全員が協力者とは限らないデスケド。
イージン家の屋敷は、大きくて古い。かつて貴族の一員であったことを忘れるなと言うように、どっしりと構えている。
(こういうのが伝統とか歴史とかなのかしら)
ルキナは、その堂々たる屋敷の存在感に圧倒された。ミューへーン家も、歴史の長い家だ。第一貴族として名を連ね、時代と共に変わる国の変化にも負けず、今この時まで、家と名前は守られてきた。しかし、イージン家が持つ誇りの強さには到底かなわないだろう。
「なんか、すごい威圧感ですね」
隣を歩くユーミリアが、ルキナに顔を近づけて耳打ちをする。ユーミリアも、ルキナと同様に、屋敷からただなる空気を感じているようだ。
このイージン家は、変化に抗うのではなく、変化に揺るがない底の強さがある。この時代まで残っている貴族の家の多くは、時代の変化に沿って、その形も、伝統も、柔軟に変えてきた。そうしなければ生き残れなかったともいえるが、イージン家は己を変化させることなく、むしろ、強靭にその在り方を守っていた。他の家と空気が違うように感じるのはそういう違いがあるからかもしれない。
「ここまで来ておいてなんですけど。私たち、来ちゃって良かったんですか?」
ルキナたちは既に屋敷の中、パーティ会場の広間の中だ。ルキナの質問は本当に今更感が否めない。リリも「何を今さら」と笑う。
「何も言われないんなら、大丈夫ってことじゃないのか?」
リリは、あまり深刻に考えていないようで、誰かに駄目だと言われない限り大丈夫だろうと楽観的なことを言う。リリは招待されているのだから心配はないだろうが、ルキナたちは無断で忍び込んだも同然だ。ルキナが不安に思うのは当然のこと。ユーミリアも、ルキナとリリのやり取りを見て心配になってきたらしく、ルキナに体を近づけた。威圧的な、よそ者を嫌いそうな雰囲気が、この家にはある。余計に、ルキナ達は不安を感じる。
「わかった。確認してくる」
リリは、後輩二人が怯えたように身を寄せ合っているのを見て、自分が動いてあげるべきだと思ったようだ。ルキナたちを残して、パーティの主催者、バラドラに話しかけに行った。
「バーナードさんはまだいらっしゃってないみたいですね」
ユーミリアが周りをキョロキョロと見た後、ルキナにひそひそと言った。ルキナも、少し視線を動かして、周囲の客たちの顔を確認する。たしかに、アウスの姿は見当たらない。
ルキナたちがアウスを探していると、リリがバラドラを連れて戻ってきた。
「そちらの方がミューヘーンさんかな?」
バラドラがルキナたちに向かって言った。ルキナはお辞儀をして、名前を言って自己紹介をする。続いて、ユーミリアも自己紹介をした。
「リリと仲良くしてくださってるそうだね」
バラドラがルキナたちを見て微笑んだ。剣の師匠だと聞いていたルキナは、バラドラはもっと厳格な人だと思っていた。弟子に対しては厳しいのかもしれないが、少なくとも、ルキナたちには優しいおじいさんに見える。
「娘さんたちのおかげだね、滅多にこういうところに出てこないリリが来るのは。修行は真面目に取り組むが、めんどくさがりなところがあるからな」
バラドラがほっほっほっと楽しそうに笑うと、リリが恥ずかしそうに「師匠」と続きを制した。リリは余計なことを言ったバラドラを怒っているようだが、口角が上がっている。リリはバラドラのことが大好きなようだ。ルキナは、リリの口調はライバル視しているベルコルに対抗するために生み出されたものだと思っていたが、起源はバラドラにあったようだ。師匠であるバラドラの話し方を真似したのが始まりらしい。
「アウスは気難しい奴だが、娘さんたちの気持ちが強ければ、きっとあいつも協力してくれるだろうよ」
リリはルキナたちがこの屋敷に来た目的まで説明したらしい。バラドラがニヤリと笑って言った。バラドラは、ルキナたちがアウスためにこのパーティに参加することを容認してくれるらしい。「まあ、気張んなさい」と言い残し、バラドラは他の弟子たちとの談笑に戻って行った。
屋敷が纏っている、他を寄せ付けない雰囲気に反して、屋敷の住人たちは寛容だった。招待されていないルキナたちを追い返すことはせず、招待客と同様のもてなしをしてくれた。ルキナは、イージン家に押しかけたところで、パーティに参加させてもらえないという可能性も考えていた。普通、パーティに参加できるのは招待を受けている者だけだ。いくら招待されているリリと一緒だとは言っても、屋敷に入れてもらえなくても文句は言えない。
「ミューヘーンさんはもっと自信に満ち溢れている人だと思ったよ」
リリが笑う。リリは、ルキナなら場違いに感じる状況に陥っても堂々としていられるだろうと思っていたようだ。ルキナがユーミリアと一緒に、招かれていないパーティに参加することに引け目を感じていることに意外だと感じたようだ。
「もしここが敵地なら、それこそ堂々としますよ。でも、無関係な人に迷惑はかけられないですし、最低限の礼儀はわきまえてるつもりですから」
ルキナは、リリに意外に思われることに意外性を感じた。
このパーティは、もともと弟子以外も参加できるパーティだったらしい。無論、誰も彼もが参加できるわけではないだろうが、リリの連れとして参加することに関してはとやかく言われなさそうだ。
ルキナ達が三人で集まって話をしていると、不意に誰かがリリに話しかけた。
「お前、珍しいな」
アウスだ。アウスが、リリがパーティに参加しているのを知って驚く。本当にリリとアウスは知り合いだったらしい。
「馬子にも衣裳だな」
リリのドレス姿を見て、アウスがニヤニヤする。
「私だって好きでこういう恰好をしているんじゃない」
「にしては、ちゃんと化粧までしてるじゃないかよ」
「これはメイドが…。」
アウスは、親戚の子供をからかうオジサンみたいだ。
「あの…。」
リリとの話に集中しているアウスに、ルキナが声をかける。アウスはルキナの顔を見て、顎に手を当てた。
「どっかで見た顔だな」
アウスがルキナに顏を近づける。人嫌いと聞いていたが、それにしては距離感がおかしい。ルキナは、アウスの人嫌いは嘘なのではないかと疑いながら、すました顔で言う。
「それはそうですよ。今日、お会いしたばかりなんですから」
アウスがルキナの言葉を理解しようと固まる。今日の出来事を順番に思い返しているのだろう。そうして、しばらくすると、しまったというような顔になって、ルキナから離れた。そんなアウスに、ルキナはニッコリ笑いかける。
「改めまして、ルキナ・ミューヘーンと申します。本日は、アウス・バーナードさんにお話を伺いたく、参りました」
ルキナがスカートをつまんでお辞儀すると、アウスが心底嫌そうな顔になった。「騙したな」と言いたげに、リリを睨む。リリは素知らぬ顔でアウスの訴えを無視する。リリは、何もアウスを騙すつもりでここに来たのではない。
「帰る」
アウスは、ルキナたちから逃れるため、出口に向かって踵を返す。ルキナは、アウスと話をするチャンスを逃すまいと、慌てて追いかける。
「バーナードさん、お願いです。お話を聞いてください」
「俺は話すことない」
「少しで構いませんから」
「俺はかまうんだよ」
ルキナが早歩きのアウスを必死で追いかけ、声をかけ続ける。しかし、アウスは全く止まろうとしない。ルキナは、アウスの腕を引っ張って止めたかったが、人の目のある場所でそんな大胆なことはできないし、力の差で負けることが目に見えている。
ルキナがどうやって引き留めようかと悩んでいると、不意に、アウスを引き留める声がかかった。
「協力してやりなさい」
バラドラだ。バラドラに声をかけられ、アウスは足を止めた。
「じいさん」
アウスが怪訝そうにバラドラを見る。バラドラもルキナの味方なのかと問うように、じっと見つめる。バラドラはそんなアウスの視線を受け止め、ふっと笑った。
「お前は変わらんな」
バラドラの言い方は、変化のないアウスの態度を祝福しているというよりは、アウスに変化を望んでいるようだ。アウスが不機嫌そうにバラドラの次の言葉を待つ。
「お前はこの娘さんの事情も何も知らんだろう。名前に惑わされず、話くらい聞いてやったらどうだ?」
バラドラが諭すように言うと、アウスは「はんっ」と嘲笑した。
「じいさんには感謝してるよ。俺に剣を教えてくれたし、進むべき道も教えてくれた。だから、このパーティとかいうもの好きの道楽にも参加してやったさ」
アウスが、舞台に立った役者のように大げさに、手を広げて訴える。弟子の一人と思われる男が、アウスに失礼だと言おうとした。バラドラが「かまわんよ」と言って、アウスに続きを促した。バラドラは、弟子であるアウスに、じいさんと呼ばれようと、馬鹿にした言い方をされようと、気にした様子は見せない。アウスの態度が悪いことに関しては黙認しているようだ。
アウスは、バラドラの目を見つめ、深めに息を吸った。
「でもなぁ、じいさん。俺はこういうのが嫌で騎士になったんだ。じいさんならわかるだろ?なんで俺がアンタのしごきに耐えたのか」
アウスが広げていた腕を下ろし、じっとバラドラを見る。いつの間にか、アウスとバラドラのやりとりはちょっとした騒ぎの中心になっており、パーティ会場の皆が二人に視線を集めている。
「お前の貴族嫌いはわかっているつもりだ。でもな、アウス。それとこれとは別だ。そこに困っている娘さんがいる。お前を頼って遠くから訪ねてきた娘さんがいる」
「でも、貴族だ」
バラドラがアウスを説得しようと言葉を紡ぐが、アウスがすかさず反論する。これだけ話を聞けば、ルキナにも、アウスがどんな人なのかわかってきた。
アウスは人嫌いなのではなく、貴族が嫌いなのだ。アウス自身も貴族ではあるが、その身分も気に入らないようで、貴族にまつわることは全て避けている。だから、ミューヘーンという名を聞いて顔色を変えたのだ。ちょっと世間を知っていれば、ミューヘーン家が根っからの貴族であることは誰だって知っている。アウスは、ルキナがどんな用で自分を訪ねてきたのかまではわかっていないようだが、ルキナが名乗った時点で、貴族社会に巻き込まれると決め込み、話を聞くのを拒否したようだ。
「関係ない。困っている者を目の前にして見捨てるような育て方をした覚えはない」
バラドラはアウスの言い分を聞くつもりはない。ルキナが貴族社会関連の話をしようが、しなかろうが、バラドラはアウスがルキナの話を聞くべきだと思っている。バラドラは、アウスに向け、もう一度「貴族というくくりにとらわれるな」と言った。
アウスは、「ちっ」とわかりやすく舌打ちをし、「わぁったよ」と面倒くさそうに言った。
ルキナは、アウスを子供みたいな人だと思った。自分の意見が正しいと思って疑わないし、その意見が通らなければ不機嫌になる。意地っ張りでわがまま。生物学上は五十代でも、精神年齢はルキナより幼そうだ。
「おいっ」
ルキナがぼんやりとしていると、アウスがルキナを呼んだ。相変わらず、名前を呼ばないし、何をしてほしいのかも口にしない。アウスは少しのことも言葉にするのを面倒だと思っているようだ。名前に関しては覚えていないだけかもしれないが。
アウスはルキナが自分の方を見たのを確認すると、くいっと顎を動かした。ついてこいという意味なのだろう。ルキナは、アウスの態度の悪さにイラっとしながらも、せっかく話を聞いてくれようとしている彼の機嫌を損なてしまわないように従順に従う。後に、ユーミリアとリリもついてくる。
広間の端に移動すると、アウスはルキナに用を言うように言った。ルキナは、王族の騎士事情について教えてほしいと言った。アウスは、ルキナが何を求めているのか理解できず、怪訝そうにルキナの顔を見る。
「バーナードさんは以前、ルイス様の騎士をされていたんですよね?」
ルキナは順を追って説明しようと思い、話を仕切り直した。ルキナの意図を理解したアウスは、面倒くさそうに、でも、話を早く終わらせるために素直に頷いた。
「でも、最近、やめたんですよね?それは、あなたが自分から望んでですか?」
「いいや。やめるわけねぇだろ。騎士をやってれば、俺を名前じゃなくて役職で見てくれるんだ。貴族の相手をしなきゃならんのは面倒だが、貴族として生きる必要はないからな」
アウスは本当に自ら騎士をやめるつもりはなかったようで、聞いてもないことまでべらべらと喋ってくれる。だが、すぐに、自分でも喋りすぎたことに気づき、さらに不機嫌になった。勝手に自分でやっておきながら、ルキナのせいかのような態度をとる。ルキナはいら立ちを必死に腹の底に抑え込み、笑顔を保つ。
「それでは、騎士をやめられた経緯をご説明していただけますか?」
「なんでそんなことを聞きたがるんだ」
アウスは何でもかんでも答えるつもりはないらしい。ルキナの質問に質問で返す。ルキナの目的を知らないままでいるのは不安になってきたのだろう。
ルキナは、チラッとユーミリアを見た。ユーミリアに音を遮断してほしいとお願いしたのだ。もちろん、ユーミリアは頷いて、了承する。
「シアン・リュツカをご存知ですか?」
ルキナがそう問うと、アウスはルキナの考えを探るようにルキナの目をじっと見た。だが、何も読み取ることができなかったのか、諦めて、知っていると答えた。
「彼はもともと私の家で働いていました」
「へー、転職をしたのか。お前んところで働くのはよっぽど息がつまったんだな」
アウスがルキナを馬鹿にしたように言う。ルキナはもうアウスの人の神経を逆なでするような言動には慣れてきて、感情を揺らすことはなくなってきた。
「バーナードさんは、シアンが今騎士をしていることをご存知なんですね」
ルキナは、アウスがシアンは転職したと言った点を指摘する。転職という言葉が出てくるということは、シアンの現職を知っているということだ。アウスは、自分がとんでもない失言をしたのかと焦り始める。だが、実際は、会話の進行上、アウスがシアンのことを知ってくれている方が良いというだけで、大した意味はない。
「シアンが騎士になった時期と、あなたが騎士をやめることになった時期は同じタイミングなのではありませんか?」
ルキナが確認するように問いかけると、アウスは「どうしてそれを?」と少し驚いた。ルキナは、アウスの問いには答えず、さらに続ける。
「あなたの他にも騎士をやめさせられた人がいるはずです。そして、入れ替わるように、何人か新しく騎士になりましたよね?」
「だからなんだっていうんだ」
ルキナの追い詰めるような話し方は、アウスを焦らせるらしい。ルキナにはそんなつもりはないのに、アウスが動揺している。
「バーナードさん、そんなふうに騎士の総入れ替えを行っているのはルイス様だけなんです。私は、ルイス様やその周囲の人が何かたくらんでいるのではないかと考えているんです」
「俺をそれに巻き込もうってか」
ルキナは、アウスを落ち着かせようとゆっくり話したが、あまり効果はなかった。アウスがさらに焦り始める。
「違います。調査をしているだけです」
アウスの焦りがだんだんとルキナにもうつって来て、ルキナの話がどんどん早口になっていく。
「でも、お前は充分知ってるみてぇじゃねぇか。新しい情報は何もねぇぞ」
ルキナが焦れば、当然、アウスもさらに早口になり、二人ともヒートアップしていく。
「新しい情報も欲しいですが、それ以上に、圧力がかけられたという証言が欲しいんです。いつか、敵を前にした時、事情を知らない人たちに訴えかける道具として、駒の一つとして、私が手にしておくべきものなんです」
「それも全部シアン・リュツカってやつのためか」
「別にそれだけのためではありません。シアン以外にも犠牲になっている人は…」
「若いっていいな。好きな男のためだとか言ってれば、それが正義になる。周りの迷惑も考えもせずにな」
「ちがっ…」
「愛されてる男が羨ましいね、全く」
アウスは勝手に結論づけ、話を中断した。やれやれと口にしながら、ルキナたちから離れようとする。これが、アウスの答えだろう。ルキナに協力するつもりはないと。
「私と話したこと、シアンのことは誰にも話さず、どこにも記録として残さないでください」
ルキナは、アウスがユーミリアの魔法有効区域を出てしまう前に、その後ろ姿に言った。アウスがルキナに協力してくれなくても良い。でも、ルキナの口からシアンの名が出てきたことを話されてしまうことだけは避けなくてはならない。アウスは、ルキナたちの活動に関与しない代わりだとでも言うように、最後のルキナのお願いだけは聞いてやると言った。ルキナは、ひとまずほっとした。が、進展があったわけではない。
(収穫なし、か)
ルキナは、全てが上手くいくのではないということを身に染みて感じた。ルキナが自分の思いをどんなに強く訴えても、耳を貸してくれる人ばかりではないのだ。ルキナは、労力の無駄だったと、ここ数日のことが無にかえるような気がした。
気を落としていたルキナのもとへ、後日、アウスから手紙が届いた。冒頭はルキナへの恨み辛みをひたすら書き綴っていたが、約束を守ってシアンの名は書かれていなかったし、ルキナの知りたがっていたことは全て書いてくれていた。アウスは、結局、ルキナに協力してくれたのだ。




