2. 名前もつけづらい関係デスケド。
週末、ルキナはシアンと一緒に街に出かけた。五月の過ごしやすい気候では、積極的に外に出る者が多く、王都はかなり賑わっていた。
「攻略対象二人見つけたわ」
ルキナは、カフェでアイスクリームに舌鼓を打ちながら言った。シアンはルキナの向かい側で紅茶を飲んでいたのだが、きょとんとした顔で手を止めた。
「ほら、言っておいたじゃない。今度詳しく説明するって」
シアンが何の話か全く理解できていない様子だったので、ルキナは前世の記憶関連の話だと言う。シアンはルキナの言いたいことを理解すると、少し不機嫌になった。シアンははっきりと手伝う気はないと言っている。それなのに、ルキナはそれを無視して、シアンを巻き込もうとしている。
「新作は、学園ものじゃなくなったし、設定もちょっと違うから、題名も違うのよね。それで売れて有名になっちゃったから、一般的に『りゃくえん』の続編なのは知られてないの。でも、知る人ぞ知る基礎知識でね。『バンシー・ガーデン』は俗に言う『りゃくえん2』なのよ」
「はあ」
シアンは曖昧な相槌を打った。シアンは最初から興味なさそうにしているのに、ルキナは一生懸命説明する。それに、俗に言うと言うほど、そもそも人気作ではないし、ルキナの前世の世界を共有している者もいない。シアン以外であっても、ルキナの話に興味を示す者はまずいないだろう。
「前も言ったけど、私がヒロインなのよ。今度こそ逆ハー確定っしょ」
「まだハーレムを目指すんですか?」
ルキナがテンションを上げると、シアンのテンションが反比例するように下がっていく。ルキナは前世でモテられなかったのを悔やみ、乙女ゲームの世界で逆ハーレムを達成することを目標にしてきた。だが、シアンには逆ハーレムが人生をかけてまで叶えたいと思うほどの価値があると感じられない。
「でも、まあ、たしかに?心に決めた人が一人いてくれさえすれば良いんだけどね」
ルキナはシアンを見つめて笑った。シアンはルキナの不気味な笑いに警戒し、怪訝そうにルキナを見つめ返す。
「心配しなくてもシアンのことよ」
「聞いてません」
ルキナは精いっぱいかわい子ぶって言ってみたが、シアンには響かなかった。シアンは何事もなかったかのようにアイスが溶けるから早く食べるべきだと言った。
「ともかく、侍らせてた男たちが去っていって傷心していたルキナは外国に逃れるの。そこでヒロインとして新たな攻略対象と出会うのよ」
ルキナは手早く『バンシー・ガーデン』のあらすじを説明した。簡単に言えば、『りゃくえん』で逆ハーレムエンドを終えた後のルキナ視点の物語だ。
「ただ問題はね。私、あんまり『りゃくえん2』は遊んでなかったのよ。無印の方の逆ハーレムエンドも隠しキャラエンドも終わってなかったから、2には移れなかったのよね。新しいのに手を出すのは古いのが終わってからって決めてたから」
もともとモテ系悪役令嬢であったルキナがヒロインとなってまたモテるというのは、『りゃくえん』をプレイしていた者たちからは少々腹立たしい展開ではあったが、その物語を知らない新規プレイヤーには関係なかった。王道乙女ゲームとして地道に人気を獲得し、そこそこ名の知れたゲームになった。ルキナは古参ファンとしてそのことを嬉しく思っていたが、同時に、前作を知らないにわかファンを目の敵にもしていた。その複雑な心境のせいもあって、ルキナはほとんど『バンシー・ガーデン』に手をつけなかった。
「でも、安心して。ネタバレ許せる派だから、一通りキャラ設定は確認したの。あと、二次創作漁って得た知識もあるわ。だから、基礎知識は全部あると思ってちょうだい」
ルキナは話を聞こうともしないシアンに向かってペラペラと話し続けた。シアンは無関心そうな態度をとっておきながら、結局いつも話を聞いている。だから、ルキナはシアンが聞きたくなさそうにしていても話を続ける。
「あの」
ルキナが一通りゲームの前提的な話を終え、アイスを口に運んでいると、シアンが諦めたように口を開いた。
「僕の助けがないとモテられないって、そもそも話が破綻してると思うんですけど」
シアンは、ルキナのシアンに手助けを求める意識から変えようとしている。ルキナがゲームの設定通りにモテられるというのなら、人の手を借りる必要など全くないだろう、と。
「じゃあ、せめて、今回は邪魔しないでよね」
シアンがあまりに何回も手伝わない宣言をしてくるので、ルキナはいじけて言った。
「これまでもしてません」
当然のようにシアンは否定したが、ルキナにとっては、シアンに邪魔をされてきたようにしか感じられない。初等学校の時から、シアンは皆の中心にいて、みんなに好かれていた。その好意が全て恋愛感情だったとは言わないが、明らかにシアンはモテていた。シアン自身に好かれるだけの魅力があるのは確かだが、攻略対象である者たちまでシアンのことが大好きになってしまったので、ルキナはシアンのことを敵視せざるを得ない。
「相手は全員男だっていうのに、結局シアンにとられちゃったし。あーあ、私もモテる側の人間になってみたいわ」
「だから、とってませんって」
「あのね、今回は男だけじゃないから。女の子もいるから。シアンはそのへんの女の子を簡単に魅了しちゃうんだから。気をつけないと私の攻略対象全員もってかれちゃうわ」
「人をすけこまし呼ばわりするのはやめてください」
「そこまで言ってないけど」
ルキナは一度気持ちを落ち着け、あらぬ方向に進んでしまった会話を止める。ごほんごほんとわざとらしく咳払いをし、本題に戻った。
「それで、見つけた攻略対象っていうのは、もう既に会ってた人たちなのよ」
「まだ続けるんですか?」
ルキナは好きなように話を進めるが、シアンは相変わらず不満そうだ。
「その二人って言うのはね…デレデレデレデレデレデレデレデレ…デンッ!メディカ・キングシュルトとアリシアちゃんよ」
セルフドラムロールで盛り上げつつ、ルキナは二人の名前を上げた。シアンは名前を聞いても、ピンとこない様子で、首を傾げている。
「いやね。アリシアちゃんに初めて会った時から、どこかで会ったことある気はしてたのよね。それがまさか2のキャラだったとは」
ルキナが昔を懐かしむようにしみじみと言うと、シアンは自分の思っているメディカ・キングシュルトとルキナの言っているその人が同じか考え始めた。
「キングシュルト様というと、キルメラ王国第四王子の?」
「シアンも知ってるの?」
「えっと、まあ、一応」
シアンはどうやらメディカの名前と顔を知る機会があったようで、「ああ、あの人か」という顔になった。
「でも、もう、あの方はご自分の国に帰られましたよね」
メディカはクリオア学院での留学期間を終え、自国へと戻ってしまった。既にルキナと彼との接点はたたれている。シアンは、話を途中で止めるのは不自然だからと、興味がないはずの話を続け、ルキナにどうするつもりなのか問う。
「そう、それが問題なのよね。ゲームの中じゃ、ルキナはいろんな国に行ってるけど、学生のうちはそんなしょっちゅう外国に行けないし。小説の取材って言って会社に連れて行ってもらおうかしら」
ルキナが独り言をぶつぶつ呟きながら考え事をしていると、シアンが「キルメラ王国に行きたいだけなら…」と何かを言いかけた。しかし、だんだん声が小さくなっていき、結局、最後まで言い切らなかった。
「やっぱりなんでもないです」
「何よ、途中まで言いかけておいて」
ルキナはシアンが何を言おうとしていたのか気になったが、無理矢理聞き出そうとするのはやめる。シアンはまだルキナに協力的ではないので、聞こうとしてもきっと答えてくれない。だから、聞くなら時間をおいて聞くのが良いだろう。
「まあ、とりあえず、攻略対象に近づく方法を模索するとして、それとは別にどうやって好きになってもらうか考えないとね。ゆーて、今まで何かできたわけではないのよね。ただ楽しく学校生活を送ってただけっていうか」
ルキナも自分で思うほどモテるための努力が足りなかったように思える。ルキナがそのことを口に出すと、シアンが意外そうな顔をした。
「自覚あったんですね」
シアンは、ルキナが人に協力させておきながら、自分自身はあまり動いていなかったのではないかと思っていた。でも、まさかルキナが自分でそのことを自覚しているとは思わなかった。
ルキナはシアンに失礼なことを言われた気がしてムッとする。
「ところで、シアン、いつまで敬語でいるつもり?」
ルキナは自分が不利な話になりそうな気配を感じ、話題を変える。シアンもいつまでも逆ハーレムの話をしたいわけではないため、話題を変えたことに異議を唱えたりしない。
「私はもうあなたのお嬢様ではないし、今更敬語を使うような間柄でもないでしょ?」
ルキナは、未だにシアンが自分に対して敬語を使うのが嫌だ。別に敬語が悪いとは思っていないし、誰に対しても敬語なら文句もなかった。だが、ルキナとシアンは元主従関係。シアンが敬語を使うのは、ルキナからすると、距離をとられているように感じるのだ。主従関係が取っ払われた今、シアンがルキナに敬語を使う必要性はない。そして、ルキナたちは十年以上共に過ごしてきた。もし、シアンが最初からミューへーン家に仕えていなかったなら、きっと今頃敬語も使わずに話していただろう。
「呼び方だって、ルキナって呼んでくれれば良いのよ」
ルキナはアイスクリームを食べ終え、スプーンから手を離した。その手は腕を組んで定位置に戻す。
「え、でも…。」
シアンは、ルキナをお嬢様と呼び、敬語を使って話すのが普通だと体に馴染んでいて、それを簡単に変えることは難しいようだ。あからさまに困った顔をし、戸惑う。
「シアンってこういうところは硬いのよね」
ルキナはため息をつく。シアンは「すみません」と謝った。
ルキナは、どうやってシアンを説得するか考える。何かきっかけがあればシアンだって変革を恐れることはないだろう。だが、そのきっかけがいつ起き、どんなものなのかは予想がつかない。だから、とにかくシアンが根拠をもって敬語を外せるような理由考える。
(関係に名前をつければ整理がつくみたいなことが本に書いてあったわね。シアンも、自分たちがどんな関係かわかれば、敬語外すのも抵抗なくなるかしら。私たちの関係って何かしら)
ルキナは腕を組んだままシアンを見る。シアンは突然ルキナにがん飛ばされるような形になり、気まずそうに紅茶をすすった。
(恋人?でも、付き合おうみたいなこと言ってないし。だからって、友達って感じでもないし。え?じゃあ、他人?)
ルキナは一人で考えているうちにわけがわからなくなってきてしまった。ルキナは混乱を脱するため、シアンに尋ねてみることにする。
「シアン、私たちって何ていう関係だと思う?」
「え?関係ですか?」
ルキナの突然の問いに、シアンは驚いたが、自分にとって必要なことなのだろうと思い、真剣に考え始めた。
(普通に友達かしら。シアンなら、元雇用主の家族とか何も解決しないこと言いそうだけど)
ルキナが少しワクワクしながら答えを待っていると、シアンが急にハッとして何かを思いついたらしい顔になった。ルキナは期待の眼差しをシアンに向ける。
「幼馴染み…とか?」
シアンは自信なさげに言い、ルキナの反応を見た。しばらくニコニコと笑っていたが、そのシアンの顔はだんだん暗くなっていった。
(友達と何が違うって言うのよ。別に画期的なアイディアでも何でもないじゃない。なのに、なんで良いことを思いついたって顔にしてんのよ)
ルキナは、無性に腹が立って、勢いよく席を立った。
「帰る」
ルキナは不機嫌に吐き捨て、カフェの出口に向う。シアンが慌てて追いかける。
「…ルキナ!」
シアンは一人でどんどん歩いて行ってしまうルキナを引き止めようと名前を呼ぶ。シアンが初めてルキナを名前で呼んだというのに、ルキナはそのことを喜ぶ素振りも見せなかった。




