表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/221

29. まだ行かないんデスケド。

 冬になり、ルキナたちの留学が決まった。十二月に選定が行われ、年明けに確定の連絡がきた。ひとまず目標の留学には行けることが決まり、ほっとする気持ちだ。

「先生、留学まで毎日私と一緒に寝てくださいね」

 留学が確実になると、ユーミリアがルキナと毎晩一緒に寝ると言い出した。ルキナは、ユーミリアの過去の記憶を見るのを避けるためにも、一緒に寝るのは拒まなければならないが、ユーミリアは相変わらずしつこかった。

「留学までまだ全然時間あるし、一緒に寝たところで何かできるわけじゃないでしょ」

「私は先生と少しでも長く一緒にいたいんです。あの人ばっかりずるい」

「ずるいって何よ。留学は遊びじゃないのよ」

「なんで私も誘ってくれなかったんですか」

「その話はもうさんざんしたでしょうが。無理なものは無理なのよ」

「先生はもうちょっと私の我儘を聞いてくれても良いと思いますよ」

「それが物を頼む人の態度か」

「私は先生のそばにいられるだけで幸せなんです。私を救うと思って」

「いや、だから、我儘を言うならもっと違うところで」

「じゃあ、留学行くのやめてください」

「それは断る」

 ルキナたちがルキナの部屋の前で言い合いをしていると、シェリカがティナを連れて現れた。

「あらら、先客がいらっしゃったんですね」

 シェリカがユーミリアを見て残念そうにする。

「先生、私の知らないうちに何か約束してたんですか!?」

 ユーミリアがまた「ずるいずるい」と言う。しかし、ルキナはシェリカと約束をした覚えはない。ルキナが首を傾げると、シェリカがふふっと笑った。

「ルキナ様にプレゼントをご用意させていただきましたの」

 シェリカがニコニコして、ティナに合図を送った。ティナが手に持っていたプレゼントの箱をルキナに手渡した。

「おっきな箱ね」

 ルキナはプレゼントを受け取りつつ、中身を問う。シェリカは開けてからのお楽しみだと言い、中身は教えてくれなかった。

「でも、どうして急に?」

「ルキナ様の留学が決まったとお聞きしたので、急いで準備しました」

「へー、急いでね」

 ルキナは一応感謝の言葉を述べた。部屋の中で開けると言ったら、シェリカが今開けるように言った。これでルキナの疑いは確信に変わった。

「ユーミリア、箱を持っててくれる?」

 ルキナは向きに気をつけてユーミリアに箱を持ってもらう。大きな箱なので、人に協力してもらって開けようとするのは自然な行為だ。

 ルキナは、シェリカが見守る中、ふたに手を伸ばした。ユーミリアも箱の中身が気になっていたようで、覗き込むように箱が開けられるのを待つ。

 ルキナが蓋を持ち上げると、中から手作りの仕掛けが飛び出した。びよーんっとバネで勢い良く飛び出した仕掛けは、べしっとユーミリアの顔面に直撃した。

「いたいっ」

 ユーミリアが額に手を当てる。本当は人に物理的な攻撃を仕掛けるような物ではなかったが、ユーミリアが覗き込んでいたために、顔に当たってしまった。

「古典的すぎ」

 ルキナはユーミリアからびっくり箱を取り上げ、シェリカに返還した。

「なんでわかったんですか」

 シェリカはルキナに仕掛けがバレバレだったことを悔しがる。

「シェリカの態度を見てれば簡単よ」

 ルキナは、騙す気があるなら本気でやりなさいよと言う。ティナがシェリカの後ろで声を抑えて笑う。シェリカは本気でルキナを驚かせるつもりだったが、一瞬たりとも騙せていなかった。ティナはシェリカに協力していたが、ドッキリが成功するなんて思っていなかった。失敗することをわかっていて、あえて言わずにいたのだ。ティナは主人が予想通りに悔しがっているのが面白いらしい。

「わかってたんなら、私の方に向けないでくださいよ」

 ユーミリアは、シェリカの手の中にあるびっくり箱を確認した後、ルキナに文句を言った。ルキナは、ティナが箱を渡してきた向きを注意深く観察し、ルキナの正面に向けられていた面をユーミリアに向くように持たせた。結果、シェリカが用意した仕掛けはユーミリアに向かって飛び出した。ルキナはユーミリアを驚かせようとは思ったが、怪我をさせるつもりは全くなかった。まさかユーミリアの顔に当たるとは思わなかったのだ。わかっていたら、ユーミリアの方に向くようにはしなかった。

「…ごめん」

 ルキナは色々考えた結果、謝罪をした。ユーミリアが怪我をするのは想定外のことだったので、謝るつもりはなかったが、さすがにユーミリアがかわいそうで、謝ったところで何かがあるわけではないが、せめてそれだけはしておこうと考えた。

「で、本当は何の用事で来たの?」

 ルキナはシェリカに問う。ユーミリアと言い合いをしていたから外にいたが、本来なら就寝のために自室に入っていた時間だ。そんな時間に、完成したばかりのびっくり箱を披露するためだけに、わざわざ訪ねてこないだろう。

 ルキナが用件を尋ねると、シェリカはびっくり箱の飛び出す部分につけていた紙をペリッと剥がし、ルキナに見せた。

「留学が決まったと聞いて、お祝いしたいと思ったのは本当なんですよ」

 シェリカはルキナとシアンのためにお祝いの会の開催を予定しているそうだ。シェリカが見せる紙には、現時点での予定日と会場が書かれている。ルキナは、素直にシェリカの気持ちを嬉しいと思う。

 ルキナが感激のあまり黙っていると、シェリカは不安そうに迷惑だったらやめると言った。シェリカは、まだ計画を立てている段階で、参加者を募っているところだと言い、ルキナたちがやるなと言えば中止するつもりだと説明する。ルキナは嫌だなんて思っていない。ただ、一つ気になっていることがある。

「ちょっと気が早くない?やるなら出発前でしょ?」

 ルキナは、このタイミングではなく、春にそういう会を開くべきではないかと言う。留学が決まったとはいえ、わざわざお祝いされるような感じでもない。ユーミリアと同じく、シェリカは先走りしすぎに思える。

「その時期は会長が忙しいと思うので」

 ルキナの指摘に対し、シェリカはしっかり理由を言った。理由があって、あえてこの時期にやると言ったのだ。でも、これもルキナを納得させるに至らない。

「バリファ先輩も呼ぶの?」

 仲間はずれにしようというのではなく、今の時期でもベルコルは忙しいだろうということが言いたいのだ。ルキナは、進学のために勉強を頑張るベルコルの迷惑にならないか心配する。

「招待するだけ招待して。返事をもらえば良いんじゃないですか?」

 ルキナのための催しと聞いて、ユーミリアはさっそく乗り気になっている。

「そうね。私も出発直前は準備におわれてるかもだし」

 ルキナは最終的に納得をし、シェリカたちに全て任せることにした。

 そうして、二週間後にシェリカ主催の小さな祝賀会が開かれた。会場は学校の自由に使える部屋を予約して用意した。その部屋に、近くの店で買った様々な料理を持ち込んだ。

「ルキナ先輩、向こうでも頑張ってください」

「まだ先だけど、ありがとう」

 シリルを始め、参加者たちがルキナに応援の言葉をかけてくれた。やはり出発そのものは三ヶ月ほど先のことなので、変な気分であった。

 皆がそれぞれで楽しみ始めると、ルキナはベルコルに話しかけた。

「バリファ先輩、今日はありがとうございます。本当は私たちがお祝いしなくちゃいけないくらいなのに」

 ルキナがベルコルに参加してくれたことを感謝すると、ベルコルは「まだ早いけどね」と笑った。ルキナがベルコルの卒業のことを見越した発言をしたからだろう。

「受験は卒業式の後でしたっけ?」

「うん」

「それなら、卒業のお祝いも受験の後になりそうですね」

「ミューへーンさんたちの出発に間に合いうかな」

「まだ予定がはっきりしていないのでわかりませんが、間に合うと思いますよ」

 ルキナとベルコルが話していると、ユーミリアがそっと近づいてきた。が、ルキナたちの邪魔をしてはいけないと思ったのか、何も言わずにさっと離れて行った。その様子を見て、ベルコルがふっと笑った。

「やっぱり勉強大変ですか?」

 ルキナはベルコルの横顔に向かって尋ねる。ベルコルは笑ったまま「楽ではないね」と言った。

 ベルコルは受験勉強の追い込みをかけており、姿を見かけるといつも勉強をしている。ベルコルは努力が得意だが、やはり頑張れるのは目標が明確だからだろう。

「バリファ先輩は医療系の専門学校に行くんですよね。目標があるって良いですね」

 ルキナは、目標に向かって頑張れるベルコルのことを羨ましく思う。ルキナも好きなことなら継続する自信はあるが、嫌いなこと、例えば勉強をコツコツ頑張れる自信はない。だから、ルキナは、ベルコルのことを尊敬している。

「留学に行くっていう話だけど、ミューへーンさんにも何か目標があるんじゃないの?」

 ルキナがまるで目標がないというような言い方をすると、ベルコルは留学をするのに目標がないのかと首を傾げる。留学にはたくさんのお金が必要だし、気軽な気持ちで取り組めるものではない。したがって、自然と何かしら目標がある人が留学を志すことが多くなる。ベルコルは、当然のように、ルキナには留学を乗り越えた先にある目指すべき目標があるのだろうと思っていた。

 ルキナは、ベルコルの反応を見て、やはり自分は少数派なのだと思った。留学生の選抜にあたって、面接を受けたが、一緒に面接を受けた生徒たちは皆それぞれの叶えたい夢を語っていた。夢を語らなければならないというルールがあったわけではないが、将来の夢について話さなかったのは、ルキナだけだった。ルキナは、その時から、それらしい夢や目標が自分にないことに不安を感じていた。

「ちょっとした目標みたいなのはありますけど、将来の夢みたいな立派なものではなくて」

 ルキナはぼそぼそと誤魔化すように答えた。ベルコルの期待にそえるような答えが言えないことを恥ずかしく思ったのだ。

 ルキナは、逆ハーレムになるために留学を決めたが、ここでいう目標にはあたらない。不純な動機で留学を望んでいる時点で、自分が他の人と同じではないだろうことは感じていた。でも、そのことを改めて実感すると、ショックなものだ。

「私、何になりたいっていう具体的な目標がないんですよ」

 ルキナが苦しそうに言うと、ベルコルはルキナにかけるべき言葉に気づき、「いずれきっと見つかるよ」と、ルキナを励ました。それでも悲しそうなルキナに、ベルコルは留学で何か新しい発見があるかもしれないと付けくわえて言った。ルキナは、ベルコルの言う通りになったら良いなと思った。

「すみません。先輩の大事な時期に相談に乗ってもらっちゃって」

 ベルコルに話を聞いてもらえてすっきりすると、ルキナは相談に乗るべきなのは自分であったと気づいた。ベルコルが悩んでいる様子は見られないが、受験を控えた人に相談を持ち掛けるのは少なくとも正解ではなかった。

 ベルコルが医師となる人だからか、ルキナはついベルコル相手には他の人には話せないことも話してしまう。そのこと自体は悪いことではないのだろうが、何事もタイミングというものがある。ベルコルは面倒くさがったりせず、ルキナの話をいつでも真剣に聞いてくれるが、頼りすぎも良くない。

 ルキナが申し訳なく思っていると、ベルコルは優しく「かまわないよ」と言った。

「先生」

 ルキナたちの話に区切りがついたと判断したのか、こっそり傍に来ていたユーミリアが、ルキナに呼びかけた。ベルコルは、ルキナをユーミリアに譲るような気持ちでルキナから離れようとする。

「それじゃあ、帰ってきたら思い出話を聞かせてね」

 ベルコルはそう言ってルキナに笑いかける。まだ出発の時ではないと何度も言っているのに、ベルコルもまるで別れの時のようなことを言う。

「先輩こそ、勉強で忙しいかもしれませんけど、たまには構ってくださいね」

 卒業式もまだだし、留学もまだなのに、ルキナは急に寂しさを感じてしまい、「まだ早いです」というツッコミも入れられなかった。結局、ベルコルと同じようにもう少し先で言うべきであろうセリフを口にする。

 しかし、後から思えばこれで良かったと言える。この後、ルキナは留学の準備で忙しくなってしまい、友人と悠長に話している暇もないほどだった。ベルコルの方も、自分の受験勉強で手一杯で、後輩たちのことを気にてしていられるような余裕はなかった。ろくに時間も作れないうちに、あっという間に春がやってきて、ベルコルはクリオア学院を卒業。その後、専門学校に無事合格した。ルキナとシアンは、マクシスが新生徒会長になったのを見届けた後、キルメラ王国へと発った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ