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悪役令嬢デスケド。

 はじめましての人も、そうじゃない人も、どうもこんにちは。

 この作品は、「お嬢様、その命令だけは聞けません。」の続編として書き始めましたが、前作を呼んでない人にも楽しめるように作っています(つもりです)。最初の方は、説明が多くなりますが、少しでも楽しく読んでいただけると嬉しいです。前作を読んでいる方には、前作との違いを見つけてもらえたら良いなと思っています。一番怖いのは、二作品の間での矛盾ですが、なんとか気をつけます。

 またしばらくお付き合いよろしくお願いします。

 今回の話は、前作第88部分の内容になります。

 栗色の髪に緑色の瞳。ルキナ・ミューヘーンは、ウィンリア王国の第一貴族、ミューヘーン家の娘である。ミューヘーン家当主のハリスとその妻、メアリとの間に生まれた。ルキナは、ごく普通の貴族の娘であったが、一つ、他の者とは絶対的に違うところがあった。それは、前世の記憶を保持しているという点である。ルキナは、七歳の時、突如、前世の記憶を取り戻した。そして、気づいたのだ。この世界が、かつて自分も遊んでいた乙女ゲームの世界であると。

「シアン、ここがクリオア学院よ」

 ルキナは、国立上級学校クリオア学院の前に立ち、銀髪の少年の方をくるりと回って見る。銀髪の少年は、ルキナから視線を外して、校門に書かれた「クリオア学院」という名前を見る。そして、呆れ顔で「知ってます」と言う。

 この銀髪の少年は、シアン・リュツカという名で、ミューヘーン家に仕えている。ルキナと同い年の子供だが、家の事情で働いているのだ。リュツカ家は竜の血を引く一族と言われ、見た目と能力は特異的だ。その銀髪と赤い瞳は最大の特徴で、国中の誰もが、シアンを見れば、リュツカ家の人間とわかる。また、身体能力は高く、常人にはできない動きも簡単にできてしまう。視力や聴力の能力の高さはもちろんのこと、魔法の能力も高い。そんなすごい力を持った家の子が自分の世話係なのだから、鼻が高い。ただ、ルキナに対して厳しいところがあるので、少々厄介ではある。

「ここが『りゃくえん』の舞台になるのよ」

 ルキナが体の向きを変えて校門の向こうを見る。この学校を見に来たのは初めてだが、電子画面を通して何度も見た景色だ。ここは、ルキナが前世で一時期はまっていた乙女ゲーム『学園ラブストーリー 奪ってドキドキ♡略奪の園』、略して『りゃくえん』の舞台だった。そして、この春から通うことになっている学校だ。初等学校、中等学校を卒業したルキナは、十五歳になり、この上級学校の受験も合格した。

(やっとだわ)

 ルキナはこのときのために生きてきたと言っても過言ではない。

「私の野望は逆ハーレム。誰もが羨むモテモテ人生よ」

 ルキナが天を指さして宣言すると、シアンがため息をついた。

「それは何度も聞きました」

 シアンは、唯一ルキナの前世の話を知っている者だ。ルキナは、前世のことを思い出した日、シアンを協力者とするために、彼にだけ前世の話をしたのだ。前世の話やこの世界が乙女ゲームであることなど、普通は信じてもらえないが、長い時間の中で、ある程度理解をしてもらえるようになった。

「お嬢様は主人公…ヒロインではないんですよね?本当にうまくいくんですか?」

 シアンがジトっとした目でルキナを見る。シアンが疑っている。

「お嬢様の書いてる本だと、悪役令嬢がモテることはなくて、ヒロインがモテるだけです」

 ルキナは、この世界において、中等学生の頃に小説家デビューを果たし、既に何冊も本を出している。その本のほとんどが、ルキナが前世で楽しんだ作品たちを自分の妄想を交えながら復活させたものだ。その中に、乙女ゲームの王道なストーリーも含まれており、シアンはそれを読んだことがある。正確にいえば、参考になるからと、ルキナが強制的に読ませたのだが。

「悪役令嬢は、好かれるより嫌われることの方が多いですよね。まあ、嫌われるだけのことをしているわけですけど」

 シアンは、独り言のように言う。彼なりに、本から得た情報をこの世界に照らし合わせて分析しているのだろう。一応、主人であるルキナのために。

 ルキナは、さっきからシアンがルキナはモテないと繰り返し言っているように聞こえる。これには、ルキナもカチンときた。

「悪役令嬢ですけど、何か?」

 ルキナはシアンを睨む。だからといって、シアンはひるんだりしない。シアンは、ルキナの怒りすらも受け止めるようにニコニコと笑っている。

(ほんと、いっつも笑ってるんだから)

 ルキナはシアンを睨むのをやめた。シアンも怒ったり泣いたりするが、基本的にいつも笑っている。それにはシアンの過去に原因がある。常に笑顔でいるということが、シアンの生きる中で手に入れた処世術なのだ。とはいっても、シアンとは十年近くの付き合いだ。どれが本当の笑顔かなんて、ルキナには判別がつく。

「まっ、この世界では、モテるのはヒロインじゃなくて悪役令嬢だから良いのよ」

 ルキナのはまった乙女ゲームは、そのタイトルの通り、悪役令嬢ルキナが侍らせている男キャラを略奪していくというストーリーなのだ。つまり、ゲームのスタート時点、ヒロインに出会うまでは、ルキナが逆ハーレム状態にあるのだ。その設定こそが、ルキナが悪役令嬢に転生したと知ってもさほどショックを受けなかった理由だ。逆ハーレムになることが彼女の夢。それが叶うならば、ヒロインだろうが、悪役令嬢だろが関係ない。現在の目標は、ゲームのシナリオに沿って、悪役令嬢ルキナとしてモテること。攻略対象となる人物とは積極的に絡まなくてはならない。

「ルキナは乙女ゲーム界じゃ、悪役令嬢っぽくない悪役令嬢キャラナンバーワンの座を手にしてるから、そもそも悪役令嬢ってくくりにいれるか微妙なくらいだし。公式が悪役令嬢ですって言っちゃったから、しょうがないけど」

 ルキナは歩きながら話し続ける。シアンはその後ろについて行きながら会話の相手になる。今日は、クリオア学院を訪ねるために出かけたのではない。もちろん、学院を覗くのも目的の一つではあったが、本当の目的は買い物だ。

「そのランキングのソースは?」

「私」

 シアンの問いにルキナが即答したので、シアンがまたため息をついた。

「ため息をすると幸せが逃げるわよ」

 ルキナが笑うと、シアンはため息をしないようにするためか、口を噤んだ。

「そんなランキングがあったとして、ランクインするほど知名度高くないのよ。ゲームもキャラも。残念だったわね」

 ルキナはそう言いながら、目をつけていたお店に入っていく。まずは帽子だ。

「どう?似合うかしら?」

 ルキナが近くの帽子を手に取って、かぶって見せる。シアンは帽子をかぶったルキナをしばらく見た後、別の帽子を持ってきて、ルキナに渡した。

「こちらの方が似合うと思います」

 シアンがそう言うので、ルキナはシアンの持ってきた帽子にかぶり直す。鏡で確認して、たしかにシアンの言うように、こちらの帽子の方が自分に似合っている気がした。

(シアンってば、ほんと、私のこと好きなんだから)

 ルキナがニヤニヤしながらシアンを見る。シアンは首を傾げてどうしたのかと言う。

「私はあんまり帽子かぶんないから似合ってもしょうがないのよね。欲しいのは資料用の帽子だから」

 ルキナは、シアンが選んだ帽子を元の場所に戻す。ルキナが買い物をしに来たのは、小説を書く際に参考にする材料集めだ。ルキナが使うための帽子ではない。

「似合うかどうか聞いてきたのはお嬢様のほうじゃないですか」

 シアンが少し怒る。ルキナはそんなシアンを見て、母性のようなものを抱く。

(あー、可愛い)

 ルキナはこれで人生二回目。シアンとは同じ時を生きてきたが、ルキナはそれに何十年もの記憶が上乗せされた状態にある。気持ち的には、シアンよりずっと年上だ。だから、シアンに対して、自分の子供のような気持ちになるのだろう。

「それじゃあ、さっさと買い物を済ませちゃいましょうか」

 ルキナは気合を入れるように袖をまくり、早足で店内を歩き回る。シアンはその後ろを金魚のフンのようについて回る。

「ここはこんなもんね」

 ルキナは一つの店で三個も帽子を買い、それをシアンに持たせた。シアンは荷物持ち要員だ。そのことについて、シアンが文句を言う様子はない。

 帽子屋を出て、次は隣接する服屋に入る。そこでもテキパキといくつかの服を買い、またシアンに持たせる。そんなことを何回か繰り返していくうちに、シアンの両手がルキナの買った物で埋まっていく。

「次はあそこね」

 ルキナがウキウキと次の店に入ろうとすると、シアンが呼び止めた。

「一度、馬車に荷物を置いた方が良いんじゃないですか?」

 シアンは文句も言わずにつきあっているが、体は一つ。持てる荷物に限度というものがある。ルキナもシアンをいじめたいわけじゃない。ルキナは考えるように数秒止まり、次で最後にすると言った。

「シアンは外で待ってても良いから」

 ルキナはシアンを外に待たせ、自分だけで中に入っていく。シアンは大人しく外で待っている。

(急がなきゃ)

 シアンを長いこと待たせるのはかわいそうだと思い、急いで買い物をすることにする。目についた物を手に取り、お金を払う。今までで一番早く買い物ができた気がする。ルキナは、少しでも早くシアンのところに戻ろうと、急ぎ足で店の出口を目指す。その時、ガラス張りの店内から、シアンのそばに見覚えのあるもう一つの人影があることに気づく。

 桃色の髪と金色の目。小さな体。可愛らしい見た目だが、男の子。彼は、イリヤノイド・アイスだ。『りゃくえん』のヒロイン、ユーミリア・アイスの弟にあたる。二人の母親は違うので、ユーミリアとは異母姉弟ということになる。ヒロインと複雑な家庭事情のあるイリヤノイドは、心を開くまでに時間がかかる。そのうえ、親密度が上がると、今度は独占欲が強い甘えん坊になるので、かなり厄介なキャラだ。そう、彼は乙女ゲームの攻略対象だ。そして、ゲームの攻略対象ということは、ルキナの攻略対象ということになる。

 ルキナはシアンと、特にイリヤノイドにばれないように店の出口に素早く近づく。

「最近、つれなかったですもんね。先輩」

 イリヤノイドは、シアンに抱きついて、離れようとしない。彼は相変わらずのようだ。

 本当はシアンの位置にルキナがいるはずだった。そのはずだったのに、ルキナの予定は狂って、イリヤノイドはシアンに好意をよせてしまった。その経緯をルキナはあまり知らない。中等学校時代、イリヤノイドはシアンと同じ部活の後輩で、一緒に部活をする中で仲が良くなったらしい。ルキナの誤算だったのは、自分より先にシアンがイリヤノイドと会ってしまったことと、シアンが意外とモテるということ。イリヤノイドが心を開くまで時間がかかるというのに、シアンは短時間で攻略してしまった。ルキナがイリヤノイドの存在に気づき、シアンに彼を紹介してもらう頃には、イリヤノイドはシアンにデレデレだった。

 ルキナは、物陰に隠れながら、シアンに視線を送る。ルキナにしてみれば、シアンが羨ましいし、正直、邪魔だ。恨みと妬みをシアンに念で送る。でも、シアンはルキナの無理難題に付き合い、愛想をつかさないでくれている。本当は感謝すべきなのだ。

「でも、なんでここに?」

 シアンがイリヤノイドに尋ねる。ここは王都で、イリヤノイドの家が近いわけでもない。もちろん、会う約束をしていたわけでもない。こんなところで会うのは偶然にしてはできすぎな感じだ。

「先輩のとこの馬車が…。」

 イリヤノイドがためらいがちに言った。悪いことをしたという自覚はあるのだろう。シアンは、イリヤノイドの行動力に呆れている。

 好きな人が関わると少しやりすぎるところがあるとはいえ、イリヤノイドは優しい子だ。イリヤノイドは、シアンから離れ、荷物を持ってあげようとする。シアンは、ルキナの買った物で両手が塞がっていた。イリヤノイドは、その一部を持ってあげたのだ。

「誰ですか、先輩にこんなに荷物を持たせたの」

 イリヤノイドがプンプン怒りながら文句を言っている。彼にも犯人が誰かすぐにわかるだろう。

 ルキナは、ここで二人の前に出ることにした。先ほど買った物を持って、店の外に出る。

「呼んだかしら」

 イリヤノイドの後ろに立って言うと、イリヤノイドはルキナの方をチラッと見て、すぐに顔をそらした。

「別にぃ」

 イリヤノイドは、わざとらしく嫌味な言い方をして、シアンにピッタリくっつく。ルキナに対してライバル意識でももっているのだろう。

「よくも、まあ、うまくつれたものね」

 ルキナが呆れ気味に言った。

 王都ともなると大きな街だ。知り合いの一人や二人、いてもおかしくないだろう。そんな状況で、シアンを一人沿道に立たせておけば、誰かが話しかけにくるだろうと思った。思いはしたが、本当にイリヤノイドがひっかかっているのを見たら、呆れてしまった。

「僕はだしですか」

 シアンが不満げに言った。

 三人で馬車に向かって歩き始める。荷物を馬車に置きに行くのだ。

「言ったでしょ?資料集めの買い物だって」

 ルキナは小説家だが、前世の記憶をもとに、ゲームや漫画、アニメなど、かつて慣れ親しんだ作品を文章化しているにすぎない。妄想の力やルキナの文章力もあるが、決してルキナの力が全てじゃない。多少はルキナの創作作品もあるが、基本的に盗作している状態だ。とはいえ、筆が止まることもある。あくまで書くのはルキナだ。小説のネタが欲しいと思うことはある。

「シアンがいれば何かイベント起こるかなって」

 シアンは人の目をひくし、知り合いも多い。何らかのイベントは起きると思われる。ルキナは小説のネタ集めのために、シアンを利用したのだ。

 三人は、ミューヘーン家の馬車まで歩くと、順番に荷物を馬車に詰め込む。

「でも、私とシアンのデートを邪魔されても困るし、どっかに行ってくれると良いんだけど」

 ルキナが、シアンとイリヤノイドが馬車に荷物を詰め込むのを見守りながら言った。

「デート!?」

 イリヤノイドがデートという言葉に過剰に反応した。でも、このルキナのいうデートは、本当のデートじゃない。ルキナに婚約者がいるのに、そんなことをするわけがない。ただ、ルキナがネタ集めの外出を勝手にそう呼んでいるだけだ。

「お嬢様のジョークだよ」

 シアンがため息をつく。イリヤノイドが興奮し始めたので、シアンがそれを必死に落ち着かせようとする。ルキナはそれに協力しない。それどころか、さらにあおり始める。

「そうだと良いわねー」

 ルキナがニヤニヤと口元を緩ませる。すると、シアンが、迷惑だと言いたげにルキナを見た。ルキナは、「ごめん、ごめん」と声は出さず、口だけを動かす。

「せんぱぁーい」

 イリヤノイドが、若干涙目になりながらシアンに抱きつく。イリヤノイドは何かある度にシアンに抱きつく節がある。

 その時、バタバタと何人かの男たちが走って行った。

「ユリアたんがこっちにいたって!」

「どうせ、またガセネタだよ」

「でも、行ってみる価値はあるだろ」

 何かを探しているようで、周りをキョロキョロ見ながら走っている。何かというより、誰かだろうか。

「ユリアタン?」

 ルキナは、小説家として世の動きには敏感でなくてはならない。もちろん、言葉も多く知らなくてはならない。会話から気になる単語があると、すぐに調べる癖がついている。今は、辞書や噂に詳しい人物が近くにいない。忘れないようにメモをとる。

「知らないんですか?最近流行りのアイドル」

 イリヤノイドがルキナを馬鹿にするように言う。さっきの仕返しだろうか。

「うちは、あんまり映鏡とか見ないから」

 シアンが自分たちが流行に疎い理由を説明すると、イリヤノイドが「なるほどです」と頷いた。イリヤノイドは、シアンの言葉は素直に聞く。さっきはルキナのことを馬鹿にしたくせに。

「ユリア・ローズ。最近、アイドルに詳しくない人たちからも人気がでてきたアイドルです。アイドルとしてのキャリアは長いんで、若いわりに、ベテラン扱いされてるんですよね」

 イリヤノイドがスラスラとユリアというアイドルの説明をする。

「やけに詳しいわね。アイドルに興味なさそうなのに」

 ルキナは一生懸命メモを取りながら言った。イリヤノイドは、ミューヘーン家ほど流行に疎くなくとも、アイドルのような業界に興味があるイメージがない。むしろ、嫌ってそうなイメージがあるくらいだ。でも、興味がないとは言えなさそうなくらい、よく知っていそうだ。

「別に。たまたまです」

 イリヤノイドが今日のうち一番不機嫌な声を出した。だが、ルキナは気にしなかった。イリヤノイドが不機嫌なのはいつものことだ。

「あっ、先輩もアイドルとか興味ないですよね」

「だから、そもそも知らなかったって」

 イリヤノイドがシアンにじゃれつき、シアンがイリヤノイドを自分から引きはがそうとする。

「ふーん。まっ、この世界にアイドル文化があるって知れただけでも大きいわ」

 ルキナは、新しい情報を手に入れられて満足だ。

 その後、三人はカフェで話をした。途中で、イリヤノイドが去って行き、ルキナとシアンは、紅茶とケーキを堪能してから店を出た。ただ、少し食べすぎたようだ。甘いものをお腹いっぱい食べた後に乗り物に乗ると、いつも気持ち悪くなる。馬車に乗る前に、シアンと一緒に少し散歩することにした。その際、二人は、人通りの少ない道に入った。

 その時、かすかな血の匂いが風に運ばれてきた。

 バキッ。ボコッ。

 何かを殴る鈍い音がする。

 ルキナたちは、足をピタリと止め、顔を上げる。そこにいたのは、一人の少女と殴られ気絶している男たちだった。もう一人、少女の付き添いと思われる男性が邪魔にならないように立っている。

「モノホンの893じゃないですか」

 ルキナは、男たちをおそらく一人で倒してしまった女の子を見て、思わず敬語になる。ヤクザなんて前世でも会ったことがない。でも、漫画に登場するヤクザの姐さんというのはこういうイメージだ。

 バキッ。ドサッ。

 最後の一人が殴られ、男たちの山に積み上げられた。少女は気絶した男の山の頂上に立っている。思わず目を奪われてしまった。人を殴る姿なんて気持ちの良いものではないのに、この強い少女からは目を離せない。

 その時、少女がルキナたちに気づいた。山の上に立っているので、ルキナたちを見下ろす形になる。ちょうど逆光で、表情も見えない。でも、視線がこちらに送られていることは、はっきりとわかる。鋭い視線に、眼光が見えるようだ。

「ほぉ…。」

 ルキナが息をついた。何とも表現しがたい美しい光景に心が奪われる。

 握りしめた拳には赤い血がついているし、足元には彼女が倒した男たちが転がっている。でも、服装は上品で、あきらかにどこかの貴族の令嬢とわかる姿だ。しわのない、丁寧に手入れされたワンピース。髪は燃えるような赤。動き回っただろうに、長く下ろされた髪はきれいに風になびいている。

 その光景は、恐ろしさと美しさが共存していた。

「お嬢様、お靴に苺ジャムが」

 後ろに控えていた男が、少女に言った。苺ジャムと可愛らしく言ったが、おそらく血のことだ。少女は、男たちの山から飛び降りた。少女の姿はもう見えない。

「あの髪は…。」

 シアンが呟いた。ルキナはその声を聞きながら、別のことを考えていた。

「あの顔、どっかで見たような…。」

 彼女に会ったのは初めてのはずだが、何か引っかかる。何かを忘れているような気がして、なんだかもやもやするが、思い出せない。

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