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ロミジュリにだって引けを取らないんデスケド。

 パーティが終わり、貴族たちが帰宅のためにホールから出ていく。ルキナも皆に続いてホールから出た。しかし、ルキナは皆と違い、城の外を目指してはいない。廊下を進み、人の目を盗んで道をそれた。

「ルキナ」

 ルキナが進んだ先にはノアルドが待ち構えており、ルキナの名前を呼んだ。ノアルドは、一足先にパーティ会場から移動していて、この待ち合わせ場所でルキナを待っていた。

「こっちです」

 ノアルドは短くそう言って廊下を早歩きで進み始めた。ルキナは黙ってその後ろについていく。時々、城の従者とすれ違いそうになると、ルキナは物陰やノアルドの陰に隠れ、身を隠した。ルキナがノアルドと一緒に城の中を歩いていること自体は問題視されるようなことではない。ただ、見つかったら面倒だし、城内で何か問題があった時にルキナが疑われるのも厄介だ。少しでも城の中でルキナを見かけた者を減らしておく必要がある。

 そうして、こそこそと隠れながら、二人は一階の庭に面した外廊下に移動した。庭といっても、城を囲むように木が並んで植えられているだけで、あとはただの草原だ。時々、この広大な庭で催し物が開催される。しかし、そういうイベントがなければ、何もない寂しい場所だ。

「ルキナ、あれです」

 廊下の終わりが見えてきた時、ノアルドが一本の木を指さして言った。今回、ルキナが登る木を教えてくれているのだ。ルキナは神妙な顔で頷き、手指をほぐし始める。

 廊下の端に到着すると、ルキナはターゲットの木の前に立った。下から上まで、その幹の凹凸を確認する。木には触れず、登るシミュレーションを脳内で行う。それを数回行った後、ノアルドの方を見た。

「ノア様、お願いします」

 ルキナがノアルドに合図を送ると、ノアルドがルキナに向かって右手をかざした。数秒の間、ルキナに手のひらを見せたまま、目を閉じた。ルキナに魔法をかけているのだ。

 ノアルドは、魔法をルキナにかけ終えると、目を開け、「気をつけてくださいね」と微笑んだ。ルキナはコクリと頷き、木に向き直った。そのまま木に近づき、手をかけた。手に力を入れて体を持ち上げると、足を幹のでっぱりに引っかけ、今度は足で体重を支えて、腕を伸ばす。練習の成果もあり、するすると木のてっぺんへ向かっていく。

(あと少し)

 てっぺんに近づき、枝も増えてきた。ここまで来れば一安心だ。足場も確保できるし、木の葉がルキナの姿を隠してくれる。木の葉に隠れている部分のシミュレーションは行えなかったが、その分、枝が多くて上りやすい。

 この木には、チグサの魔法がかけてある。ルキナの姿を隠すための魔法だ。ただ無条件で姿を隠してくれるわけではなく、木の葉に隠れなければ効果はない。だから、足りないところはノアルドの魔法で補う。木の葉のあるところまで、ルキナを隠すために、ノアルドが魔法をかけた。チグサにやり方は教えてもらったと言っていたが、ノアルドはもとから魔法の才能があったので、習得するまでそう苦労しなかったようだ。

 しかし、魔法があるからといって気を抜いて良いわけではない。あくまで気休め程度の効果しかない。見つかる時は見つかる。ルキナ自身の用心が一番重要だが、やはりないよりはあったほうが良い。

 ルキナは、三階の窓の見える位置まで上り、安定した太めの枝の上で立つ。そして、小さなポケットから小石を数個取り出す。そのうちの一つを右手で持つと、腕を振り上げた。

(気づいてよっ、と)

 ルキナは小石を投げて、目の前の窓に当てた。コツンと音が鳴って、小さな黒い影が下に落ちていく。シアンがいると思われる部屋の窓にはカーテンが閉められていて中は見えないが、灯りはついている。こうして窓を石で叩いていれば、いつか気づいてもらえるだろう。

 ルキナが持ってきた石がなくなろうかという時、シャッとカーテンが開かれた。ルキナは急いで木の葉の陰に隠れる。もし部屋にいたのがシアン出なかった場合、シアン以外にもいた場合、ルキナがここにいることがバレてしまう。ルキナは木の葉の隙間から窓の様子を伺う。

 キュッと音が鳴って、窓が開いた。部屋の明かりが、ルキナのいる木に当たる。窓から顔を覗かさせた人物は逆光で、その姿と顔がよく見えない。それでも、ルキナは目の前にいる人物が誰かはっきりわかった。葉の間から顔を出し、ニッと笑う。

「良かったわ、気づいてくれて。石がなくなったら、下りて石を拾ってまた上らなきゃだったもの」

 ルキナは手のひらで残っていた石二つを転がした。ドレスを着たままなので、石を大量に持って登ってくることは叶わなかった。もし、石数個で気づいてもらえなかったら、ルキナは石を拾いにもう一度下に下りなければならなかった。

「あなたがなぜここに?」

 ルキナはドキンと胸を高鳴らせた。ずっと聞きたかった声がルキナのためだけに発せられている。ルキナは嬉しさのあまり、少し泣きそうになってしまった。

 赤い二つの目がルキナをじっと見つめている。顔が影になっていても、彼の目はぼんやりと光っている。ルキナがここにいることに驚いているようで、他に何も言わないし、ルキナから目を離そうともしない。

「ロミオとジュリエットみたいね」

 ルキナは、質問に答えず、冗談を言ってクスクスと笑う。

「あ、でも、逆かしらね。これだと私がロミオ側みたいだわ。言いたかったのに、あのセリフ。おお、ロミオ…。」

 ルキナはノリノリで演技を始めたが、すぐにやめた。自分がテンションが上がってしまった故にから回ってしまっていることに気づいた。一度ゆっくり深呼吸をし、二つ並んだ赤い瞳を見つめた。

「シアン、久しぶりね。元気にしてたかしら?」

 ルキナはシアンに向かってニッコリ笑いかける。シアンは言葉に詰まったように口を何度かパクパクした後、やっとの思いで言った。

「ミューヘーンさん、記憶は…?」

 そう尋ねるシアンは、ルキナの記憶をなくしているわけではないようだ。だが、シアンはルキナをお嬢様とも、ルキナとも呼ばない。あまりに他人行儀な呼び方に、ルキナはショックを受ける。でも、シアンにも事情がある。ここでルキナが泣いてしまうのは自分勝手すぎる。

「前みたいにお嬢様って呼んでよ」

 ルキナは怒って泣きそうなのを誤魔化す。ルキナが頬を膨らませると、シアンは困ったように小さく笑った。ルキナの呼び方を訂正するつもりはないらしい。それ以上呼び方について触れるのはやめ、ルキナはシアンの問いに答えることにする。

「あの変な魔法は、気合で何とかなったわよ」

 ルキナはふふんと誇らしげに言うと、シアンは間抜けな顔をして「え?」と驚いている。シアンはルキナが忘却の魔法をかけられたことを知っている。そして、その強力な魔法はちょっとやそっとでは解けないはずだとわかっている。でも、ルキナは笑顔の裏にあった苦労は口にしない。

「気合で?」

「そう、気合で」

 ルキナが気合で魔法を無効化したというのがシアンには信じられないようで、確かめるように尋ねた。そんなシアンに、ルキナは胸を張って気合で魔法を解いたのだと繰り返す。それでも、シアンは訝しげにルキナを見ている。

 ルキナは、栗色の髪をかきわけて、右耳を出す。そして、「ほら」とイヤリングを見せる。ルキナが見せたのは、シアンがあげた魔法石だ。

「ああいう記憶消す系は、意外と何とかなるもんよ。漫画じゃ胸熱展開も良いところ。意外なアイテムが大事な人を思い出すきっかけになる!みたいな」

 ルキナは、シアンからもらった魔法石が魔法を解くきっかけになったと説明する。この話は嘘ではない。しかし、これは全てではない。実際に魔法を解いたのはチグサで、称賛されるべきは当然彼女だ。でも、今はそんな説明を長々とする意味はない。ちゃんと話ができるようになってから、これまであったこと、これからやるつもりのことを全て話せば良い。

「このイヤリングをとらないなんて、甘いわ」

 ルキナはそう言って笑う。ルキナからシアンの記憶を本気で消したいなら、他のシアンの荷物と同様に、このイヤリングもルキナの手元から消すべきだったのだ。だが、もし本当にイヤリングが取られてしまったとしても、ルキナはシアンのことを忘れるつもりは毛頭ない。

「やられっぱなしではいないわよ」

 ルキナが腕まくりをするフリをして気合を入れ直すと、シアンが優しく笑った。ルキナは顔が熱くなったように感じた。シアンが笑ってくれるだけでこんなにも嬉しいのだ。この時間をなくすわけにはいかない。

「また会いにくるわ」

 ルキナは、シアンからこれ以上引き離される要素を増やさないために、見つかってしまう前に退散することにした。ルキナは来た道を戻るため、幹に手をかける。最後に、「今も昔も、ヒロインは待ってるだけじゃないのよ」とだけ言い残し、木を降り始めた。シアンと会ったことで鼓動がドキドキいって煩いが、木から落ちてしまわないように集中する。そうして落ち着いて素早く地面に降りる。下で待っていたノアルドが「早かったですね」と言った。たしかに、たいして話している時間は長くなかったかもしれない。ルキナが話すばかりでシアンの声をあまり聞いていない。誰かに見つかってしまうことを恐れるあまり、早く帰ってきすぎたかもしれない。

 ルキナは、すっと上を見上げた。シアンが窓を閉めたのか、気に当たっていた光がなくなった。輝いていた木の葉が暗く、見えなくなる。ルキナの視界に、自分の吐いた白い息が入った。

(この木が常緑樹で良かった)

 今は冬。もし、シアンの部屋へと繋がるこの木が葉を落としてしまったら、ルキナは今日シアンに会いに行けなかった。

「ノアルド殿下とミューへーン殿下でいらっしゃいますか?」

 ルキナがぼんやりと木の上を眺めていると、城の従者がルキナたちに声をかけてきた。ルキナはハッとして視線を従者の方に戻した。従者の青年は、もうとっくにパーティは終わっているのになぜルキナがここにいるのかと不思議そうにしている。ルキナは咄嗟にノアルドの腕に抱きついた。

「すみません。ノア様とお話するのが楽しくて、つい時間を忘れてしまいましたわ」

 ルキナはふふふと笑って言う。すると、青年はバッと頭を下げた。

「お邪魔して申し訳ございません!」

 青年は勢いよく謝ると、腰を低くしたまま、素早く離れて行った。ルキナとノアルドがイチャイチャしているところに乱入してしまったと思ったらしい。ルキナがそう思うように仕向けたのだが、居合わせた従者が彼のように純粋な人で良かった。

「危機一髪でしたね」

 ノアルドが、すごいスピードで姿を消した従者を笑いながら言う。ルキナも一緒になって笑っていたが、ふとノアルドの腕が冷たかったことを思い出す。

「大変!ノア様、風邪を引いてしまいます。早く中に入りましょ!」

 ルキナはノアルドの腕を引いて歩かせる。ルキナが木を登り、シアンと話をしている間、見張りを兼ねて、ノアルドはずっと待っていた。雪の降り積もる寒い夜だ。思えば、ノアルドの鼻は寒さで真っ赤だし、手もひんやりと冷たい。ルキナは、自分のことばかりで、ノアルドのことを考えていなかったことを申し訳なくなる。

「ルキナ、大丈夫ですよ。このくらいで風邪はひきませんよ」

 ルキナに引っ張られながら、ノアルドは心配するなと言う。でも、本人がそういうからと言って、それを鵜呑みにするわけにはいかない。ルキナは知っている。寒い中、人をじっと待っているのがどれだけ辛いものか。

「ノア様、風邪を甘く見てはいけませんよ」

 ルキナは最後まで歩くスピードを落とさず城の中に入る。城内はくまなく暖房で温められており、二人の冷たくなった体を温めてくれた。

「ルキナ、兄上に見つかる前に帰りましょうか」

 しばらく体が温かい空気になれるのを待った後、ノアルドが言った。「こんな時間に逢い引きしてたなんてバレたら怒られそうですから」と、唇の前で人差し指を立て、ノアルドがくすっと笑う。ルキナは「そうですね」と一緒に笑った。

 ルキナは、ノアルドが用意してくれた馬車に乗ってミューへーン家に帰った。遅い時間だったし、既に寒い所で長いこと待たせていたので、ノアルドには見送りはいらないと言った。しかし、ノアルドはルキナを家まで送っていくと聞かず、結局一緒に馬車に乗り込んだ。

「ノア様、ありがとうございました」

 ルキナは、ミューへーン家の前に止まった馬車から降り、ノアルドにお礼を言った。ノアルドは「当然のことをしただけですよ」と微笑んで返事した。

「それでは、ルキナ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい、ノア様。温かくして寝てくださいね」

 ルキナはノアルドと挨拶をし、馬車が夜の闇に消えるのを見送った。ルキナは、完全に馬車が見えなくなってから、白い息を吐きながら屋敷に向かって歩き始めた。雪の積もった道を、最初はゆっくり歩いていたが、気持ちが昂ぶってきて、だんだんとスピードを上げた。

(シアンに会えた!シアンと話せた!)

 ルキナは、シアンと話ができたことが嬉しくて、時間が経つほどにその実感が湧いてきて、最終的に走っていた。屋敷の中に入ると、そのままの勢いで階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んだ。ぼすっとベッドに倒れ込むと、顔を布団に押し付けた。

 シアンと言葉を交わせた時間は短かったし、話したかったこと全て話せたわけではない。でも、ルキナの頭の中をシアンでうめてしまうには十分だった。ルキナは火照った頬を冷やすように手で挟む。今日は眠れそうにない。

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