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絶界孤塔

作者: MAI

 数十年で貯まった魔力を払い、適当な魂を召喚した。

 所が、召喚で魔力を殆ど使い尽くした為、魂の器が存在しない。

 慌てて残っている全ての魔力を消費し、現状最強の『子鬼』を器として生成する。

 見事に低迷していた魂は器に乗り移る事が出来た。




 薄暗い部屋の中、独りの男が俯せに倒れ込んでいる。

 部屋の中の唯一の光源は中央の低い台座の上に浮遊し、薄紫色に発光する歪な結晶体のみ。

 十数分後、男は静かに、慎重に起き上がった。徐徐に目が暗闇に慣れ、脳が働いて来た事に由り、現在自分が置かれている状況を理解しようと起動途中の頭を必死に回転させる。

 軈て男は一個の答えへと辿り着いた。其れ即ち「誘拐」。しかし、『自分を誘拐する理由が解からない』と言った、場違いな考え事を始めている。本来ならば、『此処は何処何だ?!』等と言った事を大声で騒ぎ回り、周囲へと助けを求める筈だ。

 そうしないのは何故か。其れは偏に、男が居る場所に有る。

 男が居る場所は『迷宮』と呼ばれる、前人未踏の地。

『迷宮』とは、『魔物』と呼ばれる生物の生き写しを自発的に生成し、生物の欲望を刺激する(エサ)を配置しては喰らう、領域型の特殊な魔物で在る。

『迷宮』は、魔物特有の『核と為る魔石が有する魔力を用いる事に依って、取り込んだ魔力の生物の見た目を精密に模倣する事が出来る』と言う特性を、領域を身体としている事に因って行使する事が出来ない。詰まり、一個の魔石で得られる身体は一体と言う事である。

『迷宮』は、領域型の魔物。領域を変形させる事は出来るが、破壊が不可能と言う事は無いし、侵入者を撃退させる事が出来ない。其処で登場するのが、迷宮の意思が宿る核(=魔石)を守護する為に召喚される『迷宮主』と呼ばれる生物である。

 死んだ身体を復活させ、第二の生を歩ませる事を条件に、迷宮を代行して運営して貰う。其の際、召喚された者(=召喚者)が断る可能性も在るので、召喚の負荷で召喚者が意識を失っている内に強制的に契約を交わすのである。当然、召喚者が自棄に為っては困るので、自由意思を制限する等はしない。

 疑問への答えとして、『迷宮』は、召喚者の混乱等の精神的な異常を避ける為に、精神を保護する。其れに付随し、『迷宮核』と『迷宮主』が意思疎通を出来る様に一定の言語を記憶させるのである。

『迷宮』の説明は一旦中断し、場面を現実へと帰還させる。

 男は――否、其の男は、薄く緑掛かった肌をしており、身長が小学生低学年程度しか無い程の矮躯でしかない。醜悪な顔に、額に申し訳程度の小さな角。禿頭の男は、台座に置かれた迷宮核に手を掛けた。

 瞬間、男は驚いた様子で迷宮核から手を放し、慌てて掴み直した。


《初めまして。私は【刻命の絶原】中央に存在する迷宮の核。今回は我が身を守護して貰う為、適当に見繕った魂を呼び寄せ、迷宮主へと任命致しました。強制的な契約に則り、貴方には私と迷宮を運営し、侵入者を退治して頂きます》


 迷宮核と迷宮主が触れ合う事でしか意思疎通を図る事が出来ない程に、迷宮核の保有する総魔力量は今回の召喚で消費され尽くした。


《現状は【刻命の絶原】の地下一部屋のみが迷宮領域です。残量魔力は0。現在の残魔力で生成・召喚する事が出来るモノは存在しません。魔力の回復を推奨します》


 男は全てを理解していた。自分が今世とは異なる世界の住人だった事も、現状が極めて危険な状況下で在る事も、迷宮の機能に至るまでを。

 理解の訳は、迷宮主が迷宮核と接触した時、迷宮核は接触した魔力を繋げ、迷宮核が知る限りの情報を迷宮主に付加したから。男に関する情報は魂を呼び出した際に解析して分かった範囲の内容を。


 男の名前は【守屋 零次】。日本と言う島国で生まれ育った。一般的な家庭で育てられ、適当に高校を卒業し働いて生きていた、普通の人。目標も夢も無く、大した志も無い、一般人であった。

 給料が低い為、両親への仕送りや、住居費等を払っての最低限の生活を送るだけで精一杯だった。

 最期の記憶は、自宅で眠りに着く時の天井。


 現在の種族は《子鬼》と言う、強さ的に下から数えた方が早い弱小種族である。特徴を挙げるとすれば、種族関係無く交配する事が可能で、病気への耐性が高く、少し器用である事位。

 魔物にしては知能が高い様であるが、前世の記憶を受け継ぐ身としては何の強味にも為らない。


 先ずは、迷宮核に言われた通りに、魔力の回復を優先させる。




 零次が召喚されてから二週間が経過していた。現在の魔力回復量は1。如何やら、一日に0,1毎に回復して行く様である。

 何故二週間もの間無事で居られたのか。其れは、此処が【刻命の絶原】と呼ばれる荒野であるからである。【刻命の絶原】とは、コノ世界の10分の1を占める死した大地の事である。其処は水が流れず、植物も生えず、魔素等も漂わず、生物も生きる事が出来ない。依って、死が刻一刻と迫って来る事が鮮明に感じられる事や、何も存在しない事から、何時しか【刻命の絶原】と呼ばれる様に為った。

 存在しているとしたら、生存競争に負けた弱小種族か、国を追われた大罪人位である。勿論、其の者等の命は長くは無いだろう。生き残る事が出来るとするならば、僅かな魔素量しか必要としない魔物位だろう。

 現在の魔力量で召喚出来るモノは、僅かな飲料水と、最下級の生物のみ。この二週間、零次は極めて貧しい生活を送って来た。水も碌に飲む事が出来ない事から、前世のスラム以上の環境なのではないか、と思っている。幸いにして、子鬼の身体が小さい為、摂取する水分が少なくて済んでいる。




 更に二週間が経過した。召喚されてから数えると四週間。前世の世界の時間に換算すると、後数日も経てば一月(ひとつき)に達する。現在の魔力は2である。

 零次が召喚されてからの生活は、硬い床で寝て、起きて。魔力が貯まっている事を確認し、迷宮核と一日中話し合っては、一日を終わる。毎日其れの繰り返し。

 代り映えのしない日常に、流石に飽きて来る。外の世界に出た事も無い迷宮核や迷宮主にとって、話をする話題が豊富な訳が無く、一日に話し合う時間と言っても、最初の頃は良かったのだが、四週間経った現在は必要な事を報告するだけである。

 空いた時間はする事も無いので、例えば侵入者が来た時の為に、我流ならがに鍛錬をして、基礎能力や技術を身に着けておく。

 そんな毎日に突然、事件が舞い降りた。


《迷宮の入り口に生命反応を感知。生命力の強弱から衰弱した低位の魔物と推測。如何やら身体を休める為に此処に辿り着いた様です。此処の部屋入り口の死角にて奇襲を仕掛け、撃退する事をお勧めします》


 遂に来たか、と言った感じである。部屋の入り口の奥から弱った声が響いて聞こえて来る。

 この迷宮は迷宮核が安置されている台座の在る地下の部屋と、地上へと通じる通路・階段しか領域が存在していない為、後数秒も経てば此処へと入って来るだろう。

 其の数秒の間に、通路と部屋の入口の角の陰へと身を潜ませる。四週間の間に、確固たる繋がりを形成する事が出来た為に可能に為った遠距離の通信に依り、現在召喚する事が出来る生物について問う。


《現在召喚する事が出来る生物は、最高で兎です》


 四週間の間に鍛錬を積んだと言っても、今回が初めての戦闘である。少しの不安が残る為、僅かでも戦力を確保して置きたい、そう言う意味の確認の為に訊いたのだが、現在保有している魔力量2では兎程度が限界な様である。

 零次は、少しでも戦力を得る為に兎を召喚した。其の際に迷宮核は、我々の命令を忠実に聞かせる為に、微弱ならがも隷属を施した。兎程度の生物ではコレ程の隷属でも十分と言える程に効力が有る。

 部屋の中央に出現した真っ白な毛並みの兎。ソイツに其処に居る様に命令し、侵入者の注意を引き付ける役目を担って貰う。此処の生物すら生存が難しい過酷な環境で、食料に為り得る生物は命を賭してでも欲しい物であろう。

 コレで残量魔力は0と為った。今回侵入して来た魔物を斃す事が出来れば、其れよりも大きな見返りを得る事が出来るだろう。何と言っても、魔物は魔力塊であるからだ。

 魔物とは、魔石が生物の姿形を模った物体の事である。魔物は核と為る魔石に魔力が供給されれば飲まず食わずで生きていく事が出来る。だからと言って、何もしない訳では無い。魔物には共通した目的が示されているのだから。物では無く、真なる生物へと進化すると言う、大いなる目標が。

 其の為には、魔力を貯め込む事が鍵に為ると、本能が知っている。只日常の中で魔素を取り込むだけでは進化する事は出来ない。魂の格を上げ、生物を殺し魔力を得る事が近道。

 兎の肉が欲しいだろう、と前述したが、此処で指す肉と言うのは、魔物にとっての生物を殺す事で得られる魔力の事である。


 暫くして侵入者が訪れた。姿を見せたのは、痩せ細った亜鬼(ホブゴブリン)を模った魔物。亜鬼と言う格が低くは無い生物を模れたと言う事は、其れだけ魔石に含まれる魔力量も豊富だったと言う事だろう。何故かと言えば、魔石は保有している魔力量に由って摸倣出来る生物の格に限界が在るからである。

 亜鬼(ホブゴブリン)よりは痩せていないが、水を主に摂取し、極僅かな食糧のみで食い繋いで来た零次は少しマシな程度の体格。其処に、亜鬼(ホブゴブリン)と言う子鬼より格が高い能力が加わって、総合的な戦力は五分五分と言った所。此方は只の兎が加わる事で、1ミリ位は此方に戦局が傾いていると思いたい。

 更に此方は奇襲を仕掛けるのである。此方側が有利だろう。

 亜鬼は、目の前に在る兎――ではなく、台座に安置された迷宮核に向かって走り出した。魔物の嗅覚に依り、目の前の兎よりも、握り拳大の迷宮核の方が摂取出来る魔力量が多いと判断した為だろう。

 魔物の核と為る魔石は、空気中に存在する魔力――魔素が固まった物である。当然、只の兎よりも保有する魔力量は多い。現在の魔力保有量は、先程兎に使用した為0と言う訳では無い。魔物は魔石が保有する魔力が0と為る事が死亡判定である。心臓を構成する魔力まで消費したりする訳が無い。先程から言っている魔力保有量と言うのも、魔石を形成している為に必要な最低限の魔力を引いた量である。

 亜鬼が迷宮核に向かって駆け出した瞬間、零次は後ろから静かに飛び掛かって押し倒す。亜鬼の身体は零時に由って易々と押し倒され、俯せに為る。亜鬼は人間に似た体格をしており、体格的に俯せの状態では、背中に乗った相手は攻撃し難いだろう。

 零次は亜鬼の後頭部を殴り続ける。兎にも一緒に攻撃を仕掛ける様に言って協力して貰う。攻撃した箇所が傷付いて行っては、其れより遅い速度で修復されて行く。

 コレは魔物の特性で、攻撃されて魔力が霧散し、模倣した姿形が崩れる。魔物は崩れた身体を直そうと魔力を消費する、と言うモノである。ナノで、攻撃し続けて魔物に身体を修復させ、魔力を消費させる事が魔物の斃し方である。

 元々、コノ魔物は魔力の保有量が減っていたので、次第に自己修復が出来なくなり、遂には模倣した身体を保つ事も出来なくなった。現在は元の亜鬼の面影を感じる事すら難しい、混沌とした姿に為ってしまった。

 攻撃する事に由って霧散した魔力は迷宮が即座に吸収し貯蓄して行く。現在は総魔力量が11と、零次が召喚されてから最高の数量を確保している。


 零次と兎が攻撃し続け、軈て魔石が形を保てなくなって崩壊した。後には亜鬼が居た所に魔石と小さな牙が残るのみである。

 魔物を斃すと、攻撃する為に頻繁に具現化して完全に具現化した部位が其の場に残り、具現化されず魔力の儘の部位は斃れると同時に魔石に吸収される。今回の魔物は、牙で噛み付く攻撃を主に使用し、牙が具現化していたので残った、と言う事である。

 今回の戦闘で得た魔力は合計して16。特に使い道が無い亜鬼の魔石と牙を魔力に変換して吸収すると、16に5が追加され、総取得量が最終的に21と為った。




 亜鬼が侵入して来てから三週間が経った。アレから何事も無く、平和に過ごす事が出来ている。何故此処まで侵入者が来ないのかと考えた時に、抑々此処まで辿り着けないのでは無いか、と考えた。そう考えると、あの亜鬼は結構凄い奴だったんだと思った。確かに思い返してみれば、迷宮核が此処の在り処は【刻命の絶原】と中央付近だと言っていたなと。

 現在の魔力量は21。三週間経ったのだから2増えて23と為っているのではないか、と思うかもしれないが、飲料水を生成する為に使ったのでコノ量となっている。掌で器を作って其処に生成した水を溜めて飲む分には1も魔力を消費しないのだが、兎も増えた事に由って消費速度が2倍に為った事が理由だ。

 其の兎については、三週間も一緒に居ると愛着が湧くモノで、今では「稲葉」と言う名前を付けて可愛がっている。

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