24. 実は…な話デスケド。
「ハイルックってば、最近、姿を見せないと思ったら」
文化祭が終わり、クリオア学院は夏休みに入った。その二日目。ルキナは、王都の病院にハイルックの見舞いに来ていた。
いつもタシファレドのそばにいるハイルックがここ最近姿を見せていなかった。ルキナは、そのことに理由があるとも思わず、ただアリシアに気を遣っただけのことだと思っていた。しかし、実は、ハイルックは骨折をし、病院に入院していた。予定よりずっと長い入院となったのは、もうすぐ退院というタイミングで病院内で転んで別の場所を骨折したからだ。入院に継ぐ入院で、学校に来られなかった。
「ハイルックが骨折で入院してるなんて全く知らなかったわ」
ハイルックは右足と左腕が包帯でぐるぐる巻きにされている。もともと右足の骨折で入院していたのだが、転んだ拍子に手の付き方が悪く、左腕も骨折してしまった。今は、痛々しい姿でベッドに横になっている。
ルキナが同情の目を向けると、ハイルックは自分がそんなに影が薄いとは思わなかったと言った。シアンはそんなに気にすることではないと励ますように言ったが、シアンだってハイルックが入院していることを知らなかった。
「でも、なんでタシファレドは教えてくれなかったのかしらね。タシファレドは知ってたんでしょ?」
タシファレドがハイルックの状況を知らないはずがない。それなのにハイルックのことは一言も教えてくれなかった。ルキナはそれが不思議でならない。タシファレドはハイルックのことを鬱陶しく思うことが多いが、入院している時でさえ邪険にするほどではなかったはずだ。
ルキナが首を傾げていると、シアンはただ言うのを忘れていただけではないかと言った。ルキナも
その可能性は無きにしも非ずだと思った。ハイルックの入院のことを聞いたのは、病院の経営者の息子、ベルコルからだ。ベルコルが何も言わなかったら、ルキナたちはハイルックのことを退院するまで知らなかったわけだが、タシファレドにそのことを問いつめたら、「え?言ってなかったっけ?」みたいな反応が返ってきそうでならない。
「僕はロット様に全く心配されていなかったということですね」
ルキナとシアンのやり取りを聞いていたハイルックが、しょんぼりして言った。ルキナは、そんなハイルックに追い打ちをかけるように容赦なく「そうね」と肯定した。実際のところ、タシファレドがどれだけハイルックのことを気にかけていたかはわからないが、ここのところ、タシファレドはアリシアのことで頭がいっぱいだったように思える。タシファレドが度々ハイルックの見舞いに来ていたようだが、ハイルックのことを四六時中考えるなんてことはなかっただろう。
「今の話は、タシファレドが僕たちに教えるのを忘れていたっていうだけのことで、シャルト君のことを忘れてたということではなくて…」
「いつの間にか呼び捨てになってるし…。」
シアンはルキナと違って優しいので、精一杯フォローをしようとしている。だが、それも仇となり、結局、ハイルックは落ち込んでいる。ハイルックは未だにタシファレドのことを名前で呼べていないのに、シアンはついに呼び捨てまでしている。ハイルックはその事実を知って、残念そうにする。
「でも、ハイルックには酷なことをしちゃったかしらね」
ルキナはハイルックに聞こえないように言う。ハイルックは「なんで僕だけロット様呼びなんだ」とブツブツ繰り返しているので、小さな声で話す限りはハイルックに聞こえないだろう。
「どういう意味ですか?」
ルキナの呟きを聞き、シアンが意味を問う。ルキナはさっきの一言で全て察してほしかったが、シアンにそれを期待するのは間違いだった。
「ほら、ハイルックってタシファレドのこと大好きじゃない?」
「たしかに、昔から慕ってますね。親同士が仲良いんでしたっけ」
「そういうことじゃなくて。ハイルックの場合、ガチ恋よ。たぶん。この際、性別がどうのこうのとかおいておいてね」
「性別を気にしたわけではないですけど」
「でね、私たち、何も考えずにアリシアちゃんの応援してたけど、それってハイルックにとっては酷いことだったのかなって。いや、別に、誰が誰応援しようと勝手にすれば良いんだけどね。ハイルックが文字通り手も足も出ない状態で、それどころかタシファレドたちに何があったのか知らない状態で話を進めるのは良くなかったかなって」
ルキナが言いたいのは、ハイルックが同じ条件にない時に、アリシアとタシファレドをくっつけるのは良くなかったのではないかということだ。知らないうちにタシファレドがアリシアと付き合うことになっていたら、ハイルックのショックは計り知れないものだ。ルキナの話を聞き、シアンが「あー」と納得したように相槌を打った。
病室で三人が各々タシファレドの話をしていると、タシファレドがアリシアを連れて現れた。噂をすれば影がさすとはよく言ったものだ。
(穏便にすませるにはさりげない暴露!)
タシファレドたちは文化祭が終わってから見舞いに来るのは今日が初めてだと言っていた。タシファレドたちが付き合い始めたことをハイルックはまだ知らない。ルキナはハイルックのショックを最小限に抑えるため、その発表をできるだけ突然のものにしないようにしなければならないことを悟った。ルキナがシアンに目配せすると、シアンはルキナの考えを読み取ったように頷いた。
「よぉ、ハイルック、元気してたか?」
タシファレドが元気良くハイルックに声をかける。タシファレドの登場に、ハイルックがパアッと顔を輝かせる。しかし、タシファレドの左腕にはアリシアが抱きついている。まだ親の許しを得ていないようだが、想いが通じ合った二人は、堂々とカップルのように歩くようになった。以前のタシファレドならアリシアをそこまで近づけさせなかっただろうが、今はアリシアにくっつかれてまんざらでもなさそうだ。これでは見るからに二人が付き合い始めたことがわかってしまう。
「はーい、ちょっとそこ通るわねー」
ルキナはタシファレドとアリシアを離れさせるため、二人の間に割って入った。ルキナが二人の間を通り抜けると、タシファレドもアリシアもルキナのことを不思議そうに見た。
「あー、そうだ。ハイルック」
タシファレドがハイルックの名前を呼んで何かを話そうとする。改まって話そうとしているところを見ると、タシファレドがアリシアとのことを話そうとしていることは簡単に予想できた。
「お前に話しておかないことが…」
「あっ、ねえ、聞いた?タシファレドが女装ミスコンで最終審査まで残った話」
タシファレドが話を続ける前に、ルキナが強引に割り込んだ。ハイルックの興味を引くため、タシファレドの話題を持ち出す。本当はタシファレドの話から遠ざけたいところだったが仕方あるまい。
「そうですよ。タシファレドの女装、とっても評判良かったんですよ」
シアンがルキナに話を合わせる。無論、ハイルックはルキナたちが突然話し始めたことに驚いたし、タシファレドは迷惑そうな顔をした。しかし、これもハイルックのためだ。同じ失恋の話でも、タシファレドから本人より周りの人からそれとなく聞いた方がましだ。何としてもタシファレドの口から言わせてはならない。
「へー、それは僕もぜひ見たかったです」
「見なくていい」
ルキナの読み通り、ハイルックは女装の話に乗った。タシファレドも、女装の話はあまりされたくないので、話を止める側なのは変わらないが、必然的に話に混ざる形になる。
「でも、優勝できなかったのは残念だったわね」
「え?優勝じゃないんですか?」
「タシファレドの女装のクオリティは高かったと思うけど、やっぱりこの体つきじゃあ女性っぽくはならないわよね」
「途中で辞退したからだ。最後まで行ってたら俺の優勝だった」
完全に女装ミスコンの話の流れができた。このまま話を途切れさせなければ、タシファレドが例の話に運ぶことはできないだろう。ルキナとシアンはほっとしながら、会話を続ける。
「そんな大変なことがあったんですね。それでロット様は辞退を」
タシファレドが女装ミスコンを途中で辞退した経緯を説明し、ハイルックがなるほどと頷いた。
「たしかにロット様なら女装でも優勝間違いなですもんね。僕も見たかったなぁ」
「いや、だから、見なくていいって」
「あと、後夜祭っていうのにも参加できなかったのが残念です」
「ん?」
ルキナは、急に後夜祭の話に移ったので戸惑う。後夜祭といえば、タシファレドがアリシアに公開告白をした話に直結する話ではないか。ハイルックとタシファレドが後夜祭の話を始め、ルキナとシアンは会話の主導権を失う。
「そうそう。キャンプファイヤーしたり、ダンスをしたり。あと、告白タイムっていうのがあってね。これはシリルが企画したんだけど…」
「んん?」
アリシアが楽しい思い出がつまった後夜祭の話になると途端に饒舌になり、ルキナに止める隙も与えずに話し続ける。そして、まずいと思った時には遅かった。
「俺たち付き合うことになったから」
「あっ!」
ルキナが気を抜いた瞬間にあっという間に要の話に入ってしまった。ルキナは何か誤魔化す手立てを考えなくてはと焦るが、焦れば焦るほど名案は出てこない。ルキナがわたわたしているうちに、タシファレドはアリシアの肩を掴んで引き寄せ、ハイルックに笑顔を見せた。
(だから、それはまずいって)
ルキナはとりあえず二人を引きはがさなくてはならないと思い、また二人の間に割って入ろうとした。その時、ハイルックがタシファレドの報告に返事をした。
「そうなんですね。おめでとうございます」
ハイルックは穏やかな表情で祝福の言葉を述べた。ルキナは思わず固まって動揺する。ハイルックはタシファレドから聞きたくないはずの話を聞いても、全く悲しそうな顔をしなかった。
「あ、ねえ、たっちゃん、喉乾いたから飲み物買ってこようよ」
アリシアがタシファレドを連れて病室を出ていく。ルキナとシアンは意外な展開に戸惑い、無言で二人を見送った。その背後で、ハイルックは「二人に幸福を」と、これまた素敵な笑顔で言った。
「聖人君主のような顔をしているわ」
ルキナはハイルックの顔を見て、ほっとするのと同時に、心配になった。ハイルックがタシファレドのことを好意的に思っていたことに疑いはなかった。ハイルックはタシファレドに恋人ができたと知って、悲しくないのだろうか。
「ノオトさん、可愛くなりましたね」
ルキナがハイルックにどんな言葉をかければ良いものかと悩んでいると、ハイルックが幸せそうな表情で言った。
「え、ええ、そうね。髪型変えたものね」
ルキナは辛うじて返事をし、戸惑っていることは隠しきれていないが、変な間をあけることだけは避けられた。
アリシアは、額にある印のコンプレックスを克服したようで、おでこを見せることに抵抗がなくなった。結果、あの長かった前髪を両サイドに流し、額をだいたんに見せる髪型に変わった。ルキナは前髪を切るのではなく、長いことを生かして切らないという選択をしたことに意外性を感じたが、アリシアはその髪型がよく似あっており、可愛くなったのは間違いなかった。
「違いますよ。恋をすると人は変わるって言うじゃないですか」
ハイルックは、タシファレドがアリシアと付き合うことになったことを心から祝福しているようで、アリシアの変化は笑顔だと言った。ハイルックはずっと前から己の失恋を悟っており、最近はアリシアを応援でいるくらいに自分の気持ちに区切りをつけていた。だから、ルキナとシアンの心配は杞憂で、さっきの労力は全くの無駄だったということだ。
予定していた形とは違うものの、一件落着となり、ルキナは安堵した。そうして、ルキナたちによる無意味な戦いを終えたところに、ベルコルが顔を見せた。
「ミューヘーンさん」
ベルコルがルキナを呼びだす。ルキナは、ベルコルの用事が何か知っているので、すぐに病室を出ようとする。すると、シアンは「ルキナ?」と心配そうに名前を呼ぶ。ベルコルがここでできない話をするらしいことを察し、ルキナのことを気がかりに思ったのだ。
「バリファ先輩と少し話をしてくるわ」
ルキナは、シアンに心配はいらないと言うように笑顔を見せ、病室を後にした。ルキナにとって、ベルコルと話をすることが、今日病院に来た一番の目的だ。酷い話ではあるが、ルキナがハイルックの見舞いのためだけに病院に足を運ぶはずがない。ハイルックはあくまでついでだ。
ルキナは、魔法爆弾の影響を他の人に比べて遠くから、強く受けことで、己の身体の異変に気づき、それをベルコルに相談した。ベルコルは病院で検査を受けることを勧めてくれたが、ルキナは誰かに心配をかけるのが嫌で、他の方法はないかと問うた。正式な手順に則って検査を受ければ、そのことが両親の知れるところとなり、いずれ友人たちにも知られてしまうかもしれない。それを恐れるルキナに、ベルコルは、医者を目指すベルコルの検査の練習相手という名目で、簡易的な検査を受けることを提案した。医者による検査ではないので、医者の立会なしに受けられない検査はできないし、正確な結果もでないだろうと言われたが、ルキナはその提案をありがたく受け入れた。そうして、昨日、ルキナは誰にも言わずに病院でベルコルの検査を受けた。さすがにユーミリアには病院に行っていたことがバレたが、彼女以外に気づく者はいなかった。シアンですらルキナが病院に行っていたことを知らない。今日は検査結果を聞くために病院にやってきたが、シアンに検査のことがバレないようにハイルックの見舞いというカモフラージュを用意した。
ルキナはベルコルに連れられ、使われていないカウンセリングルームに入った。ここなら落ち着いて話ができる。テーブルを挟んで座ると、ベルコルがさっそく話を始めた。最初に、きちんとした検査ではないからあくまで参考にとどめてほしいという前置きをした。ルキナがそれに納得して頷くと、ベルコルは手に持っていた紙をテーブルに置いて見せた。検査結果であろうことはわかったが、ルキナにはそこに書かれている内容が理解できなかった。
「検査の結果、ミューヘーンさんは魔法耐性が著しく低下していることがわかった。原因は、おそらく、一度忘却魔法という脳に負荷の大きい魔法を受けたこと。ただ普通に耐性が弱いというだけの話ではないみたいで、耐性が弱いというより親和性が強いと言った方が良いかもしれないな。こういう例が全くないわけでもなくて、過去の事例にはその人は魔力が少ないのに魔法が使えるようになったという話もある。詳しく知りたいなら、本格的に検査を受けることをお勧めするよ」
ルキナのためにベルコルが紙に書かれていることを説明する。
(アリシアちゃんとはまた違う意味で魔法に弱くなったってこと?)
ルキナはベルコルの話を頭の中で整理する。
「魔法の影響を受けやすい体になってしまったんだよ」
ルキナが黙っていると、ベルコルが一言で簡潔に言った。ルキナの反応がなかったので、話についてこれていないと思ったようだ。ルキナはベルコルの言葉に「厄介な話ですね」とリアクションをとった。
「詳しい検査を受ける?」
ベルコルがルキナに確認をとる。ルキナはこれを首を横に振って断った。
「正確ではないとはいえ、もう答えが出ているようなものだしね」
ベルコルもこれ以上の検査は必要ないだろうと言った。検査したところで、何か対策ができるわけではない。魔法に対する耐性が弱い人は一定数いるが、極端に弱いという人は少なく、奇病ほど治療法がないように、耐性を強められる薬はない。
ベルコルは、大事な話が終わったと肩の力を抜いた。ルキナは、せっかくだからと思い、まだ話せていないことも相談することにする。
「あの、もう一つ気になっていることがあるんですけど、いいですか?」
「ん?ああ、聞くよ」
ルキナが相談を持ち掛けると、ベルコルはすぐに話を聞く態勢になった。
「最近、変な夢を見るんです」
「夢?」
「まだ二回しか見たことがないんですけど、リアルすぎるっていうか…」
ルキナは、自分の身に起きた不思議な出来事を話し始める。
ルキナは二度、普通の夢とは思えない夢を見ている。それは、アリシアとユーミリアの過去の記憶らしき内容だった。一度目はアリシアがルキナの部屋で眠ってしまって、一緒のベッドで寝た時。二度目はユーミリアが不審者対策で一緒に寝た時。どちらも本人の視点と思われる映像で、それぞれの頭の中を覗いて思い出を眺めていたような気分だった。ルキナは、この不思議な体験を忘れられず、ずっと気になっていた。
ルキナの話を聞き、ベルコルは腕を組んで「うーん」と考え始めた。少しすると、結論を出した。
「それも何かの魔法の影響かもしれないな。そういえば、リュツカ君の家に行った時、過去の人物の記憶を見たとか言っていたな。記憶を記録しておける魔法があるなんて話はいまだににわかには信じがたいが、ミューヘーンさんはその影響を受けた可能性がある」
「それじゃあ、その夢はその人の本当の記憶っていうことですか?」
「おそらくは」
ルキナは、『りゃくえん2』、もとい『バンシー・ガーデン』のゲーム設定を思い出す。主人公ルキナは、攻略対象にとって重要な過去の記憶を見る力を持っている。その記憶を手掛かりに、攻略を目指すのだ。だが、生まれた時から力があるわけではなく、ましてや、現実にそんな特別な力を突然手に入れられるとは思えず、ルキナはゲーム通りに進まないことを危惧していた。しかし、不思議な夢の正体がアリシアやユーミリアの記憶であったことが立証されたとなれば、問題は解決だ。ルキナは、偶然に偶然の積み重ねで、他人の記憶を覗き見る力を得た。
(運命の歯車が回り始めたって感じね)
ルキナは、やはり自分は乙女ゲームのヒロインだったのだと確信を得られる結果となり、テンションが上がる。ただし、夢を通して記憶を覗くので、寝ている時しか力は発動しない。そのうえ、今までの経験をもとに考えると、近くにいる人の記憶しか見られない。攻略対象を見つけられたとして、その人の傍で寝る状況を作り出すのはたいへん困難な話だ。
ルキナがどうやって攻略対象の夢を覗き見るか考えていると、ベルコルがズボンのポケットに手を突っ込んだ。何かをメモしようとして、ペンをとろうとしたようだ。しかし、ペンはポケットの奥の方に沈んでいたせいで、一緒に入っていた薬の瓶を取り出さなければならなかった。ベルコルがぽんとテーブルに小瓶を置いた。
「薬…ですか?」
ルキナはベルコルが薬を持ち歩いていることを疑問に思い、野暮かなとは思ったが、薬の正体を聞かずにはいられなかった。ルキナが薬に興味を示すと、ベルコルは何でもないように答えた。
「ああ、惚れ薬だよ」
「実在するんですか?」
ベルコルの予想外の答えに、ルキナは食い気味に驚いてしまった。
「っていうのは冗談だ。これは普通に買える睡眠薬」
ベルコルがははっと笑う。ベルコルは受験勉強におわれているようで、ストレスから眠りに付けないこともあるそうだ。しかし、そういう時に使うというわけでもないようで、お守りとして持ち歩いているのだと言う。たしかに、薬の封は開けられていなかった。
「バリファ先輩もそういう冗談を言うんですね」
ルキナが笑っていると、ベルコルは反比例するように笑顔を消して言った。
「本当にこれが惚れ薬だったなら、ミューヘーンさんに使ったよ」
「え?」
「気を悪くしないでほしいんだが、僕はミューヘーンさんに気に入られ、いずれ結婚したくて近づいた。それは好意があったからというわけではなく、第一貴族という肩書を手に入れるためだ」
ベルコルが胸の内を暴露し始めた。本来ならショックを受けるところだろうが、ルキナはさほどショックを受けていない。ルキナは、ベルコルが下心があってルキナに近づいてきていたことも、ベルコルは父親に言われたとおりに動いただけで、それがベルコルの意思ではなかったことも知っていたからだ。さすがにベルコルがルキナとの結婚まで目論んでいたことまでは知らなかったが。
「その頃、私にはノア様との婚約があったのに」
ルキナは、ショックを受けていない分、どうやって反応をすべきか迷うことになった。結局、それらしい反応もできず、正論をぶつけることしかできなかった。これには、真剣な顔をしていたベルコルも、「そこはいろいろ賭けだったけどね」と苦笑した。
しかし、やはり笑ってすまさせられるような話題ではなく、ベルコルはすぐに真顔に戻った。ベルコルは謝罪をするつもりなのか、椅子を引いた。ルキナは謝る必要はないと思ったので、ベルコルを止めるように「でも、それを正直に話すということは意味があるんですよね?」と尋ねた。ベルコルは、ルキナの言葉を聞いて微笑んだ。
「今はそういう目的もなく、仲良くしたいと思っているよ」
ベルコルが優しい笑顔で本音を言う。ルキナは、それが聞けただけで十分だと言い、謝罪はいらないとはっきり断った。ベルコルはルキナにそこまで言われて無理矢理我を押し通すような人ではなく、己の罪悪感を消すための利己的な謝罪は口にしなかった。
「それなら、上級学校を卒業しても、お医者さんになっても、仲良くしてくださいね」
「もちろんだ」
ルキナとベルコルは自然と手を差し出して握手を交わし、互いの絆を確かめ合った。




