるので、ルキナはあっけにとられる。話が途切れそうなタイミングを見計らって、やっとのこと「ちょっと待ってください」と言って、ノアルドの話を止めた。
「ノアルド様は、どなたか、気になる方がいらっしゃるのですか?」
ルキナは混乱していた。ノアルドとの婚約破棄は、少なくともヒロインであるユーミリアが現れるまではないと思っていた。たしかに、『りゃくえん』内でも、ヒロインに攻略されたノアルドは「愛のない結婚は嫌だ」と言って、ルキナとの婚約を破棄して、ヒロインと婚約を結んだ。愛のない結婚の話は、ノアルドルート限定のセリフだ。ルキナが知らないところで、ヒロインとの接触があり、既に攻略されているのかもしれない。
「いいえ」
ルキナの心配をよそに、ノアルドは平然と答えた。それならばなおさら、なぜ婚約破棄の話になったのかわからない。ルキナが頭を悩ませていると、ノアルドがふふっと小さく笑った。
「ルキナのことですよ」
ノアルドの唐突の発言にルキナはきょとんとする。ますますルキナの理解が追いつかない話になってきた。
「私…ですか」
ルキナが自分を指さして戸惑っていると、ノアルドが大きく頷いた。ルキナは、ノアルドの真意を確かめるように、まっすぐ彼の瞳を見た。青色の瞳は、優しくルキナを見つめ返している。
「ルキナはシアンのことが大好きですよね」
ルキナが何も言わないので、ノアルドが核心をついたことを言った。ルキナはノアルドから目をそらす。
「ノアルド様、私にはわかりません。私は…。」
ルキナは何かを言おうとして、何度か口をパクパクさせたが、ついぞ何も出てこなかった。ルキナの言葉が消えていったので、ノアルドは肩をすくめた。
「ルキナがどう思っていようが、それは自由ですよ。婚約を破棄するかどうかも、今すぐ決めなければいけないわけでもありません。またおいおい相談しましょう」
ノアルドは、ルキナがシアンのことを好きだと確信しているようだ。
(ティナと一緒だ)
ルキナは、なぜ周りはそんなにもシアン好きにしたいのかと疑問に思う。だって、この世界は乙女ゲームで、ルキナの最推しは目の前にいるノアルドだ。推しと好きな人は違うと熱弁したことはあったが、この世界はルキナにとって現実だとはっきり言い切れないところがある。心のどこかで、ここはゲームの世界だからと割り切っていることがある。この世界で誰かを好きになることはあるのか。そういう感情を抱くとして、相手はノアルドだろうと決めつけていた。
(でも、やっぱり違う)
ルキナはシアンのことを好きだと言えない。自分の気持ちに確信が持てない。ルキナが俯いてノアルドの言っていたことを考えていると、ノアルドがまた口を開いた。
「ただ、問題はあるんです。婚約解消という結論に至ったとしても、すぐにはそれを実行に移せないんですよ」
ノアルドにとって、今回の話でこの部分が本題だった。いつルキナが婚約を解消したいと言われても良いようにと、一人で勝手に準備を進めてきた。表立って動き出すのはルキナの意見を聞いてからとは思っていたが、どうやらそれ以前の話のようなのだ。
「私たちの婚約に詳しい人にそれとなく聞いたんです。そしたら、私たちの婚約を決めたのは父上…国王だから、国王の許可がなければ婚約は破棄できない、と」
「王様の許可がいるんですか?」
ノアルドの話を聞いて、ルキナは首を傾げる。王族の結婚は国政に全く影響がないとは言わないが、王族も自由な結婚をするのが主流だ。だからこそ、幼い頃から婚約者がいるのは珍しいことなのだ。そんな時代に、わざわざ国王が自分の息子の婚約を取り仕切っているのは変な話だ。まだ自分たちで判断ができない子供たちの婚約者を大人たちで決めてしまうのは、あまり現実的ではない。
「あ、そういえば、お父様が王令がどうとか言ってたような」
ルキナは、ハリスと婚約について話していたときに、王令という単語が出てきた記憶がある。王令によって婚約が決まったとなると、ルキナたちの婚約は国王のほぼ独断ということになる。しかも、かなり強い強制力が働く。
「やっぱり王令が出てましたか。それなら、父上の許可がどうこうの話は頷けますね」
ノアルドは納得したように言った。
「王様はそんなに私たちの婚約が大事なんですかね」
「父上とはあまりそういう話をしてこなかったので…。」
ノアルドにも国王の考えが読めないようだ。
「でも、たしかまだルイス様の婚約者はいませんでしたよね」
第一王子の婚約より先に第二王子のノアルドの婚約の方が決まっているのはおかしいと思ってのルキナの発言だったのだが、ノアルドは何かに気づいてはっとした。
「兄上なら何か知っているかも」
ノアルドが言うには、自分よりルイスの方が父親と話している時間が断然長いそうだ。次期国王となるルイスには自分の考えを少しばかり語っているかもしれない。ルイスから何かヒントが得られるかもしれないと、ノアルドは考えた。
「…。」
ルキナが黙っていると、ノアルドがルキナの頭にポンっと手をのせて笑った。
「心配しなくても、ルキナの気持ちを聞いてからの話です」
「ノアルド様は、愛のない結婚がお嫌いなのでしょう?」
「必要とあらば、ルキナが望むのであれば、結婚しますよ。全部、ルキナの気持ち次第です」
ノアルドはルキナの頭から手を離した。ノアルドは相変わらず優しそうな笑顔だ。
(このノア様は私のことを好きになることはないんだわ)
ルキナは少し寂しく思いつつ、思ったほどショックを受けていない自分に驚く。逆ハーレムを目指すルキナは、ノアルドのことも逃すことはできない。特に、ノアルドはルキナの推しだ。攻略対象で、一番好かれたい相手だ。それなのに、そこまで悲しく思っていない自分がいる。ルキナは、自分を見失っている感覚になる。
「そうだ。どうせ婚約が破棄できないなら、少し楽しみませんか?」
ルキナは努めて笑顔で言った。ノアルドは、ルキナの突然の思い付きに興味を示す。
「シアンをからかいたいんですけど、協力していただけませんか?」
「どんな作戦ですか?」
「シアンは私のことが好きみたいですし、少なくともシアンは、私がノアルド様のことを好きだと思っているはずです」
ルキナは自分で言いながら、恥ずかしくなってくる。
「それで?」
「シアンに嫉妬させてやろうかと」
ルキナがいたずらっ子のように笑うと、ノアルドも「意地悪ですね」と言いながら、ルキナにつられるように笑った。
「そこで、物は相談なんですけど、シアンの前でイチャイチャするふりを…」
「もちろん良いですよ」
ノアルドはかなり乗り気だ。ルキナが言い終える前に了承した。
「イチャイチャするなら、呼び方をもっと親しい感じにした方が良いですね」
ノアルドがそう言って、ルキナの方を見る。ルキナは何を求められているのか理解し、少しの間考えこむ。
「…ノア様?」
「うん、そうそう」
ルキナが試しにあだ名で呼ぶと、ノアルドが満足そうに頷いた。ルキナは、ノアルドにこんな協力をしてもらうのは良いのか不安になってきた。
「でも、大丈夫ですか?無理なら…」
「大丈夫ですよ。ルキナのお願いなら」
ノアルドがまたルキナの言葉の途中で口をはさんだ。ノアルドは笑っているので、少なくとも怒ってはいない。ルキナはほっとして安堵の息を吐く。
その時、外から声が聞こえてきた。
「よっ、ストーカー」
ミッシェルの声だ。扉の向こうからで、くぐもって聞こえる。ルキナたちに話しかけたものではなさそうだ。そうなると、もう一人、廊下にいることになる。
「ドアが少し開いてますね」
ノアルドがミッシェルの声がした方を見て言った。たしかに、扉に小さな隙間がある。覗こうと思えば、そこから中が見えるだろう。
(ちゃんとドアは閉め…)
ルキナは首を回して、もう一つのドアを見た。そちらのドアはちゃんと閉まっていた。この応接室は廊下に繋がる扉が二つある。ドアの隙間がある方は、ルキナたちが入室する時に使った扉じゃない。
「…お嬢様が何か失礼なことをしでかすかもしれないので見守っていただけです」
シアンの声がする。ミッシェルが話しかけたのは、シアンだったらしい。
「せっかく協力すると言っていただいたのに、聞かれてたかもしれませんね」
ルキナが残念に思いながら言うと、ノアルドは首を振った。
「大事なところは聞かれてない可能性もあります。とりあえず、様子を見てはどうでしょうか」
ノアルドは、小さい声で話していたし、ドアを挟んでいるのだから、ルキナたちの会話をちゃんと聞き取れなかったかもしれないと言う。だが、相手はあのシアンだ。シアンの耳はすこぶる良い。普通の人には聞こえなくても、シアンには聞こえている可能性がある。
「…そうですね」
ノアルドの言っていることは一里ある。作戦がバレているならバレているで、別に大した問題じゃない。シアンを嫉妬させるのが目的なのだから。ルキナは、ノアルドの提案に従い、作戦を決行して、しばらく様子を見ることにする。
ルキナとノアルドは互いに顏を見合わせた後、シアンたちがいるであろうドアに向かった。
「…何ですか、その顔は」
「いやぁ、可愛いなって」
ミッシェルとシアンが話をしている。ルキナがドアを開けると、ミッシェルがシアンの頭をわしゃわしゃとしていた。ルキナは、じゃれ合っている二人を見て、眉をひそめる。
「そんなところで何してるの?」
ルキナが声をかけると、シアンが慌ててミッシェルから離れた。
「何もしてませんよ」
シアンが髪を手櫛で整えながら答える。
(どうせ盗み聞きしてたくせに)
ルキナは、シアンが隠し事をしようとしていることになんとなく腹が立つ。
「あっそう。あ、そうだ、シアン」
ルキナは、さっきシアンがミッシェルと話していた内容を思い出す。たしか、シアンは、ルキナが何かをやらかすかもしれないから心配で見守っていると言っていた。ルキナに名前を呼ばれて、シアンがルキナの方を見る。
「頼んでない時まで見守らなくて良いから。そんなに心配しなくても、失敗しないように気を付けてるわよ」
「盗み聞きしてたのは知ってるわよ」という意味を暗に込めて、ルキナは言う。ただし、シアンに弁明させる時間は与えない。
「あー、喉乾いたわ」
わざとらしく話をそらして、キッチンに向かって歩き始める。
「ククク」
なぜかミッシェルが後ろで笑い始める。ルキナが変なのと思っていると、ノアルドが「気味悪い笑いはやめてください」と注意した。
「ノアこそ、寝相の悪さは治ったか?」
ミッシェルがノアルドに反撃するように言った。
「ルキナの前でやめてください」
ノアルドが恥ずかしそうにする。ルキナは後ろにいるノアルドたちを見るように振り返り、微笑む。
「別に良いと思いますけどね、寝相の悪い王子様も。親近感がわきます」
ルキナがからかうと、ノアルドがさらに恥ずかしそうにする。
(見てる、見てる)
ルキナはシアンのことを頭を動かさず、目だけで確認する。ルキナのことをずっとそばで見てきたシアンなら、もう何かしらの変化に気づいているかもしれない。ルキナ自身、ノアルドと全く緊張せずに話せているという自覚がある。シアンがそのことに気づかないはずがない。
ルキナは、シアンが自分を気にかけてくれているということが嬉しくて、シアンには見えないように前を向いて口元を緩ませる。ニヤニヤが止まらない。
ルキナは、もう一度目だけ後ろに向ける。もちろん、目の可動域と視界には限界があるので、多少は頭も動く。しかし、さっきのようにシアンの姿が確認できない。ルキナは少しびっくりして後ろをがっつり見た。なぜかシアンが足を止めている。
(え?そんなにショックだった?)
ルキナはやりすぎたかもしれないと思う。まだノアルドとはイチャイチャしていないが、シアンのメンタルは想像以上に弱かったのかもしれない。ルキナが立ち止まった一瞬後、ノアルドも後ろを見た。
「シアン?」
ノアルドもシアンのことを意識していたのか、反応が早かった。ルキナとノアルドが立ち止まったので、ミッシェルも足を止めた。ミッシェルは不思議そうに後ろを振り返る。
シアンが前の三人が立ち止まったのを見て、なぜか嬉しそうにする。笑顔で駆け寄ってくる。ルキナには、シアンが何を考えているのか全くわからなかった。
「あ、バレました?ミッシェルさんにいつ仕返ししようかと考えてたんですけど」
シアンがポケットに入れていたタオルを三人に見せる。
「え、あぶな。気づいて良かった」
ミッシェルが焦ったように言う。ミッシェルの話を聞くと、ついさっき、濡らしたタオルを後ろから首にあてるといういたずらをシアンに仕掛けたらしい。シアンはその仕返しと言っているので、同じことをしようとしたのだろう。三人が気づかないうちにタオルを濡らして、ミッシェルの首にあてるつもりだったのだ。
(私はシアンの仕返しの邪魔をしたわけね)
ルキナは、あまりにしょうもなさすぎるいたずらに笑ってしまう。ノアルドも一緒に笑いだした。結局、みんなで笑いながらキッチンに移動した。
「紅茶をいれてもらっても良いかしら」
ルキナがキッチンにいる使用人に声をかけると、「はい、すぐに」と返事が返ってきた。大急ぎでお湯をわかし始める。
(そんなに急がなくても良いのに)
ルキナはそんなことを考えながらノアルドの横顔を見る。城で暮らしていると、こういうキッチンを見る機会が少ないらしく、興味深そうに中を覗いている。
「好きな紅茶とかありますか?」
ルキナが質問すると、ノアルドがパッとルキナの方を見た。
「紅茶は何でも好きですよ。ルキナは?」
「私はフルーツ系が好きです。フルーツの甘い匂いをかぎながら、ストレートで飲むのが一番美味しいと思います」
「ストレートで飲めるんですか?私はミルクをいれないと駄目で」
「そうなんですか?ちょっと意外です」
ルキナはノアルドと自然に話せていることを再確認する。そして、仲良さそうに話しているところをシアンに見せつけることを意識する。
「シアンはどうですか?シアンこそストレートで飲んでそうですが」
ノアルドがシアンの顔を見る。
(シアンに話をふってどうするのよ)
ルキナがノアルドと二人で話すことに意味がある。そうすることで、シアンはノアルドに嫉妬することになるのだ。それなのに、会話にシアンを巻き込んでしまったら、嫉妬も何もなくなる。
「ストレートでも飲めますよ」
「シアンは結構小さい頃から砂糖入れずに紅茶飲んでたものね」
シアンがノアルドの質問に答えると、ルキナが情報を付け加えた。ただ言い方がぶっきらぼうで、イライラ全開だ。
「なんでお嬢様は怒ってるんですか」
突然、理不尽にルキナがキレだしたので、それにはシアンも少し感情的になる。言い方がいつもより強めだ。
「べっつにぃ」
ルキナはふいっとシアンから顔をそらす。シアンが本当に困ったようにルキナの行動を見ている。
「紅茶、はいりましたよ」
使用人がカップに注いだ紅茶を持って来てくれる。
「あ、二人分の紅茶をトレイに乗せてもらえますか?」
シアンが使用人にさらなる注文をしている。どこかに運ぶつもりなのだろう。シアンがトレイに乗った紅茶を受け取ったところで、メイドがルキナたちのところへ駆け寄ってきた。
「ルシュド様のお子様方がご到着されました」
預かると約束していたルシュド家の双子が屋敷についたらしい。
「私たちの紅茶はリビングに運んでもらっても良いですか?後で飲むので」
ルキナはキッチンスタッフにそう言い残し、キッチンを離れた。
「さあて、お出迎えに行きますか」
ルキナが腕をまくるような仕草をする。長袖の服を着ているわけではないので動きだけだ。気合を入れているための動きだ。そんなルキナの後ろをノアルドとミッシェルがついてくる。しかし、シアンだけついてこない。
「シアンは行かないの?」
「イリヤにお茶を届けに行くので」
シアンの答えで、彼が今、イリヤノイドの受験勉強の面倒を見てあげていることを思い出した。
「あー、そう」
ルキナはノアルドとのイチャイチャシーンを見せる時間が減ったので、少し残念に思う。シアンは双子よりイリヤノイド優先らしい。律義なシアンのことだ。先約であるイリヤノイドの方を先にすませようと思っただけのことかもしれない。
シアンがルキナたちとわかれ、来た道を戻って行く。
(シアンの反応はいまいちね)
ルキナは、シアンにもっと嫉妬してほしいと思う。そのためには、嫉妬できるだけの条件を揃える必要がある。
「ノア様、もっと積極的にやっていただかないと」
「積極的にですか?」
ルキナが要望を言うと、ノアルドが苦笑した。そして、ノアルドがためらいがちにルキナの腰に腕を回した。
「やればできるじゃないですか」
ルキナが上から目線で言うと、ノアルドが「ルキナこそ、積極的に頑張ってくださいよ」と言い返した。
「善処します」
ルキナがそう答えると、ノアルドがクスリと笑った。イチャイチャするのはシアンの嫉妬を見るためだが、実際に二人の距離は縮まっている。




