12. 避けられているんデスケド。
休日があけると、ファレンミリーがやってきた。上級学生たちは、男も女も関係なく、浮足立っている。ファレンミリーを愛の告白をするチャンスだと考えている者たちを中心にそわそわした空気が学校中を包んだ。そんな中、ルキナの気分は沈んでいた。
「アリシアちゃんに避けられている気がする…。」
ルキナは泣き言を言って机に突っ伏した。タシファレドと二人で出かけていたことについて、アリシアに弁解をしようと思っていたのだが、ルキナはアリシアと話す機会を得ることができなかった。アリシアは、シリルと一緒にいるとシリルの陰に隠れてしまうし、アリシア単体でもルキナが近づく前に逃げてしまう。あれから二日経つが、ルキナは全くアリシアと話せていない。
「なんで先生を避ける必要があるんですか?」
ユーミリアがルキナを真似て机に伏せた。姿勢が変わり、声の響き方も変わる。ユーミリアの声が少し低くなる。
「さあね。私がタシファレドのことを好きだって勘違いでもしてるんじゃない?」
「そんなことあります?」
「恋は盲目よ。合理的な考え方ができなくなるもんなのよ」
「先生もそうなんですか?」
「はい、論点ずらさなーい」
ルキナとユーミリアは、賑やかな食堂の中で机に伏せたまま話をする。ルキナたちは授業が早く終わったので、食堂に来て休憩をしていた。放課後になって人が増えてきたが、食事時とは違って、やはり人が多いとまでは言えない。
「アリシアちゃんと話したかったのになー」
「明日には部活で会えるじゃないですか」
「そうだけどさー」
ユーミリアは、明日の女子部でアリシアにも会えるのだから、そんなに悩むことでもないだろうと言う。そもそも、アリシアに避けられているというのも勘違いではないかと思っている。だが、ルキナは今日までにアリシアと話をしておきたかったのだ。アリシアがルキナのことをどう思っているのか、実際のところはわからないが、誤解があったなら早めに解いておきたかった。今日はもうファレンミリー。タシファレドがアリシアに贈り物をする日だ。アリシアがタシファレドからのプレゼントをちゃんと受け取ってくれるか心配だ。
ルキナが無気力に悩んでいると、二人の上に影ができた。誰かがルキナたちの席の隣に立ったようだ。ルキナは頭の向きを変えて、人が立った方に顏を向けた。
「あら、タシファレドじゃない」
ルキナは頭を机に乗せたままタシファレドに挨拶をする。タシファレドは、ルキナとユーミリアが二人して伏せているので、怪訝そうに眉をひそめた。が、何をしているのかを聞くことはなかった。
「ついてこい」
タシファレドは、ルキナに向かってそう言い、チラッと外の方を見た。言葉通り、タシファレドはルキナに一緒に行ってほしいところがあるのだろう。ルキナはその場所がどこなのかなんとなく想像できたが、一応、タシファレドに詳しく言うように求めた。すると、タシファレドは、アリシアにこの前買ったヘアアクセサリーをアリシアにあげたいが、ちゃんと渡せるか自信がないのでついてきてほしいのだと言った。
「お願いする時はそれらしい態度で言いなさい」
ルキナは顔を上げずに言った。タシファレドの上から目線な物言いは間違いなく問題だが、ルキナの態度も話を聞く人のそれではない。でも、ルキナの方が状況的に上にいるのだから、このくらい許されるだろう。タシファレドは、一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに笑顔になった。
「ルキナ嬢、よろしければ付き添っていただいても?」
タシファレドは、改まってルキナにお願いをするということに抵抗があるようで、女たらしモードで対応した。普通は照れくさいと思うようなことも、このモードになれば乗り切れるようだ。ルキナは便利なものだと思った。だが、そんなものに頼っているようでは、根性なしともとれる。したがって、あまりタシファレドのことを純粋に評価はできない。
「はいはい、わかったわよ。ヘタレのタシファレド君」
ルキナはやっと体を起こし、立ち上がった。タシファレドはヘタレと言われて、少しムッとしたが、否定まではしなかった。タシファレドは自分でもヘタレであることは多少なりとも自覚しているようだ。
ユーミリアも立ち上がると、三人一緒に食堂を出た。その後すぐ、ユーミリアだけ違う方向に向かおうとした。
「ユーミリア、どこ行くの?」
ユーミリアが何も言わずに離れて行こうとしたので、ルキナはどうしたのかと尋ねる。ユーミリアが立ち止まり、ルキナの問いに答える。
「あの人を呼びに」
「あの人…シアン?」
ルキナは、ユーミリアがシアンを呼びに行くのだと言ったので驚く。そして、なぜ呼びに行く必要があるのだろうかと疑問に思った。
「先生を元気づけるにはあの人が必需品ですから」
ユーミリアがルキナの心の中を読んだかのように言った。
「珍しいことを言うものね」
ルキナはユーミリアが真っ先にシアンに頼りに行くのを珍しいと思った。ルキナはシアンに元気づけてもらうほどへこんでいるつもりはなかったが、ユーミリアの言動の方が気になったので、そのことは指摘しなかった。ルキナが珍しいと言ったことには、ユーミリアも「そうですね」と頷いた。
「本当は私が元気づけられたら一番ですけど、今日は他にやることもあるんです」
「やること?」
「今日はシェリカさんが図書室に行く日です」
ルキナはなぜ急にシェリカの名前が出てきたのかわからなかった。ユーミリアが個人的にシェリカに用があるのかなと思っていると、ユーミリアは続けて「イリヤと一緒に行ってきます」と言った。ルキナはますます首を傾げた。
(シェリカとイリヤに何か接点でもあったかしら)
ルキナは難しい顔をしながらユーミリアを見た。ユーミリアは凛々しい顔でルキナを見つめ返した。
「…そう」
ルキナはユーミリアが言いたいことをあまり理解できなかったが、深く考えず、ユーミリアを送り出した。ユーミリアは、シアンとイリヤノイドがいると思われる魔法科の図書室に向かって行った。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか」
ルキナがそう言うと、タシファレドがまた歩き始めた。
「で、ちなみに、タシファレドはどこでアリシアちゃんに渡すか決めてるの?」
ルキナは、どこかに向かって歩いているタシファレドの背中に問いかける。タシファレドは前を向いたまま「特にそういうわけではない」と答えた。
「じゃあ、アリシアちゃんがどこにいるのか知ってるの?」
ルキナはタシファレドの足取りに怪しさを感じ始める。まさか目的もなく歩いているわけはないだろうと思って尋ねたのだが、タシファレドは「いや…。」と回答を濁らせた。
「え?今どこに向かってるわけ?」
ルキナはその場に立ち止まってタシファレドを睨む。タシファレドも止まってルキナの方を見た。
「アリシアを探そうと思ってテキトーに」
「なんて非効率な」
タシファレドがルキナを連れてうろうろするつもりなのだったとわかると、ルキナはため息をついた。ルキナが食い気味に文句を言ったので、タシファレドはたじろいだ。
「早めに気づいてよかった。危うく無駄な時間に付き合わさせられるところだったわ」
ルキナは腰に手を当て、もう一度ため息をついた。そんなルキナの様子を見て、タシファレドが期待の眼差しをルキナに向けた。
「ルキナは知ってるのか?アリシアがいる場所」
「知るわけないでしょ」
タシファレドは自分が知らないことをルキナも知らないとわかっていたのではないのだろうか。だから、ルキナに相談もせず、アリシア探しを始めたはずだ。それなのに、タシファレドはルキナがもしかしたらアリシアの居場所を知っているかもしれないと期待した。ルキナは、そんないい加減なタシファレドにイラっとする。
「アリシアちゃんのいる場所を知らないのは仕方ないけど、それを言わないのは問題よ」
ルキナはぷりぷり怒りながら、タシファレドになぜアリシアに約束を取り付けなかったのかと問うた。タシファレドが事前にアリシアと会う約束をしていれば、こんなふうに彼女を探さなくてはいけないということにはならなかったはずだ。
「あいつ、俺のことを避けてるみたいで」
タシファレド自身は、アリシアにファレンミリーに会ってもらえるように約束をしておくつもりはあったらしい。しかし、その約束をする機会すら得られなかったそうだ。
「あんたもか」
ルキナは、タシファレドが自分と同じようにアリシアに避けられていると聞いて納得した。
(そりゃそうよね)
アリシアがルキナを避けておきながら、タシファレドを避けないはずがない。アリシアがどういうつもりのかは理解しかねるが、タシファレドとルキナの二人を避けていることを考えれば、アリシアがルキナの危惧している勘違いをしている可能性は捨てられなくなってきた。ルキナも、まさかそんな勘違いはしないだろうと思っているところはあったが、予想はしていた分、焦りはない。だが、状況は全く良くない。
(とりあえず、タシファレドとアリシアちゃんを会わせるしかないか)
ルキナは腕を組み、タシファレドに横目を向ける。
「アリシアちゃんの今日の最後の授業は?」
「知らない」
「シリルの授業は?」
「知らない」
「役に立たないわね」
ルキナはタシファレドからヒントとなりそうな情報を聞き出そうと思ったが、全く役に立たなかった。タシファレドは基本的に受け身で、自分から会いに行くようなことをしてこなかった。アリシアやシリルが普段何をしているか知らない。
ルキナたちがアリシアの居場所について頭を悩ませていると、シアンが走ってきた。
「意外と早かったわね」
食堂から魔法科の図書室までは近くないし、ユーミリアが向こうまで行く時間とシアンがそこからここまでくる時間の合計だけ時間はかかるので、こんなに早く来れるわけがない。ルキナがシアンに感想を言うと、シアンは笑った。
「さっきそこで偶然ユーミリアさんと会ったんですよ」
「図書室にいたんじゃないの?」
「今日はイリヤが用事があると言っていたので、イリヤをユーミリアさんのところに」
「なんか二人してシェリカに会いに行ったらしいわよ」
「え?シェリカさんにですか?」
ルキナがシアンと話していると、タシファレドがルキナの肩をトントンと指でつついた。
「ああ、そうだったわ。シアン、アリシアちゃんの居場所知らない?」
ルキナが問うと、シアンが「うーん」と考え始めた。しばらくして、シアンがアリシアは部活に言っているのではないかと言った。
「今日って鉱物研究部の活動日ではありませんでしたか?」
「そうじゃない。アリシアちゃんと言えば鉱物研究部じゃない。なんでそんなことも忘れてるのよっ!」
ルキナは急に頭がすっきりしたような気がしてテンションが上がる。タシファレドだけでなく、自分も重要なことを忘れていたことがわかり、自分に呆れる。その恥ずかしさを誤魔化すようにタシファレドの背中をバシンっと叩いた。
「いってぇ!」
タシファレドが痛みを訴え、ルキナを睨む。
「さあて、そうとわかれば研究室に行きましょ」
ルキナは調子良く目的地を指さして歩き始めた。シアンがくすっと笑い、タシファレドはご機嫌なルキナを引き気味に見る。理不尽に叩かれて、タシファレドはルキナに恨みがましい目を向けている。
「タシファレドは、どうやってアリシアちゃんに渡すか考えてあるの?」
ルキナがルンルン気分で問うと、タシファレドは呆気にとられたように口を半開きにして固まった。
「え?何?そんなことも考えてなかったの?」
「そういうわけじゃないけど」
ルキナが呆れていると、タシファレドが慌てて否定をした。
「でも、そんなに難しいことでもないだろ?普通に渡すだけなんだから」
タシファレドが、準備は必要ないと言った。アリシアにはプレゼントを渡すだけ。ただそれだけなのだと。
ルキナは、呆れてタシファレドをジト目で見た。
「なんでそんな難しいことでもないのに私を呼んだのかしらね」
「…それは、あいつがどこにいるかわからなかったから相談しようと」
ルキナが痛いところをつくと、タシファレドがしどろもどろに答えた。ルキナは「ふーん」と相槌を打った。テキトーな相槌と裏腹に、ルキナは鋭い視線をタシファレドに向け、追い詰める。タシファレドは、冷や汗をかいて動揺する。その動揺につけ込むように、ルキナはさらに追い打ちをかける。
「自信がなかったんじゃないの?」
ルキナは、タシファレドが何と言ってルキナを連れだしたかよく覚えている。あの時、タシファレドはアリシアにプレゼントを渡せる自信がないと言った。とても今のように、プレゼントを渡すくらい朝飯前だという態度はとれていなかった。タシファレドは、ルキナとシアンが一緒にいることで、気が大きくなっているようだ。ある意味では、それはルキナたちがいることで役に立っているということなので、良いことではある。一緒にいるだけで、見守ってあげるだけで勇気が出ると言うのなら、それはそれで良い。だが、タシファレドの言っていることに一貫性がなく、その時々の気持ちだけで言うことが変わっているので、ルキナは呆れているのだ。この調子でちゃんとアリシアにプレゼントを渡せたら良いのだが、タシファレドのことだから、その時になって怖気づいてしまいそうで心配でならない。
「いいわ。さっきの言葉忘れないでね。潔く渡せたなら何も言わないでおいてあげるわ」
ルキナなりの応援の言葉を述べ、タシファレドを鼓舞する。タシファレドは、ルキナに脅されたように感じ、全く嬉しそうな顔はしなかった。しかし、タシファレドが気合を入れ直す機会作りにはなったので、応援としての役割を果たせてはいるだろう。
「まあ、健闘を祈ってるわ。頑張ってね」
ルキナが改めて応援すると、タシファレドが「ああ」と答えた。その後、ダッと駆け出した。シアンとルキナを追い抜き、タシファレドが一番前に出る。現時点でのタシファレドの気合は十分だ。




