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マリッジブルーデスケド。

 結婚式当日、朝からミューヘーン家の門の前に王家の紋章が描かれた馬車が止まっていた。ルキナを迎えに来たのだ。

「それじゃあ行ってくるね」

 ルキナは両親に行ってきますを言い、家を出た。さあ、作戦決行だ。

 ルキナは馬車で王都に入り、王城に入った。入口の目の前で降ろされると、そのまま流されるように城の中に入った。そこではノアルドとミッシェルが並んで待っていて、ノアルドが「待ってましたよ」とにこやかに言った。

「お出迎えありがとうございます、ノア様」

 ルキナはスカートを指でつまんでお辞儀をする。ルキナが挨拶をすると、ノアルドが近くにいたメイドたちに「お願いします」と言った。すると、メイドたちがルキナの周りに集まり、背中を押した。

「ささっ、ルキナ様、参りましょう」

 メイドたちは何も言わず、ルキナを数ある部屋の中の一つに押し込んだ。

「さあ、お支度しましょう」

 メイドの一人がそう言い、ルキナに服を脱ぐように言った。

「もう着替えるの?」

 ルキナは促されるまま着替え始めるが、朝から着替えるのはおかしいだろうと指摘する。結婚式まで時間はある。なにも城について早々着替えることもないだろう。

「ノアルド殿下が早く花嫁姿のルキナ様をご覧になられたいとおっしゃったんですよ」

 メイドが楽しそうに話す。ルキナは「ノア様が?」と驚いた反応を見せるが、本当はこうなることを知っていた。これも作戦の一環。ルキナが朝から城に行く口実になるし、ルキナの支度に人員を割けば、おのずと他の部分の目は甘くなる。

「でも、さすがに早すぎない?式は夜でしょ?」

 ルキナはあくまで知らなかったていで話を進める。メイドたちもルキナのその言動が演技とは思わないで、楽しそうに準備を続ける。

「いえいえ。もし、不備がありましたら困りますので。早めに確認できれば、式には間に合います」

 ルキナは白色のドレスに身を包む。その後、髪をいじられ、髪飾りをつけられる。

「それなら今日じゃなくて、前の日にやった方が良かったんじゃないですか?」

 ルキナは鏡で自分の姿を見ながら言った。こういう恰好をすると、気分が上がる。たとえ本来そんな余裕がないとしても。

「何分、急なことでしたから」

 メイドたちがルキナの映る鏡を見ながら仕上げをする。式の前にはまた手を入れなければならないが、今できる完成形を作る。

「それもそうね。ごめんなさい」

「ルキナ様が謝ることではありませんよ」

「でも、大変でしょ?」

「腕がなります」

 メイドたちが花嫁衣装に身を包んだルキナを見て、素敵だと言う。ルキナを椅子に座らせ、部屋の片づけを始める。

「せっかく素敵な恰好をされてますのに、見られる方は限られているんですよね」

 メイドの一人が残念そうに言った。ルキナとノアルドの式は小さなものになる。参加できる人数が限られているだけでなく、大々的に発表すらされていない。国民には事後報告となる。ルキナのこの花嫁姿を見られるのは式に参加できる者たちで、少人数に限られる。それをメイドたちが残念がっている。

 ルキナは、愛想笑いで誤魔化し、メイドの言葉に返事はしない。それをどう受け取ったのか、メイドたちは「ノアルド殿下には見ていただけますものね」と言った。楽しそうにキャーっと盛り上がる。

「それでは、ノアルド殿下をお呼びして参りますので、ルキナ様はこちらの部屋でお待ちください」

 メイドたちはルキナにそう言い残して部屋を後にした。ルキナは一人部屋に取り残される。さっきまで賑やかだった分、寂しく感じられる。

「さぁーってと、作戦実行と行きますか」

 ルキナは独り言をつぶやいて気合を入れ直す。そして、椅子から立ち上がってドアに近づいた。ノアルドは、今、シェリカたちと合流して、シアンを探し回っているところだろうか。きっと城中を歩き回っていて、ノアルドを呼びに行ったメイドたちはノアルド探しで苦労することになるだろう。きっとしばらくはこの部屋に戻ってこない。ルキナはその隙にそっと部屋を出る。

(出口はこっち、と)

 ルキナは周囲に警戒しながら廊下を突き進む。こそこそ忍び足で城の出口を目指す。ルキナはウエディングドレスを着ていて、普段通りに機敏に動くことは難しい。一応、式が簡素なので、ドレスもそれに合わせて控えめになっている。しかし、地面に着くくらい丈は長いし、裾はふわふわと広がっている。これで動き回れと言う方が難しい。

 カツカツと靴を鳴らしながら廊下を走る。本当に身を隠して外に出たいなら、ヒールのある靴を脱いで、もっと静かに移動すべきだ。でも、目的は脱走を図るルキナのもとに人目を集めること。隠れようとしている意思は見せつつ、それなりに目立つ必要はある。

(あー、もう出口だけど良いの?)

 ルキナはもっと手前で引き留められるだろうと思っていたが、なぜか無事に出口にたどり着いてしまった。外に通じる扉はいくつかあるが、ルキナが選んだ出入口は最初にルキナが入ってきた一番大きな扉だ。玄関ホールは開けているし、見つからないわけがない。

 ルキナは、完全に逃げきれてしまう前に止めてくれと思いながら扉に手をかける。とはいえ、一番大きな扉となると、簡単には開けられないようで、押しても押しても動きそうにない。引こうにもドアノブがあるわけでもない。きっとどこかにレバーがあって、それを触れば簡単に扉は動く。

 ルキナがぺたぺたとドアを触っていると、突然背後から名前を呼ばれた。

「ルキナ様、何をなさってるんですか!?」

 意外にも、ルキナを止めたのは高齢な女性だった。城の従者らしい恰好はしているが、どこか城に馴染んでいないように見える。ルキナは、直感的に秘議会の人間だと思った。年配者が城で働いてはいけないわけではないが、ルキナを追いかけるような役回りをこの人がする必要はないはずだ。ルキナを探すなら、ルキナの世話をしていたメイドたちだろうと思っていたため、余計に違和感があった。

「ごめんなさい。やっぱりお父様に見せたくて」

 ルキナは精一杯申し訳なさそうにする。脱走しようとした理由もそれなりにつけ、本当の目的が悟られないようにする。

「ほら、やっぱりこういう恰好は親に見せてこそじゃない?」

「披露宴を行いますから」

 老女はルキナを宥めて部屋に連れ戻そうとする。しかし、ルキナはすぐに言うことを聞いたりしない。ごねてごねてごねまくる。

「そうかもしれないけど、今日の私は今日しか見られないんですよ」

 ルキナが屁理屈を並べ、わがままを連ねるごとに、老女が面倒くさそうにする。白髪の頭をわしわしと掻いて、「若造どもはどこに行ってるんだ」と呟いた。この女性はルキナの相手を面倒に思っていて、他の者に任せたいと思っているようだ。

「ええ、そうですね。ですから、一番見せるべき相手がおりますでしょう」

「ノア様のこと?」

「はい。やはり一番に見せるべきはノアルド殿下でございます。それまでお部屋でじっと待ちましょう」

 老女は早口でルキナを言いくるめようとする。そして、ルキナの手首を掴んで引っ張る。だが、ルキナは負けじと手を振り払い、ドアから離れようとしない。さすがにルキナの相手をするのにうんざりしてきたのか、老女がこめかみをぴくぴくさせてイラ立つ。そうこうしているうちに、ルキナたちの言いあいが聞こえたのか、他の従者たちが集まってきた。その中には、ルキナも知る秘議会メンバーが数名いた。

(やっと釣れたけど、ここらが限界かしら)

 人が集まって来て、いつまでもごね続けられなくなってきた。これ以上続けると、今後動きに支障をきたすかもしれない。

「わかりました。部屋に戻ります」

 ルキナはさも仕方なく折れたかのように演技をし、扉から手を離した。

「それではお部屋に」

 ルキナは従者たちに囲まれる形で、ルキナが着替えを行った部屋に移動を始めた。ルキナに逃げられないように警戒しているようだ。最初にルキナを止めに来た老女が先頭を歩く。

「小娘が」

 先導する老女の背中からボソリと声が聞こえてきた。隠しきれない本音がつい声に出てしまったようだ。でも、一応ルキナに聞こえないように気をつけたつもりらしく、何事もなかったかのように前を歩き続けている。

(聞こえてますよー)

 ルキナの耳にはばっちり悪口が聞こえてきたが、聞こえていないふりをする。ここでそのことを指摘する方が後々面倒なことになるし、下手をすればルキナが不利になりかねない。ルキナは表情を変えずに聞き流す。

 ルキナたちが重苦しい空気の中廊下を歩いていると、向かいからミッシェルが歩いてきた。ノアルドの近衛騎士の証、青色の騎士服を着ている。団長の印であるマントを身に着け、胸を張って堂々たる歩き姿は、ルキナがいつも会っているミッシェルと別人に見えた。

 老女もミッシェルに気づいたのか、先頭が足を止めた。必然的に後ろをついていたルキナもその場で立ち止まる。

「ノアルド殿下と一緒じゃないんですね」

 老女がミッシェルに言う。彼女はミッシェルの行動にも目を光らせているようで、ボロを出させようとでもしているかのように、会話を誘導する。しかし、ミッシェルは冷静で、自分は他の仕事で忙しいのだと説明する。

「護衛は部下に任せています。私は、乗って行かれる馬車の確認やその他の整備がありますから」

 ミッシェルはそう言って、すぐに歩き始める。立ち止まって話をしている暇はないとでも言うかのようだ。その後ろを同じ騎士服を着た青年がついて行った。

(バリファ先輩だ)

 城に忍び込んだベルコルだ。ルキナが横目で確認したところ、ミッシェルと一緒にいた騎士は緑色の髪をもっていた。ただ、顔がわれているかもしれない秘議会を警戒してか、ルキナたちには顔を隠すようにうまく立ち振る舞っていたので、ルキナにも顔は見えなかった。それでも、彼のまとう空気を感じたのか、ルキナには顔を見せない騎士がベルコルであろうことは予想がついた。

(ちゃんと忍び込めたんだ)

 ルキナは心の中でほっとする。この様子ならシェリカとティナも城の中に入れただろう。何かと注目を浴びやすいノアルドと一緒に行動するのは難しそうだが、ティナがうまくやってくれるだろう。

 老女も、必要以上にミッシェルと会話をするつもりがないようで、満足するとまた歩き始めた。目的地である部屋はそう遠いところにあるわけではないが、不思議なくらい会話がなかったために、長い道のりのように思われた。

「あ、ノア様」

 ルキナたちがもといた部屋に戻ると、ノアルドが数人のメイドと共に待ち構えていた。メイドたちに見つかって連れてこられたようだ。ノアルドの傍にシェリカたちの姿はない。別行動をしているのだろう。

「ルキナ、綺麗ですね」

 ルキナを見るなり、ノアルドが朗らかな笑顔で言った。ノアルドのことだから、演技ではなく、心の底から思っていることを口にしたのだろう。ルキナはそれをなんとなく察していたので、素直に照れしまう。

「ありがとうございます」

 ルキナは少し顔を赤くしながら言った。演技でもない純粋な照れはリアリティがあったのか、二人の関係を疑うような発言は一切出なかった。秘議会がどれほどルキナの思惑に気づいているのかは不明だが、この場にいる者たちの目には、ルキナとノアルドが想い合っているように映っただろう。

「でも、やっぱり、ルキナの良さをもっと引き立てるためにはここのリボンはもう少し上の方が良いように思います。リボンのサイズも一回り大きくして。このビーズはもっと小さいものにした方が良さそうですし。あと、髪飾りはこれじゃなくて他の候補のもので試してみてください」

 ノアルドが突然ルキナのドレスに新たな注文を付け始めた。街でオーダーメイドの服を調達するくらいには知識とセンスを持ち合わせているようで、パッとみただけでメイドたちに修正を指示し始めた。こうなることを見越して、早めにルキナに支度をさせたのだ。本来なら、こういったことは前日までにすませておくべきなのだろうが、ドレスが完成したのもぎりぎりだった。式そのものが決まったのがつい数日前のことなのだから仕方あるまい。

 ルキナの採寸を行って作られたものなのでサイズは問題なかったが、実際に着た時の印象はまた違うのだとノアルドは言った。最高の式にするため、ぎりぎりまでこだわりぬくとノアルドは宣言した。メイドたちはノアルドの要望をメモし、近くの部屋で控えていたプロの縫製職人を呼びに行く。時間的余裕は充分にあると思われた花嫁支度だったが、急にバタバタし始めた。

 でも、それもこれも全部作戦だ。城の者たちが忙しく動き回れば、その中でシアンを探索する動きも見つかりにくくなる。これはカモフラージュの役割を果たしつつ、秘議会の勢力の分散を図るものだ。

 とはいっても、ルキナは本当にドレスや髪飾りの修正に付き合うことになったので、昼を過ぎる頃には、ルキナもリアルにへとへとになった。最終的な形が見え、ノアルドが要望を全て言い終えると、ルキナはドレスを脱ぐように言われた。縫製職人がドレスを完成させるのだ。

「では、ドレスの方はよろしくお願いします」

 ノアルドはファッションのコーディネートやデザインが好きなようで、とても満足気だ。そんなほくほくした気持ちでルキナに昼食を食べに行こうと言う。ルキナは一度ウエディングドレスを脱ぎ、動きにくい恰好から解放されている。体力面もへとへとなので、このタイミングでの昼食は、ルキナもおおいに賛成だ。

「ご飯を食べた後はルキナはゆっくりしていてくださいね」

 ノアルドは式の前に既に疲れ切っているルキナを気遣う。ルキナは、言われるまでもなく、昼食後は控室に戻るつもりだった。ノアルドの言葉に頷き、「お部屋でゆっくりしますね」と答えた。

 昼食は、少し遅い時間になったが、料理長が特別メニューを用意して豪勢にもてなしてくれた。ルキナはそれらを美味しくいただいたが、お腹いっぱい食べるわけにはいかなかった。ドレスを着なくてはならないので、腹いっぱい食べるのは危険だと判断したのだ。もう二度と食べられないであろう料理を前に、ルキナはそのことをもったいなく思ったが、諦める他なかった。

 昼食を終えると、ルキナはノアルドと別れ、控室に入った。一度逃げ出そうとしたからか、昼食中も控室までの移動も、秘議会の老女が一緒だった。その老女はルキナを部屋の中に押し込むと、ドアを閉めた。

(鍵かけやがった)

 ドアからガチャリと音が聞こえてきた。外から鍵をしめた音だ。老女はルキナが部屋を抜け出すことを警戒し、部屋の鍵を閉めてしまったらしい。たしかに、ルキナは部屋の中でじっとしているつもりなど毛頭なく、すぐに脱走を図ろうと思っていた。扉の鍵をかけられ、出入り口を封鎖されるのは痛手だ。しかし、ルキナには別の方法が残されている。

(いいわよ、別に)

 ありったけの布をかき集め、それらの端と端を結ぶ。十枚ほど布を繋げると、立派なロープの出来上がりだ。

 ここは二階。窓から飛び降りたところで、打ちどころが悪ければ無事ではいられないだろうが、死ぬような高さではない。少し工夫をすれば簡単に脱出できる。

(窓から出ちゃうもんねー)

 ルキナは布ループの端を一番重そうな家具に巻き付けて結び、開けた窓からもう一方の端を垂らした。ルキナはぐいぐいとロープを引いて強度を確かめ、その後、ロープを手に掴んで、窓から体を外に出す。壁に足をつきながらゆっくり下へと下りていく。

 実は、こういうのが憧れだったりする。ルキナはアニメや漫画でこういうシーンを何度か見たことがある。しかし、現実でこれに挑戦する機会はなく、当然ながら憧れのままで終わっていた。それが今、小さな夢が一つ叶っている。ルキナは少し嬉しくなった。

 ルキナは危うい瞬間もなく、無事に地面にたどり着くことができた。軽々と下りられたのは、木登りで鍛えられたからだろう。

(どこに行こうかしらね)

 ルキナはスカートの裾を直しながら考える。前回同様、城からの脱出が目的ではない。ある程度人目について、ルキナが外にいることに気づいてもらわなければならない。そうなると、上から見た時に丸見えの草原を走るのがベストだろう。

 ルキナは物陰に隠れながら外壁を回り込み、開けた庭に出る。そこには城に沿って木が植えられていたが、全て切り倒されていた。ルキナが木登りをしてシアンに会いに行っていたのがバレて切られてしまったのだろう。ルキナはより寂しくなった庭に申し訳なく思いながら、城から少し離れたところにある林に向かって走り始めた。ルキナは誰かが気づいてくれることを祈りながら草原を走り、林の中に入った。

(ここらへんで良いかな)

 林の少し入った辺りで立ち止まり、地面に座り込んだ。ルキナはそこで息を整えながら追手が来るのを待つ。林といっても、手入れがされていて、自然のものと程遠い人工的なものだ。草がボーボーに伸びているわけでもないし、木々が生い茂っているわけでもない。程よいバランスになるように間引きが行われている。そんな絶妙に開けた場所なので、ルキナはすぐに見つかるだろう。

 ルキナは木に背中を預け、しばらくぼんやりと考え事をする。そうして時間をつぶしていると、何人かの大人たちが走ってきた。その中には先ほどの老女もいる。秘議会が必死になってルキナを探したのであろうことは見て取れた。

「ルキナ様、一度に限らず二度も。部屋を抜け出して、何をなさりたいんですか」

 老女がルキナを叱る。老女が素直に迷惑だと言う。式の準備で皆忙しいのだから、無駄な仕事は増やさないでほしい、と。そんな彼女の怒りに、ルキナは意を介さず、言い訳を始める。

「式がもうすぐだって思ったら、急に不安になっちゃって」

 ルキナはマリッジブルーを装う。実感がわいて途端に不安になってしまったのだと訴える。ルキナたちを追ってきた大人たちはそういう心情変化は仕方のないものだと理解しており、全否定をするようなことはしない。しかし、やはりルキナにはじっとしてもらいたいというのが本音で、早く城の中に戻そうとする。

「何をおっしゃいますやら。好き人と結婚なんて幸せの絶頂ではありませんか」

 老女がルキナのご機嫌をとるように言う。しかし、マリッジブルー状態のルキナの耳には届かない。

「わかってるんですけど、不安なものは不安なんです」

「何が不安だと言うんですか?」

「何がって言われるとよくわからないんですけど。こう漠然といろいろ不安なんです」

「では、結婚式をなさりたくないと?」

「結婚はしたいんだけど、怖いんですー」

 ルキナは精いっぱい手のかかる新婦のふりをする。老女たちは動こうとしないルキナに困り果ててしまって、何とルキナに言えば良いのか悩み始める。

 そのうち、もう着替えを始めないと時間がないという伝言をもって、メイドが一人走ってきた。老女たちは救われたような思いをしながら、ルキナにとりあえず準備だけしてしまった方が良いと言った。式を挙げたい気持ちがあるなら準備だけは済ませないと後から困ることになる、と。

 ルキナはその提案に渋々納得したふりをして立ち上がった。その後、城に戻ったルキナは、メイドたちにされるがままに支度をした。ドレスを着、髪型を整え、化粧もした。気づけば、その頃には火が傾いていた。

「ルキナ、出発しましょう」

 ルキナが準備を終え、出発の時を待っていると、同じく準備を終えたノアルドがルキナを呼びに来た。馬車に乗って移動してしまえば、きっとすぐに式の開始時刻だ。本当にいよいよ結婚式だ。

 ルキナは差し出されたノアルドの手に自分の手を重ね、控室を出た。ルキナもノアルドも表情が硬く、その顔を見た者たちは皆緊張のせいだと思ったことだろう。しかし、これは一世一代の大舞台に望むゆえの緊張の顔ではなく、城内部の一部組織を敵に回して戦う覚悟の顔だ。ルキナたちの大舞台は結婚式ではなく、そこで始まる戦いだ。

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