3. 隠したいSと知りたいM
昭野が彼女…… 部下の今洞 静那の姿をそこで見かけたのは、偶然だった。
1週間前の残業の帰りのことである。
通りすがりにたまたま、彼女がその建物から出たところを、見掛けたのだ。
(いつも忙しそうに帰るのは、ここに通っているからか)
昭野は、今洞のことを憎からず思っている。
地味で目立たない年上の彼女だが、スパスパと小気味の良い美しい喋り方、物怖じせずに意見を言う態度、上からな感じの中にチラ見える優しさ…… 全てが昭野のツボだった。
気になる女性のことを知りたいのは当然、というわけで、その建物の看板を確認した昭野は…… 一瞬、固まった。
『辛子浣腸』 ――― 流麗な飾り文字で書かれたその言葉は、昭野の心の奥底の何かを激しく揺すぶったのである……!
帰宅して、『辛子浣腸』 をネット検索した彼は…… 更なる衝撃にさらされることとなった。
(今洞さんが……まさか、SMクラブ!?)
そのゴシックスタイルのホームページでは、顔は隠しているものの、確かに彼女らしい女性が艶かしい黒ボンテージ姿を晒しており……
(これはダメだろ……! いや、しかし就業規則では他業種に限り副業OKだ……)
要らぬお節介かもしれないが、相手は、どうしても見過ごすことはできない女性だ。
(さりげなく、そう、さりげなく……止めなければ!)
そう決意しつつ、 『Menu』 ページを開けて……
昭野は、完全にノックアウトされた。
その脳裏は、黒ボンテージ姿の彼女に責め苛まれる己の姿に占拠されてしまったのである……!
(ああ、ダメだダメだダメだ……っ!)
声には出ない悲鳴を上げつつ、昭野は震える手で 『ご予約』 のボタンをクリックしたのだった……。
©️猫屋敷たまるさま
★★★
「んひぃぃぃっ! あああっ!」
「なかなか良い鳴き声の豚ちゃんね! 醜くて可愛いわ!」
「んぶぅぅぅぅぅっ!」
「おほほほほーっ! ○○○の役にも立たない○○丸出しの○○声ね! ホラ、もっとちゃんと喋ってごらん! この駄犬!」
ひゅんひゅんと唸りを発して鞭が飛ぶ。
(ああ……抑えてるつもりなのに、つい……)
私ったら、いつもの3倍増しでハッスルしちゃってる……!
これが 『相性がいい』 ということなのかもしれない。
昭野さんとのイキはピッタリだ。
「うううっ……痛いけど、気持ちイイです……女王様! もっと、僕を調教してくださいぃぃ」
「何ですって? そんな虫ケラのような声では、よく聞こえなかったわ?」
四つ這いになった背中に腰をおろし、尻に鞭をあてる。
「ぁひっ……ひぃっ……!」
「愚鈍なロバが、この私に何をお願いしているのかしらぁ?」
「ぁぁあああ"っ! ご主人さまっ! ……女王ざば!」
「その汚い口をお閉じ!」
鞭をふるう度に、苦悶と恍惚に彩られる表情と、増えていく蚯蚓脹れ…… 少し目にするだけでも、半端なくウットリしてしまう。
(ああ……どうしよう…… 本物って、こんなに快感なんだ……)
……私はもう、昭野2号では満足できないかもしれない……。
★★★
目眩く調教初体験の夜から、数日後。
昭野は迷っていた。
本当は、あの夜、プレイが終わった後に彼女の気持ちを聞き出し…… プロポーズする、つもりでいたのだ。
しかし、『辛子浣腸』 で女王様として君臨する彼女は真に気高く美しく…… プロポーズは愚か、気持ちを聞き出すことすら憚られてしまった。
(きっと、そんなことをしようとしたら……)
『何様のおつもりかしら? 豚の分際で! アラ豚なんて言ったら豚に失礼だったわ……!』 などと激しい鞭を喰らうに違いない、と妄想し、恍惚としてしまう昭野である。
あの女王様を存続させるためには、昭野がその正体に気付いている、などとは、ゆめゆめ知られるわけにはいかないではないか。
けれども。
彼女と結婚したい気持ちは、より膨らんでしまっている……!
彼女の本当の気持ち…… それは。
考え、迷い続けたあげく、昭野が思い付いたのは。
SMクラブの中よりは、まだ、会社の中での方が聞きやすいのではないだろうか。……ということだった。
なにしろ、クラブの中では彼は完全な奴隷 (発言権なし) だが、会社の中では一応、上司なのだから。
最初は、遠回しにソフトに……
「今洞さんって、何か夢があるんですか?」
「そんなこと、課長には関係ないですよね?」
相変わらずの高飛車な返事に、密かな身震いを禁じ得ない、昭野である。
「いえ、よく急いで帰ってらっしゃるから、何か習い事でもしておられるのかと……」
「ええ。調教ならしていますが」
「だから、何か夢をもってらっしゃるのかな、と思いまして」
「……そうですね」
伊達眼鏡の奥の黒い瞳が、少し揺れた気がした。
「かわいくて従順な仔豚ちゃんに首輪をつけて、一生飼育したいな、と思うことはありますよ」
こ れ だ …… !
昭野は内心で、ガッツポーズをしたのだった。
2020/08/02 猫屋敷たまるさまよりシズナ様のFAをいただきました!
猫屋敷さま、どうもありがとうございます!
⇒猫屋敷たまるさま 作者ページ
https://mypage.syosetu.com/1751619/
『そして暗殺者は虚ろに笑う ―哀しみを失くした青年と嘆きの精霊―』
https://ncode.syosetu.com/n4341fy/