証拠が必要なんデスケド。
二月下旬。ルキナたちは、国軍総隊長、ゲイラに呼び出された。前回の続きの話をしようということだろう。その前回の対面から二週間ほど経ってしまっているのは、長いのか短いのか。しかし、焦ったところで、国軍が動き出すべき時は変わらない。
「っていうか、今更だけど、今回も前と同じメンバーで良いかしら」
ゲイラに会いに行く当日、ルキナは皆に誰がゲイラと話をしに行くのか尋ねた。当然、ルキナは行くつもりなのだが、メンバーが同じで良いのか、一応確認しておこうと思ったのだ。女子部の部活中なので、ここに男子勢はいないが、あくまで確認だけなのだからそれでも構わないだろう。
「まーくんが行きたがってた」
チグサがボソッと言った。ルキナは、皆が異議なしと答えると思っていたので、チグサの言葉に驚いた。しかも、あのチグサだ。マクシスに何を言われようと、何をされようと反応を示さないチグサが、マクシスのことを言うとは思わなかった。
「あ、それなら、私も行きたいです!」
チグサの話を聞いて、希望を言っても良いのだと思ったのか、ユーミリアが手を挙げた。しかし、ルキナはそれを無視する。
「連れて行きたいの?」
ルキナがそう尋ねると、チグサは首を振った。そういうつもりで言ったわけではないようだ。ただ行きたがっている人もいる教えようとしてくれただけのようだ。
「じゃあ、前と一緒でいっか」
ルキナはそう結論を出し、この後どのような話をするか考え始める。ユーミリアが一緒に行けないことを嘆いているが、ルキナはそれを無視する。相手方も同じメンバーで来るだろうと考えているはずなので、むやみに面子を変えるのは良くないだろう。
「問題はこれを返せって言われるかもしれないってことよね」
ルキナは、国軍から持ち出した秘議会のペンダントを手に握った。このペンダントはなくすと自分も困るし、大切な証拠品をなくしたとなれば、国軍にこっぴどく叱られることも目に見えている。だから、いつも大切に持ち歩いている。誰かに預けても良かったが、これを持っていることで危険な目に遭われても困る。
「何に使うの?」
チグサであれば、ルキナがそのペンダントを使って何をするつもりなのか、だいたい想像がつくはずだ。それでも尋ねたのは、ルキナが変なことを考えていないことを信じたかったからだろう。しかし、残念ながら、ルキナはその望んでいないチグサの予想通りの返答をする。
「何って、秘議会に乗り込むのよ」
ルキナが当たり前のことを言うように堂々と言った。チグサが「やっぱり」と言いながら呆れた。
「先生、敵地に乗り込むつもりなんですか!?」
ユーミリアがルキナの腕を掴みながら問うた。ルキナがまた危険を冒すのではないかと心配している。だが、その時が来たとしても、おそらく乗り込むのはルキナではないだろう。ルキナは秘議会に目をつけられている。たとえ、このペンダントを持って行っても、易々と仲には入れてくれないだろう。それどころか、捕まって終わりだ。
「私が行くつもりはないわよ。本当は行きたいところだけど」
ルキナはそう言って、ペンダントを制服のポケットの奥にしまいこんだ。
「それに、今のところ乗り込む意味はなさそうだもの」
ルキナは、ユーミリアの手を自分の腕から離させた。ユーミリアは、ルキナが敵地に乗り込むような真似をするつもりがないと言ったことに安心し、ルキナに促されるままに手を離した。
「危険が伴うのは百も承知だし、私が自分の身だけを案じれば良いのとは話が違うわけじゃない?だから、乗り込むって言う話は最後の切り札よ」
ルキナが自ら秘議会に乗り込めないということは、その必要に駆られた時は、他の誰かに任せなくてはならないということ。それは自分が行くこと以上に危険な賭けで、目的もなく危険を冒すような決断は下せない。だから、きっとこのペンダントを持っていたところで、乗り込むという手は使わない。ただ何かあった時に使えるかもしれないという切り札として、ルキナを安心させる役割は十分に果たしてくれている。ルキナの話を聞いて、チグサは少しほっとしたような表情になった。チグサも、本当に使うかどうかはおいておいて、秘議会に潜り込める手段があるのは良いことだと思っている。
「でも、やっぱり返せって言われるのは癪って言うか」
ルキナは、ペンダントを軍に返すのは嫌だと思っている。国軍相手に盗みを働いているわけだから、処罰を下されてもおかしくないのだが、ルキナはその心配をしていない。そのあたりについてはなんとか誤魔化せる気がしているのだ。
「まっ、軍の方が協力してくれるのはわかってるんだし、今日は気楽なもんよね」
ルキナは気の抜けたことを言って席を立った。そろそろ出発の時間だ。チグサに視線を送ると、チグサも椅子から立った。
「それじゃあ、ユーミリア。鍵はお願いね」
ルキナは調理室の鍵をユーミリアに渡し、その管理をお願いする。ユーミリアは最後にもう一度連れて行ってほしいと言ったが、ルキナは即断った。
ルキナとチグサが調理室を出て一階に下りると、カバンを持ったチカが待ち構えていた。ゲイラに会いに行く準備は整っている様子だ。
「さあて、約束の時間に遅れないように行きましょうか」
ルキナは二人を連れて外に出た。そのまままっすぐ馬車に向かい、馬車に乗った。馬車は三人を国軍総本部に運んだ。その道中は、一回目と違い、空気が随分と軽かった。これからゲイラに話をしに行くわけだが、緊張していないのはルキナだけではなかった。
「はい、ルキナ・ミューヘーン様ですね。本日は、総隊長との面会のためにおこしになられたとのことですが、既に準備が整っております。このまま総隊長室へお願いします」
ルキナたちが受付に行くと、受付担当の女性が素早く対応を行ってくれた。受付を行ってくれた前回と同じ女性だった。ルキナの顔を覚えていたわけではないようだったが、ルキナが名前を言うと、記憶のすみには残っていたようで、わかりやすく「ああ、あの…!」と思い出したような反応をした。
「このままいけば、名前を言わなくても受付してもらえそうね」
総隊長室へ向かって階段をのぼりながら、ルキナが冗談を言うと、「こんなに頻繁に通うものでもないと思いますけどね」とチカが苦笑した。
三人が総隊長室まで行き、ドアをノックして名前を言うと、中から「どうぞ」と返事が返ってきた。早めに学校を出たので、約束の時間より前に到着したのだが、受付の女性が言っていたように、すぐに中に入れてもらえた。
「失礼します」
ルキナがドアを開け、中に入ると、ニコニコと笑顔でゲイラが立って待っていた。
「さあ、座ってください」
ルキナたちが部屋に入るとすぐに、ゲイラがソファに座るように言った。ルキナとチグサは言われるままに座り、チカはまたルキナの後ろに立った。
「本日は、私たちの『魔法使用者による犯罪に対する国軍の対処方法』に関する研究にご協力いただきありがとうございます」
ルキナが今回の建前を述べると、ゲイラが声を出して笑った。そして、「これは丁寧にありがとうございます」と言った。
前回も今回も、ルキナたちは制服を着て国軍総本部に来ている。それは、上級学校での研究のためという体を成り立たせるために必要なことであった。つまり、今回を含めて二回、ルキナたちが国軍を訪ねたことに関しては、研究のために総本部を見学し、総隊長であるゲイラに話を聞きに来ているということになっているのである。
「それで私たちの調査結果についてですが…」
「もう秘議会には乗り込んだんですか?」
ルキナがさっそく本題に入ろうとしたところ、ゲイラが話を遮って言った。ゲイラの問いかけを聞き、ルキナは固まる。ルキナがペンダントを持ち出したことも、何に使おうとしているかもバレている。ルキナの考えていることなど、所詮想像の範囲内なのだから、当然と言えば当然だ。返還を求められるかもしれないと、ルキナが冷や汗をかいていると、ゲイラが「トウホが怒っていましたよ」と笑った。ルキナも、ペンダントが返却されていないことに気づいたアイザックがカンカンに怒っているところが想像できた。普段はルキナのことをなめくさった態度をとっているが、ルキナに何かをしてやられたとわかると、子供みたいに怒る。ルキナはアイザックを嫌味な人だと思っているが、同時に単純な人だとも思っている。
「別に今すぐ返せとは言いません。まあ、あなたがあれを持って行くだろうことも予想できましたし、だからこそ、見せたんですけど」
ゲイラがいたずらっぽく笑った。ルキナはゲイラの手のひらの上で踊らされていたようだ。
(この人はやり手だわ)
ルキナはゲイラを尊敬する。ルキナの目には、アイザックに比べて、ゲイラの方がずっとしっかりした大人に見える。その尊敬の気持ちは畏怖に近いものではあったが、ルキナにとって、ちゃんと尊敬できる大人は貴重なものだ。ここ最近、尊敬していた大人に裏切られるような目にもあっているので、余計に、ゲイラのような大人がいてくれるのは嬉しく感じた。
(味方としては心強いものね。敵になったときは最悪だけど)
ルキナはゲイラに対する認識を改め、先延ばしにしていた話を始める。
「私たちは、シアン・リュツカの奪還のため、秘議会の調査に乗り出しました。シアンはルイス様の力で自由を奪われ、望まないまま騎士団に入団しました。その裏では秘議会が動いていたと、私たちは確信しています。ただ、その件に関しては有益な情報、及び、確たる証拠は得られていません。しかし、彼の組織がはたらいた悪事について、いくつか証拠を集めることができました」
ルキナは前置きを終え、後ろにいるチカに視線を送った。チカがカバンの口を開け、四枚の紙を取り出した。
「こちらは、とある検査をしたときの私のカルテ、検査結果表と、ケイリー・バリファさんの署名の入った書類、そして、秘議会が行った悪事に関してまとめたものです」
ルキナはチカがテーブルに置いた書類について説明する。ゲイラがそのうちの二枚を手に取り、確認する。
「八月七日、私はノアルド様によって魔法を用いた攻撃を受けました。私はひどい頭痛に襲われ、病院で検査を受けました。そちらのカルテと検査結果表がその時の本来の検査結果なのですが、私は医師に以上はなかったと言われました。病院が私に行った処置は頭痛をおさえる鎮痛剤を処方することのみで、本来すべき処置が行われませんでした」
ルキナの話の途中で、チカがカバンから薬の処方箋と薬のサンプルを取り出した。チカはルキナの話の流れを把握しているので、タイミングは完璧だ。
「後日、違う病院でも同様に検査を行いましたが、やはり、異常なしと言われました。以上のことからも、情報の隠蔽が行われたのは明らかです。加えて、ケイリー・バリファさんからの証言もあります。バリファさんには、脅迫を受け、間違った検査結果を伝えるに至った経緯を説明していただきました。実際に私に検査結果を述べたのは、彼の病院の職員ではなく、外部の人間だったようです。その方の素性はこちらの方で調べ、現在、彼がどこにいるのかも掌握済みです」
ルキナがそこまで言うと、ゲイラの眉がぴくりと動いた。何かに気づいたようだ。
「ええ、そうです。私たちが彼を捕らえ、トウホさんに引き渡しました。情報隠蔽の共犯者として立証ができなくても余罪がありましたから、国軍に捕らえられる身であることは変わりありませんでした」
これは本当に最近のことだ。ルキナたちもここまでするつもりはなかった。ベルコルが病院で医師のふりをした人物を探し出し、素性を調べ上げた。そこで終えるつもりだった。しかし、医師のふりをした狸を見つけたところで、秘議会が裏で糸を引いていた証拠を得られたわけではなかった。そこで、ルキナに嘘を告げた犯人に依頼人を吐かせることにしたのだ。その時点でアイザックにも状況を説明し、一緒に行動してもらっていた。犯人が他の犯罪も行っていたので、国軍に逮捕してもらうことは決定していたからだ。だが、そのおかげで、犯人も依頼人を吐いたようなものだった。どうせ逮捕されるなら、と、渋々口を開いたのだ。逮捕されても依頼人を守るプロ意識の強い者ではなかったのが幸いだった。
「トウホから報告は受けていたが…。そうか、彼のことでしたか」
ルキナが犯人の居場所も把握していると言った意味を理解し、ゲイラが納得したように頷いた。犯人の居場所を把握していたのは見張りを置いているからではなく、国軍の管理する牢に投獄されていたからだ。
「それで、秘議会との繋がりはつかめたんですか?トウホからそのあたりの話は聞いていないんですが」
「あの人は秘議会のことをよく知っていました。そういう世界では有名な組織だそうです。でも、この話をトウホさんは知りません。タイミングが悪かったんですよ」
ルキナはそう言ってニッコリ笑った。嘘は言っていない。軍服を着たアイザックの姿を見た時、犯人は依頼人の名前を言った。そして、秘議会の名を口にした。しかし、アイザックの前では、秘議会の存在を知った経緯、依頼人が秘議会メンバーであることを知っていた理由も言わなかった。それらの話については、アイザックが逮捕に関わる手続きをしている間に、犯人が暇つぶしがてら語っただけだ。
「私たちも全てをトウホさんにお話するわけではありませんよ」
なぜアイザックに話さなかったのかと訝し気な視線を送ってくるゲイラに、ルキナは笑顔で言う。ゲイラの方だって、アイザックにルキナたちに隠していた情報がある。チグサはアイザックを完全に信頼しているようだったが、だからといって、ルキナたち全員がアイザックを信用する理由にはならない。それに、アイザックも誰かに利用されている可能性はあったのだ。アイザックが話すべきではない相手に話してしまう事態を危惧するのは当然だ。
「自白剤でも使ったのか?」
ルキナがアイザックに情報を隠したことについて、ゲイラが見当違いなことを言う。国軍の人間に知られては困るような犯罪まがいな方法を使ったからアイザックに言えなかったのではないかと言うのだ。ルキナは、ゲイラにそのような疑いをかけられるのは心外だと思ったが、それを顔に出さないようにして、「私たちは非人道的なことはしませんよ」と答えた。自白剤だけを否定しても、脅迫や魔法など他の方法を疑われるのは目に見えていたので、ざっくりとした表現を用いた。
「そして、秘議会が行っていたのは情報隠蔽だけではありません」
ルキナはそう言って話を本題に戻した。チカがタイミング良く、アリシアが作ってくれた血晶石のレポートをテーブルに置いた。チカが状況に応じて資料を提示することで、ゲイラもルキナが何を話そうとしているか知ることができ、突然の話題転換にもついてこられている。
「私に魔法で攻撃をしかけたのはノアルド様ですが、その行為において、ノアルド様本人の意思はありませんでした。当時、ノアルド様は誰かに操られているように見えました」
「つまり、ノアルド殿下はこの石の影響を受けていたと?」
ゲイラは魔法に詳しいわけでも、血晶石を知っているわけでもない。石の資料を出されて混乱しており、頭の中で二つをつなげて結論を出したようだ。その考えは間違っているわけではないので、ルキナは否定しない。
「血晶石というのは、魔法そのものを保存する力をもった石です。今でいう術式だと思ってください。この石に魔法を使える人が魔法を込めておけば、魔法を使えない人でも、この石に込められた魔法を使うこともできるというわけです」
ゲイラがふむふむと頷く。その間に、チカが白色の小さな血晶石を取り出した。
「あの時、その血晶石をノアルド様が持っていたんです。血晶石に残された痕跡を調査したところ、その石に保存されていた魔法を知ることもできました。その魔法は…」
人に説明をするためには、ルキナ自身がこれらの情報を全て理解する必要がある。基礎知識もない話も多かったので、理解するまでかなりの労力を要したが、チカの協力もあり、プレゼンをなんとかここまでの完成度にできた。全て話したころには、何にも代えがたい満足感があった。
「まとめると、病院の検査結果の隠蔽、ミューヘーンさんに対する記憶操作、ノアルド殿下を操った血晶石、ルイス陛下直属の騎士の理由不明の集団離職、それらの関係者の素性といったところですかね」
随分と長々とした話だったが、ゲイラは持ち前の集中力で最後まで聞いてみせた。ゲイラがルキナの話を残さず理解してくれていることを確認すると、しっかり頷いた。
「トウホさんから、過去の様々な事件に秘議会が関わっていることは聞いています」
ルキナは長いこと話したことによる疲れを感じている。が、ここで集中力をきってしまわないように意識的にゆっくりと話す。
ルキナは幼い頃から様々な事件に巻き込まれてきた。ルキナは第一貴族のミューヘーン家に生まれ、ウィンリア王国第二王子であるノアルドの婚約者である。それが事件に巻き込まれる原因だと考えられてきた。しかし、それは間違いで、本当はシアンが近くにいるからだった。事件の中心には、いつだってシアンがいた。そして、それらの事件は、アイザックの長年の調査により、ようやく秘議会が企てたものだと判明した。今までどんなに小さな証拠も残さなかったのに、突然秘議会と事件の繋がりがわかったのは不思議なものではあったが、アイザックが手に入れた調査結果は、秘議会を追い込むことに対し、かなり有力だ。
「私たちの提示した証拠が役に立てるかわかりませんが…これだけ証拠があれば、国軍を正式な理由で動かすことはできませんか?」
ルキナはゲイラに協力を依頼した。それにゲイラが応えた。しかし、それだけで国軍が動くわけではない。ゲイラは国軍において最高指導者ではあるが、国軍が動ける範囲は、国の法律によって強い制限がかけられている。ゲイラの一声があれば国軍は秘議会をつるし上げる動きを始めるだろう。しかし、証拠もなく、疑いがあるという段階で動き出しても、国軍は無力も同然だ。だから、アイザックやルキナが手に入れたような『証拠』が必要だったのだ。
「不可能ではありません」
ゲイラが強く、はっきりとした声で言った。彼の返答を聞き、ルキナはほっとした。絶対にできるという答えではなかったが、これだけでも充分だ。最初は国軍は全く身動きできない状態にあったのだ。そのことを思えば、大躍進だ。
「でも、表立って動くのはまだ先の話になると思います」
軍が証拠をそろえて動き出す準備が整ったわけだが、実際に動き出すのはまだ先のことだ。国軍の中にも秘議会メンバーがいる可能性はある。ルキナが秘議会メンバーだと気づいたバスク・メンフィルだって、国軍にいたのだ。国軍の内部の動きが知られてしまう状態で動くのは危険だ。国軍が動き出すにはまだ早い。しばらくはこれまで通り、アイザックたち数名の信用できる面子だけで動くのが良いだろう。
「その方が良いでしょうね」
ルキナが考えていることをゲイラも考えていたようで、すぐに同意した。「具体的な日取りについてはまた相談しましょう」と言い、ゲイラはルキナたちに黙って軍を動かすつもりはないという意思を表明した。秘議会を逃すことなく捕らえるためには、ルキナたちと国軍が手を取ることが求められる。どちらかが勝手に動けば、秘議会に逃げられるかもしれない。たとえ互いに理解し合えない思想を持っていたとしても、それだけは避けなくてはならない。
ゲイラがルキナに向かって手を差し出した。握手をしようとしているのだろう。ルキナたち学生グループと国軍、二つの集団は協定関係を結んだようなものだ。組織のトップ同士が握手をするのは当然のことだ。ルキナも右手を差し出し、ゲイラの手を握った。ゲイラの手は大きく、がっしりしていて、皮が厚かった。ルキナは、これが軍人の手か、とぼんやり思った。
ゲイラとルキナによる硬い握手の後、ゲイラが「ちなみに」と切り出した。
「バスク・メンフィルは現在、ルイス陛下の騎士団に所属しているようです」
秘議会メンバーの一人、バスクが今は騎士団に所属している。これは、アイザックがゲイラに命令されて調査した結果らしい。所在も知らないバスクを張り込むことはできなかったので、バスクの元同僚に聞いて回ったようだ。意外にも、バスクはルイスの騎士団に入団することが決まったことを世間話として話していたようで、すぐに現在のバスクの居場所はわかったようだ。
しかし、ルイスの騎士団が秘議会メンバーで構成されていることは予想がついていた。秘議会メンバーが騎士団にいるとわかったところで、わかっていることは変わっていないように思われる。ルキナは、せっかく頑張って思い出したことだったのに、あまり進展はなかったように感じた。
「ルイス陛下は騎士団員について情報を開示していません。騎士団に誰がいるのかわかっていない状態でした。一人だけでも身元が分かるというのは、大きな進展ですよ」
ゲイラは気を落としているルキナを励ますように言った。ルキナも、ゲイラの言っていることはよく理解できた。だが、気を落とすだけの理由がルキナにはあった。
「そうですけど。秘議会メンバーの名前をリストアップした表に比べたら見劣りするとは思いませんか?」
ルキナはそう言って、チカに視線を送った。チカは、ルキナの合図を受けても、行動に移すことを一瞬ためらった。ルキナの合図が何を意味するのか理解できなかったのではない。ルキナがゲイラに見せろと言っている資料は、もともと見せるつもりがなかったのだ。だから、チカは本当に見せてしまって良いのかとルキナの意向を疑ったのだ。
ルキナはチカに向かって小さく頷いた。チカはそれを見て、ついにカバンに手を入れた。最後までゲイラに見せなかった資料。チカはそれを取り出し、ゲイラの前に置いた。
「どうやってこれを…?」
ゲイラがチカの渡した資料を見て驚く。そこには、ルキナ達が調べた秘議会メンバーの名前が書き出されていた。これもアイザック、ないしは、ゲイラに隠していた情報だ。ここには病院で医師のふりをした男が吐いた依頼人の名前も含まれている。
「それでも全体を見ればほんの少しですよ。それに、その中のほとんどの方が総隊長さんもご存知なはずですよ」
「どうやって調べたんですか?」
ゲイラが繰り返すようにルキナに尋ねた。手がかりもつかめなかった秘議会の情報の中で、その構成メンバーが最も難関な情報だった。たとえ数人とはいえ、調べるのはかなり難しい。ゲイラが方法を聞きたがるのは当然だ。でも、ルキナたちがこの表を見せようとしなかった理由はそこにある。どうやってこれだけの人物の名前を調べたのか、ルキナたちは明かすことができない。
「本人たちが私たちに教えてくれたんですよ」
ルキナは誤魔化すように言った。もちろんゲイラも納得はしなかったが、ルキナがいずれちゃんと説明すると言うと、渋々頷いた。
「もう真っ暗ですね。そろそろお暇しないと」
ルキナはそう言って立ち上がった。ルキナたちは学生の身分で、明日も授業がある。いつまでもここにいるわけにはいかない。
「それでは、またお話しましょう」
ルキナたちが帰る意思を伝えると、ゲイラも立ち上がって、ルキナたちに挨拶をした。最後にルキナと握手を交わし、互いの協力関係を強調した。




