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行動力はすごいデスケド。

 ルキナはシアンの実家である屋敷に到着し、ソファでくつろいでいた。シアンとチカもソファに座り、さっそく落ち着いた時間をすごしていた。三人がリビングルームで他の友人たちの到着を待っていると、メイド長のマリア・ティグラが部屋に入ってきた。

「お嬢様、シアン様、失礼します」

 マリアは、ミューヘーン家のメイドの制服を着ており、丁寧な仕草で三人に向かって頭を下げた。マリアはもともとリュツカ家に仕えていたこともあり、現在はミューヘーン家に雇われながら、このリュツカ家の屋敷でメイド長を担っている。

「何かあったんですか?」

 シアンが待ちきれずに尋ねる。わざわざ聞かなくても、マリアは報告をしようとしてくれている。

(キールが来るのを待ってるのね)

 ルキナは、シアンがなぜそんなに焦っているのか理解していた。

 シアンは、毎年、夏になるとこの家に戻ってくる。その度、この辺りに住む友達と会い、一緒に遊んでいた。しかし、最近の夏は、彼に会えることは少なく、シアンは今年こそ一緒にいる時間を増やしたいと思っている。ただ、シアンは友達の家も知らず、彼が来るのを待つ他ない。だから、今か今かと心待ちにしているのだ。

「ご連絡があったのですが、他の皆さまは到着が遅れるそうです」

 残念ながら、シアンの希望通りににはいかず、マリアの報告は、全く別の内容だった。それにしても、何と言ったか。

(全員遅刻?)

 ルキナは、首を傾げる。普通ならそんなことは起こらない。それぞれ別の馬車で来ると聞いているが、全員の到着が遅れるなんてよっぽどのことがない限りあり得ない。ここは比較的田舎に位置しているので、交通渋滞もめったに起こらない。

「どうやら馬車に不具合があったらしく…。皆さまの馬車の車輪が全部取られていたそうです。予定の時刻に出発できなかったため、遅れるとのことです」

 マリアが苦い顔をしながら説明をする。マリアも報告をしながら、変な話だと思っているに違いない。ここまで聞いて、ルキナはみんなに何が起こったのか見当がつき始めた。

「だいたい犯人は予想がつくわ」

 ルキナは腕を組んで、イリヤノイドを押し込めた部屋の方向を見る。イリヤノイドの独占欲は公式の折り紙つき。自分以外のライバルをこの屋敷に来させまいと邪魔したのだろう。自分の使用人たちに、それぞれの馬車に細工を施させたのだ。シアンがため息をついた。

(シアンも気づいたのね)

 ルキナはシアンを憐れみと妬みの混じった目で見る。イリヤノイドにそこまで愛されているのが、正直羨ましい。本来は、シアンのポジションにルキナがいたのだから、余計に悔しい。その一方で、シアンの立場からすれば面倒であることこの上ないので、可哀そうだとも思う。

「本当に、彼の行動力には感心させられますね」

 シアンが苦笑している。ルキナもつられて笑う。

「もはや病気ね。一回、痛い目にでも合わないと治んないわよ、あれ」

 二人がイリヤノイドのことについて話していると、チカが欠伸をした。イリヤノイドがみんなの出発の妨害をした犯人であることをわかっていないどころか、そもそも興味がないのだろう。チカもなかなかマイペースな人だ。

「さて、みんなはご飯は食べてくるかしらね」

 ルキナがソファから立ち上がる。もう昼食の時間になる。どうせ遅刻だからと、みんなが途中で食べてくるかもしれない。それならば、ここにいる三人がみんなを待って、お腹を空かせたまま我慢する必要はない。

「どれくらい遅れる想定なんですかね」

 シアンが困ったように笑う。

「軽めに食べておくというのも手ですよ」

 突然、新しい声が加わったので、ルキナが驚く。シアンは先に気配か何かを感じていたらしく、さほど驚いていない。

「お邪魔しています」

 ノアルドが優しく笑った。その後ろには、ミッシェルもいる。さすがのイリヤノイドも、王族の馬車にまでは手を出せなかったらしい。

「それじゃあ、ノアルド様の言うように、少し昼ごはんを食べることにしましょうか」

 ルキナがノアルドから目をそらして言った。その流れでマリアの方を見る。マリアが「準備をしてまいります」と言って頭を下げた。五人は、マリアが去って行くのを目で追った。

「こちらの方はやっぱり涼しいんですね」

 ノアルドが感心したように言う。ノアルドは、ルキナとシアンが毎年、避暑地としてこの屋敷に来ることを聞いていた。王都から離れているので、気候も多少変わってくる。ノアルドはそのことを体感したのだ。

「そういえば、兄上が手土産にと持たせてくれたものがあるんですよ」

 ノアルドが後ろを振り向いた。ミッシェルのさらに後ろで待機していた城の使用人が、フルーツが山盛り入っている箱を見せてくれる。

「え?こんなに!?」

 ルキナが思わず喜びの声を上げる。これほどたくさんのフルーツがあればいろいろなスイーツにして楽しめそうだ。

「ルイス様もお誘いすれば良かったですね」

 ルキナは、ルイスを呼ばなかったことを少し後悔する。どうせ彼も攻略対象なのだから、こういうところに呼んで、距離感を縮めるべきだったかもしれない。ルキナの発言を聞いて、シアンが少し顔をこわばらせた。といっても、いつも通り笑顔が張り付いていて、変化は微々たるものだ。それでも、ルキナはシアンの顔を見て、何か変だと思った。

(シアンって、ルイスのことが苦手なのかしら)

 シアンが誰かを苦手に思っているなんて思いもしなかった。シアンは器用なので、誰とでもそれなりの仲になれる。ルキナは、シアンの意外な面を見た気がして、嬉しくなる。

(まあ、ルイスも攻略するけど)

 シアンが誰を嫌ってようがお構いなしだ。ルキナは逆ハーレムを目指している。誰一人としてかけることなく、攻略してみせるつもりだ。

「ルイス殿下はお城にいらっしゃるのですか?」

 シアンが尋ねると、ノアルドが頷いた。

「兄上は忙しい人ですからね。きっと誘っても来られなかったと思いますよ」

「次期王様だものね」

 ノアルドの話を聞いて、ルキナが呟いた。

「失礼いたします。バリファ様がご到着されました」

 メイドがリビングルームにベルコルを連れてきた。ベルコルは車輪外しの影響を受けずに、遅刻することなく到着することができたらしい。

「馬車は大丈夫でしたか?」

 シアンが申し訳なさそうに問いかける。イリヤノイドがやったことだが、シアンが責任を感じているようだ。

「何のこと?」

 ベルコルがきょとんとする。この反応に、シアンもびっくりして固まる。予想外の返答だった。

 ルキナは何かに引っ掛かり、考えこむ。

(あ、そうだわ。イリヤはベルコルに会ったことなかったわ)

 ルキナは、思わず手をぽんと叩く。イリヤノイドはベルコルとは知り合っていないので、ベルコルのことまでは妨害できなかった。

「それで?シアン、私たちはどの部屋を使って良いの?」

 ルキナが尋ねると、シアンは「どこでも好きなところを使ってください」と言った。

「私はいつものとこを使わしてもらうけど、ノアルド様たちは初めてなんだから、ここって決めてもらった方が楽だと思うわよ」

 ルキナに言われて、シアンは気の遣い方を間違えたことに気づいた。

「では、案内しがてら、部屋を決めましょうか」

 シアンを先頭に、ぞろぞろとリビングを出て、廊下を進む。遅刻組にまた同じことをしなければならなくなるだろうが、皆、荷物の置き場所に困っているので、さっさと部屋を決めてしまいたいところだ。

「この突き当りがキッチンで、こっちが浴室です」

 シアンが廊下の奥を指さす。実に簡単な説明だ。そのまま階段を上り、二階に移る。シアンが、二階の廊下の中央に立って、皆の顔を見た。

「この階の部屋はどこでも好きなところを使ってください。一人一部屋でも、複数人で共有しても、自由にしてください。入ってほしくない部屋は基本的にないですが、そこは鍵がかかっているので、鍵のかかっていない部屋は勝手に出入りしていただいてもかまいません」

 どの家も、本家となると、親戚が集まって大人数が寝泊まりすることがあるので、ベッドのある客室がいくつも存在する。その中でも、リュツカ家の屋敷は小さい方ではあるが、この屋敷にも十分すぎるほど客室がある。

「ノア、一緒の部屋にするか?」

 ミッシェルがノアルドをからかうように言う。

「良いですよ」

 ノアルドは、ミッシェルにからかわれているとも思わず、素直に返答した。ミッシェルはノアルドの護衛のためにそんなことを言い出したのだと思っているのだろう。

「…じゃあ、一緒の部屋にするか」

 純粋なノアルドに毒気を抜かれたミッシェルはぼんやりと呟くように言った。同じことを二回言ったので、ノアルドが不思議そうにしている。結局、二人は同室で寝ることになった。ノアルドの部屋が決まると、チカとベルコルも部屋を選んだ。どの部屋もだいたい同じ作りをしているので、場所の違いしかない。

「良い感じに分かれたし、こっち側を女子の部屋にして良いわよね」

 ルキナが手をぱたぱたさせて、こっち側を体で示す。この階は階段を基準に半分に分けて考えることができる。それを良い具合に活用しようと言うのだ。

「そうですね」

 シアンは、ルキナの提案を快く受け入れた。

「お食事の準備が整いました」

 マリアがルキナたちを呼びに来た。マリアに従い、ダイニングに向かう。ルキナたちが昼食をとっている間に、使用人たちがそれぞれの部屋に荷物を運びこんでくれるだろう。

「イリヤを呼んできます」

 ダイニングルームに入る直前、シアンがイリヤノイドを収容している部屋に向かって歩き始めた。

「お仕置きで昼抜きくらいにしても良いと思うんだけど」

 ルキナが不服そうにシアンを見送る。シアンは優しいので、どんなに迷惑をかけたイリヤノイドが相手でも、ご飯を抜くなんてことはできないらしい。

「まだ他に誰かいるんですか?」

 ベルコルが一人で行ってしまったシアンの背中を見ながら言う。

「はい。イリヤが…イリヤノイド・アイスっていう、中等学校の頃の後輩が来てるんです」

「あー、あいつか」

 ルキナが名前を言うと、ミッシェルが反応した。ノアルドとミッシェルは何度かイリヤノイドと顔を合わせている。どんな印象をもっているかは知らないが、一応、知り合いではある。

「ちょっと生意気ですけど、全部シアンへの愛ゆえなんで」

 ルキナは、ベルコルがイリヤノイドと会ってがっかりしないように、先にイリヤノイドの評価を下げておく。ルキナがイリヤノイドのことを少し悪く言ったので、ベルコルが眉をひそめる。

「すぐにわかりますよ」

 ルキナはベルコルにそう言い残して、一番にダイニングルームに入った。とても良い匂いがする。ルキナは、椅子に座って、全員が席につくのを待つ。お腹がすいているところに、目の前に料理がおかれているので、もう我慢できないくらい体が食事を欲している。

「お待たせしました」

 シアンがイリヤノイドを連れてやってきた。イリヤノイドは、シアンの腕に抱きつている。この短い距離なのだから、そんなにひっつかなくて良いだろうに。

「知らない人がいる」

 イリヤノイドがベルコルを睨む。

「先輩、あの人誰ですか?」

 イリヤノイドがかわい子ぶってシアンに尋ねる。シアンは、イリヤノイドを体から引きはがして椅子に座らせ、ベルコルの紹介をする。

「ベルコル・バリファ様。僕たちの学校の生徒会長だよ」

「へー」

 イリヤノイドが聞いたのに、興味なさそうな相槌をする。どうせシアンを狙うライバルが増えたとでも思っているのだろう。

「ミューヘーンさんの言う通りですね」

 ベルコルが苦笑いをする。

「生意気ですよね」

 ルキナがベルコルに会わせて笑う。すると、イリヤノイドが今度はルキナを睨んだ。

「せんぱぁい、ルキナが悪口言ってます」

 イリヤノイドが、シアンに抱きつかん勢いで、シアンの方にぐるんと首を回した。シアンが困ったようにイリヤノイドを見る。ルキナは、そんなイリヤノイドとシアンに腹が立つ。

「シアン、命令よ。イリヤと喋るの禁止」

 ルキナの命令は絶対だ。シアンは命令に従って、イリヤノイドとは話さなくなるだろう。イリヤノイドが絶望的な顔になる。

「お嬢様!」

 シアンがルキナに怒った。さすがにやりすぎだと言う。

「いっただっきまーす」

 ルキナはシアンを無視して、料理を食べ始めた。

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