4. らしくないんデスケド。
ルキナたちが外に出ると、ちょうど太陽が沈みかけていた。図書室前で騒ぐのは良くないからと移動を始めたが、タイミングは良かったようだ。この時間ならこのまま食堂に向かって夕食を食べ始めても良いかもしれない。
ルキナたちにとってちょうどいい時間であるように、他の人たちも動き出すのに良い具合の時間だ。食堂や寮に向かう道にだんだん人が増えてくる。ルキナたち四人はその流れに従うように進む。
「前から気になってたんだけど、授業も部活も一緒のくせに、なんで研究室は一緒にしないの?ディメラルシェ先生も喜びそうだけど」
ルキナは、歩きながら、隣にいるユーミリアに尋ねる。ユーミリアはルキナと全く同じ授業を取り、部活も一緒に楽しんでいる。その上、生徒会も一緒に参加しているのだから、学校にいてユーミリアと一緒にいない時間を探す方が大変だ。でも、そんなユーミリアも、研究室だけはルキナの同じにしなかった。ユーミリアはまだ研究室に所属自体していないのだが、今ルキナのいる研究室に入ってこないのだから、その時が来ても、きっとルキナと同じ場所には来ない。ルキナはユーミリアと一緒の研究室が良いと思っているわけではないが、来ないなら来ないで違和感がある。ユーミリアが何を考えているのか気になってしまう。
「たしかに、先生のとこはいつも人が少ないですもんね」
ユーミリアがくすっと笑う。ユーミリアは、ルキナから研究室の話やシュクラの話を度々聞いているので、リュクラル史学研究室がいかに人手不足に悩まされているかよく知っている。でも、ユーミリアは研究室に入るつもりはない。
「研究室は本当にその分野のことが好きな人が集まる場所です。五級生になって、興味のある研究室が見つからなかったならともかく、中途半端な気持ちで参加するのは失礼ですよ」
「ユーミリアもちゃんとしたことが言えるのね」
ユーミリアにしてはまともなことを言うので驚いた。ルキナが思ったことをぽろっと言うと、ユーミリアが不本意そうにルキナを見た。
「いつも思いますけど、先生って私のことふざけた人間だと思ってますよね?」
「いや、だって、そうじゃない。いくら愛し合ってる恋人同士でもね、授業を全て一緒にすることはないのよ。たまたま興味のある授業がかぶっていたならともかく、授業選択を最初から全部人任せにする人はいないわよ」
「それを言ったらイリヤだって…」
「はい、そこ、弟を引き合いに出さない」
「なんでイリヤは良くて私は駄目なんですかぁ」
「イリヤもたしかにほとんどシアンと同じ授業とってるみたいだけど、ユーミリアと違って全部一緒ってわけじゃないでしょ?」
「イリヤとあの人の学年が違うからそうなっただけで、イリヤがあの人と違う授業をとってるのは全部二級生の必須科目です」
ユーミリアは、ルキナの中での印象を少しでも良くしようと、弟を利用して自分は正常だと訴える。しかし、ルキナは、該当者が二人いようとも、過剰なまでに人と同じ授業をとることを中心に考えて履修申請を行う者はかなりの少数派で、普通じゃないことを知っているので、ユーミリアの訴えは無に等しい。ここで一番かわいそうなのは、本人が会話に参加しているわけではないのに、勝手に評価が下げられているイリヤノイドだろう。ルキナは、ユーミリアにはイリヤノイドを味方に主張をするなと言ったが、アイス姉弟はどっちもどっちだと思っている。
「ねえ、先生、聞いてますか?」
ルキナが少しの間黙っていると、ユーミリアがルキナの肩を揺すって話を聞くように求めた。ルキナは面倒くさくなって、ユーミリアと反対の方に視線を向けた。そちら側には、赤い頭がベンチに腰かけていた。
(あれはタシファレド?)
昼とも夜とも言えない微妙な時間で、外も明るいとも暗いとも言えないどっちつかずな感じだ。この時間はなにげにすごく周囲が見えにくい。だから、ルキナは目を凝らして、ベンチに座っている赤髪の生徒がタシファレドであることを確認する。だが、実際はそこまでしなくても彼がタシファレドであることはわかる。あれほど鮮やかな赤髪はロット家の血族以外にいないし、ルキナは既に何回か同じ光景を見たことがあるので、誰なのかだいたい予想がつく。
タシファレドは足を投げ出し、頭を背もたれに預けている。背もたれの高さが座高よりずっと低いので、タシファレドはかなり浅く腰かけており、今にもずり落ちそうだ。いつも自分の見た目にこだわっている人の座り方とは到底思えない。その隣には、居心地悪そうに座っているハイルックがいる。
「最近、あの女たらしがナンパもしないでベンチで黄昏てるのをよく見るんだけど」
ルキナはタシファレドたちの方を見たままユーミリアに耳打ちする。ユーミリアも「元気ないみたいですね」と言い、タシファレドの様子がおかしいことに同意する。
ルキナとユーミリアは自然と足を止め、タシファレドの様子を伺う。
「どうかしたんですか?」
イリヤノイドが、突然止まったルキナたちに理由を問う。ルキナは一度イリヤノイドの方を見た後、「タシファレド」と短く答えた。ルキナの返事はほぼ内容がないものだったが、イリヤノイドから「ああ」という納得したような声が返ってきたので、言いたいことは伝わったのだろう。
ルキナがタシファレドの方に視線を戻した時、ちょうど女子生徒が二人、タシファレドに話しかけていた。女子生徒たちは可愛らしい笑顔で話していたが、タシファレドが何か一言二言言ったかと思うと、急に怒り始めた。女子生徒たちはタシファレドから離れ、ぷんぷん怒ったままルキナたちの方に向かってきた。
「タシファレド様は約束を守ってくださる方だと思っておりましたのに」
「あんな最低な人、さっさと忘れましょう」
女子生徒たちは、ぶつぶつとタシファレドに対する文句を言いながら通り過ぎて行った。何やらタシファレドが彼女たちの約束をすっぽかしたようだが、どうせその約束はデートか何かだろう。しかし、女たらしが唯一のアイデンティティとも言えるタシファレドが女の子との約束を忘れたり、破ったりするのは、どう考えてもおかしい。
「あのタシファレドが女の子を邪険に扱うなんて、本当にらしくないわね」
ルキナは腕を組んでどうしたものかと考える。ルキナは、タシファレドの不調の原因がアリシアとシリルにあることは見当をつけている。おそらく、彼と親しい者なら、皆、そのことに気づいているだろう。だが、誰も詳しいことを知らない。
「ハイルックがかわいそうだし、ここは強制連行と行きますか」
ルキナは、後ろを見て、三人に言った。ハイルックがベンチから立ち上がってタシファレドに何か言っているが、タシファレドはそれを無視している。このまま見て見ぬふりをするのはハイルックがかわいそうなので、とりあえず、食堂にタシファレドを強制的に連れて行こうと考える。ルキナの提案に、三人とも頷いて賛成する。
ルキナを先頭に、四人はタシファレドたちのいるベンチに近づいて行った。ハイルックはルキナたちに気づくと、タシファレドを説得しようとするのをやめ、助けを請うように困り顔をルキナたちに向けた。ルキナはため息と同時に肩を落とす。ハイルックをこんな顔にさせるくらいタシファレドは使い物にならないのだろう。
「授業は出てるの?」
ルキナ達が来たことに気づいていないことはないだろうに、反応を示さないタシファレドを見て、ルキナはハイルックに尋ねる。
「全部の授業は見ていないのでわかりませんが、さぼりがちではあります」
「やっぱり」
こんなふうにベンチに座ってぼうっとしているところを見たら、授業にも言っていないのではないかと疑って当然だし、本当に授業をさぼっていると聞いて驚くこともない。
「まあ、とりあえずはご飯よ」
ルキナはそう言って後ろを見た。視線でシアンとイリヤノイドにタシファレドを運ぶように指示を出す。シアンは素直に頷き、イリヤノイドはやれやれと言うように頭をかいた。男子二人はタシファレドを両脇から挟むように立ち、二人同時にタシファレドの脇の下に腕を通すと引っ張り上げた。イリヤノイドの身長が低いので、バランスは悪いが、タシファレドは真っ直ぐ立った。強制的に立ち上がらせられたタシファレドは不満そうにシアンを見た。
「さあ、ご飯を食べに行きましょ。もうお腹ペコペコだわ」
ルキナはそう言って歩き始めた。他の皆もそれに続こうとしたが、タシファレドとそれを支える二人が動かなかった。タシファレドが足に力を入れ、動かないようにしているのだ。
「ちょっと!重いんですけど!そんだけ動けるなら自分で歩いてください!」
イリヤノイドが大声で騒ぐ。どうやらタシファレドは意地でも動きたくないようで、魔法を使って簡単に運べないように重くしているようだった。
「もう無理!」
イリヤノイドは、ついにタシファレドを支えるのをやめ、脇の下から抜け出した。それにつられるようにシアンもタシファレドから離れたが、タシファレドはちゃんと自分の足で立っているので、倒れることはなかった。
「ほっといてくれ」
タシファレドが力なく言った。でも、顔はキリッとしていて、ムカつくほどに美形だった。ルキナは、ハイルックからタシファレドの生活習慣も良くないと聞いていたので、もう少しやつれていると思っていた。なのに、タシファレドは寝不足も感じさせない爽やかな顔をしている。
(これだから生まれながらの勝ち組は)
ルキナは、タシファレドにイラッとしながら、極力それを顔に出さないようにする。
「そう思うなら、心配されない程度には上手くやりなさいよ」
ルキナは怒りを抑え込んだつもりだったが、タシファレドの態度には腹が立つので、ルキナはつい声を荒げてしまう。しかし、そのルキナの言葉が効いたようで、「自分の足で行くから」と言って、食堂に一緒に行く意思を示した。
ルキナたちは六人で食堂に入った。まだ席が埋まってしまうほどの時間ではないので、大人数でも固まって座れそうだ。それぞれ料理を買いに行き、広いテーブルに集合することになった。
「あれ?アリシアちゃんじゃない。偶然ね」
ルキナが料理を持って集合場所に向かう途中、アリシアとシリルに会った。二人は今買ったらしい料理を手に持っていて、席を探しているようだった。ルキナはせっかくだからと、二人を自分たちのテーブルに誘った。ルキナがユーミリア、アリシア、シリルを連れてテーブルに行くと、シアンとイリヤノイドが先に座っていて、シェリカとティナも一緒にいた。
「生意気君、それ何?」
「生意気君って呼ばないでください。これは春限定メニューです」
「へー、そんなのあったの?今度それにしよ」
「でも、これ、今日までですよ」
「えー」
シェリカとイリヤノイドが楽しそうに話している。ルキナたちがトレイをテーブルにおいて椅子に座ると、二人の会話が一瞬止まったが、すぐに再開した。
「交換しますか?」
「えっ?いいの!?」
「豆入ってても良いなら」
「豆入りなの?じゃあ、いいや」
ルキナは、シェリカとイリヤノイドが仲良さそうなのを意外に思う。イリヤノイドは、シェリカに生意気君と呼ばれることを嫌がってはいるが、会話をすること自体は好んでいる。
ルキナたちが席についてタシファレドとハイルックが来るのを待っていると、じきに二人が姿を現した。タシファレドたちが空いている椅子に座った。全員揃い、皆食事を始めた。が、タシファレドは料理に手をつけず、固まった。視線の先にはアリシアとシリルがいる。
「ロット様?」
ハイルックが心配してタシファレドに声をかける。すると、タシファレドは食欲がないと言い出して、自分の料理をハイルックの方に押し出した。
「ハイルック、お前にやるよ」
「えっ、さすがにこんなに食べられませんけど」
タシファレドは自分のトレイをハイルックに押し付け、ハイルックに代わりに食べるように言う。
「ロット様、ご飯はちゃんと食べた方が良いと思いますよ」
ハイルックはタシファレドに少しでも食べるように進言するが、タシファレドは聞く耳を持たない。そんなタシファレドたちのもとに、シリルがやってきた。
「時期当主がいらないなら僕がもらおうかな」
シリルがタシファレドが手放した料理に手を伸ばした。その瞬間、タシファレドがそのトレイを自分のそばに引き戻した。そして、何も言わずに料理を食べ始めた。
「なーんだ。結局自分で食べちゃうんだ」
シリルは残念そうに言って自分の席に戻って行った。
(あの子、わざとやった?)
シリルはタシファレドに夕食を食べさせるため、あえて自分が代わりに食べると行ったように見えた。
(やっぱりシリルは悪い子に見えないのよね)
タシファレドとアリシアの確執を生んだのは間違いなくシリルの存在だが、シリル自身に何か悪いところがあるようには思えない。
(ここはタシファレドとアリシアちゃんから直接話を聞くのが一番かな)
ルキナはアリシアの方を見てみる。アリシアは緊張した様子で料理を食べていた。
「アリシアちゃん、今日、私の部屋に来ない?」
ルキナが突然話しかけると、アリシアが驚いたようにルキナの方を見た。ルキナとアリシアは少し離れた位置に座っているので、大きめの声で言う。
「ミニ女子会を開こうって話になってるんだけど、どう?」
ルキナがそう尋ねると、ルキナの問いの相手ではないユーミリアがバッと顔を上げて反応を示した。
「そんな話してました?」
ユーミリアが小声でルキナに問う。ユーミリアは自分がのけ者にされているのではないかと心配している。だが、そもそもミニ女子会の話は今初めてしたので、ユーミリアが知らなくて当然だ。
「シーッ」
ルキナはユーミリアに黙るように合図し、一方でシェリカに視線を送った。シェリカはルキナたちの話を聞いていたようで、状況を理解していた。
「せっかくだから、アリシアさんも来てください。きっと楽しくなります」
シェリカがルキナの話に乗り、アリシアに参加を促す。
(シェリカ、ナイス)
ここぞという時、シェリカの察知能力は頼りになる。
「じゃあ、行きます」
アリシアは、ルキナとシェリカの勢いに圧されるように誘いを受けた。これでアリシアから話を聞く舞台は整った。




