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お泊り会デスケド。

 リュツカ家の屋敷に来てから一週間が経とうとしている。時間というのはあっという間だ。明日にはルシュド家の双子がやってくる。子守をすることを考えると、ゆっくりできるのは今日が最後までかもしれない。

「せっかくのお泊りだし、今更だけど、今夜はガールズトークをしましょ」

 夕食と入浴をすませた後、皆がリビングでくつろいでいる中、ルキナがルキナが意気揚々と言った。突然の思い付きだが、我ながら名案だ。そう思っていると、なぜかシアンが驚いた。

「シアン、どうしたの?」

 ルキナが声をかけると、シアンが我に返った。

「いえ、僕に関係なさそうなので安心してたところです」

 ルキナの思い付きで振り回せれてきたシアンは、ルキナが何か言う度にドキドキしているようだ。もはや職業病に近い状態だ。

「そうよ。シアンの言う通り、男子禁制だから」

 ルキナは皆の顔を見回す。

「先輩、僕たちも男子会しましょうよ」

 イリヤノイドがシアンの体に抱きつく。

「何を語り合うんだよ」

「良いですね」

 シアンが嫌そうな顔をしている一方で、ノアルドが乗り気になった。

「先輩と僕の二人きりで」

 イリヤノイドがウインクをしながらつけたした。ノアルドは、自分はお呼びじゃないとわかると、少ししょんぼりした。

「ノア、安心しな。僕がいる」

 ミッシェルがノアルドの肩に腕を回した。王子相手にこのような絡み方をできるのはミッシェルだけだろう。

「ミッシェルはここ最近ずっと一緒に寝てるじゃないか」

 ノアルドはミッシェルと同じ部屋で寝ているので、散々眠るまで話をしている。わざわざ男子会と名付けて話すことはない。

「イリヤ、わかったから離れろ」

 シアンがイリヤノイドを引きはがす。

「あ、男子会しても良いんですか!?枕持って行きますね」

 イリヤノイドが嬉しそうにする。

「なぜ枕を持ってくる」

「僕、お気に入りの枕じゃないと寝れないんですよ。だから、ここにも枕を持って来てて…先輩!まさか、腕枕してくれるんですか!?」

「だから、なんで一緒に寝るのが前提になってるんだ」

「だって先輩と二人で男子会じゃないですか」

「男子会はみんなで」

 シアンがイリヤノイドを拒絶しながら言った言葉に、ノアルドがあからさまに嬉しそうにする。そんなに男子会をしたかったのだろうか。

「チカも参加するだろ?」

 シアンがイリヤノイドから逃げるようにチカに近づく。チカは話を聞いていなかったのか、首を傾げている。しかし、シアンが助けを求めるように見てくるので、チカはわけがわからないまま頷いた。

「タシファレド様はどうしますか?」

 シアンがタシファレドの方を見る。タシファレドはソファに座り、その後ろからアリシアに抱きつかれている。タシファレドの隣に座っていたハイルックは、アリシアとタシファレドを取り合うように睨み合っていたが、ばっとシアンの方を見た。シアンがタシファレドの名前を呼ぶたびに過剰な反応を示す。よっぽど自分がタシファレドを苗字で呼んでいるのに、シアンは名前で呼ぶことが許されているのが悔しいのだろう。だが、シアンはハイルックの視線を意に介さない。

「男子会をするみたいなんですけど、参加されますか?」

 シアンがタシファレドにはちゃんと説明する。それを聞いて、チカは、さっきのやりとりで自分が男子会に参加することになっていることを知った。タシファレドは頷いて参加する意思を示す。

「そういうことだから。な、アリシア。俺、行くから」

 タシファレドがアリシアの腕から逃れるようにソファから立ち上がろうとする。タシファレドが腰を浮かせたところで、ハイルックがぐるんと首を回してアリシアを見た。

「女子禁制、ですからね」

 ハイルックは、自分は参加できる男子会にアリシアが当然参加できないので、良い気になっている。ハイルックがマウントを取るので、アリシアはカチンときた。

 アリシアはタシファレドを抱き寄せて、ソファに座らせた。すると、腕がタシファレドの首に回る。その状態でアリシアが力を入れるので、タシファレドは首を締め上げられることになる。

「こんの馬鹿力がっ!」

 タシファレドが暴れるが、アリシアはびくともしない。あの小さな体のどこからそんなに力が出ているのか不思議なくらいだ。

「どうせ好きな女の子の話とかするんでしょう!私、絶対浮気は許さないから!」

 アリシアはさらに腕に力を込める。タシファレドが苦しそうにする。周りがさすがに危ないからと止めに入ろうとしたところで、タシファレドが自分でなんとかした。

「ギブギブ」

 タシファレドがアリシアの腕を手で数回叩くと、アリシアが離れた。やけにすんなりと離れたものだ。アリシアはまだイライラしているが、タシファレドを攻撃するのはやめている。

 タシファレドは、ごほごほとせき込みながらハイルックを睨んだ。ハイルックが余計なことを言ったから、ひどい目にあったのだ。

「ハイルック、お前も参加禁止」

 タシファレドがハイルックに冷ややかな視線をおくる。ハイルックは、余命宣告を受けたかのような絶望的な表情になる。

「ロットさまぁああああああ」

 ハイルックが手をのばしてタシファレドに飛び掛かるが、タシファレドはソファから立ち上がってそれをよけた。ハイルックは、タシファレドのいなくなったソファの上に倒れこみ、そのまま泣き崩れた。

(暑苦しい)

 ルキナはハイルックが泣いているのを冷めた目で見た。イリヤノイドは『りゃくえん』の攻略対象であるので、シアンがイリヤノイドに迫られているのは羨ましいと思うが、ハイルックはそうではない。タシファレドに同情はすれど、羨ましいとはこれっぽちも思わない。

「バリファ殿」

 ノアルドがベルコルに声をかけた。男子会の参加者を増やそうとしているのだろう。

「嬉しいお誘いですが、遠慮させていただきます。夜更かしは健康に悪いですから。ノアルド王子も、お早めにお休みください」

 ベルコルがにこやかに微笑んで言う。一人、先に部屋に戻って行った。

 ベルコルは、王族であるノアルドと仲を深めたくてこのお泊り会に参加しているはずだったが、必要以上のなれ合いは避けている。男子会とやらに参加した方がノアルドとも仲良くなれそうなものなのに、それほど価値を感じていないようだ。それ以上に、毎日決まった時間に就寝することを重要視している。

 ベルコルがリビングを出たので、その後に続くように、皆も動き出した。

「どこでやりますか?」

「先輩の部屋が良いです」

 ノアルドとイリヤノイドが男子会の会場を決めながら歩き始める。イリヤノイドはちゃっかりシアンの腕に抱きついて、連行して行こうとしている。シアンが不意に立ち止まって後ろを振り返った。

「マクシス?」

 マクシスは読書をしているチグサの横でじっとチグサの横顔を眺めている。シアンの声は聞こえていないのか、ちっとも振り向かない。代わりに、チグサの方が気づいた。

「まーくん、シアンが呼んでる」

「ん、ちょっと待って」

 マクシスは、チグサの声には瞬時に反応して、シアンの方を向いた。マクシスが待つよう言ったので、シアンはその場に立ち止まる。シアンはイリヤノイドと一緒にとどまり、ノアルドたちに先に部屋に行っているよう伝える。ノアルドとミッシェル、チカは先にリビングを去って行った。

「姉様、寝る時はお腹を冷やさないように気をつけてくださいね。ほんとは僕が布団を直しに行きたいところですけど…」

 マクシスが途中で口を止めてルキナを見た。「女子の部屋がある方に男子は近寄るな」「ガールズトークをするから男子は来るな」というようなことを言っているのはいつもルキナだ。ルキナの顔色を伺っているのだろう。ルキナは普通の表情をしていたが、マクシスは睨まれたとでも思ったのか、すぐに目をそらした。

「無理そうなので、姉様、気をつけてくださいね。あと、夢に僕が出てきたら教えてください。夢占いをしましょう。あ、僕が出てこなくても教えてください。夢占いって面白いんですよ。そういえば、昨日の夢に姉様が出てきたんですけど」

 マクシスは「ちょっと」と言ったのに、長々と喋り続けている。そこで痺れを切らしたのがアリシアだ。まだ収まっていないイライラをぶつけるように、マクシスの耳を引っ張った。

「いたたたた」

 マクシスが痛みに顏をしかめる。

「チグサ様、嫌がってるから」

 アリシアはぶっきらぼうに言った。チグサはずっと表情を変えなかったので、アリシアの言うように本当に嫌がっていたのかは測りかねるが、普通ならマクシスを気持ち悪いと思うだろう。

 マクシスは耳を手で押さえてアリシアを見上げる。アリシアの目は前髪で隠れているので、感情が読めない。それでも、少なくとも、正の感情を抱いているわけではないといことは明らかだ。

 シアンがこの先起こることを予測して、イリヤノイドのつかまっている腕を少し動かした。

「イリヤ」

 シアンが名前を呼ぶと、イリヤノイドはシアンの言わんとしていることをすぐに察した。

「んもうっ!絶対腕枕してもらいますからね!」

 イリヤノイドがシアンから離れて、マクシスに近づく。マクシスはアリシアに暴力を振るわれたことで放心していたが、しばらくして我を取り戻した。はっとして、チグサの方を見た。マクシスがチグサに詰め寄ろうとしている。イリヤノイドは、マクシスがチグサに触れてしまう前に、マクシスの体をがしっと拘束した。イリヤノイドの方が圧倒的に体は小さいが、マクシスと違い、アクチャーで弓を使ううちに腕が鍛えられている。貴族らしい育ちをしたマクシスの動き一つなら止められる。

「ねえさまぁあああああ」

 マクシスがイリヤノイドの腕の中で暴れる。

「じっとしてくださいって」

 イリヤノイドが必死にマクシスを止める。重度なシスコンを煩わせていているマクシスの相手は正直疲れる。シアンはずっとマクシスの相手をしてきた。シアンだって、時々、楽をしたいものだ。そんな時、イリヤノイドは便利だ。ちょっと褒美をあげるだけで、喜んでシアンの手伝いをしてくれる。

「チグサをマクシスの前から移動させないと」

 ルキナが呟いた。イリヤノイドが頑張ってくれているが、彼にも限界がある。暴走したマクシスは手に余る。ルキナの呟きを聞いていたタシファレドが動き出した。

「チグサ嬢、よろしければエスコートしますよ」

 タシファレドが困惑しているチグサの前に跪く。そして、チグサの手をとる。

「どさくさに紛れてなにしてんじゃい!」

 アリシアが拳をつきだして、タシファレドの頬を殴った。タシファレドがチグサに優しくするところを見て、良い気がしなかったのだろう。

「いってぇよ」

 タシファレドが頬を手で押さえ、アリシアに痛みを訴える。普段は身長差のせいでアリシアの手がタシファレドの顔に届くことはないが、今回は、タシファレドが跪いていて、良い具合の高さに顏があった。アリシアは特段反省している様子もなく、ただ黙ってタシファレドを見ている。

「顔は反則だろ」

 女たらしのタシファレドは、自分の顔面を大切にしている。ナンパの成功率は顔の美しさで決まると、少しナルシストも入っているタシファレドは思っている。そんな大切な顔が傷つけられたとあっては黙っていない。

「浮気しようとした、たっちゃんが悪いもん」

「浮気?浮気もなにもないだろ。暴力女は勝手に行き遅れちまえ」

「たっちゃん以外と結婚しないもん」

「おまえなんか誰がもらうか」

 アリシアとタシファレドの言い合いが始まる。ルキナはその間に入って喧嘩を止める。

「おバカな男たちはほっといて、私たちは私たちで楽しみましょ」

 ルキナは、アリシアの肩を抱いて、歩き始める。アリシアはルキナに素直に従って歩く。ルキナが後ろを振り向くと、シェリカとティナがチグサをソファから立ち上がらせていた。チグサのことは二人が何とかしてくれる。

「シアン、後はよろしくね」

 シアンの横をすれ違う時に、ルキナはシアンに後始末をお願いした。暴れるマクシスやショックを受けているタシファレドとそれを心配するハイルックの面倒を見るのは大変だろうが、シアンに任せるしかない。シアンも自分がどうにかするしかないと思っているので、嫌がることなく頷いた。

「はい、お嬢様。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 ルキナはシアンと別れて、女の子全員でルキナの部屋に向かう。ルキナはこの屋敷に何度か泊りに来ているので、部屋の定位置がある。ルキナはいつも二階の客室の一番端を使う。端の部屋は窓が多いので、そこがルキナのこだわりポイントだ。

「さあてと、何から話しましょうか」

 ルキナは部屋に着くなり、ベッドの上に座った。他の者たちも、ルキナにならってベッドに腰かけた。どの客室も大きめのベッドが二つずつ置かれているので、皆が座る場所は充分にある。

「あのハイルック・シャルトって人、邪魔ばっかりしてくるんですけど、何なんですかね」

 アリシアがぷんぷん怒っている。

「ハイルックは最初からあんなふうだったわけじゃないわよ。たしか、初等学校二級生くらいだったかしら」

 ルキナがアリシアのうっとうしがる気持ちがわからないでもない。ルキナはタシファレドも攻略したいのに、幾度となくハイルックに邪魔されてきた。ハイルックはモブキャラとして『りゃくえん』に登場していたが、決してあれほど主張の激しいキャラではなかった。あくまでタシファレドの取り巻きとしての行動しかしなかった。思えば、ハイルックがタシファレド愛に狂い始めた頃から、シナリオは狂い始めたのかもしれない。

「アリシアさんはタシファレド様のことが好きなんですか?」

 シェリカがわくわくしながら尋ねる。

「今更聞く?」

 ルキナが呆れている。シェリカは「ちゃんと聞くタイミングがなかったんです」と頬を膨らませる。ルキナに馬鹿にされるのが嫌らしい。

「好きですよ。でも、たっちゃんてば、全然真面目にとりあってくれなくて」

 アリシアが肩を落とす。ルキナがアリシアに近づいて、アリシアの前髪を上げる。黒色の大きな瞳が露わになる。

「前髪切ったら?それじゃあ、ちゃんと見えないでしょ。それに、目を見せた方が、タシファレドだってアリシアちゃんが本気なんだってわかってくれるわよ」

 ルキナは初めてアリシアに会った時のことを思い出す。あの時、前髪が気にならなかったのは、前髪を後ろに結っていたからだろう。

「切らないなら、せめて前髪あげたら?」

 ルキナはそう提案しながら、左の眉の上に傷跡があることに気づく。決して目立つものではないが、跡が残ってしまっている。いつ怪我したものなのかはわからないが、そこそこ大きな怪我だったはずだ。

「すみません」

 ルキナが傷跡に気づいたことを察したのか、アリシアが慌てて前髪を下ろした。ルキナは何も言えず、アリシアの髪から手を離した。

「…これをたっちゃんに見せたくないんです」

 アリシアが小さな声で言った。アリシアにも前髪を長く下ろしている理由があるようだ。あまり詮索すべきではないだろう。

「シェリカ様こそ、シアン・リュツカが好きなんでしょう?」

 アリシアが空気を変えようと、話題を変えた。アリシアも、シェリカがシアンのことを好きだということは気づいたようだ。

「好きなんて、そんな」

 シェリカが顔を真っ赤にする。はっきりと言葉にするのが恥ずかしいのだろう。

「そんなんで照れてて良いの?小さい頃は、よくシアンに抱きついてたじゃない」

 ルキナがシェリカをからかうと、シェリカの顔がさらに赤く染まった。シェリカは耐えきれなくなったのか、両手で顔を覆った。

「昔の話はやめてください」

 おさない頃のシェリカは感情のままに動いていた。大好きなシアンには抱きつかずにはいられなかった。でも、今はそれは恥ずかしいことだと思っているし、ほじくり返されるのも恥ずかしい。

「出会い方はシアンの中でもインパクトあったと思うわよ」

 ルキナは、もだえるシェリカが面白くて、ついつい意地悪してしまう。いつもはシェリカの方がルキナにいたずらをしかけているので、その仕返しの意味も込めてる。

「シアンを拉致するんだもん。びっくりしたわよ。しかも、ティナに全部やらせて。ティナだって小さかったのに、よく運んだわよね」

「ありがとうございます」

 ルキナがティナを見る。ティナは今でこそスタイル抜群のモデル体型だが、昔は誰よりも背が低く、少しでも重い物を持たせたらつぶれてしまうのではないかと心配になるほどだった。そんな彼女に、シェリカはシアンを誘拐するよう命令した。ティナはシェリカに仕えている以上、逆らうことはできなかった。薬で眠らせたシアンを運んだのはティナだ。当時は誰にもほめられなかったので、ルキナにほめられて嬉しそうにする。

「あんなことしたの、シェリカ以外いなかったわよね」

「やめてくださいー」

 ルキナが笑うと、シェリカがぼすんと音を立てて倒れこんだ。相変わらず、顔は手で隠されている。

「拉致って?」

 アリシアが興味津々に尋ねる。この中で、アリシアだけが初等学校、中等学校が違った。ルキナがシェリカたちに出会った頃のことなど何も知らない。

「シェリカってばね、初等学校の時、シアンが欲しいって誘拐したのよ。それまで一回もしゃべったこともなかったのに」

「そうなんですね」

 ルキナが楽しそうに話し、アリシアが相槌を打つ。

「シアンが魔法を使えたのが羨ましかったみたいですよ」

 ティナが補足説明する。当時のシェリカはまだシアンのことはちゃんと知らなかったので、好意を寄せていたわけではなかった。ただ、ルキナがシアンのような優秀な使用人を連れているのが羨ましくてしょうがなかった。そこで、シェリカはシアンを奪ってやろうと思い、誘拐へと至ったのだ。

「シェリカはいろいろやらかしてるから面白いのよ」

 ルキナは調子に乗って、他のシェリカの思い出エピソードを話し始めた。アリシアは初めて聞く話に、わくわくしながら耳を傾けている。ティナこそ、誰よりもシェリカを傍で見守ってきたので、時々、ルキナも知らない話をしてくれた。

「みんな、シェリカのことが好きなのね」

 度々話を脱線しながらシェリカの話をし続け、いつの間にか一時間近く経っていた。チグサはずっと黙って聞いていたが、話が一段落したところで口を開いた。ルキナは、チグサの言葉を否定しなかった。

「そういえば、シェリカさん、静かになりましたね」

 最初の方は「恥ずかしい」と言って、話を妨害しようとしたりしていたが、今はすっかり静かだ。アリシアがベッドから立ち上がってシェリカに近づく。

「寝てるんじゃない?」

 ルキナが笑いながら言うと、シェリカがベッドの上で体の向きを変えた。

「んぁー、寝てないー」

 シェリカが眠そうな声で答えた。

「シェリカちゃんはおねむですかー?」

「眠くないもん」

 ルキナの問いかけに、シェリカが駄々っ子のように返事する。明らかに寝ぼけている。ずっと寝ていて、たまたまさっき目を覚ましただけだ。

「寝るなら自分の部屋に行きなさい」

 ルキナがシェリカの手首を掴んで引っ張る。寝転がっているから寝てしまうのだ。目を覚ましている間に一度体を起こした方が良い。ティナがベッドから浮いたシェリカの背中に腕を回して、助け起こした。

「シェリカ様、行きますよ」

 ティナがシェリカを無理矢理歩かせてルキナの部屋を出て行く。二人の背中を見送っていると、アリシアが欠伸をした。

「今日はもうお開きにしましょうか」

 ルキナの言葉にチグサとアリシアが頷いた。もう夜も深い。そろそろベッドに入った方が良さそうだ。

「チグサも眠いでしょう」

 ルキナは、チグサの周りの空気が柔らかくなっているように感じる。チグサはいつも眠そうな顔をしているが、今は一段と眠そうだ。眠そうなチグサを見てきたが、彼女が実際に寝ているところを見たことはない。寝てしまわないように常に気を張っているような気さえしてくる。

 ルキナは、チグサとアリシアがそれぞれの部屋に帰っていくのを見送り、その後、自分もベッドの中に入った。灯りを消し、目を閉じたら、すぐに眠りの世界に入っていった。ルキナもかなり眠かったのだ。


 翌朝、ルキナは騒々しい朝食の時間を迎えていた。昨夜も散々騒いだのに、今日も朝からみんな元気だ。

「たっちゃん、はい、あーん」

 タシファレドの隣を陣取ったアリシアが、フォークをタシファレドに向けている。タシファレドは無視をして、自分のペースで料理を食べている。

「ロット様はそんなふうに人に食べさせてもらうようなお方ではありません!」

 タシファレドの正面に座っていたハイルックが立ち上がって大声を上げる。タシファレドの隣の席をアリシアに奪われてイライラしているようだ。

「あら、いやだわ。勝てる自信がないからって、私のやり方も否定なさるなんて」

 アリシアがハイルックを見てププッと笑う。目は前髪で隠れているのでわかりにくいが、口元は口角が上がっていて、嘲笑しているのだとわかる。

「なにおう」

 ハイルックはフォークを手に持って、野菜を刺す。そして、フォークをずいっとタシファレドの顔に近づける。

「「どっちを食べますか!?」」

 同時にアリシアとハイルックが言った。タシファレドはここでやっと顔をあげて、面倒くさそうに二人の顔見た。持っていたスプーンを机の上に置いて、黙って腕を伸ばす。

「勝手に二人でやってろ」

 タシファレドは、アリシアとハイルックの手首を掴んで思い切り引っ張った。すると、アリシアのフォークはハイルックの口に、ハイルックのフォークはアリシアの口に入った。

「うげー、こいつと間接キスとか…。」

 アリシアはろくに噛まずに野菜を飲み込み、口をごしごしと拭く。

「んげほっごほっ、こっちこそ」

 ハイルックの方は、食べ物が変なところに入ってしまったため、せき込んでいる。

「せんぱーい、何見てるんですか?良ければ僕がやってあげますよ。ほら、あーん」

 イリヤノイドがシアンの腕に抱き着いてちぎったパンをシアンの口に近づける。

「自分で食べれるから」

 シアンはイリヤノイドの顔を押して引きはがそうとする。

「先輩、遠慮しなくて良いですよ」

 イリヤノイドがぐいぐいとシアンの頬にパンを押し付ける。

「シェリカ様も行ってきますか?」

 シアンとイリヤノイドのやり取りを見ていたシェリカに、ティナが話しかけた。

「はあ!?」

 シェリカが顔を赤らめる。

「そんな…第二貴族の娘としてそんなはしたないこと…それに、シアンだって嫌がるだろうし…」

「大丈夫ですよ、シェリカ様。男なんてチョロいもんです。シェリカ様が抱きつけば、彼だって」

 ティナがシェリカとの距離をつめて、耳元でささやく。

「ドキドキしてくれますよ」

 シェリカはチラチラとシアンの方を見ながら「そうかしら」と言って、まんざらでもない顔をしている。

「シアンも私にドキドキしてくれるかしら」

「はい、もちろんです。ご覧ください。アイス様に迫られているシアンの顔を」

 ティナがシェリカの肩に手を置いて、視線をシアンの方に向ける。シアンはイリヤノイドを全力で拒否しており、嬉しそうな表情をしているようには全く見えない。

「…あれはドキドキしてるんじゃないと思うけど」

 シェリカはシアンの嫌がる顔を見て冷静さを取り戻した。

「それに、イリヤノイドは男よ」

「噂によると、シアンはそっちもいけるとか」

「それじゃあ、私、勝ちめない?」

 シェリカとティナの会話を聞いていたルキナは「そんなわけないでしょ」と誰にも聞こえないくらいの声で呟く。もっとも、周りがうるさくて、ある程度の声量がないと聞こえやしない。

「ルキナ、これ美味しいですね」

 ノアルドは意外とマイペースで、周りがどんだけ騒ごうが気にする様子はない。

「そうですね」

 せっかくノアルドが話しかけてくれても、ルキナはたいして話題を広げることもできず、そこで会話が止まってしまう。以前のデートで多少慣れたと思ったが、やはりノアルドを前にすると緊張してしまう。

「ノアルド王子、そちらの料理は僕の家のコックが考案したものです」

 そこですかさずベルコルが会話に入ってきた。別にそれほど会話が盛り上がっていたわけではないので、邪魔をされたようには感じない。

「そうなんですね」

「良ければ、コックをご紹介しますが」

「機会があれば」

 ベルコルはノアルドに取り入ろうとでもしているのか、ノアルドと話すチャンスを見つけると、目ざとく会話に入っていく。

「はあ…。」

 ルキナはため息をつきつつ、シアンの方を見る。まだイリヤノイドに変な絡まれ方をされている。でも、事態はさっきよりさらにややこしくなりつつある。

「シアン、食べさせて」

 チグサなりの助け舟なのか、シアンに自分のフォークを差し出す。相変わらず、自分で食べるのは苦手らしい。いつものお付きの人がここにはいないので、ここに来てからはその役をマクシスが担っていた。

「姉様!それは僕が!」

 チグサとの大切なイチャイチャタイムが奪われそうになっているとわかれば、マクシスは黙っちゃいない。マクシスが怒り始める。

「えっと…。」

 シアンが返事に困っていると、タシファレドが近づいてきた。

「チグサ嬢、よろしければ俺が」

 タシファレドがチグサの椅子の近くに片膝をつけ、手の甲に口付けをする。チグサの助け舟を欲していたのはタシファレドだった。それを見たマクシスは毛を逆立たせる。

「姉様!」

「うわっ!」

 マクシスがタシファレドをチグサから引きはがして、思い切り倒した。

「ロット様!」

 タシファレドが床に倒れこむと、ハイルックが心配して飛んでくる。ハイルックが手を貸してタシファレドを立たせる。

「ああ、姉様。綺麗な手が汚されてしまう…。早く!早く消毒を!」

 マクシスが使用人たちに消毒液を持ってくるよう指示する。それを聞いたハイルックがマクシスにとびかかる。

「ロット様を汚らわしいだと!?」

 ハイルックがマクシスに掴みかかるが、マクシスが抵抗するのでつかみ合いの喧嘩が始まる。

「ああ、汚らわしいとも。姉様にそんじょそこらの男が触れて良いわけがない。姉様には指一本触れさせるものか!」

「あなたも男でしょうが!」

「僕は良いんだ。特別なんだ。そんじょそこらの男じゃないからね。言うなれば、運命ってやつだよ」

「最近のあなた、気持ちが悪いですよ。何か悪いものでも食べました?それと、言っておきますけど、ロット様のお口は高潔なんですよ。あのお方のキッスは、殺菌作用がありますからね、きっと。汚れるなんてことはありませんよ」

「いや、気持ち悪いわ!」

 マクシスがハイルックを押しのけた。タシファレドがハイルックとマクシスの喧嘩にあっけにとられている間に、アリシアがタシファレドのすぐそばまでやってきていた。

「浮気…。」

 アリシアがボソリと呟いた。次の瞬間、前髪の奥にある目がキラリと光った(ように見えた)。大きく腕を振りかぶって、タシファレドの頬をビンタする。ただのビンタのはずなのだが、あまりに力が強くて、タシファレドはその勢いに体までもっていかれてしまう。せっかく立ち上がったのに、また床に倒れこんでしまった。

「何すんだよ、この暴力女が!」

 タシファレドが頬を押さえながらアリシアを見る。アリシアはフラフラと歩いてタシファレドとの距離をつめる。

「たっちゃんが浮気したんだもの。お仕置きしないと、ね?」

 アリシアがニッコリ笑った。

「ひぃっ!」

 タシファレドは鳥肌が立って、その場にすくんでしまう。

 ダンッ。ガシャン。

 ルキナがテーブルを思い切り叩いて立ち上がった。テーブルに乗っていた食器たちが音を立てる。皆が黙ってルキナに注目を集める。

「朝食くらい静かに食べられないわけ!?」

 さっきまで打って変わって静かになった部屋に怒声が響く。あまりのうるささに、ルキナの堪忍袋の緒が切れた。寝不足な頭にはみんなの声が響いてしょうがなかった。

「ちょっとはチカを見習ったらどう?」

 ルキナがばっと腕を伸ばして、チカを指さす。

「…。」

 チカは一人、黙々と朝食を食べ続けている。ルキナが怒っているのも全く気にとめない。ルキナも話すのをやめたので、チカのカチャカチャと食器がぶつかり合う音しかしない。シーンとした空気の中、ミッシェルが突然笑い始めた。

「いやー、なかなか賑やかで良いね」

 ミッシェルはなぜか楽しそうだった。

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