8. それがヤキモチなんデスケド。
「タシファレドは、アリシアちゃんのことをどう思ってるの?」
ルキナが問うと、タシファレドが首を傾げた。ルキナの質問が聞き取れなかったのだろうか。
「だから、タシファレドは、アリシアちゃんのことをどんなふうに思ってるの?」
ルキナはイラ立ちながら質問を繰り返す。このくらいの質問、パッと答えてほしかった。ルキナはタシファレドに答えを促すように顎をくいくいと動かした。しかし、タシファレドの反応は悪く、「どうって言われても」と困ったように頭をかいた。
「アリシアちゃんの近くにいて、何とも思わないわけではないでしょ?」
「いや、別に」
ルキナはタシファレドから答えを聞き出そうと、質問を重ねる。だが、それでもタシファレドは答えらしい答えを言わない。
(言葉にするのが難しいなら、難しいなりに、伝えようとする努力をすべきじゃないの?)
タシファレドは自分の心に鈍感なのかもしれない。でも、だからこそ、気持ちを言葉にする過程を踏むべきだ。そうすることで、自分を見つめ直すことができ、今まで気づけなかったことに気づける。これはルキナの実体験からくる見解だ。ルキナは、ノアルドやユーミリアに繰り返し質問をされることで、自分の気持ちに気づき、名前をつけることができた。タシファレドが今、アリシアへの気持ちに気づけていないのであれば、しつこく質問をすることが必要になる。タシファレドはしつこいと怒るかもしれないが、必要なことなのだ。
ただ、ルキナは、自分の気持ちに気づきたくないという気持ちも理解できる。一度気づいてしまえば、もう後戻りはできない。どうしたって気持ちは消せない。でも、タシファレドは、自ら現状を変えたいと望んでいる。タシファレドは自分の気持ちに気づけていないようだが、無意識に、アリシアの隣にいることを望んでいるのだ。
「普通こうやって聞かれたら、好きか嫌いか答えるのが常識ってもんでしょ」
タシファレドから期待していたような答えが返ってこないことに対し、ルキナはいら立ちを隠せずに、文句を言う。タシファレドに考える機会をつくるためには、すぐに結果を求めず、繰り返し問いかけなければならない。ルキナの方にも根気が必要になるわけだが、どうにもルキナは気が短いところがある。
「じゃあ、ルキナ嬢はリュツカのことをどう思ってるんだよ」
ルキナがイライラしていると、タシファレドも対抗するように声を少し荒げた。タシファレドは、コンプレックスから、ルキナには負けたくないと常に思っている。タシファレドが女の子をとっかえひっかえしているのも、ルキナに対するコンプレックスが原因だ。でも、根は気弱なので、タシファレドの強腰はいつも長くは続かない。
「好きよ」
ルキナは腕を組んで怒りながら答える。恥ずかしがる素振り一つない。本当に可愛げのない言い方だったが、シアンは照れて顔を両手で覆った。
「怒りながら言うもんでもないだろ」
タシファレドが、耳を赤くしているシアンを見ながら言う。タシファレドの声が既に少し小さくなっている。もうタシファレドの虚勢が崩れてきている。
「それじゃあ、質問の仕方を変えるわ」
ルキナは一呼吸間を開けて言った。タシファレドと喧嘩をしたいわけではないので、ひとまず冷静になることを心掛ける。タシファレドがルキナに視線を向け、続きの言葉を待つ。
「タシファレドは、自分とアリシアちゃんとの関係が何だと思ってる?」
ルキナはかつて自分とシアンに与えた質問をした。この問いに関しては、ルキナ自身まだ答えを見つけられていないし、タシファレドがどう答えるか全く予想ができない。タシファレドの答えがルキナに何かヒントをくれるかもしれないと思い、参考程度に聞いてみたつもりだ。
ルキナがシアンに質問した時のようにワクワクしながら答えを待っていると、タシファレドが自信なさげに言った。
「幼馴染みかな」
タシファレドはアリシアのことを幼馴染みだと思っている。幼い頃に知り合い、仲良くなったのだから、間違いではないだろう。正直、正解もないのだし、この話はここで終わって良いはずだ。だが、ルキナは「また幼馴染みか」と腹を立てる。なぜよりによってタシファレドは幼馴染みを選んだのだろうか。
タシファレドは何も悪いことはしていないのに、ルキナは思わず「幼馴染みに甘えるな」と怒鳴ってしまった。タシファレドは驚いたように固まる。それもそうだろう。彼にはルキナが怒る理由など見当もつかない。
「友達、恋人、他にも表現できるでしょ?」
ルキナは、怒らないように気をつけようと決めてすぐに怒ってしまったので、反省する。意識的にゆっくり話し、興奮を落ち着ける。
「えっ…じゃあ、親戚」
タシファレドが違う答えをひねり出した。が、これもルキナは首を振る。
「親戚も駄目」
タシファレドが適当に答えるのは、質問の目的に反している。だから、ちゃんと考えて答えを出してもらわねばならない。しかし、タシファレドはルキナが何を求めているのかわからず、さらに困惑していた。
「僕のせいです」
ルキナの情緒が不安定なのを見て、シアンがタシファレドに謝る。ルキナが幼馴染みに敏感なのは、シアンが最初にそう言ったからだ。シアンは責任を感じている。
「リュツカのせいではないだろ」
タシファレドはルキナたちの間で起こったことを知らないので、シアンが何を言っているのか理解できない。タシファレドはシアンに謝ることはないと言う。
(アリシアちゃんのことを簡単に好きって言えない時点で、恋愛的な意味であることは理解してるのよね)
やはり、タシファレドがアリシアのことをどう思っているかなんて、聞くまでもないことなのだ。しかし、本人が認めない以上、ルキナはしつこく問い詰めるしかない。
ルキナはふと、タシファレドがアリシアに逃げられてイラついていたことを思い出す。アリシアはあの後シリルの方に向かっていた。
「じゃあ、シリルのことはどう思ってるの?」
「嫌い」
ルキナがシリルのことを聞くと、タシファレドが即答した。
「なんでこっちは答えるのが早いのかしらね」
ルキナは、アリシアのことも即答してくれれば話は早いのにと思い、呆れる。ルキナが肩をすくめていると、タシファレドが「…かもしれない」と付け足した。早すぎるくらいの回答だったが、この問いに対する答えも曖昧なようだ。
「好きか嫌いかと聞かれれば、好きだった。でも、最近はよくわからん。あいつが全部悪いとは思わないけど、アリシアのことを勝手に決めやがったのは許せねぇ」
タシファレドの話を聞いて、ルキナはなんとなく家の問題だろうなと思った。シリルが最初に現れた時、シリルはタシファレドに何か手紙を渡していた。タシファレドはそれを読んで怒っていた。おそらくそこにはアリシアに関する何かが書かれていたのだろう。
(ノオト家って、ロット家の家来みたいなものなのかしら。それで、アリシアちゃんはタシファレドじゃなくてシリルにつくように命令されたとか?)
ルキナはだいたいの予想をつけ、タシファレドに詳しいことを話すように求めた。アリシアがシリルのそばについて離れない理由を知りたい。だが、タシファレドは首を振って答えない。
(さすがに家のことをべらべら他人に話せないわよね)
タシファレドに断られたことにルキナは文句を言うつもりはない。ロット家とノオト家の問題に部外者が口を挟むのは非常識だとわかっているからだ。
ルキナが自分のした質問を忘れている間に、シアンが言った。
「それはヤキモチでは?」
ルキナはタシファレドがシリルに嫉妬しているのではないかと思って、その話を始めた。しかし、そのルキナは自分でそのことを忘れ、本筋から少しそれた話をしていた。その隙に、シアンはタシファレドがシリルに負の感情を抱く理由を考え、結論を出していた。
(シアンもヤキモチは知ってるのか)
シアンの口からヤキモチという単語が出てきたので、ルキナは意外に思う。一時、ルキナはシアンに故意に嫉妬をさせようとしていたが、シアンがヤキモチという自覚をもっていたとは思わなかった。
「ヤキモチじゃない」
ルキナがシアンに感心していると、タシファレドが否定した。
「俺はヤキモチなど焼かない」
タシファレドが強く否定したので、ルキナはタシファレドをジトっと見る。ヤキモチを焼かない人間はそうそういないし、少なくともタシファレドは既にヤキモチをやいている。
「さっきアリシアちゃんがシリルのとこに行っちゃってイライラしてたでしょ?あれは何だったの?」
ヤキモチを自覚できれば、好きという気持ちにも気づけるはずだ。ルキナはこの方向から責めるのが良いかもしれないと思い、深堀していく。
「あれは、別に、いつも俺にばっかくっついてくるあいつが他のやつといるのを変に思っただけだ」
タシファレドは何てこともないように言った。
(それがヤキモチだって)
ルキナは心の中でツッコミを入れた。声に出して言わなかったのは、呆れすぎてその気力すら沸いてこなかったから。タシファレドは自分がイライラしていたこと自体は自覚があり、アリシアやその周囲に対しての感情であることも理解している。それなのに、なぜヤキモチかもしれないという考えに至らないのだろう。タシファレドはシアン以上に鈍感だと言うのだろうか。あの鈍感の権現であるシアンですら、ヤキモチを理解しているというのに。
「はぁ…。」
ルキナは思わず大きなため息を漏らした。それを聞いて、タシファレドが眉をひそめた。ルキナのため息の原因がタシファレドにあることはタシファレドにもわかったのだろう。
「とりあえず、シリルと同じ土俵に立つっていう意味でも、生徒会に入ることをおすすめするわ」
ルキナは、自分の気持ちに自覚を持てないタシファレドのために、とにかくアリシアとの接点を増やすことを提案する。
「シリルと同じ土俵?」
タシファレドは、シリルより下みたいな表現をされたのが嫌で、口をへの字に曲げる。タシファレドは基本的に自分の容姿や能力に自信をもっているので、シリルに負けていると評価されるのは不服なのだろう。
「そうよ。アリシアちゃんをシリルにとられたのに怒ってるなら、タシファレドがアリシアちゃんに近づけば良いのよ。当たり前の話でしょ?」
ルキナはタシファレドを説得して早速生徒会に行こうと誘う。今、ちょうどルキナたちは生徒会の仕事の途中だ。いずれ生徒会室に戻ることになる。そのついでにタシファレドを連れて行こうとする。
「さあ、さあ、そうと決まれば生徒会室に行きましょ」
「先に仕事ですよ」
ルキナが生徒会室に向かって歩き出そうとすると、シアンが制止した。ルキナは、「それじゃあ」とタシファレドにも仕事を手伝うように言う。
「いやあ、良かった、良かった。これで人手不足も解消ね」
ルキナがニコニコして言うと、タシファレドが顔をしかめた。
「まさか、それが狙いだったんじゃいよな?」
生徒会役員は例年とそう変わらない人数がいる。だが、役員たちが積極的に色々な企画を考え始めたために、結果的、人手不足に陥ってしまった。生徒会は現在、役員を増やすか、企画を減らすかの二択を迫られている。そのタイミングでのタシファレドの勧誘なので、タシファレドは利用されたのではないかと疑う。
「まっさかー」
ルキナはタシファレドの背中をバシバシ叩いて否定する。
「ちょっ、いてぇって」
「私の企画を潰さずにすんだし、ついでにタシファレドの問題も解決よ」
「ついでって。主目的が逆だ、逆」
タシファレドがルキナを睨む。ルキナはタシファレドを叩くのをやめる。
「まあ、冗談はさておき。タシファレド、覚悟なさいよ」
ルキナは鋭い視線を向けてくるタシファレドを見つめ返す。タシファレドは、一瞬目をそらした後、またルキナの目を見つめ直した。
「私が協力する以上、中途半端なことはさせないから」
ルキナはそう宣言してニヤッと笑った。




