10. プレゼント選びデスケド。
ファレンミリーを直前に控え、タシファレドは街に買い物に出かけた。アリシアに贈るプレゼントを買うためだ。そのお供としてルキナが付き添う。
「買い物くらい、一人で行きなさいよ」
タシファレドの斜め後ろを歩きながら、ルキナは文句を言う。タシファレドの返事が返ってこないがきっとちゃんと聞こえている。
「それか、アリシアちゃんを誘うくらいの気概を見せなさい」
ルキナがため息混じりに言うと、タシファレドが顔だけ向きを変えてルキナを見た。
「なんであいつに渡す物を探すのにあいつを連れてくんだよ」
タシファレドが当然のツッコミをする。それを聞き、ルキナがやれやれのポーズをとる。
「いっそのことデートにしちゃえば良かったのにっていう話よ。デートなんて、あんたの十八番でしょ?」
ルキナが呆れていると、タシファレドがルキナの言葉を否定するように「十八番って」と呟いた。タシファレドは数多くの女の子をたらしこみ、デートを繰り返してきた。そのことに間違いはない。しかし、十八番という表現は適切でない。少なくともタシファレドはそう思っている。
「今まで散々いろんな女の子とデートしてきたんじゃないの?エスコートするなんて慣れたもんじゃない。それをアリシアちゃんにしてあげてって言ってんの」
ルキナは、貴重な休日を返上してタシファレドに付き合わなくてはならなくなったので、イライラしている。ネチネチとタシファレドに文句を言い続ける。それでもなんだかんだタシファレドに付き合ってあげるのは、協力すると彼に約束をしたからだ。
タシファレドが目をつけたお菓子屋に入っていく。ルキナはその後ろをついて行く。ファレンミリー直前の週末だからか、店の中はかなり賑わっていた。オシャレな内装をしているので、若者に人気な店のようだ。昔からある老舗の店というわけではなく、最近できた店だ。もしかしたら、こんでいるのは、ファレンミリーが近いということだけが理由ではないかもしれない。
(極楽、極楽)
冷房の効いている店内に入り、ルキナは体力が回復したような気がした。外にいる時、イライラして仕方なかったのは、気温のせいもあったかもしれない。六月になると急に温度がある。少し歩くだけで汗がじんわりと滲んでくる。この時期の外出なので、ある程度薄着ではあるが、日焼けを恐れて、ルキナは長袖を着ている。半袖の服だったら、もっと気分は違ったかもしれない。
ルキナは、この快適な空間にいる間は心が優しくなれるような気がして、そんなほんわかした気持ちでタシファレドに話しかけた。
「何買うのか、見当はつけてるの?」
タシファレドはショーケースを睨んでいて、何か考え込んでいる。ルキナはタシファレドの視線の先を追い、彼が見ているものを探す。タシファレドは、どうやら可愛らしい箱に入ったチョコ菓子を見ているようだった。
「趣味は悪くないわ」
ルキナは、タシファレドがちゃんと女の子のつぼは押さえているらしいことを確認できたので安心する。タシファレドは、多くの女の子たちと話してきているので、認識のずれはないようだ。かく言うルキナの方も、一般的な女の子が好きな物と自分の好みが合っているか自信はない。さらにアリシアの好みとなると、さっぱりだ。だが、ここにはオシャレで女の子が好きそうな雰囲気が漂っているので、この店の物なら、だいたい外れはないだろう。
「でも、この時期にチョコ系は危険じゃない?」
ルキナは、タシファレドが最初にチョコ菓子に目をつけたのを心配する。アリシアが特別チョコレートが好きという話は聞いたことがない。タシファレドがチョコ菓子に目をつけたのも、そういう理由ではないだろう。他の物で代替できるなら、初夏にチョコ菓子は避けるべきだ。
(だから、バレンタインは冬にあるべきなんだって)
ファレンミリーは、ルキナの前世でいうところのバレンタインデーにあたる。バレンタインにチョコレートを贈る文化は日本だけという噂も耳にしたことがあるが、チョコレート交換の文化が広まったのは、やはり季節的な問題もあっただろう。バレンタインが夏にあったら、チョコなんてすぐに溶けてしまって、とてもプレゼントできない。文化が国に根付くにはそれなりに気候の条件も揃わなければならないはずだ。その点、ファレンミリーは初夏という、あえてチョコレートを選ぼうとは思えない時期にある。ファレンミリーの贈り物としてチョコレートがさほど人気でないのは当然といえるかもしれない。
「お菓子をあげるなら基本的に温度には気をつけないと、すぐに悪くなっちゃうわよ。まあ、タシファレドなら魔法でどうにかできるかもしれないけど、不安ならそこの保冷器を買っていきなさい」
ルキナはそう説明して、ショーケースの手前に置かれた台を指さす。そこにはラッピング用のリボンやシートが置かれており、一緒に保冷器も置かれている。
保冷器は最低五日、長くて一瞬間、冷気を発生する使い捨ての機械だ。一度きりしか使えないが、小型で、そう値がはるものでもないので、お菓子をプレゼントする時に保冷目的で使われる。保冷器の中に入っている人工の魔法石がなくなるまでは強い保冷力を持っているので、夏でも正しく使えばチョコレートも溶けない。お菓子、特にチョコレートを買うなら、保冷器は必需品だ。
「そうか、お菓子じゃなくても良いのか」
ルキナのアドバイスを聞き、タシファレドが呟いた。ルキナが「お菓子をあげるなら」と前置きを置いたこと、タシファレドはお菓子以外の選択肢があることを思い出す。
「何か良い案でも思いついたの?」
タシファレドが店から出ようとするので、ルキナは問う。
「いや、とりあえず他の店も見てみようかなと思って」
タシファレドが店を後にしたので、ルキナもそれに続き、店を出る。手っ取り早く、一番近くのアクセサリーショップに入った。女性向けの店なのに、意外にも男性客が多かった。やはりここにもファレンミリーの影響が出ているようだった。
(みんななんだかんだファレンミリー直前に買うのね)
ルキナは、お菓子以外を贈るなら、もっと早く用意しておけば良いのにと思った。当日でないだけましだが、アクセサリーを贈るような相手なのだから、ファレンミリーに贈り物をすること自体は早く決まっていたはずだ。こんなにぎりぎりに買い物に来る必要もないはずだ。
(それとも、ぎりぎりまでプレゼントに悩んだ口かしら)
ルキナは、出入り口付近に飾られていたピアスを見る。ペアピアスのようで色違いのピアスが並んでいた。
(ザ・リア充って感じね)
ルキナは腕を組んでピアスを見つめる。そうしてルキナがピアスの前で固まっていると、タシファレドが寄ってきた。
「女子はそういうのが好きなのか?」
タシファレドはルキナの見ていたピアスを物珍しそうに見た。
「ペアリングは聞いたことあるけど、ピアスもお揃いでつけるんだな」
ルキナはあくまでたまたまそこにあったから見ていたというだけで、特別ペアピアスだから見ていたという理由はない。ルキナよりタシファレドの方がずっと興味深々で、顔を近づけて観察している。
「ルキナはしないのか?」
タシファレドがピアスから視線を外し、ルキナの方を見て尋ねる。ルキナが先に見ていたので、ルキナがピアスを欲しがっていると思ったのだろう。
「イヤリングしてるし」
ルキナは右耳をそっと触れて答える。耳にはトレードマークとでも言うべきイヤリングずっとついている。タシファレドだって、ルキナが何年も同じイヤリングをしていることは知っているはずだ。それならば、ルキナがわざわざピアスを買い、耳に穴を開け、ピアスをする可能性は低いとわかってもおかしくない。ルキナは、なぜわかりきったことを聞くのか、と思う。
「いや、リュツカとお揃いにするとか」
タシファレドは、ペアピアスを新調するという目的であれば、ルキナもイヤリングを外すのではないかと思ったらしい。ルキナは、タシファレドの案を聞いて、自分とシアンがお揃いのアクセサリーをつけているところを想像する。
(タイプじゃないわね)
ルキナは、自分はそういうことをするタイプじゃないと思う。シアン個人で考えたら別に違和感はないが、ルキナがそういうことをしているのは似合わない。人並みに憧れはすれど、現実的な話ではないと考える。
「別に恋人ってわけじゃないし」
ルキナは本当の理由を言わず、話が短く終わりそうな理由を述べる。恋人じゃないからペアのアクセサリーはつけない。これを言われた方は、「はい、そうですか」としか言えない。逆に、もし、ルキナが本当に思っている理由を言ったなら、「そんなことないよ」と言い、二の次には、ルキナの理由を全力で否定しにかかるだろう。タシファレドがそこまでしつこいことを言うとは思えないが、人は基本的にお節介焼だ。予防線を張っておく方が無難だ。嘘は言っていないし、問題はないだろう。
ルキナは、タシファレドに早くプレゼント探しを再開するように言おうとした。しかし、その瞬間、タシファレドが「まだ付き合ってなかったのか!?」と驚きの声を上げた。
「なんで付き合ってないんだ」
タシファレドは、ルキナとシアンが当然のように恋人関係になっていると思ったらしく、理由を問いつめる。だが、それを言ったら、タシファレドだってアリシアと恋人同士になっていてもおかしくない。タシファレドが気持ちを自覚するまでは難しいだろうが、きっとそれもじきだ。本当なら、タシファレドたちはルキナたちより先にくっついても不思議じゃなかったのだから。
「今更どうやって切り出せば良いかわからないだけよ」
ルキナは適当に理由をつけたが、タシファレドが納得した様子はなく、まだルキナの話は続くと思って待っている。ルキナはため息をつく。結局、ルキナは、この選択も間違いだったと後悔する。これだったら、ペア物が自分に似合わないという理由を言っていた方がダメージが少なかったように思える。
「肩書があったところで何かあるわけじゃないし、不便があるとしたら、人に紹介する時に、シアンのことを友達って言えば良いのかどうか迷うってことくらいだから」
ルキナは、真面目に自分の考えを述べる。すると、タシファレドは「へー」といい加減な相槌を打った。
(興味がないなら聞くな)
タシファレドの反応がいまいちだったので、ルキナはちゃんと質問に答えた自分が馬鹿だったと思った。こうなったら、できるだけ早く話を切り上げるのが良いだろう。
「少なくとも私からは言わないわ。そういう関係になるなら、絶対にシアンに言わせる」
ルキナは話を閉めくくるように言った。ルキナが恋人という関係に絶対的な価値を感じておらず、興味もないのだと主張すると、タシファレドが首を傾げた。
「でも、ルキナはリュツカに幼馴染みって言われて怒ったって聞いたぞ」
タシファレドが言うには、ルキナは本当はシアンの恋人になりたいと思っているのだそうだ。しかし、その根拠として、ルキナがシアンの中で幼馴染みと思われていることに怒ったことを挙げるのは、やめてもらいたいものだ。ルキナはあの時の自分の情緒が不安定だったと自覚しており、既にルキナとシアンでその話については決着をついている。今更、その話を持ち出さないでほしいというのが、ルキナの本音だ。
「誰から?」
ルキナは怒りをぐっとこらえて、タシファレドに誰から聞いたのか問う。だが、この時点で、ルキナは誰が犯人かだいたい見当をつけていた。ルキナが幼馴染みという単語に怒ったという具体的な話を知っているのは、当事者のシアンと、ルキナとシアンからそれぞれ相談を受けた者たちだけだ。
「アイス弟から」
タシファレドが隠そうとする様子も見せず、イリヤノイドだと答えた。ルキナが幼馴染みという言葉に過剰反応し、怒ったことを疑問に思っていたタシファレドに、イリヤノイドが理由を教えたようだ。タシファレドは悪気がなさそうな顔をしているが、イリヤノイドにはきっと悪意があった。
「勝手に人のことをペラペラと…。」
ルキナはこの場にイリヤノイドがいないことを悔しく思う。幼馴染みがどうのこうのという話自体は随分前のことで、今更蒸し返すようなことでもない。学校に戻ってイリヤノイドに会ったとしても、怒ることはできない。
ルキナは大きくため息をつき、タシファレドに向かって手をひらひらさせる。早くプレゼントを見つけて来いという合図だ。タシファレドは、ルキナに促されるままに店の奥に向かって行った。
ルキナは出入口の扉の傍に寄り、タシファレドが見終わって戻ってくるのを待つ。ぼんやりと店を出入りする他の客の動きを見ていると、タシファレドがルキナに近づいて声をかけてきた。
「なあ、そもそもアクセサリーをあげるのはどうなんだ?おかしくないか?」
タシファレドは急に不安になってきたようで、アクセサリーをあげて気持ち悪がられたりしないかと心配する。アリシアからの反応を気にするあまり、プレゼント選びがままならない様子だ。ルキナは、この顔を鏡で本人に見せてやりたいと思う。
ルキナは壁にもたれていた体を起こし、「うーん」と考える。プレゼントの選択が、今後のタシファレドとアリシアの関係を左右するかもしれないので、浅い考えで答えるわけにはいかない。協力すると言った以上、相談役はルキナの大切な役目だ。いくら面倒に思っても、求められただけの仕事はする。
「そうね…。アクセサリーっていう選択自体は悪くないと思うわよ。相手が相手だしね。ただ、物が残るのを嫌う人もいるし、何とも言えないわ」
プレゼント選びで難しいのは、内容ではなく、タイミングだ。同じプレゼントでも、渡すタイミング次第で、受け取る側の抱く印象は変わる。恋人関係にない男女の間でのプレゼントのやり取りでは、重いと思われたら終わりだ。プレゼントは値段ではなく、気持ちだと聞くが、結局、第一印象を決め、気持ちを測るのに利用されるのは値段だ。さほど仲を深めていないのに高価な物をプレゼントしてしまうと、そういうつもりはなくとも、一方的に気持ちが強く、先走っているという構図ができてしま。そうなれば、プレゼントを受け取った者は引いてしまう。無論、気持ちが軽いと思われても困る。丁度いいを選ぶのは本当に困難なことだ。
だが、その点、タシファレドが気にすべきことは、アリシアの趣味だけだ。アリシアは、タシファレドがアリシアのことを好きではないと思っている。だから、今回、タシファレドはアリシアに気持ちのありったけをぶつければ良い。早いも遅いも、軽いも重いもない。アリシアに「もしかして…」と思わせれば勝ちなのだから、これまでと違うことをすれば良いだけだ。
ルキナの見解を聞き、タシファレドが「物が残るのは駄目なのか?」と疑問を口にした。あまりピンと来ていないようだ。
「タシファレドはいつも遊びで声かけてる女の子たちにプレゼントをあげたことはある?」
「遊びって言うと聞こえが悪いな」
「あんたがしてるのはそういうことでしょ?」
「まあ…。」
「それで、プレゼントをあげたことは?」
「ない」
「へー、意外。あげまくってるんだと思ってた」
「どんなイメージだよ」
ルキナは思ったような返事が返ってこなかったので、どうやって説明しようかと考える。
「えーっと、まあ、それじゃあ、あんまりタシファレドにはわからないかもしれないけど、後腐れのないように付き合うなら、形が残る贈り物をしない方が良いのよ。物が残ってると、喧嘩したり、悲しい思いをした時に、それを見たらその辛い気持ちを思い出して、嫌な気分になるから」
ルキナは結局無理して例え話を用いずに説明した。この説明でもタシファレドは理解したようで、「この場合は食べ物じゃなくても良いってことか」と呟いた。タシファレドは、この一件で、アリシアとの関係が絶たれるかもしれないことを心配していない。それほどまでに、タシファレドは本気でアリシアのことを何とかしようと思っているのだろう。きっと、ちょっとやそっとでは諦めない。
「まあ、お金に余裕があるとしても、学生っていう身分は忘れないようにね。お金かければ良いってもんでもないんだから」
ルキナがそうアドバイスすると、タシファレドは「サンキュー」とお礼を言った。もう何を贈るかだいたい決められたようだ。ここまで来たらルキナの役目も終わったも同然だ。
「アリシアちゃん、喜んでくれると良いね」
ルキナは、アリシアの笑顔を想像しながら言った。タシファレドも優しい顔になって、「ああ」と頷いた。タシファレドの笑顔を見て、ルキナは幸せな気持ちになる。ルキナは、心から二人が上手くいくことを願っている。




