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13. マイペースなんデスケド。

 ルキナたちは研究室のある建物まで移動し、その出口でアリシアを待ち伏せることにした。研究室まで行かなかったのは、部活の邪魔をするのは申し訳ないと思ったから。そして、タシファレド曰く、気合が入りすぎているみたいに見られるのは嫌なので、たまたま会ったかのように振る舞いたいそうだ。たまたま会った感を醸し出したとしても、気合が入っているように見えるのは避けられない気もするが、ルキナは彼の要望に応えることにした。

「シアンって、けっこう呼び方変えたわよね」

 ルキナは木陰に隠れ、シアンに話しかける。アリシアに直接用があるのはタシファレドだけだ。ルキナとシアンがアリシアに見つかるのはあまり良くない。それに、これもタシファレドの要望だが、二人に付き添いを頼んでいることがバレるのは何としても避けたいそうだ。たしかに、いくら想い人相手で緊張するのだとしても、友達に付き添いを頼んで贈り物をするのは、かっこよくはない。下手したら幻滅されてしまう。したがって、ルキナとシアンはタシファレドの近くの木陰に隠れて様子を伺っている。

「それなのに、なんで私の名前には抵抗あるのかしら」

 ルキナの言葉に、シアンは「抵抗はないです」と否定した。

「そりゃあ、前よりはね」

 シアンはまだルキナの名前を呼び慣れていない。たしかに、以前に比べれば、シアンはルキナを「ルキナ」と呼ぶことが増えてきたし、「お嬢様」なんて呼ばれたこともない。だが、ぎこちなさは隠せていないし、そもそもルキナの名前を呼ぶ回数を減らそうとしている。ルキナのことを呼ぶ時もできるだけ他の言葉を使ったり、ルキナのことを示す時も他の代名詞を使う。一方で、シアンは他の者たちのことはスムーズに呼び方を変えていた。様付けで呼んでいた人のことをさん付けに変えたり、これまで敬語で話していた相手に対して敬語をなくしたりもしている。ルキナはそれを見ているので、シアンの自分に対する対応が甘いと余計に感じるのだ。

 ルキナが「シアンはもっとできるよね?」と言うようにシアンを見ると、シアンはスッと視線を外した。シアンが黙ってしまったので、ルキナは肩をすくめる。

「ちなみに、タシファレドのことは何て呼んでるの?」

 ルキナは、そういえばシアンがタシファレドのことを呼んでいるとこを最近見ていなかったと思った。そのことに気づくと、無性に気になってしまって、すかさずシアンに尋ねた。ルキナが突然方向を変えた質問をしたので、シアンは驚いたように一瞬間を置いたが、すぐに答えた。

「相手が苗字呼びなのに、一方的に名前を呼び捨てするのも申し訳なくて」

「あー」

 シアンは以前までタシファレドのことをタシファレド様と呼んでいた。これまでの流れからいくと、タシファレドさん呼びが無難かもしれない。だが、二人はそれなりに仲が良く、さんをつけるような間柄ではない。シアンが第三貴族で、ミューヘーン家の使用人をしていた頃は、身分が上であるタシファレドを様付けで呼ぶのは当然のことであったが、そういう守るべきルールのようなものがなくなると、途端にどうやって呼べば良いのかわからなくなってしまう。シアンも今は第一貴族の一員で、身分としてはかなり上位に位置している。当然、タシファレドを呼び捨てにしたって誰からも咎められない。しかし、それだけを理由にいきなり呼び捨てにするのも抵抗があるものだ。その抵抗は、ルキナを呼ぶ時の抵抗とはまた違うようだが。

「別に良いんじゃない?勝手に呼び捨てにしておきなさい。私が許すわ」

 自分に関係のない話となると、ルキナは面倒くさそうにテキトーな返事をする。シアンがタシファレドのことでうじうじしているのが少しむかついて、さっさと問題解決に運ぼうとする。ルキナが強引なことを言うと、シアンは「あなたに許されても…。」と呆れた。そんなシアンにルキナは仕返しのように呆れ顔を向けた。

「シアン、まずは私の名前を積極的に呼ぶ努力をしたらどうなの?」

 シアンはやはりルキナの名前を呼ばないように「あなた」を使った。二人称を使うこと自体は何もマナーを侵してはいないが、シアンはもともとそういう人称代名詞を日常使いする人ではなかった。こういう時は必ず「お嬢様に許されても」と言っていた。シアンの口から「あなた」なんて言葉が出てくるのは変な気分だ。あまりに聞きなれない感じがして、シアンがルキナの名前を呼ぶのを避けていることがはっきりとわかる。

「あなたって言うの禁止」

 ルキナは、フンっと怒ったように顔をそらした。異論は認めないという意思表示だ。ルキナにシアンの言動を制限する権利は何もないのだが、ルキナはシアンに強制を強いる。

「なんでですか」

 シアンが不満そうに言う。しかし、本当に理由がわからないというわけではないだろう。

「理由は聞かなくてもわかるでしょ」

「別に困ることでもないじゃないですか」

「名前呼ぶたびに、いちいち照れたり、時間かけられたりしたら、こっちも恥ずかしくなるのよ。道連れにしないでほしいわ」

「だったら強制しないでくださいよ」

「違うわよ。シアンが言い慣れれば良いだけの話なのよ。あと、最近言ってなかったけど、敬語もなしよ」

 ルキナとシアンが口論(ルキナからの一方的な文句)を始めると、タシファレドがバッと後ろを振り向いた。タシファレドの耳に、二人の声がしっかり届いていたようで、文句言いたげな顔をする。それでも笑顔を取り繕って、穏やかな声で言う。

「あのさ、お二人さん。状況をもうちょっと考えてくれませんかね」

 タシファレドは、二人のせいで集中力が切らされたので、怒りたい気持ちは山々だった。しかし、ルキナたちはタシファレドのわがままに付き合っているだけだ。タシファレドは強く文句を言える立場にない。

 ルキナはタシファレドの方を睨み気味に見る。ルキナはシアンとの会話をタシファレドに邪魔された気分になったので、少々イラついている。

「なに?状況変わったの?」

 ルキナが語気強めに問うと、タシファレドは声を小さくして「変わってないけど」と答えた。ルキナは、「なら良いじゃない」と、自分がタシファレドの邪魔をしていることを悪いとも思わない。自分勝手なルキナは、続けてタシファレドに問う。

「タシファレド、シアンがあんたのことタシファレドって呼び捨てにしても良いわよね?それとも、タシファレド君とか、タシファレドさんの方が良い?」

 ルキナはタシファレドが話に割ってきたのをチャンスだと思い、さっきまでシアンと話していた内容に関連して、タシファレドに確認を取る。タシファレドは、ルキナの自己中心的な言動にイラついて、ぴくっとこめかみを動かしたが、なんとか笑顔を保ち、「いや、呼び捨てで」と答えた。

「良かったわね、シアン」

「はい」

 タシファレドの返事を聞き、ルキナはシアンに笑顔を向ける。シアンも、悩みの種が一つ解決し、嬉しそうにする。独自のテンポで話を進めるルキナとシアンに、タシファレドが盛大にため息をついた。

「来ますよ」

 ルキナたちが緊張感もなく話していると、シアンが一足先にアリシアの接近に気づき、それを知らせた。魔力を感じ取ることで物を見ているシアンには死角というものが存在しない。一定の範囲内にあれば、壁の向こうのことだって、シアンには手に取るようにわかる。

「じゃ、タシファレド、頑張ってね」

 ルキナは短い応援の言葉を残し、木陰に完全に姿を隠した。

(アリシアちゃんなら、この距離じゃあ、私たちがいることに気づいちゃうかしら)

 ルキナは木陰でアリシアの登場を待ちながら、そんなことを考えた。アリシアは格闘が得意で、自分より体の大きな相手でもそうそう負けない。そんな彼女なら、シアンのように魔力という味方がなくとも、周囲の人間の存在には気づけそうだ。

(こんな近くで様子見すべきじゃなかったわ)

 ルキナは、もう少し離れた場所で見守るべきだったと後悔する。ルキナたちがいるのはタシファレドのすぐ近くで、見つかったら言い逃れできない距離だ。シアンの魔法があれば遠くの音だって聞くことができた。わざわざこんなに近くで聞き耳を立てる必要もなかった。ルキナは自分を馬鹿だと思った。

 ルキナが後悔しているのをよそに、アリシアは建物から外に出てきた。シリルも一緒で、出口のすぐそばにタシファレドがいることに気づくと、二人して驚いた顔をした。

「次期当主、こんなところで何か用?」

 シリルがニヤリと笑って問う。タシファレドがここで待ち伏せをしていたことなどバレバレだ。タシファレドは偶然通りかかっただけだと言うが、シリルはその言葉を信じない。

「偶然ね、へー」

 シリルがニヤニヤ笑いながらタシファレドを見る。タシファレドはシリルに訝し気に見られて居心地悪そうにする。

「まあ、いいや」

 シリルはタシファレドをさらに問い詰めると思われたが、すぐに諦めた。シリルはタシファレドのことなど興味ないと言うような態度だ。タシファレドは、詮索をされずに済んだことで素直に安堵し、無意識にほっと息を吐いた。そんなタシファレドを見て、シリルは鼻で笑った。

「じゃあ、アリシア。僕行くけど、アリシアは三十秒後に来てね」

 シリルはアリシアに言い残して歩き始めた。アリシアはシリルの言いつけを破ることはできず、その場にとどまった。だが、すぐ近くにタシファレドがいる。アリシアは、タシファレドと二人きりという状況に動揺する。

「あのさ、アリシア」

 シリルが離れると、すかさずタシファレドがアリシアに話しかけた。これはチャンスだ。シリルがなぜこの時間を作ったのかは謎だが、チャンスを無駄にするのは馬鹿のすることだ。

(行け、タシファレド。行けー!)

 ルキナは心の中で応援する。しかし、残念ながらタシファレドの口から言葉が続くことはなかった。タシファレドは勇気を出せずに固まる。何度か何かを言おうと口を開くが、その全てが不発に終わった。そして、無情にも時間は過ぎていき、約束の三十秒は経ってしまった。

「たっちゃん、私、行くね」

 アリシアは困ったように笑う。アリシアも何かしら期待していたのかもしれないが、もう諦めたような顔をしている。アリシアはタシファレドに断りを入れて歩き始める。

(タシファレド、何してんのよ。さっさと追いかけなさいよ)

 ルキナは、木陰で様子を伺いながら、心の中で怒る。本当は飛び出して行って、アリシアを引き留めたかったが、ルキナにそれをすることはできなかった。ここはタシファレドが動くしかない。そうでないと意味がないのだ。

(行けー、行けー。男ならさっさと行けー)

 ルキナはタシファレドの横顔を見つめて、念を送る。その念が通じたのか、突然タシファレドが動き始めた。手に持っていた髪飾りの入った箱を握りしめ、駆けだす。シリルを追って歩いているアリシアに追いつき、彼女の肩を引っ掴んだ。

「アリシア!これやる!お前にやる!返品不可!ぜってぇ返すな!捨てんなよ!」

 タシファレドはプレゼントの箱をアリシアに押し付け、一方的に怒ったように言った。アリシアは呆気にとられ、反射的に箱を受け取る。タシファレドは、言いたいことをマシンガンのように言うと、アリシアの返事も何も聞かずに逃げ出した。アリシアは、ぽかんとした顔で見送る。アリシアは、しばらくした後、タシファレドからもらった物を大切そうに抱えてシリルの方へ駆け出した。

 タシファレドはしばらく走ってたが、急に立ち止まり、放心したように立ち尽くした。ルキナとシアンはタシファレドの元へ駆け寄った。

「結局、全然かっこいいセリフも何もなかったわね。かなり必死って感じ」

 タシファレドに向かって、ルキナが感想を言う。タシファレドはチャラ男モードになることもできず、用意をしていた言葉すら言えなかった。

「でも、まあ、良いんじゃない?一生懸命さが伝わったってことで」

 ルキナはタシファレドに笑いかける。

 タシファレドは必死だった。緊張でろくに言いたいことも言えていなかった。でも、だからこそ、タシファレドが本気であることはわかったはずだ。アリシアにもタシファレドの気持ちがほんの少しは伝わったのではないだろうか。

 ルキナは、タシファレドの余裕の無さは結果的に良い効果を発揮したと評価する。シアンも笑顔でルキナの言葉に同意する。

 しかし、タシファレドは二人の話を全く聞いていなかった。珍しくルキナが心から素直にタシファレドを誉めているというのに、タシファレドには誰の声も届いていなかった。タシファレドが身動きも取らずに返事もしないことに違和感を感じ、ルキナはタシファレドが話を聞いていないということにやっと気づいた。

「タシファレド、ちょっと聞いてる?」

 ルキナはタシファレドの肩を押した。すると、タシファレドは体の力を抜いていたようで、簡単に動いた。でも、倒れるようなことにはならず、一歩後ろに下がっただけだった。

「タシファレド?」

 ルキナは、タシファレドの様子がおかしいので心配する。ルキナがタシファレドの顔を覗き込むと、タシファレドが突然顔を上げた。

「俺、アリシアのこと、好きかもしれねぇ」

 タシファレドが呟くように、叫ぶように言った。世界の真理を知ったかのような晴れやかな顔をして、心のモヤモヤが晴れたような笑顔を見せる。ついにタシファレドが自分の気持ちを自覚した。これは喜ばしいことだ。ルキナは祝いの言葉を述べようと、口を開いた。が、出てきたのは反対の言葉だった。

「おっそ」

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