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結婚式デスケド。

 式場は王城から馬車を走らせて一時間。王都南郊外で交通の便も悪くなく、広大な花畑に囲まれたこの教会は、人気の結婚式場の一つとして若い女性の間で話題になっている。だから、ルキナがここを式場として提案したことに関し、秘議会は特に疑いをかけるようなことはなかった。無論、ルキナがこの教会を選んだのは人気の結婚式場だからというだけではない。王城から程よく離れていて、それでも遠すぎない場所にあったことが決断に至る大きな理由となった。城から距離が取れなければ、秘議会本体が教会にすぐ移動できてしまう。だが、自分たちの移動時間を考えるとそう遠くに設定するのは非合理的。やはり城から一時間ぐらいがちょうど良かった。それに加え、花畑に囲まれた教会なら、他の邪魔が入りにくい。街中の教会で式を行うのは秘議会も嫌がっていたが、それはルキナたちにとっても避けたいことであった。無関係な人が近くにいるといろいろとやりにくいことがある。

 ルキナは馬車から降り、目線の先にある教会をじっくり観察する。色とりどりの花に囲まれた教会はとても神秘的で、美しい景色だ。満開の花たちに囲まれた教会を見て、とても良いタイミングでの式であることはよく理解できた。夕日に照らされ、その白色の壁がオレンジ色に染まっている。人気のある教会であるということにルキナは納得した。たしかに素晴らしい結婚式場だ。本当に愛する人との結婚式も是非ともこのような場所で行いたいものだ。

「ルキナ、緊張してますか?」

 ルキナが馬車から降りてからしばらく身動きもせず止まっていたので、ノアルドが心配する。ルキナの横に立ち、同じく教会を見る。

「さすがに少し緊張しますね」

 ルキナは笑いながら言う。ノアルドからの報告を聞く限り、今のところ作戦は順調に進んでいる。だからこそ、これから行う作戦がうまくいくのか不安だ。常に自信に満ち溢れた様子で動いてきたルキナも、最後の決戦を前にすると、さすがに不安を覚えた。結婚式が始まるまでもう一時間もない。式が始まってしまえば、後戻りすることは不可能。でも、ここまで来た以上、今更やめるなんて選択肢もとれない。

(やっぱり一番大きな不安要素はシアンかしら)

 ルキナは、ここまでくる馬車の中で、軽くノアルドから報告を受けていた。ノアルドは、シェリカ、ティナと共に、シアンを見つけだすことに成功した。シアンは、反省を強要され、地下室に閉じ込められていたようだ。ノアルドたちはシアンをそこから助け出そうと、ドアをこじ開け、シアンに手を差し伸べた。しかし、シアンはその手をとろうともしなかった。ルーエンに強制されているせいもあるだろうが、彼自身にも逃げ出したいという意思が感じられなかったような気もした。ルキナはそういった報告を聞き、途端に不安になってしまった。シアンが望んだ結果を与えられないかもしれない。その可能性を感じさせるだけでも、ルキナの足を止めるには十分だった。

「大丈夫ですよ。私がいます」

 ノアルドがそう言って、ルキナの右手をとった。両手でルキナの手を包み込むと、ルキナの顔を見て、大丈夫だと繰り返した。ノアルドは覚悟を決めている。そして、ルキナにもそうするように言う。

「ありがとうございます」

 ルキナはノアルドに全力の笑顔を向ける。ノアルドに本当にたくさんの元気を分けてもらった。ノアルドには感謝してもしきれない。

「二人とも、控室が用意されてるってさ」

 ミッシェルがルキナたちに近づいて言った。景観の問題で教会の近くには建物がない。教会自体も小さくて結婚式を行うことになっても控室として提供できる場所すらない。だから、控室を用意できるのは教会から少し離れた場所。式のスケジュールは外を移動する時間を考慮しなければならないほどだ。

「ノア様、まだ時間もありますし、行きましょ」

 ルキナはノアルドと手を繋ぎ直してミッシェルの案内する控室に向かって歩き出す。ミッシェルは、手を繋いで歩く二人を見て、「仲が良いな」と笑う。

 ルキナたちが控室で気持ちを落ち着け始めて間もなく、日が完全に落ち、外は暗くなった。せっかくの花畑の中の教会だが、そのロケーションももったいないくらい視界が悪い。それでも教会だけは明るいので、教会が暗闇にぼんやりと浮かんでいるように見え、少々薄気味悪い。

 しかし、あえて夜に結婚式を挙げるカップルもあるという。夜の結婚式は神秘的で良いという意見もあるらしい。ようは、見える景色は気持ちの持ちようによって変わるということだろう。

 たしかに夜の挙式も一興だろうが、もともとこの式を夜にしようと言ったのはルキナだった。式の日が決まる前、ルキナは先に夜が良いとだけ希望を伝えていた。式が約束の夜より早く行われるのであれば、結婚式当日が全ての決着をつける日となる。ルキナはそう予想して、一日動けるように式を夜に希望したのだ。とはいえ、場所の決定権は譲ってもらえたが、日時は秘議会が決めることになっていた。ルキナの意見など通らないだろうと鼻から諦めていた。しかし、ルキナの希望が通ったのかはわからないが、結局夜の決行となった。ルキナは自分の望む条件がそろったことで、多少動きやすく感じる。

(今頃、シェリカたちが準備してるはず)

 ルキナは、窓から外を眺めて見えない人の姿を探す。彼女らも人目につくようなヘマはやらかさないだろう。だから、ルキナもその姿を確認できるはずがない。

「ルキナ様、そろそろ移動しましょう」

 ルキナがぼんやりと外を見ていると、式場のスタッフがルキナを呼びに来た。ルキナは「わかった」と返事をし、部屋を出る。そのまま流れるように外に出た。

 春になって昼は暖かくなったが、夜は時々寒いことがある。今日はそれにあたる日のようで、暑いと思っていたドレスもちょうど良いくらいだ。

「綺麗な月…。」

 ルキナに付き添っていたメイドが呟いた。その声で皆が上を見上げた。夜空で輝く月はしばらく見たことがないくらい眩しく、美しかった。真ん丸月は地面を照らして、静かに咲く花たちを輝かせる。

「ルキナ様のご結婚を祝福しているかのようですね」

 ルキナを教会の入口まで誘導するスタッフが微笑む。心から幸せな結婚を願っているようだ。

「そうだと良いですね」

 ルキナも微笑んで応える。

 ルキナたちが教会前に移動を済ませると、先に入場するはずのノアルドが来た。式の開始時刻に遅れているわけではないので悪いことではないのだが、少し違和感は感じる。ルキナも心配に思ったが、何も聞けずに式が始まってしまった。

「ルキナ、先に行って待ってますね」

 ノアルドが扉を開けて入場する。ルキナはその背中を見送る。

 結婚式は新郎の入場から始まる。新婦の入場は新郎が祭壇まで移動を終えてから。

「ルキナ様、もう間もなくです」

 スタッフが小さな声で合図をする。ルキナは扉の正面に立ち、スタッフたちによってその扉が開かれるのを待つ。

「新婦入場」

 中から声が聞こえてきた。ルキナが中に入る時がやってきた。スタッフ二人が扉をタイミング良く開け、開けきると、ルキナに目配せして合図をした。

 ルキナは祭壇前で待つノアルドを真っ直ぐ見て一歩を踏み出した。通路の両サイドにはルーエンやその家来たちが座って式を見守っている。本来いるはずの家族も友人もおらず、ルキナの気分は上がらない。それでも、ノアルドが笑顔で待ってくれている。ルキナはその笑顔に向かうつもりで胸を張って歩く。

(シアンだ)

 ルキナは、祭壇に一番近い席に座るシアンを見つける。シアンはルーエンの隣に座っていて、真っ直ぐ前を見ている。ルキナの方を見ようとする気配すら感じられない。

 ルキナはシアンの白銀の後頭部を見て寂しく思うが顔に力を入れて決して表情を変えないようにする。その後はできるだけシアンの方は見ないようにして、ノアルドの隣に立つ。

 式の主役が二人揃うと、司式者の聖職者が一つ、二つ咳払いをして、愛について説き始めた。

「愛というのは、人と人の間に生まれるものです。人は皆一人では生きられません。しかし、人は互いに完全に理解し合うことはできません。ですから、人は愛を育み、繋がりを作るのです」

 話が軌道に乗ってきて、司式者が調子良く言葉を紡いでいく。この話が終わった後はルキナたちが神に愛を誓い、その証に誓約書にサインをする。誓約書は法的書類でもあり、サインをした時点で正式な夫婦として認められる。

「ちょっと待った!」

 突然、ルキナたちが背を向けている正面扉から声が聞こえてきた。ユーミリアだ。皆が驚いて、反射的に後ろを振り返る。ルキナはわかってたはずなのに他の人同様に驚いてしまった。

(ユーミリア、早すぎ)

 ユーミリアはルキナが本当に結婚してしまわないように早めに乱入してきたのだろうが、それを考慮しても早すぎるように思われる。ルキナは心の中で文句を言いながら、近くにいたルーエンの手首を引っ掴んだ。グイッと腕を引き、ルーエンを立ち上がらせる。ルーエンはルキナの手を振り払うこともせず、ルキナにされるがまま。

 ユーミリアは自分の能力を発揮し、その場のほとんどの視線を自分に集めた。おかげで、ルキナがルーエンを連れ出したことに誰かが気づくまで、一瞬の間が生まれた。ルキナはそのすきに祭壇横の小さな扉から外を目指す。

「陛下!?」

 ルーエンがルキナに連れて行かれていることに最初に気づいたのはシアンだった。シアンは優秀な騎士で、今はそれがルキナの目的の邪魔になる。

 ルキナはシアンの声には振り返らず、そのままルーエンを連れて外に出る。その後にシアンが続いてこないのは、ノアルドや彼の騎士たちが行く手を阻んでいるからだろう。

「ルキナ、こっち」

 チグサが手招きをしてルキナを誘導する。ルキナたちがチグサに近づくと、チグサがそこから続く一本道を指差した。ルキナはルーエンと話をする時間を確保するため、教会から距離をとらねばならない。チグサはその場所として道の先を示す。

「チグサ、ありがとう」

 ルキナは短くお礼を言ってチグサの前を通り過ぎる。その時、チグサが頭を下げた。その瞬間、ルーエンがチグサの目の前を通った。あれほど睨んでいた相手だったのに、チグサはまるで主に対して頭を垂れるようにルーエンに礼をした。

 ルキナはルーエンの腕を引いて走る。以前よりは体力がついた気はするが、もともと運動が得意なわけではない。特に、持久走なんて、ただ苦しいだけだから苦手だ。さほど距離は走ってないのにすぐに息が切れてしまう。一方、ルーエンは息の乱れもなく走り続けている。それどころかルキナのスピードは遅いようで余裕があるように見受けられる。なよなよしているように思ったルイスも最低限体を鍛えていたのかもしれない。

「あっ」

 背後で何かが光った。足元の花たちが白色の光で照らされる。この明かりはシェリカが用意したライトから出たのだろう。外に出た敵の目をくらますための仕掛け。ルーエンが連れ去られたことに気づいた騎士団がルーエンを取り戻そうとするのは当然のこと。その騎士たちを足止めするのが今のシェリカたちの役目だ。

 背後からは剣と剣がぶつかり合う音や雄叫びが聞こえてくる。ルーエン側の騎士たちと正面衝突しているのはシェリカたち一般市民だけではない。そこにはノアルドも含まれる。協会でシアンを足止めしてくれたように、その後も騎士団と騎士団をぶつけ合って戦っている。これが現国王に対する背信とみなされかねないのに、ノアルドはルーエンと秘議会に正面切って立ち向かっている。ノアルドは覚悟を決めたのだ。

 また、おそらくそろそろ国軍も合流している頃だ。国軍は秘議会を取り押さえ、敵の勢力をそいでいるはずだ。

 ルキナが現状を知らない背後ではみんなが必死に戦っている。

 ルキナたちが走っていると、その行き先で手を振って待っている人物がいた。

「チカ」

 ルキナは手を振っている人物の正体に気づくと、安心して近づく。

「お待たせしました」

 チカが中身の見えない袋をルキナに渡す。袋には硬いものが入っている。ルキナにも中身は見えないが、何が入っているかすぐに予想ついた。

(血晶石だ)

 チカは作戦通りに秘議会からシアンのブローチを盗み出したようだ。ルキナはチカの無事が確認できた喜びも相まって、思わずチカの手をとって喜んでしまう。

「チカもありがとう」

 みんながルキナのために道を作ってくれた。ルキナは感動のあまり涙が出そうになってしまった。でも、今は泣いていられない。

「時間がありません。早く」

 足を止めるルキナにチカが言う。ルキナはチカに頷いて手を離す。チカは健闘を祈ると言って走って行った。

「それで?ここまで連れてきた意味を教えてもらおうか」

 ルキナが手を離していたというのに、ルーエンは逃げようともしなかった。そして、ルキナに目的を問い、冷静に話をしようとしている。

「そうね、最終決戦を始めましょうか」

 ルキナは余裕のある笑顔で宣言した。ここからは一対一の女同士の闘いだ。身分も過去も関係ない。

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