お弁当
俺はなんだかぽけぽけしたまま教室にたどり着いた、何を話したのかもう覚えていない。
弁当を渡すのならもっと上手に作れるようになってからにすればよかった。あんな見た目だし、味付けもうまくできていない。今から取り戻そうか?ああでも先輩って何組だっけ?そんなことも知らないのになんで恋人になってしまったのか。それに通学路ではふたりして顔真っ赤にさせて、傍から見たら絶対におかしかった。あの時はもういっぱいいっぱいで叶先輩しか目に入っていなかったら何も考えられなかったけど思い返せば恥ずかしいことばかりしている。
ああ、もう!!机に突っ伏して唸る。
「なに唸ってるんだ?」
康成のちょっと引いた声が聞こえた。今まで口に出していたつもりなどなかったけれど、もしかしたらひとりでぺらぺらと喋っていたのかもしれないと思うと怖くなった。
「なんでもない!」
ぶんぶんと首を横に振るう。
「挙動不審だぞ」
康成には言われたくないが、実際挙動不審なのだから言われても仕方が無い。
昼休みの時間に近づくと次第にそわそわしてしまう、渡してしまった弁当のことが気にかかって仕方が無い。今すぐにでも何かの間違いだったと取り戻したほうがいいような気がする、そんなことばかりをぐるぐると考えていたせいで授業が全然頭に入ってこず昼休みがあっとゆう間にやってきてしまった。
ああ。結局結論が出ていない!!机に突っ伏す。今日の俺は机とやらと仲良しだ。
「挙動不審だ」
朝に言われた言葉をまた言われた。
「まいいや。飯くおーぜ、飯」
がたがたと音を立てて前の席に座る康成、俺も康成も毎日弁当組み。母親が毎日弁当を作ってくれるし、康成は五月さんが作ってくれるらしい。康成は幼い頃に1度だけ母親の料理を食べたことがあるらしいのだが、それが食べられたものではないらしく一口食べて全て残してしまったらしい。それ以来母親の料理は口にしたことが無いらしく、どんな料理だったのか気になって聞いたけれど真っ青な顔をしてトイレへと直行された。
康成が弁当を広げるとつやつやの白米に煮物のにんじんは紅葉形に模られ、肉団子には綺麗な餡がかかっていた。眩しい、光り輝くように見えた弁当に目を細める。
この前に自分で作った弁当を広げるのは抵抗があるけれど仕方が無い、俺だってがんばって作ったんだ!鞄から弁当をいそいそと出す。
「望、先輩がお前に用があるんだってさ」
そこへクラスメイトに声がかかって驚いて飛び上がった、先輩と聞いて思い当たる人物は1人しかいない。焦って立ち上がったせいで椅子が音を立ててひっくり返った。クラスメイトは不思議そうに首を傾げたが、先輩に礼を言われて自分の席へと戻っていった。その場から動けずに立ち尽くしながら教室の入り口にいる叶先輩を見ていると、俺に気づいた叶先輩がふわりと笑って手を振った。
「叶先輩、わざわざ来てくれたんですか」
俺ははっとして、急いでドアへと向かった。
「うん、望君が1組でよかったよ。3組だったら全部の教室を回っていたところだよ」
先輩は俺の学年は知っていたがクラスは知らない、それなのにわざわざ探しに出向いてくれたんだ。嬉しくて頬が熱くなる。
「そ、そうですか」
「うん。一緒に食べようかと思ったんだけど、康成君と約束してた?」
「康成とは流れでいつも食べてるだけだから問題ないです!すぐに持ってきますね」
慌てながら席へと戻る、どうにも叶先輩を前にしてしまうと心が落ち着かない。
「どうした望?」
おいしそうな肉団子を口に運んでいた手を止めて康成が俺を見る。
「えと、叶先輩が一緒に食べようって」
「そっか、じゃあこっちの机を借りるか」
肉団子を弁当に戻して、近くの机を移動させようと康成は立ち上がった。
「い、いや!あの……」
先輩は俺の作った弁当を持っている。つまり俺の持ってきた弁当と同じものが入っているということで、それを見られるのはなんか恥ずかしい。顔が火照ったままどう言葉を続ければいいのか迷っていると、康成は動かそうとしていた机から手を離した。
「そっか」
康成らしからぬ大人ぽい笑顔。
「ゆっくりしてこいよ」
康成になにか勘ぐられたような気がして恥ずかしくてさらに顔が熱くなったが、俺はそれを隠すように塞ぎがちに頷くと、まだ開いていなかった弁当を持って先輩の元へと向かった。
俺と叶先輩が向かった場所は中庭で、少し肌寒いかとも思ったが日が当たる場所は心地よくて丁度よかった。
紅葉が赤く色づく下に、ベンチもテーブルもあるので弁当を広げるにはうってつけの場所、わざわざ外に出て食べるのも面倒くさいのか外にはあまり人は居なかった。俺が座るとその隣に叶先輩が座って弁当の包みを広げはじめる、心臓がばくばくと煩くなる。落ち着いていられなくて俺は立ち上がった。
「お茶!自販機でお茶買ってきます!」
叶先輩は目を丸くして、お茶くらいは奢るよ。と言ってくれたような気がするけれど逃げるように駆け出していた。
「逃げ出してどうするんだよ」
はあ。とひとつため息を吐く、逃げ出したところでどうにもならないけれど、弁当を開けた後に叶先輩から落胆の声があがるのではないかと想像してしまって、怖くなった。
財布には500円玉が2枚。1枚を自販機のなかへと滑り込ませてふたりぶんのお茶を購入して出てきたお茶で熱くなった頬を冷やしてから先輩のところへと戻る。
「お待たせしてごめんなさい」
戻ると、お世辞にも上手とはいえない卵焼きに、水気の多いナポリタンなどが入った弁当を前に叶先輩が座って居た、なんだか申し訳なくて泣きそうだ。
「あの、あまり上手に出来なくて!味もそんなによくないと思いますし、今から、売店でパンでも買ってきます」
先輩が弁当をじっと見ていたので焦る。やっぱり上手ではなかったことに落胆しているんだ。
「待って。僕はこれがいい」
大きなはっきりとした口調で言われて体が止まる。
「あ、その、てっきり冷凍食品のようなものを入れてくれているのかと思ったから、ちゃんとした手作りで嬉しくて」
顔を赤らめる叶先輩。冷凍食品、そんなこと考えも及ばなかった、こんなみっともないような弁当よりよっぽどそっちのほうが美味しいはずなのにそんなふうに言ってもらえるなんて思わなくて、嬉しい。
「お茶、ありがとう。―食べようか」
先輩に促されて隣に座り、いただきますと両手を合わせる、最初に先輩の箸が向かった先は卵焼きだった。箸で摘むとぽろぽろと崩れてしまって、それでも先輩は口に運んでくれた。
「うん、おいしいよ。僕この味付け好きだ」
叶先輩の言葉に俺は嬉しくなる。
「よかった」
ほっとしながらも自分の分の弁当も広げる、卵焼きは形は悪いけれど味付けはちゃんとできたと思っていたからよかった。鮭は塩を振りすぎたから心配だ。自分の分を食べ始めながら先輩を盗み見ていると、鮭を一口食べた先輩の箸が止まってしまった。あ、やっぱりしょっぱいんだ。
「塩を振りすぎて!食べれなかったら無理しないで下さい」
先輩は優しいから無理して食べてしまいそうだ。
「うん、少し。でもそうじゃなくて。…こうやってお弁当を作ってもらったことが無かったから、すごく嬉しくて、気持ちがいっぱいなんだ、食べたいけどたくさん食べれる気がしなくて」
顔を赤らめつつ先輩が微笑むので、俺の顔も熱くなった。
「そんなにすごいことじゃないです。あの、俺いつでも作ります、頑張って上達するし!!」
先輩の言葉はいちいち心臓に悪い。
「ありがとう、嬉しいよ」
先輩は嬉しそうに微笑んでくれた。