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これで次の作戦に進めるんデスケド。

 冬休みが終わり、授業が再開した。ルキナはやっとシアンと話をすることができたわけだが、それによって何かが変わるわけではなかった。学校に行けば、シアンはずっとルイスのそばについていて、とても近づくことはできなかった。それはルキナだけではなく、年明け最初のパーティ以来、誰もシアンと話せていない。ルイスが目を光らせているだけではなく、以前のようにシアン自身が人を寄せ付けようとしないのだ。あの夜の出来事が全て夢だったのではないかと思ってしまうほど、状況が元通りになってしまった。

「だからって、そんなにくよくよしてもしょうがないでしょ」

 ルキナは、皆揃って気分を落としているのを見て、呆れ気味にため息をつく。ルキナだって、少しくらい状況は良くなるのではないかと期待していた。しかし、そう簡単に上手くことは運ばない。だが、それなら、今まで通り計画を遂行するまでだ。シアンと言葉を交わす手段を手に入れた今、当初の目標通り、地道に協力者を増やしながら秘議会をつぶす計画を進めるべきだ。

「もうっ、みんなしてしょぼくれちゃって」

「ルキナはいいですよ?これからだって会いに行けますもん」

 ルキナが皆のテンションの低さに肩をすくめていると、イリヤノイドが突っ伏して、ルキナを羨ましそうに見た。ルキナには、城に忍び込んでシアンの部屋を訪ねるという、シアンに会いに行ける方法がある。しかし、それを使えるのは、ノアルドの婚約者という肩書をもつルキナだけ。他の者では、城にしょっちゅう出入りする理由が提示できない。イリヤノイドは、ルキナばかりシアンと話ができてずるいと訴える。

「別に楽しくお喋りするためだけに行くんじゃないわよ」

 ルキナは、ちゃんと目的をもってシアンに会いに行くつもりだ。でなければ、見つかってしまうリスクを抱えながら、あんなに危険を冒してまで忍び込む意味がない。イリヤノイドに妬まれる覚えはない。

「だったら、ノアルド様の方が先輩と接触しやすいんじゃないですか?木登りまですることないですし」

 不意に自分の名前が挙がったので、ノアルドがイリヤノイドを不思議そうに見た。イリヤノイドは、ルキナだけシアンと話をしにいける状態にあるのが悔しいので、ルキナもシアンに会いに行けなくしようとする。ノアルドは王族であるため、当然のように城の出入りが可能だ。シアンの部屋に近づくことも不可能ではない。しかも、わざわざ庭の木を登る必要もない。しかし、シアンとの連絡手段を確保することを考えたとき、この手をとらなかったのにはそれなりに理由がある。

「ノア様をルイス様と敵対させる気?」

 このことについては散々話し合っていたので、ルキナはうんざりしながら言う。本当はルキナがシアンに会いに行くべきではないと、ルキナもわかっている。ルキナとシアンが繋がっているところが見つかったら、ルキナたちの動きが制限されることが目に見えてはっきりしているからだ。でも、他に方法がなくて、そうせざるを得なかった。

 ノアルドは王族の一員であるが故に自由に動きやすい。城の出入りに限らず、この場の誰よりも権力をもっている。しかし、その反面、ちょっとしたいざこざが、国も揺るがす大きな問題に発展してしまう可能性がある。たかだかノアルドがシアンの部屋に忍び込んで話をしただけだったとしても、ルイスに対する反逆とみなされれば、ノアルドは王座を狙って画策を練っていると思われかねない。そうなれば、もとからノアルドを支持していた反国王派が騒ぎを起こし始め、大規模なお家騒動へと発展するだろう。したがって、どんなに動きやすくても、ノアルドは言い逃れできる立場にとどまっておかなければならない。

 ルキナがやはり自分がシアンに会いに行くのが最良の選択だと説明すると、イリヤノイドは不貞腐れたように「わかってますよ」と言った。イリヤノイドは少しシアンと話してしまったがために、余計に寂しさを感じている。

「俺なんかあん時も話せてないんだぜ」

 ルキナがイリヤノイドを落ち着かせると、一連のやりとりを見ていたタシファレドが言った。タシファレドもあの日のパーティには参加していたのだが、シアンと言葉を交わすことはなかった。そのことをタシファレドは残念に思っている。しかし、それについてはタシファレドが誰が悪いとか言える話ではない。

「話せなかったのはあんただけじゃないでしょ」

 ルキナは、また厄介な奴がぐだぐだ言い出したな、なんて思いながら、少しイライラしながら言った。ルキナが不機嫌に答えるので、タシファレドも「そうだけどよ」と口をとがらせた。タシファレドがシアンと話せなかったのは、そのチャンスがあった時にタシファレドが近くにいなかったからだ。でも、タシファレドはそのことを納得していない。

「それはあんたが一緒にいなかっただけじゃない。運が悪かったと思いなさい」

 子供みたいにすねているタシファレドに向かって、ルキナは母親のように厳しく言い放つ。こんなところでぐだぐだ言っていても仕方ないのだ。早くシアンに会いたいなら、作戦を積極的に進めていくべきだ。

「そうですよ。先生の言う通りです。ナンパをしまくってた人が悪いんです」

 ユーミリアがルキナの話に同調して、さりげなくタシファレドを悪く言う。タシファレドは、眉をひそめてユーミリアを見る。

「してねぇよ」

 タシファレドがナンパを否定すると、ユーミリアが「うっそー」とわざとらしく驚いてみせた。ユーミリアは、タシファレドはどんなところでもナンパをする軽い男だと認識している。しかし、最近はタシファレドもそういうことは自粛しているし、そのようなイメージをもたれるのも好意的ではない。

「たくさんの女の子たちに囲まれているのを見ましたよ」

「だからってナンパって決めつけるな」

 ユーミリアがタシファレドはナンパをしていたからシアンと話ができなかったのだと決めつけてくrので、タシファレドはイライラしながらそれを咎める。しかし、ユーミリアはどこ吹く風といった様子で、自分の考えを改めようとしない。そんなタシファレドとユーミリアの間に、ハイルックが強引に割り込んできた。

「ロット様はあふれ出る魅力で女性たちをひきつけているだけで、ロット様の方からお声掛けをするまでもないんですよ!」

 ハイルックが自信満々に言う。まるで自分のことのように誇らしげだ。だが、そのような解説をされたタシファレドも、さほど嬉しそうな顔をしない。タシファレドはハイルックの言っていることは間違っていると言いたげに、そっと視線を外した。

「え、きっも」

「きもくはないでしょう!」

 ハイルックの話を聞いて、ユーミリアが引く。そして、ハイルックは机を叩いて怒る。ハイルックはタシファレドが侮辱されることをひどく嫌う。だが、当の本人は、他人事のように二人のやりとりを無視し、聞こえていないふりをする。

「バリファ先輩、役員以外が生徒会室にいるのは良いんですか?」

 ユーミリアは、タシファレドとハイルックを追い出そうと、ベルコルに協力を求める。ここは生徒会室で、生徒会の役員でもない二人はここにいる必要がないし、なんなら追い出されても文句はいない。ユーミリアは、ベルコルはルールに厳しい人だし、きっと二人を追い出してくれると思った。一方で、ベルコルは、急に自分に話が振られたので戸惑っている。ユーミリアたちが喧嘩していることは知っていたが、自分は関係ないと完全に意識をそこにむけていなかったのだ。

「え?ああ、仕事を手伝ってくれるみたいだし」

 ベルコルは驚きながらも、タシファレドたちを追い出すつもりはないと言う。すると、今度はユーミリアが驚いて、その場に固まる。それを見て、ハイルックはツキが自分にまわってきたと確信した。「はんっ」と、ユーミリアを嘲笑し、「そうそう。大切な労働力なんだから、もっと労わってくださいな」とユーミリアをおちょくる。ユーミリアがこのハイルックの態度に対して腹を立てないわけがない。

「馬車馬の如く働かせましょう!」

 ユーミリアはベルコルに、ハイルックにさらに仕事を与えるように言った。それを聞いても、ベルコルは良い顔はしない。あくまでハイルックは善意で手伝ってくれているボランティアであって、役員ではない。勝手が違うのは当たり前だ。

「でも、そもそも役員はもっといただろ」

 タシファレドが頬杖をついて、つまらなそうに言った。タシファレドたちは人手不足だと言う生徒会を手伝うという名目でここに来ている。でも、タシファレドからしたら、人手が足りないという状態になっていること自体が理解できない。たしかに、ベルコルが新しい役員を増やそうと言わないくらいには役員はいる。いや、正しくは「いた」かもしれない。というのも、生徒会に入った者の中には、文化祭の企画をやりたくて志願したという人が一定数いる。文化祭という大きなイベントが終わってしまい、役員たちのモチベーションは上がらず、そのまま生徒会に来なくなるということは少なくない。特に、この部活の予算・決算に関する仕事が増えていく時季は、役員が幽霊役員になっていく率が高い。幽霊部員になったからといって、生徒会側に彼らを引き留める権利も義務もない。そうして、結局、生徒会は仲良しメンバーだけの集まりになってしまった。生徒会メンバーなら、ここにいる人たちがプライベートでも仲が良いことを知っている。内輪の集まりのような生徒会には、余計に戻って来づらい。

「過去の栄光にすがるのは良くない傾向ですよ」

 ユーミリアがウフフと誤魔化すように笑う。ユーミリアたちの会話が生徒会室を支配していただけに、その彼女らが険悪なムードで話を終わらせるものだから、なんとなく空気が重くなってしまう。そんな中、不意にチグサが口を開いた。

「タイムリミットがある」

 チグサは皆に聞こえるギリギリの声量で言った。チグサなりにこのタイミングを選んだ理由はあるのだろうが、皆、チグサのテンポにはうまく合わせられない。

「タイムリミットがある?」

 リリが反射的にオウム返しをした。リリも当然のように生徒会室にいて、シアン奪還作戦の話を聞いているが、最初はルキナたちの活動のことを知らなかった。ルキナたちがアウスに会いに行ったあたりから、リリもルキナたちの事情を知り、自然と協力をしてくれるようになった。

「タイムリミットとは、彼を助け出すことに関してですか?」

 ベルコルが冷静にチグサに尋ねる。チグサはベルコルの方を見つめて、こくんと頷いた。

「姉様、それはいつなんですか?」

 今度はマクシスがチグサに質問する。

「春」

 シンプルな返答が返ってきた。どうやらチグサは具体的なことまで言えないようで、当然のようにタイムリミットが存在する理由も口にしなかった。

「春っていうと、長いようであっというまですね」

 シェリカが間に合わないのではないかと焦り始める。

「でも、もともとこの作戦は四月とか五月に完成する予定だったでしょ?それだと遅いの?」

 ルキナは、作戦を立て、動き始めた時点で、なぜチグサがこのことを言わなかったのか疑問に思う。タイムリミットがあるなら、それに絶対間に合うように作戦を立てなければならなかったはずだ。しかし、当時、チグサはタイムリミットのことなど何も言わなかった。まるで今思い出したかのようなタイミングだ。

(でも、あえてこのタイミングで言うって決めてたなら、もともとの作戦だとタイムリミットに間に合うってこと?タイムリミットがあるから、予定の後ろ倒しはできないって忠告してくれただけ?)

 ルキナの指摘に、チグサは困ったように笑う。チグサはこれにも答えられないらしい。チグサの言うタイムリミットが日時が特定できるものなのかもわからないので、チグサが答えないのがチグサにかけられた制約だけが理由なのかもわからない。

「ただ、そうなると、これ以上悠長なことは言ってらんないってことだよな」

 ミッシェルが悩ましそうに頭をかく。全ての計画を立てた段階で、日にちの余裕はとってある。だが、それ故に、それ以上の時間を用意することは不可能ということになる。ミッシェルは、次なる作戦の期限が差し迫っていることを理解している。だから、かなり焦りを感じている。

「あと何が足りないんですか?」

 チカがルキナに問う。次の作戦に移れないのは、それに必要なものが出そろっていないからだ。だから、チカはルキナに何が必要なのかを確認する。ルキナは、頭の中で確認するように揃っているものを思い出す。そして、足りないものを口に出す。

「あとは石の資料と…」

 ルキナがそう言って、チカの質問に答えようとしていると、視界の端でチグサが顔を上げてドアの方を見た。誰かが来るのだろう。ルキナはこの話の流れと、チグサの様子を見て、誰が何の用で来たのかだいたい予想がついた。

「それは間に合いそうね」

 ルキナは微笑み、生徒会室に向かって来る人物がドアを開けて入ってくるのを待つ。他の者たちもドアに視線を集め、ドアが開くのを静かに待った。

 生徒会室に近づいてきていた足音が止まり、ドアノブが回された。そして、ゆっくりドアが開かれる。

「え?え?どうされたんですか?」

 生徒会室に入ってきたのはアリシアで、皆が注目していたので、何かあったのかと動揺する。入ってはいけないタイミングで入って来てしまったと思ったのか、引き返そうとする。しかし、みんな彼女を待っていたのだ。

「なんだよ、アリシアかよ」

 最初に声を発したのはタシファレドだった。タシファレドは安堵の気持ちで言ったのだが、アリシアには落胆に聞こえたようで、「どういう意味?」と目くじらを立てる。そんなやりとりを見て、ユーミリアが「逆に誰だと思ってたんですか」と、タシファレドに呆れる。皆、誰が現れるのか予想できているものだと思われたが、タシファレドだけはちゃんと話の流れをくみ取れていなかったようだ。

「良いのよ、アリシアちゃん。その人たちは気にしないで」

 ルキナは、アリシアに微笑みかけ、何の用で来たのか尋ねた。アリシアは、ルキナに問われると、自分が何のためにここに来たのか思い出し、ルキナの近くまで歩いてきた。

「ルキナ様、お待たせしました。これが調査の結果とお借りしていた石です」

 アリシアはそう言って、一部の資料と白色の小石をルキナに渡した。アリシアが渡してくれた小石は見覚えのあるもので、ノアルドがサイヴァンから受け取り、体を操られた時に落とした物だ。アリシアにこの石の調査を任せていたのだが、やっと結果が出たらしい。

「その石は、血晶石と言いまして、古くから魔法を閉じ込めることに利用されているものです。ただ見た目に特徴がなくて判断に時間がかかりました」

 アリシアが本当に苦労したとしみじみと言った。

「特徴がない?」

 博識なベルコルも石に詳しいわけではないようで、興味津々にアリシアに質問をする。アリシアも自分の努力の成果を披露する絶好の機会なので、生き生きと説明を始める。好きなことの話になると話がとまらなくなるタイプがいるが、アリシアもそのタイプらしい。

「正確に言うと、保存された魔法によって見た目の特徴も変化するので、統一性がないんです。さらに、魔法の種類だけではなく、石の大きさによっても変化の仕方が変わるんです。つまり、同じ魔法だからといって、どんな石も一様に変化するとは言えないんですよ。現時点では、その原因は『石の大きさ=魔法の保管可能量』にあると考えられていて、血晶石のキャパをオーバーしたところで石に変化が起こるのではないかと言われています」

 アリシアはそこまで早口で一気に話したが、一度息を整え、話を聞かせるべきベルコルの反応を伺った。ベルコルはアリシアの話についていけているようで、真剣な表情でアリシアの話の続きを待っている。アリシアは、ちゃんと石に興味を持って話を聞こうとしてくれるベルコルに好感を抱き、その期待に応えようと気合を入れて話を再開する。

「だから、血晶石と一言で言っても、見た目で判断するのは難しいんですよ。専用の機械があればあっという間だったと思うんですけど、うちにはないんです。工業的に血晶石を使う時代はとうの昔に過ぎ去ってますから、企業の研究室は保有していませんし、普通は上級学校の研究室程度にしかおかれません。それなのに、うちの学校の研究室はマイナーなものばかりテーマにしていて、王道の血晶石の研究室がないんですよ」

 アリシアは、自分が調べている石が血晶石であると早い段階からあたりをつけていたが、肝心の証明方法がなかった。いつも自分の学校にない機械を使いたいときは、教授に紹介してもらった企業の研究科に赴き、機械を借りている。しかし、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。当てにしていた企業に機械がないのではどうしようもない。アリシアは、教授に相談し、他の学校に血晶石を調査する専用の機械を借りられないかお願いをした。教授たちのネットワークは広く、すぐに話は進むだろうと思われたが、意外にも、教授の説得に一番骨が折れたそうだ。ようは、マイナーな内容を研究テーマにしている教授たちは、自分たちの研究に誇りを持っており、研究者の多いポピュラーなテーマに関しては対抗意識を抱いている。だから、いくら知り合い相手でも、ある意味ライバルとも言うべき人に頭を下げて機械を借りるのは癪だったのだ。頭の固い者が多くて困ると、アリシアが苦笑する。

 ルキナも、この学校の研究室はマイナーなものを選択している教授が多いことを身に染みて理解している。ルキナが同級生よりも先に所属を決めた研究室は、リュクラル史をテーマにしている。しかし、それは国史の中でもかなりマイナーな分野で、常に研究室は人不足に悩まされている。マイナーな分野を選択したくてこの学校に入学を決めた生徒もいるくらいなので、そういった部分がクリオア学院の特長であるともいえるが、それ故に、生徒たちも困難を強いられるこもある。ルキナは、アリシアの話を聞いて笑ってはいたが、大事な生徒のためなんだからもう少し融通が利いても良いではないかと思った。

 話が脱線してしまったので、アリシアが「それはともかく」と言って、話を本筋に戻しにかかる。

「この石に魔法を閉じ込めておけば、条件が揃えばその魔法が発動することができるんです。ちなみに、どんな魔法が使われたのか、その石に残された痕跡も調べましたよ」

 アリシアがルキナの手元を見て言う。アリシアの言ったこと全てがこの資料に書かれているらしい。アリシアは仕事ができる子だ。ルキナは、「優秀ね」とアリシアをほめたたえる。

 ルキナはパラパラと資料をめくり、ざっくり目を通す。最後には参考文献まで書かれていて、レポートのお手本のような完成度だった。参考文献にはいくつかの資料が書かれており、その著者名も書かれていた。ルキナは、そこにサイヴァンの名前を見つけた。サイヴァンは、国家魔法技術士と世に名をはせているが、その名が有名になったのは、魔法及び魔術の分野において、様々な研究をし、その画期的な研究結果が専門家を唸らせ、魔術工科学を大きく発展させた第一人者だからである。彼が血晶石の研究をしていてもおかしくはないが、その研究を秘議会の野望のために利用してしまったのだとわかると、なんだか胸が痛くなる思いだった。

「サイヴァン先生は完全に黒ね。もう真っ黒黒すぎて何が黒かわからなくなりそうだわ」

 ルキナは吐き捨てるように言うと、資料をチカに渡した。チカがチラチラとルキナの手元に視線を送って来ていて、明らかに読みたそうだった。ベルコルも気になっている様子だったが、ベルコルには話があるし、後で読んでもらうことにする。

「石の正体もわかったことだし、あとは…。」

 ルキナはそう言ってベルコルの方を見た。ベルコルはルキナが何を求めているのか瞬時に理解し、ブレザーの内ポケットから封筒を一通取り出した。

「この中に…?」

 ベルコルから白色の封筒を渡されたルキナは、封筒の口を開け、中に入っていた紙を取り出す。

「随分と手こずらされたよ」

 ベルコルが手強い相手だったと言って苦笑する。ベルコルは、ルキナに頼まれ、病院でルキナの記憶のことを隠した人物を調査していた。ベルコルがルキナに渡したのはその報告書にあたるものと証拠だ。ベルコルの父の証言で犯人のだいたいの目星はついていたが、秘議会にベルコルの動きを察知されないように気をつける必要があったため、ここまで時間がかかってしまった。

「なんだ。用意してあったなら出し惜しむことはなかっただろう」

 さっきまで時間は散々あったのに、なんで今なんだ、と、リリがベルコルを訝し気に見る。ベルコルは「惜しんでなどいない。後で個人的に渡そうと思っていたんだ」と今日中にはルキナに封筒を渡すつもりだったと言う。リリはベルコルの発言を見苦しい言い訳と捉え、鼻で笑う。ルキナはリリがベルコルにつっかかっているのを無視し、報告書を軽く読む。その内容がルキナの満足するものであることを確認すると、椅子から立ち上がり、皆の顔を見渡した。

「これで証拠は揃ったわ。軍に話をつけにいく時が来たわね」

 ルキナがニッコリ笑うと、ユーミリアが嬉しそうに歓喜の声を上げた。これで次のステージに進める。ルキナは大きく息を吸い込み、次なる作戦に向け意気込んだ。

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