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文化祭デスケド。

 ついにやってきた文化祭当日。ルキナは講堂のステージ横でマイクを持っていた。

「それでは、生徒会長から開会の挨拶をしていただきましょう。生徒会長、お願いします」

 ルキナは、文化祭の開会式の司会者を任された。人前に立つのは苦手ではないが、このような場でマイクを持って話すようなことになるとは思わなかった。

「皆さん、おはようございます。待ちに待った文化祭の日がやってきました。この日のために、たくさんの準備をしたことと思います。今日から三日間、怪我のないよう、安全に気をつけてもらいながら、楽しんでもらえたらと思います。また、校外からのお客さんには、丁寧な対応をよろしくお願いします」

 ベルコルがステージの上で、生徒会長として話をしている。普段は生徒会長の話を真面目に聞かないような人たちも、今日ばかりはしっかり耳を傾けている。こういうお祭りの日は、何をしても、ワクワクするのだ。つまらない話だって、文化祭の余興に感じてくるものだ。

 ベルコルが話し終え、舞台下に向かってお辞儀をした。しかし、ステージから降りようとしない。ルキナはメモ用紙を見て、司会のセリフを確認する。

「生徒会長、ありがとうございました。それでは、引き続き、生徒会長には開会の宣言をしていただきましょう」

 ルキナがベルコルの方に視線を送ると、ベルコルもルキナの方を見た。ばっちり目が合った。ルキナはお願いしますと言うように、小さく頷いた。ベルコルはすっとルキナから目を離し、客席に目を向けた。

 講堂は人でいっぱいだ。ベルコルの目にも、たくさんの人が集まっている景色が見えているだろう。この講堂に全生徒が入れるわけではない。ここにいる生徒の多くが、この開会式の後に続く演目を目的にしているだろう。だが、マイクが拾った音は、あちこちのスピーカーから流れている。ここにいない生徒もベルコルの声を聞いているはずだ。

「皆さん一緒にカウントダウンをしましょう。三から始めます。いきますよ、せーの」

 ベルコルの合図でカウントダウンが始まる。

「「「さんっ、にぃっ、いちっ!」」」

「スタート!」

 カウントダウンの後、講堂のあちこちに待機していた生徒会役員が、クラッカーを鳴らした。クラッカーから飛び出した青白い粉がひとりでに動き出し、様々な動物の形になる。粉でつくられた動物たちは生徒の頭の上を駆け回る。

(ベルコルも粋なことを考えるわね)

 ルキナは魔法の粉によって生まれた動物たちを見上げる。決して生きているわけではないが、動物たちははしゃぐように空中を動き回っている。

 ベルコルが観客たちの反応を見て満足そうにしている。この演出はベルコルが考えたものだ。ルキナは、彼がもっと頭の固い人間だと思っていたので、かなり意外だった。

(二次元と三次元の違いかしら)

 ルキナは、ベルコルの性格がやっぱりゲームの時と違う気がしてならない。乙女ゲームのように誇張した性格は、たしかに現実世界では不自然すぎるかもしれない。だが、他の攻略対象は『りゃくえん』の設定通りで、今の彼らにさほど違和感を感じない。後の方に出会ったベルコルとチカだけがなんだか違うように感じる。

「ミューヘーンさん、マイクもらいますね」

 生徒会の先輩がルキナに声をかけてきた。開会式が終わったので、司会者も変わる。ルキナはマイクを預けて講堂を出て行くことにする。この後も仕事が続くので、ここでずっと考え事をしているわけにはいかない。

「お嬢様、お疲れ様でした」

 ルキナが講堂を出ると、シアンが待ち構えていた。次の仕事はシアンと同じ担当だ。

「シアンはクラッカー鳴らしたの?」

 講堂に来た生徒会役員はクラッカーを持たされていた。シアンも開会式中、講堂にいたのなら、他の者たちと同じようにクラッカーを鳴らしたはずだ。

「いえ、僕は野外ステージの準備に行ってたので。ここへは今さっき来たばかりです」

「野外ステージね」

 ルキナが呟くように言った。今、二人が目指しているのも野外ステージだ。そこでは、学生バンドや部活の発表が行われる。今日は一日、その運営を任されている。

「なんでよりによって外なのかしら。日焼けしちゃうじゃない」

「一級生が多くても大丈夫なのは野外ステージくらいらしいですし、テントは用意されてます」

 シアンがルキナに諦めて仕事をするように言う。文化祭の経験がない一級生が運営を任せてもらえるのは一部だけだ。

「ベルコルと仲良くなるために生徒会に入ったのに、これじゃあ働かされるばかりで、ちっとも目的が達成できないじゃない」

 ルキナが文句ばかり言う。外がよっぽど嫌らしい。

「話すきっかけは作れたじゃないですか」

 シアンがルキナを窘めようとしている。

(シアンのことが好き、ね)

 ルキナはティナの言っていたことを思い出し、シアンの顔を見る。シアンはルキナに見られていることに気づかず、ただ前を向いて歩いている。

(というか、そもそもシアンはなんで私なんか好きになったのかしら)

 シアンが自分のことを好きになったことが、ルキナには不可解でしょうがない。決して本人に確かめたわけではないが、ティナもシアンがルキナのことが好きだと確信していた。そのことはきっとまちがいじゃない。とすると、そこで疑問になってくるのが、なぜルキナのことを好きになったのか

ということだ。

 ルキナとシアンは五歳頃から一緒に暮らしている。二人が打ち解けるまでにはそこそこ時間がかかったが、今では互いに気を許せる存在だ。二人は家族のように育ってきた。他人には見せないようなところも何もかも見せあってきたはずだ。だから、ルキナはシアンが自分に恋愛的な好意を寄せてくるとは思わなかった。

(でも、シアンは一応、うちで働いてることになってるし、完全に家族とは言い切れないか)

 シアンは住み込みでミューヘーン家で働いているという扱いになっている。それが、シアンの中に、ルキナは家族ではないという意識を生んだのかもしれない。

(まあ、本当の姉弟でも恋愛感情抱いてる奴だっているし、そんなに変でもないか)

 ルキナは、最近、マクシスのシスコン度が増したことを思い出した。チグサと結婚することを夢見ているようで、しょっちゅう暴走している。前はもっと落ち着きがあったはずだが、堂々とストーカー行為をするし、誰であろうとチグサを独り占めさせることは許さない。

 さすがにシアンはルキナの視線に気づいて、ルキナの方を見た。ルキナは考え事をしているので、そのことを気にしないで、シアンのことを見続ける。

(いつから?)

 シアンが自分のことを好きかもしれないと思ったのは、中等学生の時だ。シアンの言動で、シアンの気持ちに気づいたが、シアンの中にその気持ちが芽生えたのはあの頃ではないだろう。少なくとも、あの頃から数か月は前のことだ。だが、あの時までルキナは全く気付かなかった。シアンの態度が変わった記憶がない。シアンはずっと今と変わらない。

(シアン自身、気づいてない説あり?)

 ルキナ自身の恋愛経験は少ないが、恋愛ものの作品にはたくさん触れてきた。その中では、数多くの登場人物たちが己の気持ちに気づいていなかった。自分でも気づかないうちに嫉妬したり、ドキドキしている描写を幾度となく見た。そういう時はたいてい、他者からの指摘で気づくものだ。もし、それが現実に起こるなら、シアンもまだ自分の気持ちに気づいていないのかもしれない。

(あー、本人に聞いてしまいたい)

 ルキナはシアンに確かめたい衝動に駆られていた。しかし、ルキナがそれをするわけにはいかない。シアンが隠しているのなら、それは互いの立場を考えた上でだ。それを簡単にルキナが触れて良いものではない。

「お嬢様、僕の顔に何かついてますか?」

 シアンに声をかけられて、ルキナがはっとする。ルキナは何でもないと答える。

「そういえば、ミスコンとかないの?なんか、そういう話聞いてないんだけど」

 ルキナは誤魔化すように話を変える。シアンはルキナの意図など考えず、ミスコンとは何か尋ねた。

「知らない?一番素敵な女の子を決める大会なんだけど。ミスターコンって男バージョンもあるけど」

「知りませんよ」

 ルキナは、シアンの反応を見て、この世界にミスコンやミスターコンという文化が存在しないことを理解した。

「それはつまらないわ。来年の文化祭で企画しようかしら」

 ルキナが言うと、シアンが「また変なことを言いだした」と呟いた。ルキナの思いつきに振り回されるのはいつだってシアンだ。シアンが嫌そうな顔をするのも致し方ない。

「あー、でも、普通のミスコンもなんか盛り上がりに欠けるし…。」

 実際にミスコンが開催できるとしても、来年のことだ。今から真剣に悩む必要はない。だが、ルキナはぶつぶつと呟きながら真面目に考えている。シアンがため息をついた。

「文化祭といえば女装が定番よね」

 ルキナが突然言い出した。

「そんな定番知らないんですけど」

 シアンは、さらに話があらぬ方向に向かっていることに気づく。

「ミスコンって、女の子の中で優勝を決めることですよね?」

「そうよ。でも、世の中には、女装ミスコンっていうのも存在するのよ」

 ルキナが意気揚々と語り、シアンに視線を向けた。

「…嫌ですよ」

 シアンはルキナが何を言わんとしているのか察し、拒絶する。

「ちぇっ、シアンなら可愛くなれそうなのに」

「嬉しくありません」

 そんなことを話しているうちに、野外ステージに到着した。最初のステージが始まるまでまだ時間があるが、何人かの客が席を確保している。簡易的な椅子をいくつか並べただけの客席で、基本的に立ち見をしてもらうステージだ。

「お嬢様、こっちです」

 シアンが運営用のテントに案内する。受付用の机椅子と、その他の機材が置かれている。その受付の席にはアーウェン姉弟が座っている。

「シアン、ルキナ、お疲れ。最初の人たちの受付は終わったよ」

 マクシスが背後にあるテントを指さす。ステージの上下に一つずつ用意されたテントは外から中の様子が見えないようになっていて、出演者用の控室になっている。

 ルキナはテントの中に入り、受付用とは別の椅子に座る。隣に、シアンも座った。

「開会式はどうだった?司会は難しかった?」

「別に普通よ。司会って言ったって、紙に書いてあることを読むだけだし」

 マクシスの問いに、ルキナが適当に答える。

「チグサ、暑くない?」

 ルキナはチグサのことが心配になって声をかける。まだ朝だが、夏の真っ只中なので、既に暑い。日陰の中にいても、汗が出てくる。チグサは体が細くて、真っ先に倒れてしまいそうで怖い。

 チグサは大丈夫だと答える代わりにマクシスの方を見た。

「僕が魔法で姉様の周りの温度を下げてるから」

 マクシスがドヤ顔で言う。魔法科での勉強で、そういうこともできるようになったのだと言う。

「これで、シアンに頼らなくてすむよ」

 マクシスが満足気だったのはこれが理由だったらしい。シアンは昔から魔法を扱うのが得意だった。誰に教わらずとも、力を制御して、いろいろなことができた。人の周りの温度を調節するのも簡単にできた。その力を使って、シアンはチグサの体を暑さや寒さから守ってきたらしい。ルキナは、そのことを全然知らなかった。

「あ、だから、シアンの近くにいる時は、いつも快適だったのね」

 ルキナが言うと、シアンが呆れ顔になった。「今更気づいたのですか」と言いたげだ。ルキナとシアンの様子を見て、チグサがほんの少しだけ微笑んだ。チグサが笑ったことに気づいたマクシスがぱあっと顔を輝かせた。

「姉様!」

 マクシスがチグサに抱きつこうとして近づく。だが、そうなる前に、チグサが椅子から立ち上がった。マクシスがチグサの座っていた椅子に倒れこむ。

「姉様…。」

 マクシスが悔しそうにする。チグサは無表情でマクシスを見ている。いつも何を考えているかわからないが、マクシスとは適度な距離感を保とうとしているようだ。

 ルキナは、チグサの美しい横顔を見て呟いた。

「チグサならミスコンでも優勝できそうね」

 ルキナの呟きを聞いて、シアンがやめた方が良いと止める。チグサが男たちの目にさらされるのをマクシスが許しはしないだろう。暴走するかもしれない。

(それもそうか)

 ルキナはシアンの言うことがもっともだと思い、頷いた。

「そろそろ時間ですね」

 シアンが時計を見て言った。最初の演目が始まる時間だ。いつまでも喋っているわけにはいかない。四人は立ち上がって、準備を始める。出演者に時間を伝えに行き、舞台の準備を整える。四人で司会進行も行わなくてはならないので、意外とやることが多い。

「それではお願いします」

 運営の合図で、最初の出演者たちがステージに上がった。

「ダンスじゃないの?」

 ルキナは舞台の上に楽器が並べられていくのを見て、思わず呟いた。最初の演目はダンスだったはずだ。ルキナがぼんやりとステージの上を見ていると、演奏が始まった。

「ポップス系の音楽もあるのね」

 ルキナは思ったよりいろいろな文化がこちらの世界にもあることに気づく。音楽が始まると、衣装を着た生徒たちが踊り始めた。

 そこでやっとルキナは気づいた。この世界には、録音や録画の技術はおろか、写真を撮る技術すらないことを。テレビと同じような映鏡という機械はあるが、放送は全て生放送だと聞く。録画ができないのだから当たり前な話だ。

 だから、ダンスを見せたいだけでも、こうして生の演奏をしなくてはならなくなる。

 ルキナはテントに戻り、シアンの横に立つ。

「マイクも全部魔法なんだものね」

 ルキナは、この世界がもといた世界とは違うのだということをしみじみと感じていた。前世と同じような文化も存在するから、あくまでゲームの世界だというふうに思っていたが、実際には、この世界も独立して存在しているのだ。

「厳密には魔術を使ってあるんですよ」

 シアンが椅子に腰かけながら言う。

「なんかその違い、どっかで聞いたわ」

 ルキナはそう言ってから、どこで聞いたのか思い出した。シアンには魔法について教えてくれる家庭教師がいた。ルキナも時々その授業を一緒に聞いていたが、その時に聞いた話だ。

 マクシスとチグサもテントに戻ってきて、四人でステージを眺める。時々、受付にいろいろなことを聞きに来る人の相手をし、舞台が円滑に進むよう見守る。

 いくつかの団体のステージが終わり、運営の仕事に慣れてきた頃、騒ぎが起こった。野外ステージにいた客が皆どこかに向かって走り出したのだ。

「何事!?」

 ルキナが驚きの声をあげると、マクシスが「あの噂は本当だったんだ」と何かを知っているふうに言った。

「あのユリア・ローズが来るんだよ」

 マクシスが興奮ぎみに言った。

(どこかで聞いた名前)

 ルキナが必死に思い出そうとしていると、シアンが先に口を開いた。

「アイドルの?」

 シアンの言葉でルキナも思い出した。イリヤノイドから教えてもらったアイドルの名前だ。

「そう。噂で、この文化祭にライブをしに来るって」

「で、みんなはそれに向かってるわけね」

 ルキナは納得したように言った。

「でも、生徒会メンバーくらい事前に教えておいてくれも良くない?」

「そうですね」

 ルキナとシアンが話していると、マクシスが人の流れて行った方を見て、そわそわしている。マクシスも行きたいのだろう。

「マクシス、行ってきたら?」

 ルキナが言うと、マクシスがばっと振り向いた。

「良いの?」

 マクシスが問うので、シアンも頷いた。ステージの進行が軌道に乗り始めた今、ここでの仕事はそんなに多くないし、二人もいれば十分回せる。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 マクシスがそう言いながらチグサの手を掴んだ。

「姉様、行きましょう!」

 マクシスがチグサの手を引いて走り出した。こんな時も、マクシスはチグサと離れたくないらしい。チグサを巻き込んで、アイドルを見に行ってしまう。

「チグサ様も大変ですね」

 シアンが他人事のように言う。

「どうやらシアンは人のことを言えないみたいよ」

 ルキナが意味深なことを言って、一点を見つめる。シアンがルキナの見ているところに視線を向ける。

「イリヤ!?」

 シアンの視界に映ったのはイリヤノイドだ。彼も文化祭を見に来たのだろう。ただ、目的は他の人とは違う。イリヤノイドの目は、シアンを捕らえて離さない。イリヤノイドは、シアンが自分に気づいたとわかると、その場から駆け出した。

「せぇ~んぱぁ~い」

 イリヤノイドが両手を広げてシアンに近づいて来る。シアンは逃げるようにテントの奥に下がった。イリヤノイドは、受付の机に阻まれて、シアンに抱きつけない。

「イリヤ、久しぶりだね」

 シアンがイリヤノイドに向かって笑顔を作る。

「先輩、会いたかったですよぉ」

 イリヤノイドが机に上半身を乗せ、シアンに向かって手を伸ばす。イリヤノイドは汗でびっしょりだ。シアンに気づかれるまで、ずっと炎天下の中、シアンの様子を伺っていたのだろう。シアンも、少しイリヤノイドがかわいそうに思ったので、抱きつかれるのを覚悟でテントの中に入れてやろうとする。

「イリヤ」

 シアンが手招きをする。すると、イリヤノイドが目を輝かせて、机から離れた。ルキナたちが出入り口にしている機材の間を抜けて、イリヤノイドがテントの中に入ろうとする。ルキナはそれを邪魔する。

「だぁめっ、ここは関係者以外立ち入り禁止でーす」

 ルキナがイリヤノイドの前に立ちふさがる。

「なに子供みたいなことしてるんですか」

 シアンがルキナの言動に呆れている。

「ずっと外にいて暑かったんですよ。少しくらい日陰にいれてくださいよ」

 イリヤノイドが怒っている。イリヤノイドを攻略しようとしているルキナであれば、ここは彼を怒らせるべきではない。しかし、ルキナはちっとも動こうとせず、イリヤノイドの邪魔をしつづける。

「文句を言うなら家に帰りなさいよ。受験生は勉強があるでしょ」

 ルキナが仁王立ちになって言う。

「勉強しないで遊んでばかりだと、後で痛い目見ることになるわよ」

「お嬢様が言うと、説得力ありますね」

 ルキナはイリヤノイドに話しているのに、シアンが口をはさんできた。ルキナはシアンをキッと睨む。シアンはさっと口を閉じた。

「ちゃんと勉強してこの学校に入らないと、シアンと会うのも大変になるわよ。まっ、私が命令すれば、シアンをイリヤと口をきかなくすることだってできるけど」

 ルキナが後ろの髪をかきあげて、わさっと髪を広げた。

(我ながら悪役令嬢っぽいわ)

 ルキナは、自分がシンデレラに出てくる義姉になった気分になる。

 ルキナがぼんやりと他事を考えている一瞬のうちに、イリヤノイドは目に涙をためた。

「ルキナはイリヤって呼ぶなー!」

 イリヤノイドは、泣きながら走っていく。思っていた以上に、イリヤノイドはメンタルが弱かった。

「そっちだって呼び捨てにしてるでしょー!」

 イリヤノイドが大声を出したので、ルキナも叫び返す。イリヤノイドにルキナの声が聞こえたのかはわからないが、イリヤノイドは一度も振り返らずどこかに走って行ってしまった。

(受験のストレスかしら)

 ルキナは自分のせいでイリヤノイドが泣いてしまったというのに、無駄に達観している。ルキナは、イリヤノイドの姿が見えなくなったので、受付用の椅子に座った。

「なんでイリヤに意地悪したんですか」

 シアンがルキナを叱るように言った。本当はシアンはイリヤノイドを追いかけに行きたいところだろう。シアンは、誰であろうと泣いている人がいればどうにかしてあげようとする優しい人だから。でも、今は持ち場を離れるわけにはいかない。もうすぐ次のステージが始まる。イリヤノイドを慰めに行く時間はない。

 シアンは、ルキナにならって受付用の椅子に座る。ルキナが黙ってしまったので、二人の間には沈黙が生まれる。そうして長い沈黙の後に、ルキナが呟いた。

「…なんでかしら」

 ルキナにも、なぜあんなにイリヤノイドに意地悪をしたのかわからなかった。これだけ考えてもちっとも答えが浮かんでこなかった。

「後でちゃんと謝っておいてくださいよ」

 シアンがため息混じりに言う。シアンにはルキナの言動が不可解でならない。

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