見極めが大切デスケド。
国軍総本部、総隊長室。ルキナ、チカ、チグサの三人は、総隊長であるゲイラ・カーターを説得し、国軍の協力を得ようと、アイザックに連れられ、ゲイラを訪ねた。ゲイラはルキナたちの話を聞く姿勢を見せたが、テーブルの上には秘議会のエンブレムの封蝋がされた封筒が置かれていた。
(秘議会に先を起こされた?)
ルキナは、秘議会のエンブレムを見逃しはしなかった。ルキナが今一番警戒をしている組織だ。ゲイラは隠すように手紙を回収していったが、その短い時間であったとしてもルキナが気づかないわけがない。この手紙がゲイラの手元にあるということは、ゲイラは秘議会側の人間なのだろうか。
ルキナは、手紙を書斎机の引出しにしまおうとするゲイラの動きを見た。ゲイラは焦った様子で手紙を引出しに押し込む。本来、誰にも知られずに暗に活動するのが秘議会だ。その手紙一つでも、存在が知られるのは、秘議会にとって不利益を被ることになる。焦るのは当然だろう。でも、ゲイラにはどこか落ち着きがある。まるで、見られても困らないと言うかのようだ。そして、極めつけは、手紙を引出しに入れる直前、例の封筒をルキナたちにわざと見えるような角度にしたように見えた。隠そうとしているものなのだから、普通、見られたくない部分は外に向けないはず。それなのに、ゲイラはあまりに油断した動きを見せた。
(違う。この人は秘議会の人じゃない)
ルキナは、ゲイラが秘議会の人間ではないと見抜いた。秘議会は、彼らの魂ともいえるエンブレムを、様々な道具に描いて肌身離さず持ち歩いている。だが、その道具を使うことはない。秘議会の存在が知られていないのは、彼らに繋がるものが何も見つかっていないからだ。秘議会の団結力は、秘密組織としての意識とエンブレムという共通の証をもっていることで生まれるのだろうが、エンブレムを掲げることで秘密組織として成り立たなくなることを恐れているはずだ。秘議会は、己の組織の存在が人に知られることを恐れ、そうならないように常に気を張っている。ゲイラのようなへまをするはずがない。こんなふうに証拠を残してくれるようなお優しい組織なら、ルキナ達も苦労していない。
(わざとだ)
ルキナは、ゲイラがわざと秘議会から受け取ったと思われる手紙を置いておいたのではないかと疑う。ゲイラは国軍のトップの座に上り詰めるような器量の持ち主だ。大きな組織において出世するような者たちは例外なくしたたかだ。そんな人物が、簡単にぼろを出したり、意味もなく手紙を放置しておくわけがない。この様子では、ルキナ達がどんな話をしに来たのか見当がついているのだろう。牽制のつもりか何なのか知らないが、ゲイラはルキナたちの何かを見極めようとしている。
そこでふと馬車の中での会話を思い出す。チカがアイザックは誰かの指示の下で秘議会の調査を行っているのだろうかと疑問を抱いていた。ルキナはアイザックが部下の何人かと一緒に秘密裏に動いていることは知っていた。しかし、アイザックの上の者も関わっていることは考えてもいなかった。とはいえ、チカの考えは妥当なものだ。そして、もし、チカの言うように、アイザックに秘議会を調査するように言った人物がいるとすれば、ゲイラではないだろうか。
結論を言えば、ゲイラこそがアイザックに秘議会の調査を指示したのだ。最終的な目的が同じなのかまではわからないが、少なくとも、秘議会の存在に目を光らせているのは同じ。そして、アイザックがルキナたちに協力することを容認しているのだろう。つまり、ゲイラはルキナたちの味方ということだ。
ゲイラがソファに座り、ルキナたちも定位置につくと、話ができるような状態になったと判断したゲイラがルキナに話を始めるように促した。相手は国軍の総隊長で、年も随分の上の者だ。最低限の礼はつくそうと、ルキナは一度座ったままお辞儀をした。そして、ゲイラの目的と正体を見抜こうと、強い目力でゲイラを見つめる。
「王城内にて、不審な動きをする組織の存在を感知しました。彼らによって既に被害を受けている者もいます。つきましては、親衛部隊のお力を拝借させていただきたく申し上げます」
ルキナがそう切り出すと、ゲイラは興味を示し、もっと詳しく説明するように言った。ゲイラは余裕のある態度で、ルキナから情報を引き出そうとしているように見える。その様子を見て、ルキナは確信した。この人は、ルキナたちと同じように秘議会の実態を調査し、その撲滅を図っているのだと。ルキナたちに手紙を見せたのは、ルキナたちがゲイラを秘議会側の人間だと疑い、情報提供を渋るかどうかの反応を見るためなのだろう。
「もう少し詳しい説明をしていただいても?」
ルキナが丁寧に、簡潔に用件を述べると、ゲイラは興味ありげに続きを促した。ゲイラは、しっかり話も聞かずにルキナの話を戯言だと断言するようなことはせず、話を聞く姿勢を見せる。そんなゲイラの態度にルキナは安心し、自信をもって言った。
「必要ないでしょう」
ルキナの突然の発言に、皆が驚いた。ただし、唯一、ゲイラだけは驚いた様子を見せなかった。感情を表に出さない訓練もしているのだろうが、ルキナはゲイラが本当に驚いてはいないのだと思った。ゲイラはニコニコ笑っているばかりで、何も言おうとしない。そこで、ルキナはもう一度言った。
「お話するまでもありません。あなたは既に協力者に準ずる方です」
ルキナはゲイラの目を見据える。ゲイラは相変わらずニコニコと笑ったまま、ルキナにその結論に至った理由を尋ねた。
「理由は一つです。あなたが私たちに手紙を見せたからです。秘議会から渡されたように見せかけたあれは、あなたが偽造したもので、あなたは秘議会と一切の繋がりはありません」
「あの手紙を見て、どうしてそう思ったんですか?」
「秘議会が送り主が誰か一発でわかるような手紙を送るとは思えません。それに、あなたはあの手紙をわざと私たちに見せたように見えました」
ゲイラの問いに、ルキナが冷静に答えていく。チグサとチカが心配そうにルキナとゲイラのやり取りを見ている。だが、心配には及ばない。ルキナは負ける気がしない。
「それだけの情報で判断するとは、いささか焦りすぎたのではないか?」
ゲイラが急に態度を変えてきた。温厚そうな雰囲気を出していたのに、ここにきて高圧的な態度。しかし、ルキナの姿勢は揺るがない。ゲイラを見つめる目には自信があふれている。ゲイラはそのルキナの強い目を見て、ふっと笑った。
「無鉄砲なようでいて、無謀な賭けには出ない。予想以上に頭が切れるようで安心した」
ゲイラは鎌をかけたつもりだったようだが、それは失敗に終わった。正しくは、鎌をかけてもルキナがそれに乗らないほど、自分の考えに自信をもっていた。
「トウホが本当のことを言ったわけでもなかろうしな」
ゲイラはチラリとアイザックを見た。アイザックは、自分がゲイラに疑われていたことに気づき、固まる。ゲイラは、ルキナがゲイラの思惑に気づいたのはアイザックが何か助言をしたからではないかと考えたようだ。しかし、それは事実と異なる。アイザックは、何と言って弁明しようか考えている。その様子を見て、ゲイラはアイザックがルキナに話したわけではなさそうだと判断した。
ゲイラがバシンと膝を叩いて立ち上がった。書斎机に近づき、先ほどしまったばかりの手紙を引出しから取り出し、ひらひらと振ってみせた。
「この手紙に気づかず、大切な情報をペラペラと話すような人たちだったら、仲間と呼ぶのは遠慮しようと思っていたところだ。たとえ子供であろうと、甘さは許されない。判断ミスは命取りになる」
ゲイラが手紙を持ってソファに戻ってきた。ゲイラがルキナたちを見て、満足そうにする。ルキナの予想通り、ゲイラはルキナたちの反応を見るために、あの封筒を見せたのだ。チグサとチカも、封筒に秘議会のエンブレムの封蝋がされていることには気づいたが、ルキナのような考えにはいたらなかったようだ。
「そう、私はミューヘーンさんの言う通り、秘議会とは何のつながりもありません。そして、トウホに命令を出して秘議会のことを調べていました。目的はもちろん、秘議会を捕らえ、国をあるべき形に戻すためです」
ゲイラが持っていた手紙をバサッとテーブルの上に落とした。憎き敵を見ているかのように、ゲイラが手紙を睨む。その後、朗らかな笑顔をルキナたちに向けた。
「したがって、ミューヘーンさんの言う協力に関しても、快く承諾しましょう」
ゲイラの返事を聞き、ルキナたち三人は慌ててお辞儀をした。「ありがとうございます」と、ルキナが代表して感謝の言葉を述べる。
「一応、私の説得のために開示しようとしていた情報を教えていただいても?」
ゲイラは、アイザックから今日、ルキナがどのような用でここにやってくるのか聞いていたが、そのあたりのことも聞いていたようだ。ゲイラが味方だとわかった以上、ルキナたちも情報提供を渋るつもりはないが、目的が変わってしまうと、随分と気が抜けてしまうものだ。
「別にそれは構いませんが…。」
ルキナは、ゲイラに求められるままに話をしようかと思ったが、この秘議会のエンブレムの封蝋を手に入れたのか、どうしても気になる。話をする前に聞いてみたいと思った。そんなルキナの気持ちを察したのか、ゲイラが「それは証拠品をもとに模造したものです」と言った。と言っても、封蝋が存在するかもわからないそうだが。
「秘議会というのは、その紋様が描かれた物を持っていなければ参加できないようです。たとえ、彼らの秘密を知っていようと、それがなければ仲間に加われない。それが掟のようです」
ゲイラが説明をしてくれたが、それが封蝋の説明になっているのか微妙なところだ。ルキナが困ってゲイラを見ると、ゲイラはアイザックに視線を送った。アイザックは手に持っていたバッグから、小さな袋を取り出した。その中に入っていたのは、竜と盾が描かれたペンダントだった。
「実は一人捕らえたんですよ。秘議会関係者を。偶然、別の件で逮捕した犯罪者の中にこれを持っている者がいましてね。ただ、このペンダントを持っていただけで、ここ最近の秘議会に関わりがあったわけではないようでした。親の形見だと言っていましたが、これが何に使われている者なのかすらも知らないようでしたから」
アイザックが手に持っているペンダントを見ながら、ゲイラが説明をする。実は、ルキナもチカも、秘議会のエンブレムを見たことはなかった。だいたいこういうものだろうという共通認識はあったが、本物がどういうものなのか知らなかったのだ。だからこそ、偽造したという封蝋をどうやって作ったのか知りたかったのだ。
その一方で、なんでこんなに大切な情報を教えてくれなかったのかと、ルキナはアイザックを見て視線で訴えた。ルキナの怒りをぶつけられ、不本意そうにしながら、アイザックが首を振る。アイザックはゲイラから口留めをされており、ペンダントについては言えなかったのだ。この証拠品を国軍が手に入れた時点では、ルキナはゲイラの信頼を勝ち取っていなかった。アイザックが情報をくれなくとも、仕方のないことだった。
ルキナは、アイザックに「不満を言うのは我慢してあげるから、代わりにペンダントをちゃんと見せてください」と手のひらを見せて言った。国軍の人間というのは、基本的に内輪だけで解決をしようとする。他所と協力すれば早く進む調査も、国軍だけでやってしまおうとする。そのため、自分が手に入れた情報や証拠品が他所に渡るのを嫌っている。アイザックのような根っから国軍の人間は、証拠品を少し貸すだけでも渋る。ルキナが「ん」と声を出し、早く渡すように催促して、やっと渋々貸してくれた。
(協力はしろっていうくせに、あんまり協力的じゃないわよね、この人)
ルキナは、ペンダントに描かれた紋様をじっくり観察する。後ろにいるチカにも見せながら、初めて見る秘議会のエンブレムを目に焼き付ける。
(なんか、どっかで見たことあるのよね)
ルキナはエンブレムを見て何か引っかかるものを感じる。ルキナは、以前どこかでこの紋様を見たことがある気がして、それを思い出そうと頭をひねる。しかし、なかなか思い出せない。その時、不意に、チグサが声を発した。
「書くものを貸して」
チグサがチカに向かって言う。チグサが何を書こうとしているのか、なぜこのタイミングでペンが必要になったのかは誰にもわからなかったが、チカは何も尋ねず、ポケットに入れていたペンをチグサに差し出した。そのやりとりを見て、ルキナは急に霧が晴れたような気がした。
「ペン…。」
「ペン?」
ルキナが思わず呟くと、アイザックが怪訝そうにルキナの言葉を繰り返した。
「あの!十年前の海で、バクナワが現れた時、トウホさんと一緒に来た人!」
ルキナは身を乗り出し、アイザックに顏を近づけた。アイザックはルキナの勢いに圧されながら、「たしか、バスク・メンフィルだったはずだ」と答えた。アイザックは、初めて会った時にバスクを優秀な新人だと思い、記憶にとどめておいたようだ。いつか出世して自分の前に再び現れるかもしれないだろう、と。しかし、アイザックは、ルキナがバスクの名前を聞いて何がしたいのかわからず、困惑している。
「この模様が描かれたペンを持っていたんです」
ルキナは興奮が抑えきれないまま、ペンダントを握りしめて言った。ルキナの話を聞いて、「なんでそんな昔のことを覚えてるんだ」とアイザックがぶつぶつと呟いた。八歳のルキナの記憶など信用ならんと言いたげだ。しかし、ルキナはバスクという人が秘議会メンバーであることを確信している。彼が竜と盾の紋様が描かれたペンを持っているのを見たという記憶に自信があるのだ。
「その人は今何してるんですか?」
「さあ…。」
バスクから秘議会を探ろうと意気込むルキナに対し、アイザックは随分冷めている。アイザックが興味もなさそうに曖昧に答えると、ゲイラがアイザックを睨んだ。ゲイラは、大切な手がかりなのだから逃すことなく、ちゃんと調べろと、上司らしく言った。それに対し、アイザックが「わかりました」とはっきり答えた。アイザックはルキナにあいい加減な人に見えていたが、上司が相手になるとしっかりとした大人に見える。子供の前でしか威張れない悲しい大人にも見えなくはなかったが。
ルキナたちは、ゲイラが聞きたがっていた話をしようとしたが、時間がそれを許さなかった。ゲイラが忙しくて時間がないのは嘘でも何でもなかったらしく、ルキナたちは追い出されてしまった。だが、ゲイラの方も話をこれで終わらせるつもりはなく、また後日時間を合わせて話をしようということになった。タイムリミットという制限のあるルキナたちにはそう悠長なことは言ってられないが、焦って秘議会にこちらの動きが察知されても困る。日を改めることでお互いに合意した。
「今度時間に遅れたら許さないからな」
アイザックは、ルキナたちを馬車まで送ってくれたが、約束の時間に遅れたことはまだ怒っていたようだ。最後までアイザックは大人げないように思えたが、ルキナは「はいはい」と適当に返事をし、別れた。
馬車に乗り込み、三人は学校に向かって帰路を急いだ。
「ねえ、チグサってさ、私の記憶覗いたりした?」
向かい側に座るチグサに向かって、ルキナが唐突に尋ねた。チグサは、触れられたくないところを触れられたように、嫌そうな顔になる。チグサが感情を表情に出すということは、それだけ聞かれたくないことなのだろうが、ルキナはそれを無視した。
「私にかけられてた魔法を解く時、もしかして、そういうこともできたのかなって。でも、別に責めるつもりはないわよ。でも、なんかそうなんじゃないかって思うようなことが最近多いから」
ルキナがそう言うと、チグサは申し訳なさそうに頷いた。チグサは血の誓約で自らの口から大切な情報が話せない代わりに、ルキナの記憶を利用し、ルキナを正解に導いてきたのだ。チグサは記憶を覗いてしまったことに対し「ごめん」と謝ったが、ルキナはチグサを責める気はない。
「別に見られて恥ずかしい記憶なんてないんだし、大丈夫よ。それに、私たちには、それよりも大事なことがあるんだから」
ルキナはそう言って、チグサにペンダント見せた。アイザックから借りてそのまま持ってきたのだ。ルキナも最初は盗むつもりはなかったのだが、返せと言われなかったので、返すのを忘れてしまって、そのまま持ってきたのだ。
「こういうのはチャンスだと思っておおいに利用していきましょ」
ルキナは、ルキナが無謀な作戦を考えていることを察し、呆れているチグサとチカに向かって、ニッコリ笑う。シアンのためなら、ルキナは全力をつくすつもりだ。




