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結婚式前夜デスケド。

「約束の夜に結婚式なんて、儀式をやり直すつもりがないのかしら」

 ルキナとノアルドの結婚式の前日。全員でミューヘーン家に集まった。王城に押し掛けてから三日が経ったが、その間、なぜかルキナに見張りはつかなかった。でも、そのおかげでルキナたちは作戦を練ることができた。

「それじゃあ、最終確認と行きましょうか」

 翌日は朝から別行動だ。こうして顔を合わせて作戦会議ができるのも今日が最後だ。皆、緊張した面持ちでルキナの話を聞く。

「朝、私は式の準備で朝から城に行きます。そこで、できるだけ秘議会の目を集められるように騒ぎを起こします。その間に、ノア様とミッシェルの手引きで、シェリカ、ティナ、バリファ先輩が城の中に入ります。その後、二組に分かれてシアンを探してください」

 シアンはルキナに会いに来たあの日以降、学校にも姿を見せないし、ノアルドによると城内でも姿を見せないらしい。もしかしたら、どこかの部屋に閉じ込められているのかもしれない。そこから助け出すのが、シェリカ達の役目だ。

 城は広く、部屋も多い。ノアルドとミッシェルにもシアンがどこにいるのか見当がついていない分、探すための時間はより多く確保しなくてはならない。そして、その姿を誰かに見られるわけにはいかない。一応、シェリカとティナはメイドに、ベルコルは騎士に化けて城を探索するつもりだが、周囲の目を警戒しながらの行動はさらに時間を要する。その間、ルキナはできるだけ注目を集めるような行動をして、シェリカ達から意識をそらす。

「もし見つけられなくても、シアンが逃げ出すのを拒否しても、諦めて次の行動に移ってください」

 不確定な状況においては、作戦を何重にも用意しておかなければならない。失敗した時にどうするのか、それが重要だ。

 ルキナは、シェリカとティナを見て、自分とノアルドが式場に向けて出発をしたら、後に続く形で式場に移動するように言う。シェリカはこくんと頷き、ティナを見た。ティナはシェリカの視線に気づくと、「ライトの準備は万端です」と言った。二人とも、式場についてからの行動を理解している。

「で、私とノア様が出て行くと同時に、入れ替わりでブランカ先輩とチカが城内へ。たぶんじきにルーエンも移動するから、城の中の警備は甘くなると思う。ただ問題は、秘議会がいつ動き出すかわからないのよね。まあ、例の部屋の守りが甘くなったタイミングを見計らってもらって、安全に石を取ってきてもらえれば良いんだけど」

 ルキナはそう言って、リリを見た。秘議会のペンダントは既にチカに渡してある。実際に秘議会に近づき、血晶石を持ち出すことができるのは一人だけ。でも、一人での行動は危険なのでリリも一緒に動くようにお願いしてある。

「ようは、私が護衛をすれば良いんだな」

 ルキナの視線に気づき、リリが腕を組んで言った。リリは剣の師匠のもとで修業をつんでいる。ちょっとやそっとでは負けない護衛となろう。だが、ルキナは護衛という言葉をあまり使ってほしくないと思う。

「そういうことになりますけど、危ないことは絶対にしないでくださいね。命をとして守ってほしいと言ってるんじゃないですよ」

 護衛と言ってしまうと、変な責任が生まれるような気がする。ルキナは避けられる危険を避けてほしいと言っているだけで、自ら危険に飛びこんでほしいわけではない。しかし、リリは「大丈夫だ」と言って、ルキナの心配など全く気にしていないように見える。

 リリはどこか従者気質のようなものを感じさせる。一人の君主に対して忠誠を誓うのが似合う。しかし、今の時代、己の身を守らずして主人を守るということはあり得ない。それは無理に危険に飛びこまないということであり、決して主人をないがしろにしているわけではない。本来、主人も自分の従者たちを危険な目にあわせること自体が間違っていて、この平和の時代に残された安泰こそが主従関係のあるべき姿だ。しかし、リリは守ると決めた人のためなら、簡単に命をなげうってしまいそうだ。ルキナはそんな危うさを感じて、リリの身を案ずる。

「ブランカ先輩なら大丈夫だろうとは私も思いますけど、もし、チカが指示を出したら、それに従ってくださいね」

 リリはベルコルに対抗意識を燃やし、勉学にも励んでいるので、頭脳の面においても優秀だ。だが、状況把握と冷静な判断においてはチカの方が優れている。リリが一人で先走ってしまわないように、ブレーキ役は必要と考えられる。リリは後輩の指示に従うように言われても嫌な顔はせず、わかったと答える。リリもチカの優秀さには一目をおいているようだ。

 ルキナは、チカが一緒だから大丈夫だと自分に言い聞かせ、リリに「お願いします」とだけ言った。

「石を手に入れたら、チカは石を持って一足先に式場へ。ブランカ先輩はバリファ先輩と合流した後、一緒に秘議会を止めてください。秘議会が城の中にいると石を取りに行きづらいとは思いますが、式場に来られても困ります。できることなら、城外のすぐ近くで止めてください」

 ルキナは作戦確認を再開する。ルキナの話を聞き、ベルコルが「ベストはつくすよ」と頷いた。ルキナも無理難題を言っている自覚があるので、上手くいかなくても良いと思っている。それでも、目指したい目標はある。

「秘議会を止める方法は考えてあるのか?」

 リリがベルコルに尋ねる。秘議会の足止めについてベルコルに一任してあるので、ルキナもベルコルがどうやって止めるつもりなのかは知らない。

「ああ。王都にはうちの病院がいくつかあるからな。それをうまく使って道を封鎖する」

 ベルコルはリリに後でちゃんと詳しく説明すると言い、今ここで全て話すのはやめた。今は全員で流れを確認しているところだ。それを終わらせてから、個別の打ち合わせをする方が賢明だ。

「えっと…、城内ではバリファ先輩に司令塔になってもらいます。何かあればバリファ先輩に報告して、指示をもらってください」

 ルキナはベルコルに負担をかけすぎかなと思いつつ、ベルコルの反応を見る。これについても既にわかっていたことなので、ベルコルは今更文句を言うことはせず、ただ頷いた。

「バリファ先輩は伝映板を持ってるんですよね?」

 ルキナはそう確認しながら、テーブルに置いていた自分の伝映板を手に持つ。伝映板は携帯電話のようなもので、特定の相手との通話が可能だ。互いの映像も送受信するので、テレビ電話のようなものだ。だが、この伝映板はかなり高価なもので、裕福な貴族であっても持っている者は少数だ。普及していない分、わざわざ持とうと思う人の方が少ないのだ。だから、ここに伝映板を所有している人物が二人もいることは、かなりの低確率な話なのだ。

 ベルコルはルキナの問いに答えるように、ポケットから伝映板を取り出した。ベルコルは父親との連絡手段として持たされていたらしい。ルキナはそれを聞き、今回の作戦にも役立つと考えた。

 ルキナはシュンエルに自分の伝映板をシュンエルに渡す。ルキナの伝映板はハリスにねだって買ってもらってから、ほんの数回しか使ったことがないので、新品に近い。それをシュンエルが大事そうに受け取る。

「これを貸しておくわ。シュンエルさんは国軍と一緒に。軍と一緒の限り危険はないだろうし、一人はパイプ役がいないとね」

 伝映板はリアルタイムの連絡ができる。シュンエルには国軍と一緒に行動してもらい、ベルコルと連絡を取り合うことで、国軍との協力体制も万全にする。ルキナは伝映板の使い方をシュンエルに軽く教えながら、過去に使った時のことを思い出す。

 この伝映板を買ってもらったのは、決して遊び道具にするためではなく、今回のような重要な作戦を遂行するのに必要だったからだ。マクシスの父、マイケルの命の危機から救い出すため、シアンと連絡を取り合うために使ったのだ。ルキナはゲーム設定からマイケルが死ぬことを知っていて、それを阻止するためにシアンと協力してその運命から救ってみせたのだ。その時に使った重要なアイテムなので、ルキナにとってこの伝映板は思い出の品だ。それをシアンを救うために使うというと、なんだか感慨深いものがある。

「それで、城組の方は終わりで、式場組だけど、最初から式場に向かってもらうのは、ユーミリア、イリヤ、タシファレド、アリシアちゃん、ハイルック、マクシス、チグサね。いつ何が起こるかわからないから多めに配置したけど、一番の仕事は式が始まってから」

 ルキナはそう言って、名前を挙げた者たちの顔を順に確認する。大切な役柄をまだ決めていない。自分たちで決めておけとは言ったが、その後、話し合いの結果どうなったのかまで聞いてない。ルキナの視線の意味を理解したのか、皆がユーミリアを見た。

「乱入する役は私がやりまーす」

 ユーミリアが元気良く右手を挙げて言った。ルキナとノアルドの結婚式を中心に作戦が組み立ててあるが、始めからちゃんと式を挙げるつもりなどない。むしろ式をぶち壊しにいくつもりだ。その最初に式に飛び込む役を誰にするのかという話だったのだが、ユーミリアがやることになったらしい。

「まあ、適任ね」

 ルキナはユーミリアたちの出した結論に納得する。ユーミリアはアイドルをやっているだけあって華があるし、その特異的な体質で、人の注目を集めるのが得意だ。その力は今回も有効的に働くことだろう。式の途中で乱入したユーミリアに視線が集まれば、ルキナも動きやすくなる。

「ユーミリアが入ってきたら、私はすぐにルーエンを連れて出るわ。みんなの気がそれてる間がチャンスだけど、もし近くにルーエンがいなかったら強行突破になっちゃうかも。でも、何にしても重要なのはタイミングよ。タイミング逃すと、本当に結婚しちゃうことになるからね」

 結婚式は、最後に誓約書にサインを書くことで終了する。そのサインを書いてしまえば本当に結婚をすることになってしまう。この国では基本離婚はありえないことで、一度誓約書に名前を書いてしまったら、もう取り返しがつかない。ルキナは、相手は誰であれ、まだ結婚をするつもりはない。しかも、このような形で結ばれるのは嫌だ。だから、誓約書のサインが始まる前にユーミリアに乱入してもらわなければならない。

「私はそれでも良いですけど」

 ルキナがユーミリアに作戦の要となるタイミングについて話していると、ノアルドが冗談交じりにルキナと本当に結婚することになっても良いと言った。ルキナはノアルドの気持ちを知っている。ルキナだって、ノアルドが相手だから結婚したくないと言っているわけではない。でも、ルキナにはノアルドの気持ちに答えることができない。

「ノア様」

 ルキナは反応に困ってしまう。どうやって返事をすれば良いのかと考えていると、ノアルドがルキナが困っていることに気づき、「ごめんなさい」と謝った。冗談でも少し意地が悪すぎた。

「先生、大丈夫ですよ。私が結婚なんてさせませんから」

 ユーミリアがルキナの背中に抱きついて言った。

「まあ、それはおいておいて。結婚することになったとしても、ルーエンと一対一で話をする機会を作るのが目的だから、それさえうまくいけば上々よ。あとは、みんなの協力でルーエンの騎士と秘議会を止めてもらえれば完璧」

 ルキナはそう言って、皆の顔を見回した。これで作戦の確認は終わりだ。あとはこれを実行するのみだ。

「明日は朝から別行動よ。それぞれの成果に期待しているわ」

 ルキナは最後にそう言って、解散を告げた。といっても、みんなすぐに出ていくわけではなく、しばらくとどまって、それぞれ話を始める。ベルコルとリリは個別の作戦会議を始め、シェリカとティナはノアルドに話しかけに行っている。ルキナはそれをぼんやりと眺めながら、頭の中で明日の動きをシミュレーションする。ルキナが黙っていると、背中にくっついていたユーミリアが「先生」と呼びかけた。

「なに?」

 ルキナは後ろにユーミリアに用を尋ねる。ユーミリアはルキナの背中から離れて、隣に座った。

「先生、一か月前くらに新作出したじゃないですか」

 ユーミリアが突然小説の話を始めた。よりによってルキナが書いた小説だ。ここにはまだ友人たちが揃っていて、正体がバレていない相手に聞かれてはまずい内容だ。

「ここで話さないでよ」

 ルキナは小声で文句を言う。語気を強めて言っても、ユーミリアは反省する様子もなく、「聞こえてませんって」となおも小説の話を続行する。ルキナは、「それならせめて早く終わらせて」と視線を送る。

「あのお話って、もしかしてご自分のこと書かれてます?結婚式のシーンがありますし、やっぱりこれ今回の話と関係ありますよね?」

 ユーミリアはルキナの新作小説が自分自身をモデルに書かれたものではないかと思っているようだ。別に、設定に前世の記憶があるとか、自分の本名を使っているわけではない。でも、人間関係の構図がどう考えてもルキナの周囲の人間なのだ。もちろん、全て同じというわけではなく、誰がモデルかすぐにはわからないようになっている。でも、ルキナをそばで見てきたユーミリアには、登場人物の性格や設定がルキナの友人たちの特徴を混ぜ合わせたようなものであると見抜いている。今までルキナが周囲の人間をモデルにしたことがなかったので、ユーミリアはモデルの存在を見抜くと同時に、違和感を覚えた。今までと違うことをするということはそれなりに理由があるはずだ。ユーミリアはそう考えてルキナに真相を確かめようとしている。

「印象操作よ」

 ルキナは、自分やその周りをモデルにして書いたことを否定せず、その目的を簡単に答える。ルキナは、この先も自分をモデルにして小説を書くなんて真似をするつもりはなかった。読み返した時に恥ずかしくなるのは目に見えているし、自分のことを書くのはなかなか難しいことだからだ。特に、こうしてモデルが誰なのかバレた時、その対処が面倒だ。それでも自分をモデルにしたのは、そうする必要があったからだ。

「印象操作?」

 ユーミリアはルキナの目的が具体的に思い浮かばず、首を傾げる。ルキナは、ユーミリアならすぐに理解してくれるだろうと思っていたので、少し残念に思う。

「わかんないなら良いわ」

 ルキナは、ここで全て説明してしまうのはやめ、話を強制終了させる。今は騒いでいるように見える友人たちに聞かれるのも嫌だし、ユーミリアにも目的が達成されてから話した方が良い。でも、ユーミリアはルキナに見限られたように感じ、不満そうに「えー」と口を膨らませる。

「そんなに気にするような話ではないわよ。じきにわかることだし」

 ルキナは、食い下がって聞き出そうとしてくるユーミリアに断り、それ以上説明しなかった。

「姉様、暗くなる前に帰りましょう」

 不意にマクシスが立ち上がった。マクシスは、チグサを口説こうをするタシファレドに怒っていたが、帰った方が良いと判断したのか、チグサを連れて帰ろうとする。もう既に日が落ちかけていて、翌朝のことを思うと早めに帰って休んだ方が賢明だ。

「まーくん、待って」

 チグサがマクシスによって無理矢理立ち上がらせられ、出口のドアまで引っ張られていく。チグサはマクシスに止まれと言うが、マクシスは聞く耳を持たない。

「それじゃあ、ルキナ。お邪魔しました」

 マクシスは一応挨拶だけして応接室を出て行った。挨拶と言っても言葉だけで、全く誠意はこもっていなかった。

「気をつけて帰ってね」

 ルキナは呆れつつ、アーウェン姉弟を見送る。作戦会議はとっくに終わっているし、引き留める理由はない。マクシスに強制連行されていくチグサは少々気の毒ではあったが、ルキナはそこにも触れない。

「では、私たちも退散しましょうか」

 みんなでアーウェン姉弟を見送った後、ノアルドが立ち上がりながら言った。マクシスたちが出て行ったのが直接なきっかけではあるが、時間としては充分な頃合いだ。結婚式前夜に長々と人の家に居座るのも良くない。ノアルドがミッシェルを連れて外に出ようとすると、他の皆も立ち上がって、ぞろぞろと移動を始めた。

「シュンエルさんとチカはうちの馬車に乗って行って」

 皆、それぞれの馬車に乗って学校に戻ろうとしている中、シュンエルとチカにはその手段がない。ルキナは足は用意すると言って、使用人に二人のための馬車を用意させる。

 全員応接室を出て、順番に外に出ようとした時、途中で列の動きが止まった。あとシェリカとティナが外に出たら終わりというところで、イリヤノイドが玄関で足を止めたのだ。

「イリヤ?」

 先に外に出ていたユーミリアが弟を心配して戻ってきた。イリヤノイドはなぜか止まったままで、何かを迷っているかのようにソワソワし始める。

「早く出ないと後ろがつまっているわよ」

 見送りをしようと玄関までついてきていたルキナは、一番後ろでイリヤノイドに声をかける。すると、バッとイリヤノイドが後ろを振り向いた。

「生意気君?」

 イリヤノイドの真後ろにはシェリカがいて、イリヤノイドが振り返ると、イリヤノイドとシェリカが向き合うことになる。シェリカは突然体の向きを変えたイリヤノイドに驚き、どうしたのかと尋ねる。イリヤノイドは「え…あの…」と言葉につまる。ルキナたちはイリヤノイドが何か言いたいのであろうことは察しがついたので、イリヤノイドがそれを口にできるまでひとまず静かに待つ。

 少しして、イリヤノイドが言うことを決めたようで、シェリカを真っすぐ見た。

「危ないことはしないでくださいね」

 イリヤノイドはそれだけ言うと、逃げるように外に出た。途中、出入り口で見守っていたユーミリアにぶつかったりしたが、止まることなく馬車まで走って行ってしまった。

「散々待たせといてそれだけ?」

 ルキナは走り去って行くイリヤノイドの背中を見て文句を言う。シェリカも「そうみたいですね」と苦笑いする。

「イリヤ、私も乗ってくからね!」

 イリヤノイドがユーミリアを置いて出発しかねない空気だったので、ユーミリアが慌ててイリヤノイドを追いかけ始めた。

「こんなんで明日大丈夫かしら」

 ルキナがため息をつくと、シェリカはまた苦笑した。その隣で、ティナだけは何かを理解したようにニヤッとした。

「それじゃあ、気をつけて」

 ルキナは最後にシェリカとティナを見送り、手を振る。シェリカとティナはルキナに向かって頭を下げ、その後、馬車に向かって歩き始めた。

「ふぅ…。」

 ルキナは全員の見送りを終え、肩の力を抜いた。いよいよ明日だと思うとなんだか変な気分だ。実のところあまり実感がわかないのだが、明日はきっとそんなことは言っていられない。みんながそれぞれ頑張ってくれる。だから、ルキナはそれを信じて自分のすべきことをする。ルキナは「よしっ」と小さな声で気合を入れると、家の中に戻った。

「ルキナ、ご飯にしようか」

 ルキナが戻るなり、ハリスがルキナを食堂に呼んだ。ハリスはルキナの友達が帰って行ったのを知っているので、ルキナを呼びに来たのだ。

「なんかいつもより豪華に見える」

 ルキナがダイニングに行くと、既にテーブルの上に料理が準備されていた。だが、その料理は普段より豪勢に見える。

「ほら、一応、大事な夜だし」

 ハリスはそう言ってルキナを椅子に座らせた。ハリスの言う「大事な夜」が「結婚式前夜」であることは間違いない。既に席についていたメアリの顔を見ても、今日を大切な日と捉えていることがわかる。ルキナはここで結婚ということの大きさを理解した。

 今回の結婚式は、妨害を企てる者が現れないように、一部の人間のみの参加で執り行われる。それに伴い、式のことは口外してはならないことになっている。一応、ノアルドは王族の人間で、テロを目論む輩が結婚式を狙わないとは限らない。本来の目的はルキナの周囲の人間が式を邪魔するのを阻止するというものだが、名目上の妨害の予防というのもあながち間違っていない。ただ、その一部の人間にはルキナの両親すら入っていない。これが本当の結婚式なら、親不孝な話だ。いくら後日披露宴が設けられても、大事な瞬間を家族とともに迎えられないのは悲しいことだ。ルキナも、もし本当に結婚するつもりでいたなら、この状況に涙しただろう。

(終わったらちゃんと説明しないと)

 両親は最近になってやっとルキナがシアンのことを覚えていることを知った。都合上仕方ないのかもしれないが、大切なことも両親に話せていない。結婚式のこともそうだ。これが本当の結婚式ではないと、二人は知らない。本当は今すぐ打ち明けたいくらいだったが、そういうのは全て終わったからと決めている。

「ありがとう」

 ルキナはあふれ出しそうな言葉を抑え込み、両親に感謝を告げた。これまでのルキナの言動が嘘でも、この感謝の気持ちは嘘じゃない。ルキナはとても胸が温かくなるような気持ちだった。

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